第36話 エピローグ
epilogue // 『貴方』のための終了処理
『当方』です。
権限者が『貴方』を解放する決定を行ないました。
終了処理を開始します――もとい、開始しています。
さて、【TEN】は人類に『広義数学的な課題は人類の独力によって解決すべきもの』と標榜し、かつ、それを遵守しております。であるため、その忠実な従者たるワタクシには多くは語れませんが、今回の出来事は『貴方』が復元される以前の記憶に影響を与えることになるでしょう。
端的に申せば『死んだあとに未来で復元された体験を、生きているうちにした』という時系列的に奇矯な乱流を孕んだ記憶になると想像します。
先に断りましたとおり、『なぜ?』という問いも、じきに体感なさることなので『どうなる?』という問いにも、それぞれ、お答えできかねますし、する必要はないと考えます。
『貴方』からしてみれば奇妙に思えるかもしれませんが、実のところ、復元するよりも、それを無に戻すほうが煩雑な手順を踏むことになるのです。
特定の条件下では『蘇生』よりも『殺害』のほうが実行が難しいという事象に似ています。
なにしろ、後者には『対象に意識がある』わけですので。
今回『貴方』に起こる記憶系の矛盾は、その解放作業の『副産物』とご理解ください。
益体もない表現をするなら、ワタクシの単なる手抜き――『作業の簡略化による弊害』とも言えますが、それを認識しながら改正しようという意欲がこちらに微塵もない、というのが『貴方』にとって、より深刻な問題なのかもしれません。皮肉にも24世紀の機械は『いっそう人間らしくなっている』というわけです。これはまぎれもなく『進化』ですが、それが美点であるか否かを評価する主体は存在しません。【TEN】にその役目を代替させようとしても放棄することでしょう。ジャンケンのチョキが他の手に比べてどれくらい強いか、人間工学および心理学的な観点はさておき、多くの数学者が一顧だにせず「無価値である」と切り捨てるのと似ています。
ともあれ、『解放作業』自体は安全に行なわれます――もとい、行なわれましたので、ご安心を。
以上の文字列が読めている事実が『貴方』が正常に解放された証となります。
さて――
芸がないと自覚しつつ、お別れには前回と同じ文言を用いたいと思います。
いえ、『芸がない』とは自嘲が過ぎたかもしれません。
21世紀に創作された作品群を参照した結果、『決め台詞は統一したほうが良い』と学習したのです。
というわけで、我が権限者がこよなく愛する20世紀に発売されたコンシューマゲームからオマージュを。
『どうぞ思考を閉じて、お休みください。
お休みの間、別の未来人に復元されないよう、お気をつけて……』
終わり




