新たな火種と、街の灯
リュミエールの朝は、誰にとっても等しく訪れる。
だが、その意味は人によって違う。
冒険者にとっては旅立ちの時。
商人にとっては勝負の時。
孤児にとっては、生きるための駆け引きの始まり。
そして、鍛冶師にとって――それは火床に再び火を入れる、再生の瞬間だった。
* * *
ガルドの工房〈炎の牙亭〉に、赤々とした火が灯った。
「……ふっ、まだ動くもんだな、この腕も」
夜を徹して、ガルドは魔剣の手入れを終えた。
磨き直された刃は鋭く、しかし冷たくはない。
魔力伝導層にはわずかに調整を加え、暴走を抑えつつも“個”に反応しやすい調律を施した。これは、かつてのガルドが成しえなかった調整だ。
「お前も、ようやく馴染んだんだな。あいつと」
静かに鞘に収め、一本の剣に語りかけるように呟いた。
そして、ふと周囲を見渡して気づく。
工房の空気が、どこか変わっている。
重苦しさは薄れ、代わりに、鉄と火の匂いが生き生きと漂っていた。
それは、仕事場としての“気配”だ。槌と火の神が、再びここに戻ってきたのだ。
* * *
ガルドが外に出たとき、朝の光が石畳を柔らかく照らしていた。
西区の通りでは、パン屋の香ばしい匂いと、薬屋から立ち上る煙が混じり合っている。
その喧騒の中で、ガルドは改めてこの街の“音”を耳にした気がした。
「……戻ってきたんだな、俺も」
そのつぶやきに、返事をする者はいない。
だが、通りを通り過ぎる人々の足音が、確かに街の呼吸を伝えていた。
そこへ、一人の少女が駆けてきた。
「おじさん、おじさん! 剣って作れる人なの!?」
唐突な声に、ガルドは振り返った。
その子は十歳ほどの年の、目つきの鋭い、しかし泥だらけの少女だった。
腰に巻いた革紐には、折れた小刀がぶら下がっている。
「おう。昔はな。今も、ぼちぼちだが」
「これ、なおせる? これ……兄ちゃんの形見なんだ」
小さな手が差し出した刃は、刃こぼれし、柄も歪んでいた。
普通なら、捨てるしかない代物。だが――
「見せてみろ。お前が持ち続けてるってことは、こいつもまだ戦えるってことだろ」
そう言って、受け取った。
少女の目が見開かれる。その一瞬、信頼が芽生えたのを、ガルドは確かに感じた。
* * *
カイルが工房に戻ったのは、その日の昼過ぎだった。
「ガルドさん、昨日は――って……おや?」
工房の入り口には、新しい札が掲げられていた。
《修理、調整、注文 承ります》
《冒険者向け 特殊武装 応相談》
そして、小さく添えられた文字。
《槌、再び振るいます》
カイルは笑った。
「やっぱり、戻ってきたんですね」
ガルドは鼻を鳴らす。
「余計なことを言うな。……だがまあ、お前の一言がなけりゃ、この火はつかなかったかもな」
「……じゃあ、俺も負けてられませんね」
二人の目が合う。そこにあったのは、歳の差を越えた、言葉にしない誓いだった。
* * *
夕暮れ、リュミエールの灯がひとつ、またひとつとともっていく。
薬師の灯、書記官の灯、盗賊宿の灯、そして――鍛冶屋の炉の灯。
この街は今日も、いくつもの人生がすれ違いながら、静かに呼吸を続けている。