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第7話 犯行可能な条件

 《波戸絡子の行動記録》 2333年4月18日 午前9時34分




「間違いなく他殺なのですか?」井出ちゃんが、誰に似たのか用心深く念を押す。

「ええ、複数の医師から同様の所見、言質げんちをとっています」刑事は微笑みながら淡々と答える。「『被害者自身が、己の肉体に、かような斬撃を施すことは医学的見地から見て不可能である』と」

「【TEN】もその主張を支持しています」フラボノが、今度は井出ちゃんたちにも見える姿で現れ、そう告げた。そして、すぐに消える。


 改めて『貴方』に向けて説明すると、24世紀の『ヒトの死因』は、ロボット則に抵触しない方法による『他殺』および『自殺』と『120才前後での寿命死』の3つの要因しかない。なので、先ほどの情報と検死結果および被害者が61才であることを踏まえると、条件の2つが否定され、『他殺』が確定したことになる。


 それと今の時代、『他殺の方法』が限定されていることも追記しておこう。

 許されているのは『殴る蹴る』『絞める』『斬る刺す叩く』ぐらいだろうか。今回のように道具を用いてもよいが、あまりに長大ちょうだいな物や、弓矢などの飛び道具、拳銃などの機械仕掛け、時限式の装置を用いたもの、広義毒物・爆発物などは使えない。そして、凶器もロボット則により、【マシン】製のモノは使用禁止だ。『面白い』と言っていいのか難しいが、投石も駄目だ。けれど、掴んだ石による撲殺は、その石が【マシン】製でない限り、おそらくOKなはず。まあ、長さ2メートル未満の物ならほぼ許可されるだろう。変わったところでは、高所からの突き落とし――要するに転落死や滑落死、他には溺死、焼死、感電死なども、この世界のほとんどが【TEN】が構築した【マシン】製であるためか、禁じられている。ちなみに、自殺の場合もこれと同レベルの『手段の制限』がなされる。

 一方、凶器を用いた犯行は当然のこと、己の肉体のみを用いた殺害方法――例えば、拳による殴打や蹴り、首絞め(絞殺ないし扼殺)などにも【マシン】による筋力アシストが使えないという制約が掛かる。先ほど刑事がわざわざ『被疑者はいずれも青年である』としたのもそれが理由だ。今の時代、『青年世代』であれば、性別問わず、筋力アシストがなかったとしても、『貴方』が生きた21世紀でいう『健康的な20代日本人男性の平均』程度の力仕事ができるようだ。目安にしてほしい。

 ちなみに筋力アシストを使えば、細腕の私でも『貴方』の時代のトップアスリートくらいのパフォーマンスが叶うようだ。しかも怪我もしないし、疲労もしにくい。

 

 脳内で、フラボノが「波戸先生が今、『貴方』向けに解説した『他殺および自殺の手段とロボット則』と『筋力アシストの有無による効果の違い』、それ以前に行なった『致命傷と自動通報ルール』に大きな間違いはありません」と認めてくれた。


 それと遅ればせながら、通報者であり、【エイリアス】からシロ判定を受けたという狭池氏も、やはり『青年』であり、犯行可能な自前の筋力を備えている、と一応お知らせしておこう。


「凶器は刀でしたね?」井出ちゃんたちは次の話題に移行していた。「これは誰の所有物だったのですか?」

「被害者の物です」刑事は手帳を見ずに即答した。「この刀は日本ヒタチドウ協会から提供された刀だったので『名義』が残っていました」

「それが分かっているということは、刀は現場に残されていたのですか?」少し興味を惹かれ、私は横から問いを挟んだ。

「はい」刑事はこちらに頷き、胸の前で握りこぶしをつくる。「ご遺体の手に」


 前回も登場した、いわゆる『一人一本』しか登録・所有できない『ヒタチドウと呼ばれる剣術競技に使用される日本刀』は【マシン】製ではない。現人類が『もうひとつの異軸世界』である『21世紀終盤まで人類が暮らしていた地球』から材料と道具を調達し、現代のノウハウを駆使して製作した物なので、実物だ。つまり、ロボット則に抵触せず、殺人行為に用いることができる。どういう競技的な思想・背景があるのか定かではないが、この刀は、【マシン】を使い、指輪型に形態を変化させることが許されている。


 さて、刑事によれば、犯行に用いられた刀は、被害者の右手に『指輪』としてめられていた、とのこと。

 これと『被害者は斬られてから死ぬまでに30秒ほどの時間があった』ことをあわせて――


「指輪を嵌めていたことがダイイングメッセージになっているのでは?」などと井出ちゃんが目を輝かせたが、どうやらそうではないらしい。刑事は柔和な表情を崩さずに口を開く。

