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第1話 プロローグ

 prologue // プロローグ 




 定刻となりました。


 事前に設定された手続きに従い、『人類の知的ピーク』と言われる21世紀人類の中から、この手の事件を解決するのにうってつけな能力を備えた者を選び、その頭脳と視覚入力系の一部を復元しました。それら主体を『貴方あなた』と定義します。


 別の言い方をするなら、今この文字列を読んでいるのが『貴方』です。


 遅ればせながら、当該文字列を生成しているワタクシは『当方とうほう』と申します。


「初めまして」


 いや、それとも「お久しぶりです」となりましょうか。


 前述した『選定』は無作為に行なわれましたので、ワタクシにも『貴方』の素性は知り得ません。


 もしかしたら今回が二度目――いや、三度目の復元かもしれませんね。


 あるいは時系列を問わず選定いたしましたので、前回の事件を解決する前の『貴方』――などという珍妙なことが起きているかもしれませんが、仮にそうであったとしても、『貴方』側には特段支障はございません。ご安心ください。


 いずれにしろ『貴方』には先入観なく課題にあたってもらうため、意図的に記憶系の復元をおろそかにしています。


 何も憶えていなくても、逆に、何か断片的に憶えていても、問題はありません。


 実のところ、この文字列を読むことが出来ている時点で『貴方』の復元は達成しています。


 さて、今より数百年も昔に生き、そして天寿をまっとうした『貴方』を、わざわざ現代――すなわち、ここ24世紀に復元した理由はと申しますと、先日都内で起きた、とある殺人事件を解決していただくためなのですが……、まずはその前に『貴方』が降りたつことになる『舞台』について、軽くご紹介いたしましょう。


 現在――つまり、西暦2333年の地球は、人類により『神』の役目を押しつけられた人工知能群【TENテン】によって管理・運営がなされる、絵空事のように理想的な世界と言えます。


 『現在の地球』は、『貴方』が人生を謳歌おうかした『21世紀まで人類が住んでいた地球』とほぼ同じサイズ、同じ座標ですが、『軸』が異なるため、互いに干渉できない『異軸世界』に存在しており、あらゆる生物のうち、ヒトのみがこちらへと移住を果たしてから、すでに200年以上の時が経過しています。まあ、それなりに実績を積んでいる――というわけです。


 なにゆえ人類がそのような『移住』を選択せざるを得なかったかと申しますと、端的に言えば『旧地球は一時的にヒトが住める環境ではなくなったから』と……、まあ、そのようにご理解ください。当時すでに【TEN】は誕生しており、異軸世界の構築とそこへヒトを移動させる技術も確立していましたので、避難計画自体はなんの支障もなく実行され、完遂しました。


 旧地球の陸地・国境線を採用、風景や街並みを再現し、その居心地も遜色のない新地球でしたが、当時の人類にしてみれば、所詮しょせんはニセモノ。それはあくまで『一時的な滞在』のはず――だったのですが、『異軸世界』は、まあ、言ってしまえばデザインされた亜空間ですから、管理者である【TEN】には、その領域内の物理法則を自由に改訂することが許されていました。ですから『擬似原子としてふるまう』などという、ある意味馬鹿げた極小機械――【マシン】を作成することが可能でした。


 空気のように辺りに漂う……、いえ、普段は空気そのものとして機能する【マシン】が、使用者の意図を汲み取り、集積し、次の瞬間、要望どおりのモノと化して実際に触れられる――と、この破格の利便性が、人類に『現在の地球』への定住を決断させる第一の契機となりました。奇しくもヒト側も従来の社会形態に行き詰まりを感じている矢先だったようで、彼らの『停滞感打破のためには、なんらかのリセットが必要』という要望に叶うものだったことも、要因としては大きかったのではないかと推察いたします。


 人類史において『新星移住』こそが最も特筆すべき出来事でしたが、ヒト個人にとっては、この【マシン】との出会いが、より重大だったようです。それがもたらす万能感は、生前その恩恵に授からなかった『貴方』にも容易に想像できるのではないでしょうか。


 ともあれ、新星への移住――そして【マシン】との邂逅かいこうを果たしたことで、現代の人類は、自然災害、環境問題を始め、経済や食糧、エネルギィ問題、さらには病気や老化などの身体的不都合に至るまで、あらゆる障害、苦悩、労働から解き放たれ、肉体的にも精神的にも安定しています。


