【神話生物】事件 前編 7
第一回戦 一時間前
「いったん整理させてくれー」
「いいよー」
元気よく答える幼馴染ちゃん。
すごい、普段の2倍は明るい返事だ。
選手控室に、俺、幼馴染ちゃん、小笠原ひとみ、須藤いろは。
んで一応メスガキママの筆談セットも用意して通信を繋いでいる。
ひとみといろはに普段通信していることがばれるが、まぁこれも些事だ。
下手したら原作ルートに突入して訳も分からず死ぬみたいなパターンを防ぎたい。
「まずな? 【陰陽王子】安倍時晴に関しては何? なんかすごい恋愛感情の化け物みたいなのが生まれてるんだけど」
原作で彼と接触することはなかったが、なんというか、安倍らしくない動き方をしていた。
安倍家は優秀な才能を持つ家の人間と積極的に婚姻を行い、「結婚したからお前は安倍な!」っていうがばがば判定を繰り返して成長していったとんでもないお家だ。
五代屋敷以外でも、才能があれば娶る。
かなりシステマチックな家として知られている。
婚姻のメリットは正直大きい。
安倍を名乗れる。これだけで陰陽師としては破格の報酬ともいえる。
故に恋愛感情は置いておいても結婚し子どもを作るだけ作って後は隠居生活、なんて男女が絶えない。
安倍家の子どもは大変だろうが、今のところそれで万事問題なく成り立っているのだから面白い家系ともいえる。……まぁ変な奴は事前に易占で弾いているのだろうが。
さて、なのに安倍時晴に関してはゴリゴリの恋愛志望。確かに幼馴染ちゃんの才能はエグイが、それ以上に大きなクソデカ感情が見えた。これは安倍家にとってすんごい珍しいことなのだ。
「えーっとねー。なんかー。……、まぁ、去年の大会の決勝戦ってー。安倍さんとだったんだよねー。その時に……そのー。3秒? 不意打ちで瞬殺しちゃってー。その日からすごーい追い回されて、でも返り討ちにし続けたらー……、あんなんなっちゃった」
「頭部への損傷が激しかったんだな……」
ボコされすぎて頭がやられちまったんだ。可哀そうに。
『一応私も証人だけど♡ 本気で拒絶してたからね♡ でもすんごい学校でもしつこくてどこが王子キャラなの?♡ストーカーだよねーって言ってるレベル♡ 一回地獄に落ちて欲しいよね♡』
メスガキママもそう言うレベルか。
こりゃちょろそうだな。
『でも戦闘始まったら何も関係ない♡ 死ぬほど好き好き言ってるくせに本気で殺しにくる♡ 熱烈なヤンデレ♡』
……絡め手で「幼馴染ちゃんのベストショット写真集」とかぶん投げれば勝てるかなって思った俺がバカだったか。
「あ、そうそうー。それでなんで一週間前に来てt」
「あと疑問なのが、いや、これが本命なんだが、【流星の魔法少女】如月 桐火、【聖伐執行】犬鳴 響、【宴夜航路】迫野 小登里の三人だ。俺はあいつらが怖い」
幼馴染ちゃんの疑問については答えないことにする。答えると長いので、まずきちんと真面目な話を終わらせてから処理するものとする。これ幼馴染という関係性が導いたアンサーね。
「何故怖いのでしょう? 私にはどうも、ただのお上りさんの中学生にしか見えませんでしたが。……あぁ、むしろオーラを感じなかった、という点においては怖いかもしれませんね」
ひとみがざっくりと言語化したものを踏まえて、俺も推測をする。
「なんっていうんだ? 実力を測れなかったのもそうだし、……、そうだな。彼女たちに関しては、本筋の未来からズレた動きをしているっていうか……、いやこれはいいや。なんか、変なものが介入してるかもしれん」
「未来? 介入?」
いろははよく分からない様子で首をかしげる。
……まぁ、原作の話なんて俺以外分からないしな。余計なことを言ったな。
「まぁ、あれだよ。なんか変なんだよあいつら。お前らなんか分からんか?」
幼馴染ちゃんといろはは首を横に振った。メスガキママからは小さく×が送られてきている。
しかしひとみだけは、何か思い当たる節がある様にすっと手を挙げた。
「えぇ、私は知ってるやもしれません。あの雰囲気、独特の空気感。害があるのに害がないようなズレ。……五星局の中にいた管理された生き物のような」
!?
