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【神話生物】事件 後編 10

side 須藤与一






「『与一様。向こうの結界が斬られました!!!! 間違いなく、ぬらりひょんの剣の影響です! 現実で負傷者多数!』」


嘘だろ……。


途中まで、途中までは上手くいっていたんだ。


魔法少女、如月桐火との痛覚の共有、銀子さんの精神攻撃も効いていた。


上手く、やれてたんだ。


ひとみの一撃が入って、明らかに優勢に傾いていた。


でも、なんだ。


あいつ、なんで。


妖気が、増していくんだよ!?


もう勝ってもおかしくないくらいフラフラの癖に!!!!!






「はぁ、はぁ、はぁーー、はぁ、……くく、くっくっく」


ぬらりひょんは嗤う。


その顔に、俺は何処か覚えがあった。


あぁ、そうだ。


そういえば。


ニャルラトホテプに挑むときの俺の顔、こんな感じだった。


「覚えている……覚えているのだ。あの剣豪の事を。初めて見た、本物の剣を。美しかった。そう、美しかったのだ。人の使う剣の美しさたるや、なんということか。そうだ、須藤与一、ニャルラトホテプ様、斬りたい、斬りたいのぉ、どうしようもなく、斬りたいのぉ!!!!!!!」


ゴゴゴと地面が揺れる。


裏世界が【剣豪】ぬらりひょんの妖気に呑まれていく。


「思えば如月桐火と儂は似ていた。ニャルラトホテプ様に名を付けられ、そうあれかしと生きてきた! 如月桐火は如月桐火を演じる為、儂はあの剣豪の真似事ばかりして生きた!!! ニセモノじゃ、ニセモノの人生じゃった!! だが、否、否ァ!!!!! それでも此の剣が本物に至るのであれば、ショゴスとしてではない、剣豪として生きられるのであればーーーーー」



ひゅ、っと。


妖気が止まった。


「本望」


真横に、一閃。


膝から崩れるように、必死に回避する。


裏世界の明晴学園が、真横に真っ二つになった。


「ありえねぇ」


振り返れば、ひとみが出した骸骨の行進も、真っ二つになっていた。餓者髑髏は巨躯ながら、飛んで回避していた。


「斬れる。……斬れるぞ、は、はは! 斬れる! 斬れるぞぉ!!! 見ているか、佐々木小次郎よ!!!! 儂も斬れる!!! 斬れるんじゃあああ!!!!!!」













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「なんじゃお前。儂の剣を見とるのか?」


それは、とある島にいたときの事だ。


なんてことはない。そこで生きてただけだ。


老人がいた。


名を、小次郎といった。


それ以外の情報は全くなかった。


後世で男が佐々木小次郎と呼ばれるようになり、


この島の名前が、巌流島ということを知った。


老人は島に来て、刀を振るっていた。


一人で何をしているのかと確認をしようとしただけだった。


美しかった。


その刀は、あまりにも、美しかった。


思わず、そこいらにあった棒っこを持って、振り回した。


「こりゃあまた妙な生き物じゃあ。蛸か? いや、何じゃあやけに真っ黒じゃあないか。……。なんじゃお前。儂の剣を見とるのか?」


真似たのだ。


自分でも分からない。


ただ無性に真似て、自らの種族の名折れと言わんばかりに、真似出来なかった。


そこで目の前の老人の手を真似て作り振った。全く、振れなかった。


「ほう! まごうことなく化け物か! 面白い。ここは地獄に近い場所なのかのぅ。……どれ。握りが違う。形は上手く真似ているが、そうではない。力の入れ先は小指じゃ。小指に仏は宿るのじゃ」


僅かな時間だったが、指導もしてもらった。


すると海の向こうに船が来る。


それも、たくさんの船だ。


老人は何か驚くような悲鳴を上げて、諦めたように座った。


「弟子の不始末よ。どちらが優れた剣豪かで揉め、尻を拭くのは我らであった。向こうは必死よ。勝たねばおそらく死ぬ人間じゃ。儂は……、儂は。……疲れた。俗世に、浮世に……。あぁ--、剣だけを振って生きれたら、幸せだったものをのぅ」







