【神話生物】事件 後編 8
side 須藤与一
試合前日のことだった。
親父に事情を話して、俺はとある場所に行った。
ひとみや銀子さんは置いて行った。
心配かけたくなかったから。
「……なにか、用ですか?」
如月桐火が、俺を睨んだ。
「あぁ。呼んでくれよ。ニャルラトホテプをなぁ!」
がちゃり、と扉が開く。
「? おかえりなさい。どうしました?」
帰ってきた、如月だった。
「先生」
涙目で、彼女が先生に話しかける。
「大人に囲まれてます」
「あらー。嫌ですネー」
「それで、その」
「?」
「須藤与一さんが、こちらに来ています」
「須藤与一が?」
「それで?」
軍隊に周囲を埋め尽くされながら、俺とニャルラトホテプは外にいた。
「いやですねぇ。お互い敵対しているのに盤外戦法? 嫌らしいですねぇ。というか、今更何か話すことがあるんですかネ? もう正直どうでもいいというか」
「あぁ。俺が思うに、幼馴染ちゃんが負けた時点で色々計画破綻しただろ」
「……」
「お前が幼馴染ちゃんに何かしようとしていたのは知ってるぜ。でも、負けた。俺も想定してなかった。だけどな。俺はお前を知ってる。間違いなくここから、ちゃぶ台ひっくり返して終わりかねないっていうのも知ってる」
「それが何か? 言われて説得されて止まる存在だとお思いで?」
「いや?」
俺の切り札。
それはこれだった。
ここからが、勝負で。
命を、捨てる覚悟で。
この邪神に、挑む。
「ーー契約しろよ、ニャルラトホテプ」
それは、悪意を煮詰めた妖気だった。
「は?」
全てを殺しかねない、不機嫌なオーラだった。
「は? 一体何をほざいているんですか?」
「……」
死ぬ。
その気持ちだけが、ふつふつと湧き上がる。
だが、これしかない。
俺ができることなんて少ない。
でも、一個だけ自分に自信が持てることがあった。
「別に契約じゃなくてもいい。お願いでもいいぜ。俺からの要望はこうだ。--こっから何が起きて、どうすれば俺たちが大団円のハッピーエンドを迎えられるか教えろって話だ」
「--!」
そうだ。
これが俺の一発逆転のチャンス。
ニャルラトホテプに、計画していたシナリオを全部ネタバレしてもらった上で、ここからでもハッピーエンドを迎える可能性を教えてもらうことだ。
クトゥルフTRPGだってそうだろう?
一週目のワクワク感。
二週目以降の、知ったうえでの楽しみ方。
それを意図的に引き起こそうって言うんだ。
「そして試練の内容も、俺に決めさせろ。いいか、よく聞け」
この試練が通るかどうかで、天秤が釣り合う。
勿論、自信はない。
ただただひたすら怖い。
それでも。
それでも。
賭けたい。
全てを、守る為に。
「直接俺がお願いするから、叶えてくれ」
「……。……? 一体何を」
「ちゃんと話は聞けよ。”お前の本体に目と目を合わせて直接お願いしてやるから言うこと聞け”っつってんだよ!!!!!!!!!!」
「!!!!!!?」
ニャルラトホテプの本体。
実は人間形態がニャルラトホテプの本体ではない。
旧支配者、神話生物としての姿が存在する。
勿論、直接見るだけで正気度は落ちていく。
確か、1Ⅾ10/1Ⅾ100だった。
成功しても1~10減る。
失敗すれば1~100ほど正気度が下がる。
健康体であればSAN値、正気度は80くらいだろうか。
判定に失敗すれば、一気に正気を保てず不定の狂気というものに陥る。
ーーだから、これはタイマンだ。
そんな存在を目と目を合わせてお願いするから叶えろと言っている。
