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第13話 マップ

 《波戸絡子の行動記録》 2333年4月18日 午前9時56分




「たしか――」質問役が訊く。「この敷地ないし研究棟に入ることが許された6名なら、いま他のメンバーがどこにいるのか分かるのでしたよね?」

「ええ、お見せしましょうか」と狭池は板状の【プロペ】を呼び出す。


 私が覗き込もうと一歩前に足を出す直前に、森岡刑事がそれを複製して、こちらに見せてくれた。

 『電子画面型』に表示されていたのはごくごく簡素な図だった。

 クレヨンで引いたような、隙間が目立つ直線主体で描かれた研究棟ABの図。

 少しタテに長い『目』という漢字が二つ横並びになっているようにも見える。

 その中のB棟3階とおぼしき空間に丸アイコンが3つあって、その1つに『狭池ヒロシ』、もう2つの――おそらく質問役の刑事と裁判所の立会人のものだろうアイコンには『ゲスト』と、それぞれタグがついている。さて21世紀なら、この図をなんと呼ぶのだろう。私もほとんど使う機会などないから正確な名称を知らない。『《今この建物に誰がいる?》って【TEN】に問うと出てくる簡略図』ぐらいだろうか。呼称としては『研究棟AB内に滞在している者を表示した図』が間違いが少なさそうだ。


「『マップ』と呼ぶようですね」狭池が画像のプロパティを開いて、言った。

 私も手元のコピーで確認すると、民間ではなく、【TEN】が提供しているサービスだと分かった。

 ともあれ、これで万が一にもその位置情報には間違いはないことが確定した。

「――が、結局使いませんでしたね」狭池は先回りするように笑う。「『何故?』と訊かれても、気分としか――」言いようがない、というところか。

 質問役の刑事はこれも重要と見たのか、狭池に証言し直させ、【エイリアス】からシロ判定を引き出す。

 最終的な表現は『狭池ヒロシは研究棟を含む当該敷地滞在中、一度しかマップを呼び出さなかった』となった。

 その『一度』とは、さっき刑事に促されて出した一度である。ちゃんと使用時刻も併記されているから間違いはない。

 ただ、狭池自身は呼び出さなかったが、誰が呼び出したマップをそばで見ていた可能性は潰されてないな――とは思った。けれど、その着想に発展性がなかったことと、なにより、隣の井出ちゃんがさっきから茶々も入れずに無言で動画に見入っているらしいことが察せられたので、黙っていた。彼女の集中を邪魔したくはなかった。


 動画の中の刑事も同じように『この話題をこれ以上広げても無駄かなあ』と思ったのか知る由もないが「ええと、話を戻しましょう」と宣言し、続ける。「アナタはクツキさんとヌルマユさんと3人でB棟1階で数分ほど留まり、雑談や感想戦などをした」言下に『吟見には1ナノも興味を持たず』と皮肉を含んだ気がしたが、これは私の邪推だろう。「そして感想戦が終わると『B棟から入って来たため退出はA棟になるクツキさん』と一緒に2階に上がった……」質問役はそこでいったん間を置き、尋ねる。「ヌルマユさんは?」

「ヌルマユ?」狭池は問いの意味を計りかねたようだ。「――は、さあ……、どうでしょうね……、そのまま外に出たのでは?」と問いかえすように返答する。「分かんないですけど……」

「出て行く姿はご覧になっていないのですね?」質問役の刑事は、またしても私が気になったことを問うてくれた。

「はあ」狭池は同意の声色で頷き、記憶を巡らすように腕組みした。「ああ、そうですね……。どうだろうなあ……、でも私とクツキが板に乗ったとき、(無眉は)まだその辺(B棟1階)に居たと思いますけど……」

 【エイリアス】は狭池の最初の「はあ」を「はい」に直し、シロ。狭池がさらに続けた「ちょうど戸に向かう途中だったのかな? そんなふうな後ろ姿が見えましたけど……」に対しての判定をスルー。

「一緒に2階に上がってからは? クツキさんとは?」質問役の刑事は曖昧に問う。

「いや、とくに。『じゃあ』って挨拶くらいでしたね」

 【エイリアス】は動かない。

「まあ、でも、彼はすぐに『窓』で飛んでいきましたよ」

 という証言に対し、『B棟2階に到着した犬京足は30秒以内に『窓』を介し、A棟1階へと移動した』と【エイリアス】は直し、シロを出す。


 さて。


 念のため明言しておくが、これは『昨日、準決勝終了後、犬京足や無眉と一緒に、狭池がB棟に戻って来るまで』の話である。【エイリアス】にはその旨が逐一表示されているが、狭池の証言は『流れ』になっているので、私の勝手で省いた。ただし省いたのはそれが時系列的に一連と分かる自明な『流れ』の部分だけである。


「そのあと、私は一人(B棟2階に)残って準決勝の録画を観賞がてら分析していました。それがキリの良いところまで終わったら(窓を使って)A棟(の1階)に飛びました」ここまでがシロで、狭池がさらに続けた、「そろそろ帰ろうと思って……。B棟から入ってきたから出るのはA棟から――になりますので」という部分の判定はスルーされた。


 森岡刑事が「狭池さんが帰宅しようとA棟に飛んだのは、日付変わって翌日――17日の午前10時過ぎごろだそうです」と素早く補足を入れた。

 だとすると、おそらく午後7時まえにはB棟に戻って来た狭池は、夜を徹しておよそ15時間も分析を続けていたことになるが、前述のようにそれは『現世では特段おかしくない行動』である。

  

「記録によれば……、アナタが帰宅しようとしたのは、クツキさんが出て行ってから半日以上も経ったあとでしたね。その間、どなたにも?」3次元動画の刑事は、どうせ不足分は【エイリアス】が足すのだからと言わんばかりに大胆に質問文を削った。

「ええ。(準決勝終了後に狭池がB棟2階で犬京足と別れた瞬間から、翌日、再びA棟に行くまで、研究棟の)2階には私一人でした」


 【エイリアス】はそのように自ら注釈を入れた証言に対し、シロ判定を返す。

 質問役の刑事が隣の裁判所職員と言葉を交わし、何度か頷く。


「え~、では、次は、それ以降のお話を」刑事は狭池に向き直る。「翌日――今日ですね、遺体発見に至る流れをお話しください」

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