【神話生物】事件 前編 5
「なんとかなるわけがないでしょう! これより、須藤式ブートキャンプ(vol.1)を開催する! 諸君! 息子の与一と式神のひとみさんとなんかよくわかなんないけど須藤家に入った式神のいろはさんだ! 君たち同様に鍛えていく! 異論はないな!」
「「「「「aaaaaaaah yeaaaaaaaaaaaaah!!!!」」」」」
すごい面倒ごとに巻き込まれた。
ここは明晴学園の地下、【ぬらりひょん封印牢】前だ。
広いフロアがあって、その奥に厳重に封印されているぬらりひょんがいる牢屋がある。
ぬらりひょんの牢屋からは、漏れ出んばかりの瘴気、いや妖気がはみ出ている。
その妖気を浴びながら、上半身裸で袴を身に着けた男たちが腕立て伏せをし続ける。
「……なぁにこれ。親父」
「ここでは、教官と呼びなさい、与一」
目が濁ってる。多分呼ばれたいだけだこれ。
「おや、……教官。これはなんですか」
「ぬらりひょんの妖気を浴びながら目標を達成することで無理やりレベルを上げてる」
いやなパワーレベリングすぎる。
「おぅ〜い、部屋の前がうるさいぞ〜」
なんかぬらりひょんらしき声も聞こえるんだが。え、何こわ。
「さて与一。君もある程度強くなっている。でも下手したら今回のイベントで羽虫のように潰されるのは親として見たくない。なら、対抗手段を一つでも増やすべく、パワーアップの時間だ。大会まで1週間。とりあえずやれることは全てやるぞ!」
「……えぇ……。なんか、納得いかないよなぁ。俺もう陰陽師の道進んでないのに……」
「それはそう」
親父は論破されたようで気まずそうだ。
「……いや、本当にごめんね。大人の事情に巻き込んでしまって」
「いや、それはもう、いつも通りというか。まぁ、うん。やることもねぇし、暇だったし良いんだけどさ」
「……与一って、何かしたいこととか、やりたいこととかないの?」
親父から言われた言葉を深く受け止めず、俺は声を出した。
「俺か? 俺は……。俺は……」
そしてゆっくり、頭の中で今言われた言葉を反芻した。
やりたいこと。
あぁ、あった。けど、現実的じゃ無い。
したいこともあった。けど、不可能だった。
……どうしようもなくしょっぱい願望を無理やり脳みそから追い出して、残りガラみたいな夢をかき集めて、俺は伝えた。
「俺、は……。刀、刀が振りたい」
「刀? あぁ、ずっと子どもの頃から振ってたもんね。好きなんだねぇ、剣術」
「あ、いや……そうじゃなくて」
何故か、ある姿が浮かんだ。
それは、小さい頃に妖怪に立ち向かった時と同じく理想としていた姿。
忘れていたはずの、忘れようとしていたはずの剣を持つ姿。
ーーあぁ、そういえば憧れていたのだった。
「……ある人の、剣を使ってみたいって思っててさ」
俺は……。
そう、俺は……。
原作主人公にずっと憧れていた。
「そ、それって……お父さんの!?」
「違います」
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「我は明晴学園生徒会会長、3年梅組、【最強】渡辺 奉である! 華咲き枯れても夢違わず。祖には一条戻橋にて果たした鬼斬り、源頼光四天王が筆頭渡辺綱也!!! 闇夜に紛れる化生ども、日の丸に代わりその罪暴き、この場で因果断ち切るのみ。いざ参る!!!」
原作主人公は、ギャルゲーにしてはかっこよかった。
大正ロマンの装いの制服、深くかぶった軍帽に、髪の毛が左目を覆っていて、右目のぎらつきだけが、やけに印象に残っていた。
体中傷だらけだし、真面目だし、武骨だし、腕なんて包帯でいつもぐるぐる巻きだ。
二つ名は、【最強】。
周りからもそう言われ、自分でも名乗っていた。
怪異は、恐怖を糧に強くなるから……自らが【最強】を名乗ることで、みんなを守ろうとしたのだ。心も、体も。
全て救うと決めて、武に打ち込んで、原作ヒロインたちを助けるために、単身で走った。
一人で、走り切ったのだ。
血を流しながら、涙を見せないようこらえながら、走り切ったのだ。
原作1週目も、2週目も、救いがないと知っていても助けるために。
天才、ではなかった。
ただ血の滲む研鑽だけで、本物になった努力の人だった。
ーーあぁ、すごいなぁ。
強いなぁ。かっこいいなぁ。
あの剣を、あの剣が振れたなら……。
陰陽師の才能が、少しでもあったらなぁ。
