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衝突点 その3

 銀の手斧亭へと戻る途中、ランスがあてはあるのかと聞いてきた。サンは店長と道具屋のテグデグは相談に乗ってくれるはずと答えた。

 サンの見立てでは、ほかにも何人か反カイヤっぽい人間にあてはある。それで言うなら全面的なカイヤ支持者の方が数は少ない気がする。カイヤ組の雰囲気がまだ落ち着いてない。ギルドを乗っ取ったカイヤに従って本当に良いのか、みんな迷っている状態だ。

 ちなみにカイヤがマッジ族で地元生まれじゃないというのは弱点にならない。歴史が浅い上に入植者ばかりのビリオンでは出自がどうとか見た目がどうとかで反感を生むことがないからだ。言ってみれば全員が余所者よそものなので、地元の人間で一致団結して反カイヤ、反マッジ族みたいな流れを作るのが難しい。地元の人間はそもそもカイヤ組ではなく鉄芯会に入ってしまうので、カイヤ組でそういう流れにはなりにくかった。

 みんな迷っているが、実力主義のビリオンでのし上がってきたカイヤが徐々に正当なギルドマスターとして認められつつあるというのも雰囲気で伝わってくる。ここで内部分裂なんかしたら鉄芯会にいいように喰われるというみんなの心配も理解できた。

「面白くなってきたね」サンは笑いながらランスに話し掛けた。「僕達でうまく情報操作できるかって話だね」

「あんまり嘘をつくなよ」ランスは警告めいた口調で言った。「俺はもっと堂々と正義を訴えて勝ちたい」

「……」

「なんだその顔は?」

「馬が変な臭いを嗅いだときの真似」

「臭いことを言ってるわけじゃねえだろ」

 サンはここまでの自分の考えを説明した。「カイヤがボスで本当にいいのかっていうのはみんな思っていて、けど、下手するとカイヤ組そのものが鉄芯会にやられると思っていて、その微妙なところなんだよ。鉄芯会には勝たなくちゃいけないんだ。ぶっちゃけボスは誰でもいい」歓楽街に戻ってきて人通りをよけながら話した。「鉄芯会のボスとカイヤを両方やっつけてビリオンの冒険者ギルドを統一しちゃうのが王道じゃないかなあ」

 サンがランスを見ると、ランスは顔に手を当てて真剣にそのルートを検討しているのが分かった。分かりやすく思索の顔をしていたかと思うと、サンにも聞こえるように小さくつぶやいた。「そうか。冒険者だと実力行使が通じるんだな……」

 通じない世界があるのかよとサンは思った。「いやいや。カイヤはそれをやろうとしてるんだよ」そしてランスの肩に手を置いた。「本気じゃないよね?」

「ビリオンの冒険者ギルドを統一して逆らう奴を皆殺しにすれば俺達でもワンチャンあるって話だろ?」

「無い無い無い無いワンチャン無い」サンは笑いながら首を横にぶんぶんと振った。「全然無いよ。勝っても1日もたないよ。ガキの命令なんか聞けるかって言われて終わりだよ」

「そういううるさい年寄りを実力で黙らせればいいって話だろ?」

「どこからその自信が来るんだよ。ランスの実力だって僕と同じくらいだろ?」さっき殴られて転がされたばかりじゃないか。

「お前よりは出来るよ」

「僕よりは出来るね」サンは本心ではそう思っていなかったがあえてランスの言うことを肯定した。「ランスは僕より強い。それで?」両手を上げて降参のポーズをしてみせた。

 ランスは両手を上げながら横を歩くサンを見てしばらく黙っていた。

 サンは真面目な顔をキープしていた。馬鹿にしたり挑発したりもしない、ただ普通の顔だ。その顔で両手を上げたまましばらく歩いた。通行人の何人かがちらっと2人を見た。

 ランスは言った。「サトレーゼより弱く、クサリより弱く、カイヤより弱い」

 さっき自分を殴ったサトレーゼの名前をランスが出すとは思わなかった。「鉄芯会のボスは魔法も使えるって話だよ」サンは手を下ろした。

「別に本気で言ったわけじゃない」ランスは気まずそうに言った。「やればやれるって話だ」

「ランスは街で話を聞いてみてよ」サンは言った。「僕はカイヤ組の中で味方を探すから、ランスはカイヤ組の外で味方を探すってことで」

 ランスは心当たりがありそうな顔になった。「分かった」

 遠くに銀の手斧亭が見えてきた。他の酒場と娼館が通りに並んでいる。

 サンはふところがあったかいのもあって最近はムラムラしたときに何度か利用していた。

 これまでも気になっていたサンは尋ねた。「ランスは女を買ってる?」

「いや?」買ってないのが当たり前という調子で答えられた。

 買うのが当たり前だと思っていたサンは、「なんで?」と聞いた。

「お前は買ってるのか?」

「え? うん。お金あるし」

「ふーん」ランスの反応は掴み所がなかった。

「なんで買わないの? ムラムラしたときどうしてんの?」

「槍の練習して発散してる」

「……」

「なんだその顔は?」

「猫が変な臭いを嗅いだときの真似」

 そこで不意に横から話し掛けられた。話し掛けてきたのは通りで立ち話をしていたカイヤ組の顔見知りで、何度かサンは話したことがあった。赤みかかった癖毛の長髪で髭も伸ばしている、おしゃべりが好きな陽気な先輩だった。立ち話をしているところでサンたちを見て声を掛けてきた。名前はワーストヒンという。