その後の始末は無残なものだった。


美しい剣をした老人と戦った男。


互いの剣は美しかった。


しかし老人は破れ、息も荒くなり、


しまいには、同席していた相手の男の弟子に撲殺された。


老人は、一人で挑んでいたのに。






それから、ほどなくして自分は”儂”になった。


歩く。


山を歩く。


山賊に襲われ、斬られたが効かなかったので斬った。


美しくない剣だった。


敵も、自分も。


斬って、斬って、生きて、生きて。


結局、時代が、環境が。自分の存在を認めることはなかった。


自分の事はいい。だが、この剣技が日の目を浴びないことが残念でならなかった。







いつだったか、自分に仕えるように命令した人間がいた気がする。


誰かに仕える。


あぁ、それは素敵な言葉だ。


それは、種族として、奉仕種族として生まれたショゴスとしては、とても恵まれた話だった。


なのにどうして。


あの老人の顔が、ずっとちらつくのは……。


あぁ。そう考えればそうか。


もう、主と思っていたのか、”儂”のことをーーーー。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







蘆屋緋恋が薙刀を振るう。


裏世界から飛んでくる剣戟を、難なく弾いていく。


しかし、見えているわけではない。


直感だ。


直感で弾いているに過ぎない。いつ均衡が壊れてもおかしくない、そう思っていた。


「……これ以上は何もできない。なにより、負傷者が」




緋恋の周りには、戦いに疲弊した高校生たち。


そして、遠く離れた場所にマーテル・キリカが倒れていた。


事件は、そこで起きた。







『キリカ。大丈夫かい?』


ふわふわと宙を浮き、何かがマーテル・キリカの元にたどり着く。


それは。


魔法の、ステッキだ。


「あっ?!」


誰かが声を上げた。悲鳴のような声だった。


『まだ生きてるね! 良かった良かった! 今から回復させるね。大丈夫だよ、みんなを早く皆殺しにしよう! さぁキリカ! 陰陽師なんてぐっちゃぐちゃのどろどろにしちゃおうよ!』


ステッキの声は、ほがらかで、安心させるような声色だった。


「--もう、いや……」


【流星の魔法少女】如月桐火が、悲鳴のように声を上げた。


「せんせい、いや、神様が、くれた力なのに、負けた……負けちゃった……私じゃ、ダメ……もう、ダメ……。もう、神様に合わせる顔がない……如月桐火としても、マーテル・キリカとしても、役に……たてなかった……う、うぅ……ぅぅぅ……」


魔法のステッキが慰めるように、おずおずと隣に立った。


『キリカ……』


「ショゴスも剥がされて……友達二人も失って……もう、どうしようも……」


『そっか……』


ステッキが輝いた。


『じゃあもういらないかぁ』


「えっ」


ステッキから黒い触手が伸びる。


「え、きゃっ!?」


それは、波のようだった。


ステッキの質量を超えた触手が彼女を縛り上げていく。


「ぐ、がぁ、ああぁっ!!?」


『キリカ。君は素体だけは素晴らしかった。だからニャルラトホテプ様は君に力を貸して、この場所を混沌に突き落とそうとした。でも結果はどうだい? 何も出来なかったじゃないか。100%成功するはずだった計画をよく0%にできたよね。挙句心が折れて何もしようとしない。心を折るのは君の役目の癖に。役立たず。役立たず。役立たず。もういらないよ』


