衝突点 その4
ランスと別れて銀の手斧亭の方を見ると、店の入口で面倒見のいいワーストヒンがまだ立ち話をしていた。こっちを見たりしていて、明らかにサンとランスの話を仲間2人と3人でしていた。
サンは話し掛けた。「どうも、ワーストヒンさん」
「おう」会話を打ち切ってサンを見たが、彼の表情に悪口を聞かれたことの後ろめたさのようなものはなかった。「大変だな」
「どうも。サン・クンです」これまでも何度か会話していたが自己紹介した。「さっきのがランスンスです」
それから銀の手斧亭前で立ち話が続いた。ランスとサンの出会いとかいつ頃にビリオンに来たのだとかいう自己紹介をした。ワーストヒンと2人の友達も自己紹介をした。3人ともカイヤがやってくる前、店長が『銀の手斧』というギルドをやっていた頃からのメンバーのようだった。会話はランスの話になっていったが、意外とワーストヒンは気にしていないようだった。
「鉄芯会の会長の居場所を探れって言われたんですけど……僕にはとてもできそうにないんですが」
サンが期待していた反応は無茶振りへのしょうがないよなー難しいよなーという同情だった。しかし3人は急に深刻なトーンになった。「俺たちも必死で探している。とにかく絶対に見つけろ」見つけられなければ死ぬと言わんばかりの緊張感にサンも思わず唾を飲んだ。
「何があったんですか?」
「ちょっと前に宝石商と話をつけに行った。カイヤに言われてだ」
「宝石商?」カイヤ組の縄張りにあってもみかじめ料を取らなくていいと言われている店がいくつかある。宝石商もその1つだ。「交渉になったんですか?」
「宝石商は自分のギルドがある。だが、最近の『トーアサ綺晶会』は油断してナメてたからな。潰してやった。で、ヤケクソになったビリオンの宝石商たちが鉄芯会と組んだ。結局、カイヤにも賞金がかかり、こっちもギャッゴーニムに賞金をかけた」
「ギャッゴーニムって誰ですか?」
「鉄芯会の会長だ」
サンは名前を覚えるのが得意なので問題ない。「なるほど」
「最近はこの辺りを知らない顔がうろついてる。お前も気がついたら知らせろよ」
「え? つまり宝石商ギルドの取り合いをしてるんですか?」
「俺もよく分からん。分かってるのは鉄芯会がカイヤ組を潰そうとしているってことだ。俺達はやられる前に鉄芯会をやる必要がある。宝石屋のことは忘れとけ」
「……」僕達新人には無理ですよと笑って済まそうかと思ったが、サンは逆に乗ることにした。「分かりました。ギャッゴーニムの首を獲ってきます」
ワーストヒンを含めた3人の冒険者ははははと笑った。「任せたぞ」
「はい」
「あと、ギャッゴーニムより3代目を狙え。マドカホザキって男だ。ギャッゴーニムの息子だ」
「分かりました」サンははっきりと返事をした。「マドカホザキですね。了解です」
「マドカホザキにも賞金がかかってるからな。頑張れよ」いかにも無責任な感じにワーストヒンは励ました。
「はい」サンは励まされた声を出した。「ちょっと店長とも話してきます」サンは銀の手斧亭の扉を指すと一礼して中に入った。
おうと返事をしたワーストヒンは仲間との立ち話に戻っていた。
店内のカイヤ組の冒険者たちがサンの方をちらっと見た。奥にいるカイヤにも見られたような気がした。隣のクサリは確実に見ていた。
カウンターの店長もサンを見た。銀の手斧亭のウエイトレス3人も店内を歩きながらちらりとサンを見た。サンの気のせいかもしれないが、店内にいつもの気楽さとは違う緊張感を感じた。
カウンターの席は空いている。サンは店長と目を合わせて軽く手を振った。
席につくとサンは飲み物を注文してから言った。「店長、さっきの鉄芯会の会長を見つけろって話なんですが……」
「ん、ああ。ランスはどうしたんだ?」
「別行動です。殴られてまた店に戻ってきませんよ」
「あいつもなかなか青い性格してるよな」言葉は皮肉っぽかったが店長の言い方には好意も感じられた。
意外とランスってカイヤ組から人気があるなとサンは思った。「自分の手で鉄芯会とカイヤ組を統一するとか言ってました」