そうか、ひとみは五星局に管理されていた【怪異】、つまりお仲間の可能性があるということか。
確かに五星附属なのだから、そういったモノなのかもしれない。
しかし、原作では彼女たちはそういう案件とは無関係の異能力者だ。
犬鳴響は祓魔刀と呼ばれる刀を振るう、戦巫女である。刀を振れば振るほど神に祈りをささげる力が溜まっていき、最終的に人神一体という技を使い、斬るモノ、触れるモノ、周囲の世界、全てが浄化されるという天性の才があった。日本神話における神を下ろし、【神纏:桃太郎】となる。それが彼女の設定だった。
迫野小登里は天才的な発明家だった。妖怪や怪異全てに効く符の創造、現代兵器と陰陽術の融合、そして、怪異を人間の支配下に置く式神システムを最新のものに構築し、その発明能力のみ、安倍晴明を上回るともされた人だった。知恵で怪異を上回っていく姿や、無慈悲に殺傷していく兵器を生み出すことで、【盟神探湯】という二つ名すら与えられていたのだ。
そして……如月 桐火。
彼女は、何もない。
戦闘要員ではない。
ただただ巻き込まれて、陰陽師の世界に深く沈んでいく、ただの人間だ。
笑顔がトレードマークの、ただの少女だ。
だからこそ、この笑顔を守りたいと決意した原作主人公、【最強】渡辺 奉は強くなっていったのだ。
そんな彼女が、五星附属で1位を取った。
……明らかに挑発するような原作改変。
俺には何が始まっているのか分からず、困惑することしかできない。
「ぐわ~~~~~!! もう情報量が多すぎて困惑しっぱなしだぜ!!! 俺の話ってこんな複雑だったかぁ!!!? もっとさー、ぬるーく進んでなんか上手いこと解決していく話じゃなかったかぁ!!?」
「人生そんな甘くないでしょう」
ひとみが呆れた様子でジェスチャーをする。
「そんなことよりも、大事な話があるでしょうに」
「大事な話?」
勢いよくひとみが立ち上がる。
「出店巡りですわ!!!」
「出店め、えぇ……?」
「複雑なのよく分からないので、私は与一さんにかっこ良いところを見せてキャーヒトミサンカワイーオレノヨメーって言ってもらって優勝END以外見えていません! でも出店巡り二人っきりでしたい欲望からは逃げられないのです!!!!!」
「そんな! ひとみお姉様どうして!! 今までそんな素振り見せなかったのに!」
「うるさいちゅんちゅん丸! 学校で、学校でも私はおしとやかに生きていたかった!!! でもいろはさんの転校で二人きりの時間が全く取れなくなり、今までの清楚な和風恋愛ストーリーが賑やかどったんばったん大騒ぎハーレムラブコメディに成り下がってしまった私の気持ちが分かりますか!!!!」
びしっと指をさすひとみ。
「というわけでメインで戦闘をするのは私ですので鳥はお留守番、ぽっと出の幼馴染は戦いの準備でもしておいて与一さんは私と出店巡りです。失せなさい負けヒロインども。私はハーレムエンドだけは絶対に許さない女。昨今のハーレムを全力で否定する餓者髑髏の花嫁、小笠原ひとみですわ」
「ペットに人権を! 独占禁止法です!」
「あはーぽっと出の骨っ子がなんか言ってるー」
『喧嘩の仕方が知性を持った女児♡』
「文句があるなら聞きましょう。聞くだけですが」
すると、幼馴染ちゃんがびしっとひとみを指さした。
「怖いんだー」
「あ”?」
ひとみがぴきった。
「男の人を独占しないと安心できない、地雷女なんだー」
「なっ、はぁ? え、は、はぁ? ち、違いますし? 独占? いやこれはもう普通にね? 普通の感情ですし? 」
「いるんだよねー。男の人が女の人とお話したりお出かけしただけで浮気って叫ぶ器量の狭い人ー」
「ち、ちが、違うもん! 違うもん!」
「私はそんなこと、しないのになー。ねー、与一くん」
「おが、ご、ぐが、ぐぬぬぬぬぬ」
なんか話だけ見てたら浮気を持ちかける怖い女性みたいなムーブしてる幼馴染ちゃん……。
いや、お出かけはギリヤバいのは? あ、でも付き合ってないのでセーフなのか?
