【神話生物】事件 中編 7
side 須藤与一
「さて、本日快晴、風速そこそこ地場安定。絶好の陰陽対決日和となりました明晴学園フィールド。実況は明晴学園放送部、青葉土筆が行わせていただきます! 二回戦第1試合を飾るのは、小笠原家の天才。氷結の呪いに特化したさせた最前線の陰陽師。一回戦を瞬殺劇で終わらせた彼女の無双が、再び始まるのか! まさにノブレスオブリージュ、まさに天才、まさに最強格! 偉大なる【永弓凍土】小笠原 雹香!!!!!!!!!!!!」
フィールド内。
30m×30mという限られた、或いは広い空間。
結界は既に覆われ、逃げることはかなわない。
10m、程度だろうか。俺と離れた彼女は静かにスカートをつまんで礼をした。
そこに型は感じ取れない。
いや、型なぞ無くても構わないのだろう。
瞬殺劇が可能ということは、無形で、無呼吸で一瞬で術式を展開、発動することができるのだ。
どのような立ち振る舞いだろうが、関係ない。
ーー早撃ちの天才。そう言ってもいいのかもしれない。
この10mという距離ですら、既にキルゾーン!
「さぁ既に風評からの下克上は成った【スケベハーレム】須藤与一! 使用式神はやはり【餓者髑髏の花嫁】! 【陰陽王子】をはっ倒した実力は本物! 構図としてはそう、陰陽師と怪獣使い! 挑む側なのは小笠原なのか。会場が観たいのは、血統に寄らないジャイアントキリングか!!!!!」
実況も好き勝手言ってくれる。
それでもテンションがやけに上がってしまうのは、彼女の才能なのだろう。
視線を小笠原 ひとみに向ける。
それに気づいたように、彼女は3歩、前に出た。
「待っていてくださいね、与一さん。一瞬ではっ倒してきますので」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がした。
「与一さん」
いろはの声が聴こえた。
「--構えてください」
俺は弾かれるように、全力で3歩下がった。
「待っていてくださいね、与一さん。一瞬ではっ倒してきますので」
そう言ったひとみを、鼻で笑って、視線を下げたのは、小笠原 雹香だった。
彼女には作戦があった。
たった一言。
たった一言を言うという使命感のような作戦が。
「小笠原 ひとみ」
ケンカを売る様に目を細めて、天才が呟いた。
「貴女が 4歳の頃殺した 五星局の職員 小笠原 夢美は 私の姉でしてよ」
「えっ」
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フラッシュバック
【小笠原ひとみ】が4歳の頃、管理にあたっていた職員1名が首から餓者髑髏に食われている。
「そして、五星局に彼女はきた。最初はうまく育ててきたが、最悪の事件が起きた。彼女の教育係を、彼女の血統、本家筋の『小笠原』に頼んでしまったことよ。エリートコースを進む女じゃった。しかし五星省に来て小笠原ひとみという差別の出来る娘子を育てる為にここに来たんじゃないと、彼女に対し嫌がらせを行った。――そして、彼女は言った。当時4歳の子に「両親を食い殺した小笠原の恥知らず」と」
「幼い彼女はそのことを受け入れられず、暴走して、頭蓋から喰ってしまった。殺した後、気が鎮まり、次に目覚めたときには都合のいい記憶改竄で全て忘れておったわい」
「両親を食い殺した小笠原の恥知らずめ!!!小笠原の名を拝命した挙句、妖怪憑きになり、私の足を引っ張るというのか! 何故私がこのガキを教育しなければならない、私は陰陽庁の人間だったのだぞ! く、っくっく。そうだ、餓者髑髏……こいつを支配すれば、きっと返り咲ける……実験を繰り返し制御していけば。餓者髑髏、これだけが必要だ!!! この女は、いずれ……」
「おぞましい、骨の怪物だ。…… 餓者髑髏のせいで、職員が死んだんだぞ! なんで許さなきゃいけないんですか!!!」
わたしね、わるくないの。だって、そうしないと、しんじゃうとおもったんだもん。
なんでひていするの? どうしてごめんなさいっていわないといけないの?