店長は愉快そうに笑った。「是非ともやってみて欲しいものだ。ビリオン統一はみんなの夢だからな」
「鉄芯会が統一しちゃうんじゃないんですか?」サンは馬鹿のフリして言ってみた。
「それは無理だな」店長は銀の手斧亭を見回した。「鉄芯会は地元びいきが過ぎる。案外、カイヤみたいな余所者の方がうまくまとめられるもんだよ」ニヤっと笑った。「別にランスでも無理だとは思わねえさ。10年後くらいなら分からねえ」
サンの立場だと、カイヤを守りつつ鉄芯会を潰すというのが結局ベストの選択肢ということだ。だけどそれはやりたくない。カイヤという神輿を担いでビリオンの頂点を取っても全然嬉しくない。この気持ちをどうすればいいのか。
考えを見透かされたのか、それとも会話の流れだったのか、店長は少しだけ真剣なトーンで言ってきた。「お前は誰の味方なんだ?」
「カイヤが苦手なんですよ。分かるでしょう?」サンは困った困ったという顔をした。
店長ははっはっはっと笑った。「“苦手”ときたか。“怖い”んじゃなくて?」
「それもありますけど、なんか嫌われてる感じがするんですよ」
「そりゃ、まあ、そうだろう」店長は店内を見回した。「この中にカイヤが嫌っている奴が何人かいる。その共通点はなんだと思う?」
「えー? まあ、乗っ取られる前からいた古株はそうなんじゃないですか?」
「それもある。けど、お前は違うだろ?」
「ランスも嫌われてますよね?」
「そうだな。お前とランスの共通点でもいい」
「そう言われても……」サンは思った。カイヤが嫌いだから嫌われてる。あるいは嫌われているから嫌っている。どっちが先に嫌いになったのかは分からないがそれは共通点だけど、そういう話じゃないよな。「分からないです」
「冒険者ギルドのボスなんて誰でもいいと思っていることだ。要するにカイヤ組に賭けてない」店長はぴしゃりと言った。
「あー……」それはみんなそうだとサンは思っているがそれがバレバレだったということか。「店長はカイヤ組に賭けてるんですか?」
かつては『銀の手斧亭』という冒険者ギルドのマスターだった店長は、「当たり前だろう? だからこうやって店長を続けてるんだ」と言った。
「なるほど」サンは店長こそが反カイヤ派のリーダーだと思っていた。「カイヤに乗っ取られたって聞いてたんですけど、話は違うんですか?」
「あー、それこそ、カイヤ嫌いな奴が俺を担ごうとしているんだけどな。俺はもうギルドマスターは疲れたんだよ」店長は溜息をついた。「カイヤが来て、なんかどんどん仕事を仕切り始めて、俺は口を出さなくなって、それでギルドの名前も『カイヤ組』にしたんだ、俺が」
「酒場の店長をやってる方がこっちは助かってるよ」
横からウエイトレスの1人が割って入ってきた。サホという名前のウエイトレスでみんなの顔馴染みだった。ショートカットの黒髪に頭巾を被り額を出して働いている。目鼻立ちの整った美人なのに店でセクハラを受けていないのがサンは前から不思議だった。誰か強力なバックの存在を感じられた。カイヤもクサリもこの店のウエイトレスの尻を撫でたりしない。サホだけでなく他の誰にもだ。
サホはお盆を持ったまま店長とサンの顔を交互に見た。「店長とギルドマスターを兼ねてると、ぐだぐだになってたからね」
「それはまあ、そうだったな」店長はじっとサンの顔を見ると、「お前も自分のギルドに乗るしかないんだ。覚悟を決めろ」と言った。
サンは店長の顔を見て、それからサホの顔を見た。彼女こそ、別にギルドマスターは誰でもいいという顔をしていた。他人事として、まあせいぜい頑張ってねという声が聞こえてくるようだ。
彼女は言った。「冒険者ギルドはどこも同じだよ。ここも鉄芯会も」
サンはカイヤ組しか知らない。サホの言葉には妙に重みがった。よその冒険者ギルドを知っているかのような言い方だった。年齢はせいぜい20代前半に見えるのに。
店内を見渡す。これまでの銀の手斧亭通いのおかげで、反カイヤのメンバーにあたりはついていたので、彼はそのあとも皆に声をかけていった。