自らの価値観が揺らぐ音がするぜ。
「ローテしようね(※時間決めてローテーション組もうねの意味)」
「え?」
幼馴染ちゃんから信じられない言葉が聞こえた。
「ローテ、しようね」
「で、でもそれは」
「え、私譲歩してるよねー。一週間、独占してもいいんだよー? そっちの方が……」
「ろ、ローテでいいです」
「うんうんー。幸せな選択だよねー。ソノアイダニオトセバカイケツスルシ」
「え?」
「んー?」
「はい……」
幼馴染ちゃん、なんか……怖い。というか。
「え、待って俺別に出店巡りしないけど」
「は?」「え?」「ふーん」『……』
「いや、しないけど。むしろ俺結構必死な運命だからね? 【陰陽王子】の攻撃ひたすらかわす作業とかあるし。準備運動とかで過ごすけどこの後」
「……」「……」「……」『……』
「あれ? 話聞いてる?」
「時間配分どうします?」「試合前は難しいですけど1回戦終わったら長い時間が取れると思うんです」「2回戦終わりでもいいかもしれないなー。その後フリーだし」
「いや、だるー。誰も聞いてないのだるー」
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試合会場
特別貴賓室
30m×30mのフィールドを囲むように、観客席も設営されている。
即席で作成されている土台ではあるが、コロッセオのように円形にフィールドを囲むように設置されているのだ。
そして、円形の観客席の一部分に、ガラス張りで周囲から守られている特別貴賓室が存在した。
「うむ! 何度見ても壮観じゃな!」
宮内庁代表、日輪が腕を組んで満足そうに笑う。
座っている人間たちは、どれをとってもスペシャリスト。
須藤父は……なぜ自分がここにいるのか、分からなくなる。
「どうじゃ頼重殿! 壮観であろう!」
「あ、あはは。そうですね」
須藤父は自分の手に持っているパンフレットの名簿に目を通す。
【宮内庁】日輪
【宮内庁】じぃじ
【宮内庁】小笠原 遊里
【陰陽庁 審議官】 蘆屋 道斬
【陰陽庁 戦闘部 部長】安倍 邑楽
【陰陽庁 戦闘部副部長】安倍 寺門
【陰陽庁 救護部 部長】賀茂 雄二
【陰陽庁 教育式神】土蜘蛛
【陰陽庁 教育式神】九尾の狐
【京都神道 神主頭】山本 愁
【京都 寺院連盟】東 喜左衛門
【西洋魔術学会 代表】リサ・ストロベリー
【内閣総理大臣】上野 聡
【内閣 文化庁 大臣】池田 仁
【文化庁 審議官】岡 俊介
【隠れキリシタン同盟 副代表】賀茂 アウグスティヌス 一郎
【五星局 現代怪異科教授】土御門グレゴール
【五星局 現代怪異科助手】安倍 董子
・
・
・
【警備部長】須藤頼重
解せぬ、と頭をぐるぐると回す。
いや、分かっているのだ。
正直こんなに人数なんていらないのだ。
どこもかしこも、「あれ? ウチの名前がないね?」と言いまくった結果なのだこれは。
最低でも五代屋敷は名を連ねなければいけないし、でも上に権力が一つの家に集中しすぎると、如何に違和感のない肩書の人で五代屋敷をバランスよく入れるかみたいな現象が必ず起きる。
それにプラス形式上の内閣やら他の団体の人間を入れまくってこんなキメラみたいな名簿になるわけだ。
「おい須藤!」
ぷんすかした老人の声が聞こえる。
……土御門グレゴールの声だ。
グレゴールと須藤父は【餓者髑髏の花嫁】事件の際に五星局でお世話になっていた。
「お久しぶりです。半年ぶりですか?」
「なぁぜ研究畑まで引っ張り出された。貴様事情を知らんか! それとも何か? 土御門はいつから政治が弱くなった! 」