わたしわるくない! わるいのはっ、わるいのは。
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「お、前」
小笠原ひとみが、狂気的な瞳で、片手で顔を抑えながら、呪詛の籠った視線を送る。
対する小笠原 雹香は、肩を伸ばして息を吐いた。
「ん! んー。ふぅ。これで私個人の弔いは終わりですわね。でも」
右手が光る。
その光が消えた後、氷でできたレイピアが現れる。
「都合のいい記憶改ざんをしているらしいではありませんか。許しません。許せません。罪を償えない妖怪など、鬼畜と何が変わるのでしょう」
蒼と白を基調にした制服の少女の衣装に、氷が加わり、冬の女王の威厳が増していく。
白く長い髪、すらっとしたスタイル。
しかしその正体は、断罪者ーー。
「小笠原を名乗る不届き者よ。その血が穢れているのならば、私が禊ましょう」
「--お前、は」
白い骨が、剥き出しになっていく。
過呼吸に近い症状が、ひとみを襲う。
じわ、じわ。
じく、じくと現実が侵食され彼岸花が咲いていく。
「その技。呪力で構成されていますのね。良かった。安心しましたわ」
【浄土穢れ地獄渡り彼岸花咲きし丘】が、雹香を巻き込むその前に。
「教えて差し上げましょう。私の二つ名のその意味を。【永弓凍土/懺氷の処女】」
試合はまだ開始されていない。
しかし須藤与一は既に後ろにとんだ。
小笠原ひとみは、その瘴気とも言える呪いを漏れ出してしまった。
それは、好手である。
たった今、この瞬間。
結界内は、凍土へと変貌した。
吹雪だ。霰だ。冬だ。
冬がやってきた。
「この術式を発動する私の縛りがあります。1つ、結界内で発動し、この術式展開がこれ以上広がらないことが保証されているとき」
小笠原ひとみが地面を見る。
彼岸花が咲いている。
でも、漏れ出た程度の呪力では……本気とは言えず。
一部の彼岸花が、既に凍り付いて砕け散った。
「2つ、敵が明確に格上で、これを発動しなければ死んでしまうとき。そして最後、3つ目」
彼女はレイピアを構えた。
「敵が気に食わないとき」
彼岸花が砕け散る、通常ではあり得ないことだ。
一瞬で小笠原ひとみは答えを出した。
「--陰陽、呪力そのものの凍結!?」
「はい。では、ごきげんよう」
二回戦第1試合
改め。
【餓者髑髏の花嫁】小笠原 ひとみ
vs
【永弓凍土】小笠原 雹香
此度の断罪劇、幕開けは無し。
試合、開始。
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side 小笠原 雹香
雪崩が小笠原 雹香を襲う!
それは突如顕現した【餓者髑髏の花嫁】の仕業だ。
地表を割る様に登場し、白い骨の群衆と、餓者髑髏が雹香を押しつぶすようにその身を全員が投げだしたのだ。
「--ふっ」
雹香が息を吹き替えると、骨は波をそのまま凍らせた。化石のようなオブジェの出来上がり。
「ーー、氷雨返り、雪花散し!(コントルアタック、トゥシュ)」
全身を地面から弾かれるように飛び出し、レイピアを真っ直ぐ突き出す。
餓者髑髏の喉、首と背骨の継ぎ目のラインに刺さる。
が、先に折れたのはレイピアだった。
「--ダイヤモンドよりは硬いはずなんですけれど」
人差し指を宙にフリックするように動かすと、吹雪の風が彼女を運び、射程圏外に逃げることに成功する。
「『ーー嫌なことを、わ、私は人なんか……』」
言葉、全て呪言の言葉が耳に入る。
しかし、雹香には効かない。彼女の耳に言葉が届くその前に、この環境が呪詛を凍結させ、機能不全にさせている。
敵の呪力を完全に停止させ、凍らせ。
「その呪いすらも、私の力」
ーー再利用する。
「【氷柱三重奏】」
その言葉と共に、上空から巨大な氷柱が3本、餓者髑髏の動きを阻害する形で大地に突き刺さる。
「【阻害雪槍】」
彼女が手を振るだけで氷の槍が形成され、超加速で餓者髑髏の腕を弾く。
「【女王の鉄槌】」
トン、と音を鳴らしてたった一歩で間合いを潰し、高速で作成したレイピアと巨大な氷の塊で、彼女の頭上から鉄槌を下そうとする。
ーーしかし、あまりにも距離が近すぎた。
「『ーー不快よ。あまりにも!』」
呪言が、凍結する前に氷の塊に届き、標的が雹香に変わる。
「まぁ! 浮気性な氷ですこと」
「『破ッーーー!!!』」
餓者髑髏の肩の骨がグルンと周り、人体ではあり得ない動きで頭上に向かって拳を全力で振るう。
氷の塊と拳が、雹香を上下で囲む。
「【氷離一帯】」
彼女はそっと、加速する拳に触れて、撫でるように滑り、水のようにあるがままに流れるように、躱して、ひとみに向かっていき、自身の前面に術式を展開し、氷の槍を降らせる。
「『っ!?』」
がきん!!!! ごきっ!!! ばきっ!!!!