遠回りな自殺だ。
しかし、俺の中の特性で一つだけ自信があるものがある。
俺は、それに今すべてをゆだねようとしている。
「--精神耐性っ! なるほど、須藤与一。小笠原ひとみの呪詛の耐性、賀茂モニカやサキュバスの術式を弾き、九尾の狐の精神汚染を弾いた実績を、信じて勝負を仕掛けようというのですネ! は、はは! ははははは!!! そんな!? そんなわずかな可能性に全額ベッドしようと!?」
「あぁ。賭ける価値があるだろ。勝てるとしたらこの手しかない。嫌だぞマジでお前に頭下げるの。だけど、……ほら。気分は良いぜ? お前の本気で驚く顔が見れたからな」
「……ふ、ふふ。なるほど」
「あ、ついでに俺が勝ったらお前もう干渉するなよ」
「追加していきますねぇ。まぁいいでしょう。ん~。なるほど。ふむ……こちらからも条件を提示しましょう。この薬を飲んで10秒、目を合わせた後にお願いしてください」
スーツの胸ポケットから、瓶に入った薬を取り出すニャルラトホテプ。
「これは?」
「聞くなら、追加の対価を」
「いや、いい」
「いやぁ。ふふ、あはは。そうです、か。ふぅ……。勝つ気、なんですねぇ」
月を見上げたニャルラトホテプの顔が見えなくなった。
「私と契約をした人はみな狂いました。人は愚かです。欲が深く、濁り、揺らぎ、沼にハマる。そんな人間の在り方が、私は面白いと思ってしまう。ーーですがネ?」
ニャルラトホテプが、微笑んだ。
「それでもなお、自らの正義を貫く人間を、私は尊いと思う。良いでしょう。須藤与一。勝負です。ふふふ、自らのシナリオのネタバレを願った人間がいるとは。しかも、僅かな勝ちの目を見つけて。ふふふ、あはははは」
世界が、真っ黒に染まる。
俺はそれと同時に、薬を飲みほした。
夜の荒野。
悪意のない混沌。
狂気の海。
月の光。
地獄。
地獄。
地獄。
天国。
救いのない闇。
嘲笑う痛み。
ーーーーー目が、合った。
「あっ」
言うならば、SAN値チェック、初っ端から失敗。
精神の地獄の始まり始まり。
「あっ、あぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
0.01s
脳の細胞隅々までその衝撃が行き渡る。
声を無意識に上げても、許される気がしている。
見ている。
あの神がこちらを見ている。
それは。
円錐形の顔のない頭部に、触手と手を備える流動性の肉体。
顔がなく、代わりに舌を連想させる赤い触手が伸びている。
燃える三眼と黒翼を備えた、異形の姿。
多数の星で満たされた顔、黒いスフィンクス。
三重冠をかぶり、ハゲタカの翼、ハイエナの胴体、鉤爪を備えた姿。
巨大な翼あるマムシ。
あぁ、なんと形容しがたいことか。
網膜に映るたびに姿を変えていく。
甘かった。
俺は精神耐性があると思っていた。
違う。
怖いという感情に、蓋は閉められないのと同時に。
全て耐えきっていたのは死穢れや恋愛感情であって。
根源的狂気と戦ったことは、無いのだから。
死の恐怖とは【餓者髑髏の花嫁】と【ひとこいしにんしきのとり】で経験済みだった。
でもそれだけだ。
何か常に耐える修行をしていたわけではない。
まるで、太平洋のど真ん中に突然落とされて、周りに島が一つもない時のような、根源的恐怖。
0.02s
長い。
まるで時間が間延びしているようなくらい、長い。
10秒、10秒くらい耐えられるとそう思っていた。
でも、1秒経つ前に、精神が急速に摩耗していくのが分かる。
何故? どうして?