「……はは」
「は、はは、だと!? え、嘘だろう!? な、何をしている根腐れ古だぬきども……。わ、儂が今一番の出世頭って嘘じゃろ?」
「ほらー。教授のせいじゃないですかー。ウチが安倍とか全く関係なかったじゃないですかー」
安倍董子がスマホをスワイプさせながら高速で文字を入力していく。どうやらSNSを使っているようだ。
ちなみに、SNSが使える。これだけで陰陽師の中でもハイテクノロジーを利用できるという尊敬の目で見られることは言うまでもない。全員アナログ派なのである。
「安倍董子さん、ですよね……。うちの子とひとみさんがお世話になっております」
「あー! ひとみっち今そっちにいるんでしたっけ~! 元気してます~? マジちょー気難しい子ですけど良い子何で! チェケ」
「はは。トーナメント出ますよ」
「マァジィ? すごい言うこと聞いてるんすね~。はえ~やってんねぇ」
安堵の不安の表情を浮かべて、董子は何かを祈る様に手を握った。
「そういえば、五星附属は飛び級3人もすごいですね」
何気なく話題を振ってみると、グレゴールが訝し気な顔をしていた。
「儂は反対だった」
「ウチも反対だったんです。まぁ学校の理事とか校長がごり押しちゃって~。変だったんですよ。なんか、彼女たちの力に当てられて正気じゃなくなったみたいな」
「……正気じゃ、ない?」
「あぁ。だから最悪、安倍董子の力を使って3人を即時無力化する程度に準備はしている。……ところで、ウチもウチだが、何故貴様の息子も出ているのだ」
「あ、あはは。それは……」
「妾が呼ばせたである!」
日輪が頼重の背後からひょこっと出てくる。
「日輪様直々のご指名、ですか?」
「うむ! 何かと話題になる須藤家のご子息をこの目で見たかったのだ! 占いも念のため行っておる!」
ぴりっと空気か変わった。
全員が視線を向けず意識を集中させていることが分かる。無理もない。
日輪の占いは、日本において絶対である。
「この度、須藤与一が敵を倒すと出たぞ! まぁ、勝ち負けは出なかったので活躍するだけするかもしれんが後はどうなるかは知らん! わーっはっは!」
本当に、しょーもない結果だった。
だが。
「日輪様。ご無礼ながら、質問を。すると、……安倍の最高傑作、負けるやも、ということですか?」
【陰陽庁 戦闘部 部長】安倍 邑楽、安倍時晴の実の母が、挑戦的な口調で日輪に問いかける。
「知らん! ただ、そうじゃな……。結果はどうあれ、第一試合にふさわしい内容であることは、間違いなさそうぞ?」
「なるほど。ありがとうございます。失礼、少々電話を」
そう言って安倍邑楽は貴賓室を出る。
(……なるほど、息子に最大限警戒するように忠告しに行ったな)
須藤父だけは、なんとなく意図を察して目をつむった。
(……あぁ、でもなぜだろう。与一なら大丈夫な気がするな)
陰陽庁の面々はぼそぼそと話し合っているようだった。
しかし、長い金髪を揺らさず、獣耳を一切動かさず、微動だにしない存在があった。
【陰陽庁 教育式神】九尾の狐である。
彼女はむしろ、堂々と座り込みフィールドを見つめている。
まるで、誰かを待っているように。
須藤父は、顔見知りの彼女にそっと近づき、耳打ちした。
「心配してないんだね」
彼女は、ふっと息を吐いて笑った。
「須藤与一を心配? するわけがないでしょう。……齢七つで、私を討伐した男ですよ?」
「確かに」
二人は笑った。
残り時間は、10分に差し迫っていた。