彼女の骨が削れるものの、それでも鉄壁の牙城は動かない。
それなのに、雹香は嗤った。
「--接近戦はお好き? アン!」
突き、まずは顔面に向かって。
顔の半分に被っている骨の仮面でかろうじて防ぐ。
「ドゥー!」
ガシャンと音を立てて潰れた剣先を再形成し、喉元を突く。
ひとみは白骨化した左手で喉を守る。
「トロワ! 【氷上の薔薇はかく咲かれり(クー・ド・ジュターズ)】」
全身をガードしようと動くひとみ。
しかしーー。
「『がっ!?!?』」
ぶしゃり、と背中から音が聞こえる。
そう、雹香の技だ。
雹香は間違いなく正面から真っ直ぐの突きを仕掛けた、という錯覚がある。
しかし、彼女の技術は、フェンシング仕込み。
敵正面から刀身をしならせ、背中を突く技を。フェンシングにしか存在しない技を、雹香は行ったのだ。
名の通り、ひとみは餓者髑髏の上に立っていたが
餓者髑髏の骨は今、ひとみの血で一部が赤く染まっている。
ーーひとみの着飾る骨で出来た花嫁装束の、僅かな隙間をピンポイントで狙われたことの衝撃が、ひとみの動揺を加速させる。
「『くっ。こうなったらーー』」
何かしようとするひとみの動きを察知して、雹香は。
「--良いんですの? そのまま私を倒して、ハイ終わりで済みますの?」
「『っ!?』」
「ごめんあそばせ」
「『しまっ!? きゃっ!!!!』」
一瞬で装着した氷のブーツでひとみを吹き飛ばす雹香。
ひとみは吹き飛ばされながら、真っ黒な雲を見た。
憂鬱な空模様だ。
ーーまるで私の心のようだ、とひとみは独りごちた。
雹香は勝利を確信する。
「よし、これでーー、!?」
餓者髑髏が、独自に稼働するまでは。
「ち、こっちもきちんと自我があるのですね!」
長引けばこちらが不利、雹香はそう判断していた。
一回戦第1試合を見たとき、雹香は動揺していた。
あの【陰陽王子】安倍時晴を瞬殺する人間が、蘆屋の天才以外にもいるのかと。
それも、小笠原家の歴史の中で汚点とされている人間が。
ーーいや、分かっている。分かっているのだ。
みんな分かっている。
五星局の職員 小笠原 夢美の死は彼女の不手際だった。
そして、彼女の死は小笠原ひとみが原因ではなく、その両親の悪意が原因だということも、知っているのだ。
感情はあるだろう。だが、頭ではみんな分かっている。
小笠原ひとみは何も悪くないと。
だが。
だが、だ。
ーーーなんだ。お前か。
自分が4歳の頃、ふてくされた様子の女が私に絡んできた。
ーーーはぁ。才能があっていいな、お前は。ほれ、飴ちゃんだ。くれてやる。飲むなよ。
ありがとう、そう声をかけると、あぁ、と言ってそのまま帰ってしまった、女を知っている。
それが雹香の知る、小笠原夢美。
才能が無くて、不貞腐れて、コネで入れた陰陽庁。人望も才覚もなく降格して五星局。
凡人だったし、性根は腐っていたと評判だった。
だが、4歳の頃の雹香には、あの飴をくれたお姉さんだった。
血のつながりもあったらしい。けれど、もう会えない。
死んでしまい、あまつさえ死体は保管されている。
ーーだから、トーナメントに出ると知った時は、なんとなく寝付けなかった。
寝付けなくて、腹が立った。
上手く眠れないから、試合でぶつかる前に言いたいことを言ってやろうと思った。