「ぇ、ぁ、ぁぅ」


『ここからは君の体に侵入して全部奪うよ。さようなら。如月桐火でも、マーテル・キリカにもなれなかったニセモノ』


「っ」


苦痛にもがき、涙をこぼし、如月桐火として生きて、奪われた人間。


彼は何も残せず、何も得られず、ただ歴史の染みとして、その命は無残に奪われる。


神による救いなどない。


あるのは、祈るような言葉のみだった。



「----たす、けて……っ」












「ちっ。クソが。俺行ってくるわ」


その言葉を聞いて、おもむろに立ち上がった人間がいた。


【土蜘蛛の弟子】土御門つちみかど 松陽しょうようだった。


時晴が伏せながら怒鳴る。


「バカじゃないのか!! あれは敵なんだぞ!!」


「あ? うるせぇなぁ。助け求めてんだから助けるんだよ」


小笠原雹香も怒鳴る。


「貴方ね!? 青葉土筆が実況しながら説明していたでしょう!!」


そう、全員の認識として如月桐火は妖怪としてカテゴライズされた。


救う価値などはないのだ。


「あ? こっちは腹に穴開いて必死にこっち来てんだぞ。聞いてねぇよ。どうみても、あれは人間だろうが。人間は助けるんだよ。それが陰陽師だろうが」


おバカ、と言う前に土御門松陽は飛び出す。


「戻れ松陽!! 戻れ!!!」


時晴の声を無視し、血を零しながら土御門松陽は進む。


「あーくそ。焼きが回った。死にそうだ畜生。でもしゃーねーよな。なぁ。須藤与一。お前言ったよな、決勝で待ってるって。わりぃ無理そうだわ。すげぇ、頭回んなくてさ今。試合、もう始まってんだったけか。あ? いや勝ったんだっけか? 勝った気がするんだよ。ち、憶えてねぇ。何も、……思い、出せねぇ」


頭に靄がかかっていく。


血が、だらだらと腹から出てくる。


それでも、足は止まらない。


ぬらりひょんの斬撃すら、見えておらず、地雷原を、放課後の帰り道みたいに、歩いていく。


「あぁ、なんだよ……。俺は、明晴学園の、賀茂モニカの代わりじゃねぇんだよ……。俺は、俺だ……。畜生、天才どもがよぉ。いっつもそうだ。才能あるやつは、いつも俺たちを振り回す……。なぁ、ひでぇよな。チートだろあんなの。なぁ、どうすればいい? チート無しでこんなクソみたいな世代で、どれだけ頑張っても天才たちに、潰される人生……、どんだけ頑張っても、誰からも、褒められない、人生……。でも、そうだよなぁ、みんな……。お前らも、頑張ってるんだよなぁ……。まぁ、いい……いいんだ……俺たちは、同じ陰陽師……。……わるいやつから、みんなを守るために……」


その姿を、キリカは見た。


助けてと思わず”敵”に言ってしまったのに。


男が来る。


ふらつきながら、自分が害そうとした男が、やってくる。


ーー助けに、やってくる。


触手が弾かれるように土御門松陽の元へ飛び出す。


その心臓を狙って。


『邪魔するな死にぞこない! 万が一の可能性も残さないぞ! ここで死ね!!!』


その触手を、土御門松陽は見えていない。


視界は既に、真っ暗に染まっていた。


だから。


「あらよっと」


ばちんっ!!!!!!!!!!!


突然後ろから現れた妖怪に気付かず、触手の全てと魔法のステッキが、爆ぜて塵になった。


『あぇ?』


間抜けな声が一つして、魔法のステッキは消失した。









「よお。無事か?」


そこにいたのは。


【陰陽庁 教育式神】土蜘蛛だった。


須藤頼重が焦ったように駆け寄る。


「土蜘蛛さん!?!?! 一体何を!!!!」


「視線が消えたんだよぉあのうざったい視線が!! どうやら邪神様とやらはもうこの戦場に興味ないのさ」


その言葉を聞いて、触手に開放されたキリカはびくりと震えた。


「! 確かに……感じない! 救助を開始します!!! 蘆屋緋恋の指示に従って要救助者を脱出させましょう!!!!」


「「「「「はっ!!!!」」」」」


「ふん。おい松陽!!!! 土御門松陽!!!!」


未だに歩き続けてる土御門松陽の胸倉を掴む土蜘蛛。


「お前、なんでアイツを助けようとした?」


「……ぁぇ、んだよ、師匠かよ……。またきぜつしたのか、おれ……いぃ、ぜ……つぎは、かつ、からよぉ」


「キリカだったか? あのまま死なせた方が楽だっただろうが。助けたところでどうなる? 刑に基づいても殺されるだけだと思うぞ。この会場の人間を皆殺しにしようとした。おそらく裏でも何人かヤッてるぞ。そういう目をしてるし、そういう倫理観だった。なぜ救う? 救う必要はない。なぜお前は動いた?」