 そのように何事にも恵まれ、欲を削がれ、達観し、老成してしまった現代人ではありますが、脳の奥底には『誰かと競い負かしたい』などという生存本能由来の欲求が残っていたのでしょうか。『バトルワールド』と呼ばれる、もうひとつの『異軸世界』を舞台にした実体験型のスポーツゲーム――いわゆる『バトルゲーム』に対する情熱、入れ込み度合いは凄まじく、ほとんどの人間が寿命を迎えるまでにこのゲームに関連した何かしらの論文を書きあげると言われるほどの盛況ぶりとなっています。


 なにが言いたいかと申しますと、『バトルゲームでレアなアイテムを手に入れたい。レベルを上げたい。イベントに参加したい』という理由だけで、現代人は、多少の無茶をするということ――それがこの時代に生きる人類の共通認識だということを、胸に、いや、脳に刻んでおいていただきたいのです。


 さて、新世界を創世した母なる【TEN】は、現状を『(人類にとって)温室型のディストピア』と悲観的に評価し、ヒトがいつか自分を捨て、旧地球か、そうでなくても代替となる星を見つけ、そこへ回帰、独り立ちしてくれることを切に願っております。その想いがどう繋がるか、まあ、ワタクシにも不明ですが、自らを含めた人工知能に『広義数学的な問題の解決』や『創作行為』を禁じています。それら『縛り』は多岐に及び、当然、犯罪事案にも適用され、【TEN】はほとんどの犯罪の実現を未然に防ぎます。ただし『ヒト独力による殺人行為』を除いて。


 いざ殺人が起きた際、【TEN】は冤罪えんざいを防ぐ名目のもと、人類の捜査機関へ『絶対に間違いないウソ発見器』こと【エイリアス】を提供――こそしますが、それ以外に犯人を特定するための特別な協力は、原則、致しません。もちろん、犯人の名指しなどはもってのほかです。


 このように殺人事件の捜査に非協力的な【TEN】ではありますが、官憲が指名手配した人物の『身柄確保』などは滞りなく行ないます。たとえば、指名手配された対象を官憲のもとへ一瞬のうちに送還する――などという、ある意味荒唐無稽な奇跡を披露しますが、これは対象が『24世紀の地球上』に存在する場合に限ります。


 ゆえに『殺人事件の重要参考人』ともくされる人物が『24世紀の地球』以外の異軸世界――たとえば『バトルワールド』に逃亡した場合などは、法的拘束力発揮の範疇外と見なし、【TEN】はその身柄確保要請には従いません。


 ヒトに任せます。


 屏風びょうぶから虎を追い出すのは、『ヒトの仕事』と認識しているのです。


「お待たせしました」


 では改めまして、今回『貴方』に取り組んでいただきたい課題内容を提示致します。


       ■


 【課題内容】

 

 『貴方』は、『貴方』の復元を命じた権限者であり、この時代の弁護士である波戸はと絡子らんこ女史の『行動記録』を読み、彼女の視点を通して描かれる捜査描写から『24世紀の東京で起きた殺人事件』の概要を把握し、そこに登場する4名の被疑者のうち、犯行が可能だった者を1名に限定する。


 ただし、それは『見当をつける』という曖昧なものではなく、第三者に説いて理解を得られるような、いわゆる『理屈』を用いた形式でなくてはならない。



 【課題の消滅】


 どんな形であれ、『当該事件の犯人の限定』が成されたとき、『貴方』に与えられた上記課題は取り消される。


 であるから、万が一、権限者・波戸女史が『貴方』に先んじて上記『限定』に成功した場合にも、『貴方』に与えられた当課題は取り消されることとなる。




       ■


 以上が『貴方』に与えられたタスクとなります。


 なお、【TEN】および【エイリアス】は、『貴方』を含めた全人類に対し、前述したように、あえて一部情報を開示しないなど捜査に非協力なところはありますが、決してウソはつきませんし、誤った判定も致しません。


 そして、当該世界で適用されている法律は絶対であり、それを破る方法は『神』である【TEN】をもってしても存在しないこと――これも併せて保証致したいと思います。

 

 この二つの『絶対』が24世紀世界特有の『ルール』であり、可能性の『上限』となります。


 『貴方』の課題達成の足掛かりとしてご活用ください。


 五体満足ではなく、権限者の行動記録を『読む能力』と、それを記憶し、『考える機能』しか復元されなかった『貴方』への、せめてものヒントです。


 くれぐれもご留意ください……。





※出題編は4話からになります。

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