それが雹香個人の感情。
そして、ここからは「小笠原」の感情。
「勝手に殺して、勝手に忘れて。--ごめんなさいの一言もない。ダメでしょう。それは決して許されません。貴女の周りが赦しても、「小笠原」は許しませんことよ」
餓者髑髏を封殺し、小笠原 雹香は「小笠原」ひとみを追い詰めに行く。
それはまるで死神のように。
ーーしかし。
「--、なんと。その戦闘パターンは想定しておりませんでした」
死神も、動揺することがある。
「なんだよ。文句あんのか?」
式神使いが、前に出てくることは彼女の思考に入ってなかった。
時は遡る。
「ひとみ! 大丈夫か!」
雪上に倒れるひとみに向かって俺は走る。
まさかの展開だ。
試合開始の合図前に始まるのも想定外だったけれども、なにより、彼岸花が咲かないこと。
いつものように赤い液体がぶわーっと広がって、彼岸花が咲いて、めっちゃ怖い全身から噴き出る呪詛が全然ない。
この空間の性だろうか。
全部凍っちまって、なんならその氷とか雪も全部相手の術式に変換されて打ち出されている。
あ、相性ゲーだぁ!!!
そんなことある? めっちゃ強いひとみでさえ相性差で負けるとかあるのかよ!!!
ーーいや、違う。
そうだ。簡単なことだった。
”対策された”らこんなもんなのだ。それこそ評判の【陰陽王子】だって、対策さえできていたらこれくらい出来ていたかもしれない。
ひとみが対策された結果、一瞬でこっちも窮地に陥ったのだ。
「『ーーだんなさま』」
「なんだ、どうした? 大丈夫か?」
「『ーーわたし、4歳の頃、もしかして……』」
涙を浮かべて、彼女は俺を見た。
「『だれか、ころしてしまったんですか……?』」
「あっ」
あ、それ親父言ってたな。
ひとみが暴走してた時、今までの事情とか情報整理しているときに。
しまった。
本当に失念していた。
相手は小笠原なのだから、その話が出るのは当然だったのだ。
これは俺のミスだ。事前に伝えておけば……。
いや。
伝え、られなかったかもしれない。だって……。言ったら、何か変わってしまいそうだから。
「--あぁ。そうだよ。憶えてないかもしれないけれど、ひとみは、……人を殺してる」
「『ーーぁぁ……』」
ぽろぽろと涙をこぼしているのに、彼女は歯を食いしばって、空を見上げている。
泣き声一つ、上げやしない。
「『ーーあぁ、もしかして、あぁ、そうなんですね。……たまに、本当に、たまに、夢を見ていたことがあるんです』」
「……」
「『みんなが、私の事を、餓者髑髏の事を嫌いって言って。それで、もう、分かんなくなって、イライラして、言葉が出なくて、どうしようもなくて、誰かに噛みついてしまう、ゆめ』」
「……」
「『ーーころ、してたん、ですね……わたし……』」
ひとみにその情報を伝えなかった理由が、明確に一つあった。
それは、”情緒が完成していなかった”ということ。
俺と出会う前、五星局にいたころの彼女は、心が虚ろな状態で生きていた。
言われるがままに動いて、聞かれるがままに答えて、他責的に自分は悪くないと内側に閉じこもり続けた。
五星局の人間は、それでも見守っていた。
「--いつか、その罪を自覚できるまで」
「えっ」
何故か、いろはが先に反応した。
