【ひとこいし ■■■■■■■】事件 9
引用
タイトル: SCP-444-JP - █████[アクセス不許可]
作者: locker
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-444-jp
作成年: 2014
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: 緋色の鳥よ
作者: locker
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/locker-s-tales-red-scarlet-crimson
作成年: 2014
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: 日本生類創研 ハブ
作者: kumer1090
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/joicl-hub
作成年: 2019
ライセンス: CC BY-SA 3.0
――SCP-444-JP。
にんしきのとり。
知っているだけで、意識の世界に入り込み、幻覚で人を殺す怪異。
知るだけで終わりなのだ。
”彼女”がどうして人の形を取っているかは分からない。
でも、そうだった。
俺は転生してるから、彼女のことを知っていた。
知った時点で本来俺は、殺されていたはずなのに。
訳が分からない。
なぜ今なのか、なぜ……会いに来たのか。
360度視界に広がる地平線。
真っ赤な原野。
夕焼けよりも赤い空。
土も、風も、草木も。
そこに混ざる様に咲く極楽鳥花も。
ありとあらゆるものが「本物」に見えた。
ここは幻覚世界。全ての者が見る、意識の世界。
「------っ!!!!」
俺は急いで地面に文字を書こうとする。
原作ゲームでも対処法はあった。
本来であれば数週間単位がなければ気が付かないが、俺にはまだ耐性があった。
先ほど”彼女”が歌った詩を、書くことでこの世界から脱出できる。
そう、あかしけや――。
「ダメです」
誰かに、手を押さえられる。
”彼女”だ。
振りほどこうとしても利かない。
――既にここは彼女の幻覚世界。あらゆることは彼女の思い通りというわけだ。
「っ、離せっ!! くそ、ふざけんな!! 俺は死にたくないっ!! 死にたくないんだよっ!!! あんな、あんな原作ヒロインを発狂させるまで死なせるギミックを俺は味わいたくないんだよ!!!!!」
「……ふ、ふふ。私の、し、知らない人なんて、どう、どうでもいいじゃないですか。は、ははぁ……触れられる。触れてるんだぁ……」
「っ」
訳の分からない恐怖に俺は囚われる。
しくじった。
そうだった。”彼女”をこの世界で目撃した時点で、恐慌状態に陥るのだ。
「はぁ、はぁっ、はぁっ、おま、お前っ、お前が出てきたってことは…………、賀茂さんは……、賀茂ヨハネ在人さんを殺したのか……っ! 結界が解かれた瞬間、お前の言葉を部下に読ませてっ!」
”彼女”は勘解由小路の家宅の地下に封じられていたとされている。
それを解いてしまった賀茂ヨハネ在人が殺されるシナリオは存在する。
懐かしいぜ。賀茂家との繋がりを結んだ状態で特定ヒロインの好感度が低いとそうなるのだ。
しかもこれタチが悪いのは、過去回想中に挟まれる選択肢1個を間違えただけでフラグが発生するということ。
だから時系列はいまいちぼかされてる。本来のシナリオはもっと先の話なのか、後の話なのかもわからん。
「……、ううん? してない」
「……ば、馬鹿な。じゃ、じゃあお前どうやって」
「【結界なんて、貴方に会いに来たくてぶち壊した】んだ」
「……は、はぁ?」
「……昔々、あるところに。私はいました」
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私こと、にんしきのとりは、人間のような深い思考はありませんでした。
ただ気付いた時には生まれて、くぅくぅお腹が空きました。
お腹が空いたな、そう思っていたら……人間がやってきました。
美味しそうだな、と思って食べました。
もっと食べたいな、そう思っていたら、人間は蘇りました。
だから食べました。
とてもとても、おいしかったです。
私は呪詛を纏っていました。
食べた人間が蘇るたびに、私の呪詛が入り込み、刷り込まれていくのです。
たくさん刷り込んでしまうと、味が落ちてしまうので、もう帰っていいよと帰らせるのです。
「あかしけや」
この言葉を他の人が読み上げたら、私のところに来られるように。
全て、無意識でした。
食べました。
食べて食べて。
食べました。
人間は小骨が多いので、いっぱいお肉がある場所が美味しいです。
腕と太もも。手と足を切り捨てて、そこを食べるととても満たされます。
心臓を貫いて噴き出た血はとても喉が潤います。