「あぁそうそう!」
人間形態のニャルラトホテプの声がふと聞こえた。
「今回投与した薬は、極限の集中力を手に入れる薬です。今の貴方は、1秒が100秒に感じられるほど集中することができると思います。ですので、頑張れ頑張れ♡」
ーークリアさせる気、無いじゃん。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
言語が溶けていく。
もう何も考えられないくらい、脳みそがスパークしていく。
何でこんなことをしているんだろう。
こんなことをしなくても、生きていけたはずなのに。
みんなが死ぬ程度で、俺がこんなことをする必要はなかったのに……。
0.05s
yaabai
sinu
dameda
ore
mou
damekamo
sirenai
ne-
a-
tasukete
tasukete
tasukete
nande
dousite
0.07s
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、みんな死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね
0.08s
死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい
0.09s
おれ、なんで、こんな、めに
アパートの一室。
真昼間に起きて気分よく漫画を読んでいた時の事だった。
コンコン、とノックの音が聞こえたので扉を開けると、親父がいた。
「繧」
「よ、じゃねぇよ……。どうしたんだよ急に。珍しい」
「縺?d繝シ荳惹ク?縲り憶縺九▲縺溘o縺雁燕縺後>縺ヲ縺上l縺ヲ縲よ悽蠖薙↓蜉ゥ縺九k」
「? なんだよ改まって。助かる……?」
「縺。繧?▲縺ィ荳ュ蜈・縺」縺ヲ縺?>縺具シ」
「あぁいいけど」
「「縺企が鬲斐@縺セ縺」」
「はーい、ん? え? は?」
親父の背中に隠れるように、もう一人の声が聞こえた。
振り返ると、最初に見たのは足元の草履だった。
赤が基調の振袖、茶色の袴……、振袖は金刺繍の入った上等な意匠。
レトロモダンを感じさせるような服装で、墨を垂らしたようなきれいで長い黒髪。
物憂げな顔をした、すごい、美少女がいた。
なんだこの娘。ゲームにこんな娘いたっけ……? いや、いないはずだ……和服少女なんて一人も……巫女服はいたけれども。普通にみんな現代ファッションだったよね? あるぇ?
「え、っと。どなた?」
「……小笠原ひとみと申します。何卒、宜しくお願い致します」
あの時、俺なんも考えてなかったなぁ。
たださ、助けたいなぁって、それだけだったもんなぁ。
餓者髑髏の花嫁とかさ、なんも考えてなかったよなー。
進路の事とかちゃんと考えててさ。
立派だよ。
本当に、立派だ。
窓が開いていたのか、カーテンが風でなびいていた。
積み重ねられていたであろう机やいすが崩れており、見るからにぶつかってしまったのだろうと推察できた。
部室の真ん中に、少女。
――全裸の、少女がいた。
「どぅわっちゃぉああっおあ!?」
「--、っ、ぁ」
絞りだしたような声で、必死な顔で手を伸ばしたものだから……、観察してしまった。
髪は伸び切ってぼさぼさな金髪。
きれいな肌で、白っぽかった。
どこか栄養不足のように、がりがりな体つき。
……すぐに今の状態に少女は気付いて、声にならない悲鳴を上げて、体を隠そうとする。
髪で隠れてしまうほどのきゃしゃな体は、ハリネズミを想起させた。
「--ぁ、ぁーーー、ぁ……っぁぁ」
小さな声で、泣いていたのだ。
あの時も、俺は何も考えてなかったよ。
なんだよ。この出会いでにんしきのとりとか想像できねぇだろ。
でも、いろはは頑張ってるよ。
スゲー頑張ってる。
出来ること、頑張ってるよ。
俺なんでこんなことしてるんだっけ。
いやさ。
何かふと思っちまったんだよな。
みんなさ、なんか俺のとこで暴れまくるからさ。
幼馴染ちゃんなんていつも暴れてるし、あれ時代が時代だったらジャイアンだったよなーとか。
メスガキママなんて、マジでいつも心配になるレベルで語尾に♡ついてるし。変なやつだよな。たまに変な声上げるし。
銀子さんは……、まぁいっか。
俺さ。
そんな風にさ、みんなに構ってもらえる存在なのかな?
だってさ、俺陰陽師の才能ないんだ。
フィジカルギフテッド? は、笑えるよ。
望んだ道に行けない才能なんて、あっても意味無いだろ……。
父さん、母さん。
俺さ。
産まれてよかったのかな?