「人を殺してしまったことを、受け入れること。人を殺してしまったことを、自覚して、どうすればいいかを考えること。それが今まで出来なかったから、誰も言わなかったんだよ」
神妙な顔をした二人。
「ーーいやさぁ。俺その辺全然考えてなかったわ。……いつもの日常が楽しすぎて、なーんも考えてなかった。でもそうだよな。……正面切ってそういう人も、そりゃいるわな」
「『わ、私は……。私は、私が、悪く……』」
「まぁ4歳だったしさぁ。きっとそれで誰も言わなかっただけだと思うしな。でも……そうだな。一つだけ言えるとするなら」
「『……』」
「話を聞くに、餓者髑髏がお前の心を守る為に殺したんじゃねぇの? そいつなりに、反射的に反応して」
「『っ』」
今もなお、餓者髑髏が雹香とタイマンを張っている。
ーーそう、小笠原ひとみと同一人物になった、餓者髑髏が。
「なぁ。お前は餓者髑髏なんだろ? じゃあ、餓者髑髏がやっちまったことは、他人事かい?」
ぎゅ、と彼女は倒れたまま雪を掴んだ。
色んな言いたいことがあったんだと思う。
でも、彼女の信念が。彼女の生き方が。
ーー餓者髑髏と自分がイコールだという自負が。
「『----餓者髑髏は、私です……っ!』」
だから、その罪も自分のものだと、ようやく彼女は至った。
「おう。じゃあ、試合が終わった後にでもそのこと伝えようぜ。だーいじょうぶだよ。ひとみ。俺も一緒にあやまっからさ」
「『っ……なんで……』」
「そりゃお前。……。ふふ、やっぱさ。お前も、いろはも、ずっと一緒なんだろ? 式神さん。じゃ、一蓮托生だろ? 良いんだよ。一緒に人生歩くんだ。……重い荷物は、たまに背負ってやるよ」
「『……ばかなひと。……ばかな、ひと』」
彼女の頬に雪が付く。その上に、温かなしずくが塗りつぶした。
「よし。じゃあまず勝つぞ。俺の思うに、ひとみのあの、異界、異界だ。あれとこの術式はめっちゃ相性が悪い。これは呪力を凍結させた挙句、そのまま再利用してくる。先に異界を出していたらわかんなかったかもだけど、赤い液体全部凍らされて使われるから結局最悪だろうな。だから相手は呪力切れを起こさないし、こっちは一方的に攻撃できない状況だ。どうすりゃいい?」
「『ーー、難しいですね。かといって私が異界を展開しないと一方的に敗北します。異界を閉ざすと元の姿に戻ってしまう。そうするともう成すすべは』
「一個だけありますよ」
「なぁにぃぴよちゃん。参謀キャラ目覚めた?」
「ふふ、戦ってないので周りが良く見えるだけです。ちゅんちゅん」
「『ーーあほどり……』」
「ひとみお姉さま!!?」
「んで、なんだよその作戦って」
「えぇとですね。相手はこの空間の維持に滅茶苦茶手間取ってると思うんですよね。実はお姉さまと戦わないと、呪力が補給されず永遠に削られ続けていずれ体力切れを起こすと思うんです。なので、ひとみお姉さまは餓者髑髏を逃がした後、最低限のサポートで遠距離で嫌がらせするだけで良いんです」
「ほう。それで? じゃあ誰が小笠原 雹香と戦うんだ?」
「……」
「『……あっ。そうか。呪力も陰陽術も一切才能無いから……』」
「ん?」
「そうですお姉さま! 与一さんと雹香さんでチャンバラバトルですよチャンバラバトル! そうすれば相手はお腹が空いたまま戦わされてすぐ体力切れです!」