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「身体強化の術覚えてたらマジで危なかったぜ。流石頼重さんの息子。身体能力馬鹿ヤバい。でも身体強化をしてる俺と同レベルだから当たらないし、当たっても防御結界が斬れないからダメージもない。総合で俺の勝ちだな坊ちゃん」
「はぁ、はぁ、はぁ。ちく、……ありがとうございました……」
「……本当に、才能さえあればな」
また、親父の部下に負けた。
剣の技だけだったら勝ってた。
剣の技量だけなら勝っていたのだ。
でも、負けた。
また負けた。
なんてことはない。
中学までの、いつもの光景だった。
五行の術もそう、呪術もそう、式神もそう、武術もそう。
陰陽道という全ての才を使って戦う陰陽師と、剣一本だけひたむきに振っていただけの男の差だ。
剣道や居合道だけで、フル装備の軍隊に突っ込むようなものだ。
陰陽術さえ使えれば、銃弾すら斬れるのに。
分かっている。理想と現実は痛いほど分かっているのだ。
でも、……そう、でもが来るのだ。戦うたびに、「でも」が来るのだ。
再び、俺は立ち上がる。
「んじゃ、次どなたかお願いします」
「おっ、イキが良いねぇ」「個人的に陰陽術才能無いならサブウェポンも用意したいよな」「頭は悪くないし、トラッパーになって追い込み漁するのは?」「正面切って戦うより忍者スタイルがいいんじゃないか?」「でも一発逆転ってより割と攻め攻めの人間性だよな? でも陰陽術で刀防がれたらどうなんだ」「国宝使えれば概念ごと斬れるし国宝使いましょうよ国宝」「ありだなそれ。タイチョー! 国宝持ってきてくださーい」
「無理だけど!!?!?」
「……」
なんとなく、ここは自分の鬱屈した感情を吹き飛ばすには、十分すぎる環境なのかもしれない。
「正妻小手返しオラァ!」
「ぐえー!」
「みんな逃げろぉ! あの嬢ちゃんだけ戦闘力化け物だぞぉ!!!!!」
「ちゅん、ちゅん」
「あっ、あっ、耳元でそれは、あっ、あっ」
「みんな逃げろぉ! あっちの嬢ちゃんは倒れた相手を萌えで洗脳しようとしてるぞぉ!!!」
「いやお前ら何してんのぉ!? 温度差で風邪ひくわ!!!!」
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大会まで残り5日。
まだ2日しか訓練をしていないが、十分体は動けるようになっていた。
庭で木刀をぼーっと振っていた。
心が落ち着くような気がする。
そういえば、俺はずっとここで振っていたのだったっけ。
……陰陽師の学校に通えない選択肢が出てきて、向こうでは筋トレくらいしかしてなかったっけ。……いや、こっそり、その辺の木の枝を持ってみたり、フライパンを振ってみたり、……未練はあったのかもしれない。
まぁ、……今回は、俺が戦う訳じゃないしな。基本。
はぁ。
……悔しいなぁ。
ひとみ頼りで、本当に良いのかよ。
ーーじゃなきゃ死ぬだけだろ俺。
はぁ。
くそったれ。
「精が出ますね」
急に声を掛けられて、木刀を振る手が急停止する。
顔を向けると、銀子さんがいた。
「あ、あぁ。ごめん、いたんだ。もう風呂?」
「いいえ、ただ、表情が沈んでいましたので」
「……なんでもわかっちゃうな、銀子さんは」
「それほどでも。何か、ありましたか?」
「何もないよ。……何も。俺の時間だけ進んでないかもってくらい、変わってない」
「……」
「スゲー嫌だよなぁ。何もできないのに、トーナメント参加って。本当に、最悪だ。正直もうどうなるかも、どう言われるかも想像つくし。言われたからやってるだけ。でも……」
「……」
「……こうやって馬鹿みたいに剣振って、トーナメントに出たら、……なんか、変わってくんねぇかなぁって、思っちまう」
「変わります。……変わってます」
「え?」
銀子さんの顔が、何かを懐かしむような表情だった。
「トーナメントなんて、私からするとどうでもいいことです。だって、貴方が動けば、助かる人間がいた。餓者髑髏の子も、もう一人の女の子も、貴方に助けられたんでしょう? 貴方は、戦って勝つ人じゃなくて、助ける人、でしょう? やれることをいつも全力でやるのが、須藤与一その人だと、認識しています」
「……。……へへ、今そんな話、してないだろ?」
「!? そ、そうでしたか?」
「……あぁ。でも、いや、ありがとう」
そうか。
そうか。
空を見上げる。
実家から眺める星空は、そういえばいつもきれいだった。
ーー俺は、やれることをやればいいのか。
あれ? 俺銀子さんに餓者髑髏の話したっけ。