前世の記憶なんて持っちゃってさ。
本当はさ。
産まれない方が良かったんじゃないかってずっと思ってたんだよ。
優しい二人だからさ、受け入れてくれたけど。
いつも異物なんだろうなって思って生きてきたんだよ。
あーあ。
そうだなー。
例えば何も努力しないでさ、チート使って無双とかしたかったよな。
んで、それに惹かれた女の子が俺とハーレム作るの!
今みたいに面倒くさいやつらじゃなくて、素直なやつで固めたいよな。
ヤンデレの極みみたいなやつらばっかだしさw
んでさ、鬱ゲーの世界なんて行かないよ。
幸せな世界に行きたいよなー。
妖怪がいない世界が良いな。
そしたらきっと幸せだよ。
誰も傷つかない世界だ。
それでいいーーーーーー。
「私、餓者髑髏なんです」
餓者髑髏と自分がイコールだと考えている、少女がいた。
「今まで人間を食べても満たされなかったお腹が、貴方なら、満たせるような気がして、貴方が近くにいただけで、こんなにもお腹いっぱいだったのに、あ、はは、あはぁ、貴方を食べたい、取り込みたい、--一緒に、なりたい。もう、もう気持ちが抑えられなくてぇ!!! 食べ、食べさせて、ください、もう、もうお腹が空いて、わかんない、満たされてるはずなのに、た、食べたくて、食べたくてぇ!」
恋をして、人間になった少女がいた。
「『ぉぉ、ぉおお……、あぁ。あぁ……、よい、ち……すどう、よいち…………、良い名だ、良い名だねぇ、須藤、与一』」
自らの悪逆と向き合って、寄り添おうとする女性がいた。
「与一さん」「『旦那様』」
声が聴こえる。
「与一さん」
声が聴こえる。
「坊ちゃん」「与一様」
声が、どうしようもなく聞こえる。
「与一」「与一」
父と母の声が聴こえる。
「与一くーん」
幼馴染ちゃんの声が聴こえる。
『与一くん♡』
メスガキママが書いた文字が、浮かぶ。
「与一」「須藤与一!」「与一くん」「須藤」「与一」
「与一ぃ!」「須藤さん」「与一よお」「与一」
声が。
声が聴こえる。
どうしようもなく、声が聴こえる。
背中を、押される。
頑張れと、誰かが言っている気がする。
負けるな。
負けるな、与一。
ーー負けるな、俺って。
「でもさぁ! 俺いつも、行き当たりばったりでさぁ!」
その声に抗うように、叫んでいた。
「いつもそうなんだよ! 何も考えてなくてさ! 俺の意思なんて一つもないんじゃないかってくらい、いつも行き当たりばったりなことしかしてないんだよ!! みんなごめん!! 俺はそんな尊敬できるような人間じゃないんだよ!! 前世から、俺、なんも……なんも考えずに生きてきて!!! 頼られる人間じゃないんだ!! もう、頑張れるかも分かんないんだよ!!! 俺どうしたらいいんだよ!!!! ただのモブが……どうしたらいいんだよ……!! 俺は、ただのモブでーーーーーー」
ーーだって、いつも誰かを助けようとして物事に突っ込んでいくではないですか。私たちを置き去りにしてでも人助け。……気付いたら、誰か救われてる。
ーーじゅっど、ごどぐでぇ、ざびじぐでぇ、でもあなだがいだからいばばでいぎでごれだのにぃいいい
ーー良い名だ、良い名だねぇ、須藤、与一
「----畜生、畜生ぁあああああああああああああああああああ!!! うわああああああああああああああああああああ!!!!」
0.10s
「あ”あぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
神話生物が、驚く。
目が、蘇った。
時としてただの0.1秒。
それでも、今までこんなことはなかった。
ーー耐えるのか?
もしかして、耐えられるのか?