「……。え? 嫌なんだけど!?」
「--、なんと。その戦闘パターンは想定しておりませんでした」
「なんだよ。文句あんのか?」
小笠原 雹香は怪訝な顔で俺を見る。
俺だって嫌なんだって。
なんで幼馴染ちゃんとの鬼ごっこもどきを、ここいらで再現しなくてはいけないのか。
寒いししんどいし、もう疲れてるんだよこっちは。
「……、あの子は? 逃げましたか?」
「あぁ。逃げた逃げた。そりゃあもう逃げたさ。今頃結界の外かもな」
「……私、嘘つきは嫌いですことよ?」
「エイプリルフールでよくぶちぎれてる空気読めない人みたいなこと言うなよ~。こんな寒いんだ。揶揄いの一つくらい許してくれって」
「はぁ。……えぇと。失礼。私の記憶が正しければ、貴方は陰陽師の才能がないはずですわよね。なのにコネでトーナメントに入り、あまつさえ女を誑かすスケコマシ」
「いかん。何も否定できない」
「そして、フィジカルギフテッド。身体能力だけはやたら高いと。……それで? 私の【永弓凍土/懺氷の処女】は攻略できるとでも? 舐めないでくださいまし。弱い者いじめなど、小笠原の名に恥じる行為ですわ」
「あー。じゃあちょっとだけでいいから手を抜いてくれよ。……うっぷ、過去の幼馴染ちゃんとの鬼ごっこが走馬灯のように……」
「--無駄な時間でしたわね。術者の貴方を倒せば、試合は即終了。効率的に、--潰しますわ」
右手を、くいっと上に向ける。
俺は瞬時に右に跳ねる。
一回戦第2試合の時のあれだ。
一瞬で相手を氷漬けにする術。
ノーモーションだときついが、でも右手を上に上げる癖があるんだ。
なら、躱せる。
「ーーまさか。躱すなんて。お待ちなさいお邪魔虫さん」
右手を俺にかざす。即座に氷の弾丸が俺に飛ばされる。ハンドガンのように、一発一発、えぐいやつが。
「--」
なら、走ればいい。雪に埋まる足を、もっと速く動かせばいい。ウサギのように、飛び跳ねるように。
吹雪の風を切り裂くように、俺の体は加速する。
弾が、後ろに、前に、体をかすめそうになる距離になったらズラして、彼女を中心に円を描くように、走る。
走る!
「なっ!?」
バキッ!
鞘に収めたままの刀と、彼女のレイピアが衝突する。
「おいおいおい、なんでそんなほっそい剣でこの衝撃が耐えられるんですかねぇ!?」
「くっ、猪武者……ッ、品性の欠片もないッ!!!」
剣を払って俺を突きにかかる女騎士。
それを、更に弾く。
「!? アン、ドゥー、トローー」
「シャァッ!!!!!!!」
1つ目の突きを薙ぎ、2つ目の突きを払い、
3つ目の突きが出る前に、持ち手の右手を叩く!!!
「きゃっ!?」
当たった瞬間剣ではなく術式で防御される。
ちっ、流石にそこまで優しくないか。
「くっ、刃も出さない臆病者の癖に」
「ひゅー、コォォォォォッ!!!!!」
彼女の言葉はすべて無視。
突かれる前に次は叩く。
まず、油断しきってる前足を鞘で殴りっ、ひるんだ瞬間をアッパーの要領で下から顎を狙って突く!!!
「がっ!?!?」
一瞬意識が飛んだ瞬間に右手を掴み、合気道の要領で腕関節を、極めーー。
「【氷上天使】!」
俺は飛び退き雪まみれになりながら地面を転がる。
地面から、花弁のような鋭利な氷が咲き誇る。
茨のようなものが出てきて、俺を狙ってくる!