「土蜘蛛さん!! 危ないですよ!!」


頼重が叫ぶ。


「うるせえ!!! 今こっちの話してんだよ!! うっ」


土蜘蛛、背中から突然出血。


「土蜘蛛さん!!」


「っ、黙ってろ! 松陽! 答えろ。なんでお前は動いたんだ!」


意識が半分飛んでいる松陽は、うつらうつらとしながら呟いた。


「ぁ、ぅるせ、……あ、たりまえだろ……」


「……」


「たす、けてって、……いって、たからだ…………。おれ、たちは……ひとを、たすける……ために……おんみょうじに……。ぁ、ぁぁ、そうだ、った……。あの、如月桐火ってやつさ……邪法つかいやがって……。ゆるせねぇよ……。何も考えずに、使って。周りのやつも、使うなって教えずにさ。ふざけやがって!!! アイツがきちんと、わるいことしたって……つぐなわせねぇと……、だってほら、ししょうが、いってたんだ……。へへ、おれの、ししょう、かっこいいんだぜ……。【おれたち ようかいは わるいことを してたけど せいめいさまに たすけられた。 だから わるいことを したやつでも ひとを たすけられるって しょうめいする ために いろいろ おしえて るんだ って】」


「-------!」


「いって、たんだ……だから……、いきることを、あきらめないで、ほしいんだ……。だろ……。たすけを、もとめてるんだから……」


そう言って、土御門松陽の力が抜けて、地面に落ちそうになる。


それを、土蜘蛛は膝を着いて抱きかかえた。


「……。おい頼重! お前ガキに全部始末押し付けたんだ! ならこいつの男として通した筋、通してもらうぞ!」


「……。はい。分かりました」


ず、ずる、ずる。


音が出る。


それは、触手にまとわりつかれていた、キリカだった。


「ぁ、ぁあ……」


土御門松陽の元に行こうと、移動していた。


折れた心で、何故か、光に惹かれるように、虫のように這いつくばりながら、前に進む。


土蜘蛛が、キリカを強く睨む。


「おい。お前は、敵か?」


「っ、ぁ、ぁぁ……っ」


「答えろ! お前は、”土御門松陽の敵か”と聞いているんだ!!!」


キリカは涙ぐみながら、首を横に振った。


「……お前は俺が身柄を預かる! お前の今後は、松陽の為に生きろ。お前の未来はこいつが救った! いいな、全てに見捨てられてもこいつだけはお前を見ていた!!! こいつだけが!!!! っ……。こいつの為に死ね!!! こいつに全てを捧げろ!!! 名家の凡人が、貴様に命を張ったことを、一生忘れるな!!!!!」


「っ……ぁ、ぁぃ……」


キリカの手が、土御門松陽の体に触れる。


神に見捨てられた。


ステッキには殺されそうになった。


自分の世界は、壊された。


なのに。


なのにどうして、目の前の男が自分を救おうとしたのか理解できない。


知らない感情だった。


それでも、なぜか。


胸の真ん中が、暖かかった。


彼に開けられた腹の穴が、痛み以上に、忘れてはいけないもののように感じた。


「ぁぁ、ぁぁぁ……。ぁぁぁ……。ぁぁ、ぁぁぁ……」






肺から呼気が漏れるような音だった。


それでも土蜘蛛には、迷子が親を見つけた時の泣き声に聞こえていた。






決着。


エキシビションマッチ


勝者

【土蜘蛛の弟子】土御門松陽


この勝負、人に敗者はおらず。

























脱出は完了した。


既にステージ上にいるのは、蘆屋緋恋のみ。


「……よし」


薙刀を構える。


今度は、守る為ではない。


ぎらりと歯が剥き出しになる。


「待っててね、与一くん。今ーーーーその妖怪殺すから」



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