【ひとこいし ■■■■■■■】事件 11
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「あー。終わったなー」
勘解由小路在信は、にんしきのとりの封印に成功した。
そして、死体ばかりのこの村で一人、座り込んでいる。
腹に穴が開いて、心は既に100も殺され。
それでも、自我を保って生きていた。
彼もまた、時代に名の残らぬ天才であった。
――その自我も、間もなく消え、死に至るとしても。
「おやぁ。元気です? あららお腹におっきい穴。死にますネーこれ」
ふと、気付けば男が立っていた。
貌は見えない。でも、人を狂わせるような声をしていた。
「よう。アンタかニャルラトホテプ。元気だよ。超元気。あと5分もすれば、あの世行きだ」
「それはそれは! 何よりですねぇ。……無事、お役目を果たせたようで」
「アンタから部下が命がけで情報を引き出したからな。部下の命一つで、世界を救う情報を得た。それで、……まぁ。いいじゃねぇか」
「--、人は、つくづく業が深い。故に我らも、つい干渉してしまう。悪い癖です」
「ははっ。ちげぇねぇ」
「……、もし。貴方が望むのであれば。我らの眷属として、再び生を謳歌することも可能です。世に混沌を振りまき、人を狂気のるつぼに突き落とす。楽しいですよ。……どうです?」
「……。はは。分かってるくせに」
「--、はい。分かっておりますとも。では御機嫌よう! 歴史に名など到底残らぬ大天才! 世界を救った大偉業、誰もが知覚せずともこのニャルラトホテプが認識せん! 愛すべき隣人たる人類の陰陽師よ、人は、生命は死によって別れる為に生まれ生きるのではない!! 這い寄る闇を忘れるなかれ、生まれた理由は、いつだってその闇に生まれる輝きの為である!! では失敬。二度とふたたび千なる異形のわれに出会わぬことを宇宙に祈るがよい」
「はっ。何を言っているのやら。日の本の言葉で分かるように言ってく、……行っちまったか」
気付けば赤い原野は消え去り、夜空の輝きが自らを照らす。
何も残せず、何も残らず、にんしきのとりと共に、自分は消えていく。
あぁ、先祖代々に申し訳が立たない。
申し訳ございません勘解由小路の面々、在信は歴史の陰に埋もれ、家ごと消えようと思いまする。
世界を救うためには、必要なことでございました。
ですが、あぁ、あんまりでしょう。
元々陰陽師など継ぐような人間ではありません。
ほどほどに、修理大夫として朝廷に出入りして自尊心を守る程度の器にございます。
何かを成すつもりもなく、何か残そうとも思いません。
……ポン助や、部下、堺の人々。
好きな芸者、嫌いな貴族。
よくしてくれた、土御門。
足蹴にしてくれた、あほんだら。
ああ、なんででしょうな。
その人たちが精いっぱい、人生を生きてくれたら、幸せなだけだったのです。
色んなものを犠牲にしました。
それでも、その犠牲の上に、何も知らず平和に過ごす人々がいる。
あぁ、なんと幸福なことか。
なんと、美しいことか。
あの星の瞬きのように、人は今も生きている。
私たちが何にも知られずに死ぬことで、あの輝きが守られた。
その事実だけで、私は救われてしまったのです。
星が見える。
星の動きが、見える。
あぁ、そうか。
未来が見えた。
死の間際になって、我が予言は完成した。
――にんしきのとりよ、お前は人になり、救われるのだな。
転生は成功し、救われたのだな。
転生、そうか。
私は転生するのだろうか。
浄土宗の説法、もう少し耳を傾けるべきだったか。
……いや。転生などすまい。
人はひとたび生きればそれでよい。
思い残すことはあるだろうが、それでいいのだ。
転生などして、どうすればいい?