「厄介だな、陰陽術ってさぁ!」
茨を弾きながら再び走る。茨を飛びぬけ、弾き、砕き、再度接近する。
「--刀を抜きなさい! ”須藤与一”! どうしました! 斬れぬなまくらを持ってきたわけでもあるまいし!」
「--馬鹿。違うんだよ。抜いたらさ、お前も幼馴染ちゃんみたいに……」
刀身を、僅かに見せるように、抜いた。
「ガチっちゃうだろ?」
小笠原雹香の表情が、一瞬で青ざめた。
「--それは、ダメでしょう」
小笠原雹香が即座に陣地を構築、誰も近寄れない氷の城が完成する。
そして氷の城から、彼に向けて絶え間なく砲撃が開始される。
「あ、あは、あはははは!!! ほぉれみろ! そういうことする! 結局鬼ごっこかよちくしょー!!」
「ふざけてる! なんですの貴方!! --今ので100回殺されるイメージが湧きましたわよ!」
「すまんなぁ! 刀が良いんだ刀が!」
これは、親馬鹿が試合前日にしでかしたエピソードである。
「与一これ……」
「え、なにこれ? うおー刀だ! ありがとう親父! まぁ刀一本あっても大したことはできないんだk」
刀身をわずかに抜いた瞬間、須藤与一はがちりと刀を瞬時に収め、息を荒くした。
「な、なん、お、親父? なんだこれ?」
「うん……あの、国宝は、無理だったからさ……その……」
「……」
「ぐすん、準国宝で許して……」
「馬鹿野郎!!!?」
こうして、小笠原雹香はその最初の犠牲者になってしまったのである。
準国宝、つまりは重要文化財クラスの日本刀を、馬鹿が持ったのだ。
「--あいさつ代わりに、斬らせてもらうぜ。右によけろ、じゃなきゃ死ぬぞ!!!」
刀を、縦に持ち、抜いて、振りぬいた。
「【獅子王】」
凍土と城が真っ二つに割れた。
轟轟音を鳴らし、城が崩れる。
ぴきり、と結界に亀裂が入った。
「--うそ、学生のバトルに、重要文化財クラスの刀を持ってくる馬鹿がいるなんて聞いてない」
小笠原雹香が呆然としたまま俺を見る。
攻撃の手は、一切緩んでいない。
むしろ苛烈になっていく。
分かったのだ。
この男を無視することは、--即ち自身の死であると。
そのタイミングで、氷山の一角が真っ赤に染まり、彼岸花が咲いていく!!!
「『同時ですわ。同時に波状攻撃をすると、脳がパニックになるそうでしてよ。小笠原、雹香さん?』」
「--小笠原、ひとみぃっ」
憎々し気に睨むもむなしく、異界が彼女の世界を塗りつぶす。
上手く凍らせられない。なぜ? と彼女が疑問に思うのも束の間。
再び男が接近する。
「っ! 厄介すぎる!!!」
氷の城を再形成、再び牙城を固める。
その瞬間、右ひざがすとんと地面に落ちた。
「--ッ、このタイミングで、ガス欠ッ!!?」
小笠原雹香の呪力管理は、小笠原ひとみとの戦いまでは完ぺきだった。
しかし、やはり想定外だったのだ。
フィジカルギフテッドと言えど、身体強化の術を使った術師レベルで動かれて、訳の分からない刀に動揺させられて。
挙句異界という力が本領発揮してきたら、もう止められない。
ここで見誤ったのは、やはり須藤与一の実力。
身体強化の術をわずかにでも使っていれば、それを凍結し再利用できたのだ。
ただの人間が、ただの脚力と技術、すごくつよい刀だけで、自身の冷静さを奪い取った。
「ちく、しょ……」
凍土と城が消える。結界の中は、俺と、餓者髑髏の花嫁と、いろはと、遠くに倒れた小笠原雹香だけだった。
「やったか……」
俺の声が響く。
「『やりましたね』」
徐々に彼岸花が咲いていく。もう止められるものは無い。
「や、やった。やったぞ! 勝った、俺たちの、勝ちだ!」
俺は、すごくうれしかった。
ずっと負け続けてた人生だった。
幼馴染ちゃんに、ずっと負けて、悔しかった。
でも、もしかしたら、本当にもしかしたら。
こいつらとならーー、そう思った。
「この瞬間を、待っていましたわ」
たん、と軽快な足さばき。
何か聞こえた、そう思って振り返ったら。
遠くにいたはずの小笠原雹香が、一足で、距離を詰めていた。
「永弓」
それは、小笠原雹香を矢に見立て、一瞬で敵を屠る為に作られた奥義。
俺が刀を握った時には、既に、懐の中にいた。
ーーまにあわない。
「私の、勝ちだ、須藤与一ッ!!!」
やばい。この女の執念を見誤った。
たった一手。たった一手で逆転される。
そのレイピアの行く先は、俺のはらわた。
ダメだ、振れない、動けないっ!
うごけ、なーー、いーーッ!!!
刺さっ
「ちゅんちゅん」
「えっ」
「なっ」
一歩分、たった一歩分足りない。
彼女が、距離を見誤ったとは思えない。
俺も、刺さったと思い込んだ。
でも、刺さっていない。
たった一歩分の距離が、小笠原雹香の一発逆転に足りない!