お腹は内臓が多いのでいっぱい食べられます。
頭は骨が固いけれど、脳みそがとても美味しいのです。
何度も食べられます。
食べて食べて、そして気付くのです。
あれ? お腹がいっぱいにならないなって。
だから食べるのです。
食べて、食べて。
いっぱい食べて、おっきくなるのです。
人間は、餌です。
だって、この世界には人間しか来ないのですから。
――私が思考に目覚めたのは。
死にかけたときでした。
「……、終わったな。天才3人、秀才10人、使える凡夫30人。……実家の尖兵30人。式神100。全部使い潰して、……やっと、身動き止めたってか。はは。ははは、やってられねぇよなぁ」
男が笑った。
誰かはわかりません。
餌が歯向かうなんて想像もしてなかったのですから。
「……ご、ごしゅじ、ごめ……」
「……ポン助。……」
何か呟いた男が、私に近づいた。
初めて、怖いと思った。
「おい鳥。今から俺はお前を人間に転生させる。お前の概念は全て、俺が封印を施している家屋の地下にいる即身仏に封じ込め、混ぜて、人間として生きさせる。しかし人間として改造したとしても、お前はお前の存在を知られていないと成り立たない。--地下牢の中で、誰にも知られず、誰にも認識されず。一生を終える。そして、お前を知る人間は、俺が最後だ。誰もお前を知ることはない。結界が解かれるまで、お前は孤独に命をすり減らすのだ」
何を言っているかは分かりませんでした。
でも、とても恐ろしいことを言っていると理解できました。
「この勘解由小路修理大夫在信の名だけ覚えて生きろ。そして死ね。救いなくくたばれ。……だが、だがもしお前が人となり、人としての道徳を学び、行いを詫びる時が来るのであれば……。ケダモノよ、どう転ぶかは星の巡り次第である。さらば、さらば」
そして私は、意識を飛ばされ。
瞬間移動したような錯覚を覚えて。
気付けば、壁につながった手錠に手を拘束され、即身仏と融合していたのです。
「唖=====」
声が出ません。呼吸だけが音のように聞こえるのみです。
無意識に、呪力を使い肉体を改変していきます。
生存できる程度の肉体になってから気付くのです。
動けない。
逃げられない。
暴れ狂って手錠を破壊しようとしても、壊れません。
しかし、私は無意識に何とかなると思っていました。
あの原野の世界での私は、なんでもできたのですから。
1週間が経って、人間としての脳内での思考と自分の心が合致してきました。
助からないと。
「うぁ、ぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
叫びました。
助けてくれと。
誰でもいいから見つけてくれと。
生きたいと。
逝きたいと。
でも何もできません。
始めて、自分の心が壊れていくことが実感できました。
呪力を使って、生命活動だけは維持できました。
それほどまでに人を食べてきたのです。
人を食べてきた数の分だけ、生きてしまうのです。
因果応報という言葉だけが、脳に刻まれています。
死にたくない。
死にたくない。
それだけを考えていました。
そうだ、やっと気づきました。
私は呪力を用いて誰かの意識の外の世界を渡れたのです。
逃げようと、呪力を解放しました。
「おはようございます「Why is traffic always so bad during rush hour?「Das ist fantastisch!「La guerre「列车即将进站,请站在黄线后面「ねぇ今日のニュース見た?最低だよね「Я хочу всегда быть с тобой.「生きたくない「환경 문제는 우리의 미래에 심각한 영향을 미칩니다「」
「う、うわああああああああああああああああああああああああああああ」
私は結界によって逃げられず、誰かの世界を閲覧することしかできず。
まるで、海の中の世界を、一気に眼球に流し込むような情報密度に押されてしまった。
僅かに視線を動かすだけですぐに別の誰かの無意識の世界を目撃してしまう。
そう、無意識の世界に生きる体だったから自分で世界を選んで飛びたてた私は、人間の体で情報を処理することで発狂しかけてしまったのだ。
そしてこれは。
一度やれてしまったから、出力が壊れてしまって。
今後500年ずっとこの状態が続いた。
最初の1か月は模索した。
1年が経ち、溺れるように藻掻いた。
5年が経ち、心が壊れた。
10年が経ち、どうすれば死ねるか考えた。
50年が経ち、心は老いて枯れた。
100年が経ち、こうなった原因を考えた。勘解由小路在信のことを考えた。いつか殺してやると願った。
200年が経ち、人間が60年しか生きられないことを知り、憎しみの対象がもう死んでいることを悟った。
300年経って、突然声を出して、笑って、怒って、泣いた。生に意味はないことを知った。
400年が経ち、ただ生きるだけになった。