思い付きなどしないさ。
――鳥よ。
にんしきのとりよ。
緋色の鳥よ。
お前は救われる。
救われる未来が見える。
であれば、ゆめ忘れるな。
お前は人を殺した怪物だ。
決してその罪からは逃れられぬ。
しかし、お前が、人として、人の理に混ざるというのならば、学べ。
人を、法を、規範を学べ。
生きとし生けるものすべてが、お前を学ばせるであろう。
学んだ先に、お前が素直な気持ちで罪を償おうとするのであれば。
――我ら勘解由小路一同、お前の罪を赦そう。
全て赦そう。
神仏が赦さずとも、例え神が赦さずとも。
私たちは赦そう。
そう教えられたのだ。
父から、キリシタンとなり教えを学んだ父から私は教わったのだ。
怒りを捨て、耐え忍び、そして赦そう。
決して水には流さない。
しかし、赦すのだ。
父ならば、そうしたから……。
はは。ははは。
「いや全く! 我が人生に一片の悔いなし。親父殿ぉ!!! いい土産話があるため、今そちらに馳せ参じましょうぞ!!! 我が名は勘解由小路修理大夫在信!!! 凡に生き、凡に死ぬ最後の勘解由小路の陰陽師である!!! わっはっは! わーはっはっは!!! わーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
勘解由小路在信。
史実において、彼の資料は非常に少ない。
それはおそらく――。
いや、知る由もない。
歴史とは、埋もれてきた人の思いすら隠すほど膨大なもの。
それでも歴史とは、彼のように一生懸命生きた人の、頑張り物語なのだから。
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「えー。学校祭も終わり、突然現れたぽっと出の転校生を紹介する。どうぞ」
「は、はじっ、初めまして……! 須藤いろはです! よろしくお願いします!」
クラスメイトが俺を睨む。
隣に座るひとみは、素知らぬ顔でつんとした表情を浮かべている。
まだ気に食わないのか、苗字渡したこと。
しゃーないやん。戸籍そうするしかないやん。
まぁ親父とか「えぇ!?お父さんの知らない娘が!?」とか叫ぶし、お母さんは「産んだ覚えのない娘が!?」とオーバーなリアクションをしていたが。
許してくれよぉ……それ以外どうしようもなくてぇ。
「あっ、あのぉ!! すみません!須藤いろはさんは!! もしや、与一と関係が!?」
勇気あるクラスメイトが勢いよく手を伸ばし、質問をぶつける。
少し照れた様子で、須藤いろはを名乗る少女は、制服を少しずらし、首のチョーカーを見せた。
「--ペット、です♪」
俺は早退すると決めた。
彼女には、いろはという名前を付けた。
500年も封印されていた彼女は、俺の見てきたものしか現代を理解できていない。
だからこれから知っていけばいいと思ったのだ。
俺以外の人の事も。
人のルールも。
プライバシーとか。
人前でペットとか言わないこととか。
そう願って、いろは。
人のいろはを学んでいけばいいと思って、いろは。
似合うと思うんだ。
今後の彼女の未来を願ってつけた名前だから。
学校からいろはと一緒に部屋に入る。
彼女は部屋が決まるまで、俺の部屋に住んでもらうことになっている。
自立した生活が送れるまで、洗濯とか、調理とか、練習させているのだ。
「あのなぁ。人前でペットとか言うなよマジで。すごい目で見られたじゃねぇか」
「ふ、ふえ、ご、ごめんなさ、えへ、えへへ」
彼女は怒られても喜ぶ。
俺からリアクションをされることが、とてもうれしいらしい。
最悪ひとみ呼んでしばくので問題なし。
「それにしても、受肉したことで通常の食事で事足りるようになるなんてなぁ。人喰わなくてもいいのはありがたいけど」
そうそう、彼女の空腹は通常の食事で満たされるようになった。
まぁ、にんしきのとりとしての存在がある意味で希薄になりつつあるということなんだろうけど。
没個性化していくんだろうな、それ。
でもいいじゃん、彼女が幸せを感じながら生きていけるなら。
「はい。……また、食べてみたいです。たこ焼き。あと、お米。……、また、あーんって、してくれますか……?」
「はは。自分でやんな」
「むー……」
こうして日常が過ぎていく。
そして、彼女は……。
突如制服を脱いで下着姿になった。
「え、お、ちょおまっ!」
「……実は、やってみたいことがあって」
「え、えぇええ?!」
「……おっ、おなっ、お名前、呼んでも、いっ、良いですか……」
「おなっ、まえね!!!! あー良かったお名前ね!? あーイイヨ全然!!!全然オッケー!!!」
クッソ焦った。
とんでもないこと言いだすのかとばかり。
「……ふふ、やったぁ、--与一、さん」
それは、呼び慣れたように声に出ていて。
幸せにあふれた声だった。
そして彼女は、俺に抱き着いた。
首につながったチョーカーが、俺の首をこする。
「ちょ、待ていろは! おい!」
「--大好きです、与一さん。……食べちゃいたいくらい」
「ヒュッ」
俺の命と貞操の危機を迎えながら……。
滅びかねない世界の危機は救われたのであった。
こうして【ひとこいし にんしきのとり】事件は、人知れず幕を下ろすのである。
めでたしめでたし。
「ぎゃあああああ!! 俺の制服を、剥ぐなああああああ!!!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけなので!!!!!」
「『こぉぉおおおおおおおおのクソ鳥がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』」
「うわ馬鹿お前こんなところで」
「ちゅんちゅん、あそれ、ちゅんちゅん」
「ぎゃあああああああ耳があああああああ耳が溶けりゅうううううううううううガチ恋になっちゃうううううううううう」
「『浮気撲滅正妻パァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンチ!!!!!!!』」
「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ」」
め、めでたしめでたし……?
これは、きっと奇跡の物語。