小笠原ひとみだけは、理解した。
彼女の足元、彼岸花の花畑。
その中に、こっそり、陰に隠れるようにーー。
一輪の、極楽鳥花が。
「……これは、与一さんとお姉さましか認識できない花。バレなきゃいいんですよ。バレなきゃ。今日だけですよお姉さま。決着を」
「『--馬鹿な妹よ! 貴女は!!!』」
彼女の極楽鳥花の花粉は、幻覚効果がある。
たった一歩分、されど一歩分、誰にも知られない彼女の献身が刺さる!!!
「『小笠原、雹香ぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!』」
彼女の腕が、振られると同時に、顕現した餓者髑髏が彼女の体を掴む!!!
「うぐぁっ!? お、小笠原……ひとみぃぃ!!!!! 貴女がッ!!!」
「『うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!!』」
罪を、自覚した。
罪を、認めた。
餓者髑髏の罪は、自分の罪であると心に落とし込んだ。
だから小笠原雹香の事は理解できる。
一言いいたくなる気持ちもわかる。
でも、それでも。
わがままだと分かっているけれど。
「『その男の命だけは、誰にも奪わせないッ!!!!!』」
握った勢いで餓者髑髏が体をそらせる。
小笠原雹香の体が空中へ浮く。
「-----すべて理解した上で?」
「『ーー、はい』」
「……はぁ。じゃあ。是非も無しですわ」
「『うらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!』」
必殺の、餓者髑髏バックドロップ。
頭から地面にたたきつけられた小笠原雹香は、無情にも倒れる。
決着。
勝者、【餓者髑髏の花嫁】小笠原ひとみ
及び
【スケベハーレム】須藤与一。
誰にも知られぬ立役者。
【ヒトコイシニンシキノトリ】須藤いろは。
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「良い勝負でしたわね」
20秒も経たないうちに復帰してきた小笠原雹香。
こいつ無敵か?
「まぁ。心外ですわね。小笠原の修行を乗り越えればこの程度お茶の子さいさいですわ」
「嘘だろ小笠原」
なにそれ俺も修行したいんだけど。
「それよりも」
小笠原雹香が、ひとみの手を握る。
「--え、あの」
「私に言いたいことはありますか?」
それは姉のように優しく、諭すような言い方だった。
ひとみは戸惑って、悩んで、最後は、うつむいて、告解した。
「--ごめんなさい。私は4歳の頃、……貴女のお姉さまを、……害してしまった」
「はい」
「許されることではありません。ですが、……今まで、自分の事を認めなかった不義理も含め、償いたいと考えています」
「--、貴女は、善き人に恵まれましたね」
「えっ」
「貴女の謝罪、正しく小笠原が聞き遂げました。貴女の罪を、許しましょう。ただ、一人の人生を奪ったその咎を忘れ、私欲で人を殺すならば、私があなたを殺しましょう。貴女が、彼女の分まで生きて、善き人生を送れることを、末永く願っています。--それが、小笠原の決定です。生きなさい。生きて生きて、頑張ってください。それが、小笠原の願いなのですから」
「--はい、……はい……っ」
「よくぞ今まで、耐え忍んで生きましたね。ご苦労様です。大丈夫、困ったら私が助けましょう。貴女も、小笠原なのですから」
「はいっ……」
二人は抱き合って、ひとみは涙を流し、雹香は頭をなでて、親愛を示した。
「与一さん」
いろはが、その光景を見て呟いた。
「良いですね。許されるって。--許してもらえないなら、どうすればいいんでしょうか」
「え? あー。まぁ、許してくれる相手を探すしかないんじゃないか?」
「……与一さんは、許してくれますか? 私のこと」
「え、何を?」
「……何を、許してほしいんでしょうね。私は」
いろはは空を見上げて、深く息を吸った。
「それを知りたいです」
【神話生物】事件 中編 完
次回。
【神話生物】事件 後編
そのシナリオは、神のみぞ知る。
誰も生き残れはしない。
少なくとも、神はそう仰せである。
ーーそれを超えられるのは、或いは。