「前回同様、この敷地ないし研究棟内にはヒタチドウの刀に対する特別なルールがあります」面倒なので以降『ヒタチドウの刀』は単純に『刀』や『指輪』と簡略して表記・呼称することにする。「この研究棟を含めた『広義敷地内』に存在する刀は常時ヒトが手に持って所持していなくてはならない。たとえば床に置いたり、手放したりできないのです」

「違反したらどうなるのですか?」井出ちゃんがすぐに尋ねた。

「即座に【TEN】から警告を受け、その記録が日本ヒタチドウ協会に伝達されます」

「なるほど、そして――」井出ちゃんが促す。

「ご明察です」と刑事は持ち上げた。「井出先生の読みどおり、この敷地が出現してから、今の今まで、そのような警告記録はありません。ちなみに『広義敷地内』でも警告を受けずに刀の受け渡し自体は可能でした」ええと、と彼は私たちを見比べて、「では、井出先生、お手を拝借してよろしいですか?」と申し出た。

 よ~お、と謎の掛け声をあげてリズミカルに手を叩くセンゾをよそに、井出ちゃんが差し伸べた左手に、刑事は指輪を着けた右手で触れる。

 その瞬間、井出ちゃんの手に指輪が移った。

「わあ」井出ちゃんは軽く笑って、指輪のはまった左手を顔に近づけたり、裏返したり、2.4秒ほど観賞してから、それを刀に変形させた。

 彼女の左手にさやに納まった、反りのある日本刀が現れる。

 井出ちゃんはいったん鞘ごと右手に持ち直し、左手で刀身を抜く。

 刃渡り70センチくらいか。

 ごくごく普通の日本刀という感じだが、惹きつけられるような美しさがある。

 

「――と、このように直接触れることで『警告』を受けずに、誰かに刀を渡すことは可能でした」刑事は、何も持っていないことを示す奇術師のように、両手をひらひら、こちらにひるがえして見せた。「ちなみに、刀におまけで付いてくる鞘は【マシン】製ですが、それ越しでも『刀を手で握っている』と評価してくれるようです」

「や、待て待て。んじゃあ、被害者は殺される気マンマンで、相手に自分の刀を渡したってことかあ?」センゾが不満げに言う。「そりゃ殺人じゃなくて、ほぼ自殺だろ?」

 

 この『議論』は、やれば3回目になってしまうので、割愛。


 まあ、『貴方』が忘れているかもしれないのでごく簡単に追記すると、24世紀に生きる私たちは、生まれながらにして『傷つけられたり、殺されたりしない権利』を有しており、人類から神の役割を押しつけられた【TEN】が『実力』によりそれを保障している。要するに本来なら『殺人事件』などそもそも起きないはずなのだ。ところがどういうわけか、この国の場合18才以上になるとその権利を己の自由意志のもと放棄することができる(もちろん、再取得は常時可能)というルールがある。

 そして、どうやら24世紀の日本には『誰かに殺されたい』という願望を持つ者がごくごくまれに存在する――らしい。

 なにしろ、生存するのに障害となりうる、あらゆるくびきから解放された、個人主義全盛の『やることがない』時代である。まあ、私個人の見解を24世紀人類の代表――共通認識として語るのははばかれるけれど、『その心理たるや、知るよしもないが、でも、まあ、そんな考えをする人間がいても、べつに不思議ではないかな?』という感じが支配的だと思う。徹頭徹尾の他人事ひとごとというか。その証左となるかはなはだ自信はないが、動機の究明なども行なわれない世の中である。


 ……そっか、『貴方』にとっては重要そうなので明言しておくか。

 『被害者および殺害実行者、あるいは今回事件とは無関係だが通報せずに結託してバトル世界へ逃げた者たちの、行動の意図、動機などを勘案するのは無価値である』と。

 要するに『なんでこいつはこんなことを?』というツッコミは意味を成さない。考えるだけ無駄、ということ。

 姿形、辿れる種こそ同じだが、『貴方』とは価値観をことにする、別の星の人間たちである――そんなふうに認識しておいてほしい。

 『まあ、実際違う星だしな』とセンゾなら言うかもしれない。


 ともあれ、『たとえ相手から頼まれたからとはいえ、実際に殺してしまった者』にはペナルティが与えられるのが現代――いや、『貴方』の時代から引き継がれた数少ない(唯一かもしれない)法であることだけは確かだ。


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