「お、戻ってきたな。おい」近づくとランスの肩をばんばんと叩いた。「殴られてヘコんでないか?」

「え、いや、大丈夫です」ランスは叩かれて戸惑いながら返事をした。口調が変になっている。

 ワーストヒンはサンの方もちらっと見た。サンは愛想笑いを浮かべた。

「言われた仕事がうまくできなくても我慢するこった。そのうちこなせるようになる」ワーストヒンはランスの両肩に手を置いてニヤっと笑った。「面白くはないかもしれないが、出世するまでの辛抱だぞ」

「出世にも辛抱にも興味はないです」ランスは言ってその手を払った。スタスタと歩き出す。

「え、ちょ、おい」早口になったワーストヒンはランスの背中に向かって言った。「若すぎるだろ」

 サンもランスの背中をワーストヒンと一緒に見ていたが、「あ、なんか、うちの相方がすいません」と言った。

「え? ああ、おお」ワーストヒンはサンにちょっと返事をするとランスを追いかけた。「おい、ちょっと待てよ」

 ランスは足を止めて彼を見た。サンも2人に追いついた。

「余計なお節介だがな、あれで殴られたのを根に持ってんじゃねえかと思ってな。恨むのはお門違いだぞ」

 ワーストヒンは面倒見のいい先輩といった調子でランスに話し始めた。ランスは先輩に説教される14歳の分かりやすいうぜえという顔になった。

「ちゃんと仕事してりゃ分け前はもらえる。そのうち後輩が出来たらお前も仕事を教えればいい」

「先輩」ランスは体ごとワーストヒンに向いて胸を張った。「みかじめ料を払える奴だけ守り、払えない奴の家に強盗に入るのは仕事ですか?」

「え? あ? 何だって?」

「ビリオンに自警団はいないんですか?」

「ああ?」ワーストヒンは眉を上げた。「カイヤ組が自警団だろうが」

「金の無い奴の味方をしたいんですよ、俺は。カイヤ組は金持ちの味方だ。貧乏人の敵になってる」

「貧乏人は自分で体を張るしかねえだろう。え? ああ? 冒険者ギルドの仕事を分かってんのか?」ワーストヒンは腕を組んだ。「俺達が何もしねえとすぐに余所者よそものが盗みやたかりを始めるんだぞ」

「カイヤ組の盗みやたかりには目をつぶってね」

 ワーストヒンは溜息をついた。「お前は何の話をしてるんだ? だからそこで恨む相手を間違えるな。サトレードがお前を殴ったが、お前のことが嫌いで殴ったんじゃねえんだぞ。分かるか?」

 ランスの手は震えていた。顎の辺りも震えていて、緊張しているのがサンにも分かった。「恨んではいませんよ。大丈夫です。俺が殴られた理由も分かってます」

「なんで殴られたと思ってるんだ?」

「生意気な口を利いたからですよ。そうでしょう? で、今は素直に言うことを聞けって説教されてる」ランスはワーストヒンを睨んだ。

 ワーストヒンはそうじゃないという顔をしながら、「その通りだ」と言った。「とにかく下手に逆らって早死にすんなってことだ」

「おっさん。俺は命令を聞いて長生きしたいわけじゃねえんだ」

 ワーストヒンが何か反応するより、横で聞いていたサンの方が先に反応して大笑いしてしまった。「わはははは!」そして2人の間に入って両手を上げて芝居がかった調子でまーまーとワーストヒンに謝罪をした。「すいません。相方にはあとでちゃんと言ってきかせますので。本当にありがとうございます。すいません。また今度で」そしてランスと強引に肩を組んで銀の手斧亭の前を通り過ぎた。

 ワーストヒンはいい人だった。「何か困ったことがあれば言えよ。相談に乗るぞ」

「ありがとうございます!」サンはランスと肩を組んだまま後ろを見て応えた。

 サンは銀の手斧亭に戻るつもりだった。その前を通り過ぎてからランスの肩から腕を外した。「僕はもうちょっと店にいるよ」

「俺は別の店を覗いてくる」ランスはまた顎を撫でながら言った。


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