死にたい、ごめんなさい、生きたい、殺してやる。
無限に感情だけが溢れる。そして、考えたのだ。
この牢からでも見える、階段を上った先にある扉。
あれだ。
あれを最初に開けたやつを殺す。
封印を解いたらすぐ殺す。
八つ裂きにする。
食べて食べて、弄んでやる。
大腸を引きずり出して、眼球をぶちまけてやる。
頭の中で何度も人間を殺した。
殺しても殺しても、どうしてかお腹は空いていた。
――そして、500年が経った。
暗く深い闇。
情報しか溢れておらず、常に脳がパンクするような世界で生きていたら。
……光が、灯った。
「……ぇ」
理由はわからない。
ただ、暗く深い闇の世界に、ただ一人だけ、光り輝く存在がいた。
――理由はわからない。でも、なぜか。
その人は私の事を知っていた。
「ぁぁ、ぁあああー!!!」
必死になって目線を合わせた。
灯台のような明かりが消えないように必死に視界をブレさせないようにした。
今までにないくらい、必死に凝視した。
そして……。
貴方がいた。
4歳から5歳になった貴方が、いたのだ。
「ぅあ」
逃げられる、そう思ったけどダメだった。
結界も邪魔だったけど、……おそらく貴方自身の体に入れないような体質があった。
悔しかった。
そうだ、最初にあいつを殺してやろう。
あの幼子を殺して無聊の慰めとしよう。
そんなことを考えていた。
それからというもの、ずっと貴方を見続けた。
貴方は剣術を頑張っていたね。
それで私を斬るのだろうか、とか。
トラに襲われていたけど逃げ切っていたね。
それで私からも無様に逃げるのか、とか。
子どもの頃にとてつもない怪異と戦ってみんなを守ったね。
そうやって私と相対してくれるのだろうか、とか。
貴方は人と楽しそうに話す。
私とも――、話をしてくれるのだろうか、とか。
ずっと見ていた。
どうやって殺してやろうかなって、思って。その時貴方はどんな反応をしてくれるのかな、とか。泣くのかな、怒るのかな、笑うのかな、とか。周りの人を殺したらどんな反応をするんだろうとか。
何気ない日常の中で、私とお話ししてくれるのだろうか、とか。
貴方とお買い物をしたら、どんな会話になるんだろうか、とか。
私と手を握ったら、どんな反応をしてくれるんだろうか、とか。
そういう幻覚だけが、私を温めてくれた。
――そうか。今気付いた。
彼は、何故か私の事を知っていた。
転生? よくわからないけれど、知ってくれていた。
彼だけが私を知っていた。
何故か、生きているだけの心臓が高鳴った。
私のことを、貴方のことを、お互いに知ってる。
私はずっと見続けた。
貴方は一方的に知っていた。
あぁ、なんて……素敵なんだろう。
運命を感じた。
そうか、私が人間になった理由は……。
貴方と出会う為だったんだ。
でも、いいのだ。
こうやって見られるだけで幸せだったのだ。
500年の悲しみを、たった10年やそこらで温めてくれた。
それだけで、もう、いいのだ。
いいのだ。
ありがとう、愛しい貴方。
私はケダモノなのだそうだ。
ケダモノが人間を愛しても、摂理に反する。
怪物と人間は結ばれない。たとえ体が人間だとしても、本質は怪物。
ありがとう、愛しい貴方。
この奇跡に、感謝を―――――。
「『もう、お嫁さんになるしかありませんよね……』」
「は?」
ピキった。
は? なんだお前。
お前、は?
餓者髑髏が? 人間を? は?
ヨメ?
お嫁さん?
死がふたりを分かつまで?
は?
はぁ??????
お前、は?
怪異が、人間と、結ばれ、は?????
ふざ、おま、こっ、殺すっっ、殺すっっっ!!!!!
おいお前、はぁ???????
私の覚悟、っ、はぁあああああああああああああああああああああ???????????
ぶちギレちまったよ私。
「っ、ぁああ、ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
手錠を引きちぎろうとする。
呪力を最大まで変換、決してあの女だけは許さない。
動けない?
ふざけるな。動いてモノ申さなきゃ気が済まない。
ずっと見ていたのだ。
ずっと見つめていたのだ。
ずっと、ずっと……。
好きだったのだ。
「お、とめのぉおおお、ど根性ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
手錠が、千切れた。牢が、はじけた。
結界が、吹き飛んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
こうして。あっけなく。
世界は、開かれてしまった。
人として、初めて外に出て歩いた。
――こんなきれいな世界に、貴方はいるんだね。
――こんなきれいな世界に、あのクソ女が生きているのかっ!!!!
両立した思考を持って、私は貴方の下へ走った。
でも、気付いた。
何も触れない。
何も触れられない。
だから、不安だった。
貴方は、私を見てくれますか?