それは 赦し難い/祝福したい。
ただの人間が、耐えられるはずがない。
0.01秒が経つだけでサイコロを振らされているような状態だ、無理に決まっている。
その筈だ。
筈、なのに。
「----もう俺はぁああああっ、いっつもバカ過ぎんだよぉおおおお見切り発車バカぁああああああああああああああああああああああ!!!!」
恐怖が宿っているのに。
狂気を孕ませているのに。
抗う。
まだ抗う。
0.21s
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
その目の輝きが、あまりにもまぶしくて。
ーーニャルラトホテプは、試練を与えた。
「がっ!?!?!?!?!」
視線を、増やした。
邪神の体から目玉が増えたのだ。
ただの人間であれば、この時点で死ぬはずだった。
なのに。
なのに。
「っっ、がぁ、っあああっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
この人間は、まだ抗う。
そして、至る。
ーー1秒経過。
須藤与一にとって、100秒。
「ぁ、ぁぁあああ」
鼻血が飛び出る。
意識ではなく、人体が付いてこれなくなった。
それでも肉の形を保てていたのは、皮肉なことに、フィジカルギフテッドだったからに他ならない。
そして。
2秒経過。
須藤与一の目玉が片方、運悪く(ファンブルで)落ちた。
それでも、残った片目がまだニャルラトホテプを睨んでいる。
5秒経過。
喉がつぶれた。
髪が半分抜けた。
右腕が白骨化した。
左手の3本指が壊死した。
足の皮膚がずり落ちた。
歯が抜けた。
耳から血がどばどばと垂れた。
意識が半分飛んだけれど、それでも目だけは必死に睨みつけている。
7.42秒
残り時間。体感218秒。
命が尽きるか、目が潰れるか、それともーー。
行け、行け。
気付けば、邪神が祈っていた。
行け、行くのだ、耐えろ、まだ愉しませろ、死ぬな、まだ死ぬな。
それは。
画面越しのオリンピック選手を応援するような期待感。
金メダルを取れるかもしれないとワクワクするような童心が、ニャルラトホテプの心を満たした。
あり得ない。
自らの姿を見ておいて、無事でいられる人間などいない。
なのに。
それなのに、折れない。
心が、折れない。
ここまでくれば、記憶も確実に吹っ飛んでいる。
自傷や加害感情に満たされるはずなのに。
まだ、折れない。
どうしても折れない!
頑張れ、頑張れ。
ーー残り、200秒。
下半身だけがずり落ちた。
残り100秒。
頭蓋骨に残された脳、片目と喉と肺、心臓以外は、白骨化していた。
下半身はもう存在しない。
ーー終わりだ。もう、人間として死んでいる。
ゲームセットだろう。
……わずかに期待させてくれた、人間への感謝を告げて、視線を外そうとした。
しかし、外せなかった。
ーーまだ、生きている。
理解ができない。
なぜ?
なぜこんな姿になっても生きている?
そこで、ニャルラトホテプはようやく気付いた。
ーー式神契約か!!! 餓者髑髏の花嫁が契約した心臓付近と、にんしきのとりが契約した脳みそ付近だけが、無事なのか!!!!!!!
間違いなく、二人の過剰な感情が彼の命をつなぎ留めていた。
ーーこの男の死は、決して奪わせないと。
あぁ。あぁ。
どうして。
人間とは、こんなにも尊く美しいのか。
ニャルラトホテプの感傷。
ーー100秒経過。
10秒は、経った。
経ったのだ。
そして、ぽろりと目を落とした須藤与一が、口を動かした。
「Yぁ、ク、ぞkU」
「--お見事。御、見事」
夜の荒野が終わる。
壊れていく死に体の男を触手で抱きしめて、完全に蘇生させた。
「人間の意地。見せてもらいました。これはサービスです。須藤与一、誇るがいい。貴様は人類史上、最も偉大な試練を越えたのだ」
「勝った、のか」
「えぇ」
「……俺、死んでなかった?」
「いえ? 別に、ネ」
「そ。じゃあ教えてもらおうか。神のシナリオと、攻略方法をよ」
「えぇ」
「……? な、なんだよ、すごい殊勝な顔をして」
「……ふふ。どうしてでしょうかね。高揚、でしょうか」




