衝突点 その1
サン・クンは14歳だった。身長は平均より低め。農村出身で自然に身に付いた筋肉が、最近のサボリで衰えがちではあったが肩にも足にも残っていた。髪は茶色。幼い頃はもっと薄かったがだんだん色が濃くなってきた。短く刈っているので顔の幼さが目立った。
兄弟が多くこのままではラチがあかないと村を出て一番近くの平野の大都市ビリオンにやってきた。そこで募集していたハーピーという怪物退治の依頼を受け、その仕事の中で同じくビリオンに着いたばかりのランス・ガードと出会った。ハーピー退治に続きコボルト退治の仕事をこなして大金を手にしてからは、次の仕事はないかと日々『銀の手斧亭』という酒場に通う毎日だった。
サンとランスが銀の手斧亭という店に入ったのはたまたまで、そこが冒険者ギルド『カイヤ組』の本拠地だったために自然とそのギルドに所属することになった。
実際に所属してみて分かったのはカイヤ組がこなしている仕事はほとんどが依頼人が依頼してきたものではなく、こっちから売り込みにいって獲得したものであるということである。警察と警備の仕事がそのすべてだ。泥棒、空き巣、強盗、傷害、スリやひったくり、そして殺人といった犯罪があると犯人を捕まえてくれと依頼が来る。そうするとカイヤ組が出動して犯人を捕まえる。警備も依頼されるとパトロールをして依頼人を守る。
これだけ聞くといい仕事だが、中身は全部自作自演である。
警備を依頼してこなかった豪邸や倉庫を襲うのもカイヤ組なら、その犯人を捕まえるのもカイヤ組だ。ようするに一定のお金をカイヤ組に納めないところには強盗がやってくる。カイヤ組の人間は毎月、来月の警備とパトロールはいかがですかーと集金に回り、強盗に襲われたところには犯人捜査はいかがですかーと売り込みに訪れる。ロクでもない仕組みだが金を払いさえすればそこの安全は保障される。そして余所者がカイヤ組の縄張りで勝手に空き巣や強盗などしようものなら、そいつらへの見せしめにはカイヤ組も本気を出す。
ビリオンという街はそういう形で治安を維持していた。
この街に警察はいない。軍隊もない。そのような街で冒険者ギルドはそこそこの存在感を示して、人々から疎まれたり尊敬されたりしていた。
サンとランスもカイヤ組の末席として当初は集金に回っていた。そもそも先輩が働かずに、「おいお前、○○のうちの今月の警備代貰ってこい」などと命令されてパシられていた。この集金という仕事がまためんどくさい。何をどうしたって結局最終的には払うことになるのだが、街の人間もあらゆる手を使って免れようとする。
今月はきついんで勘弁してくださいよ。今月は本当にこれしかないんですよ。来月まとめて払うんで今回だけはなんとか。
うるせえボケ。カイヤ組ナメてんのか。ちょっとジャンプしてみろや。ほんとに何もねえんならちょっと上がらせてもらうぜ。親戚に頼めや。子供がどうなってもいいのか。取引先に迷惑がかかってもいいのか。
サン・クンは相手の土下座や泣き落としに動揺しないが、サンから見て、ランス・ガードはこの集金が本当にしんどそうだった。別行動で集金することも多かったが、ランスが1人で集金に行くと相手を詰めることもせずに引き返して、今月は本当に金がないそうです、来月まで待ってくれって言ってますと先輩に伝言しては怒鳴られていた。
ランス・ガードも14歳。この辺りの土地では珍しい名前なので溶け込むためにランスンスという名前を使っている。身長は平均より高め。サンは身の上話を聞けていないが貴族か何かで肉体労働とは無縁っぽい育ちなのは分かっていた。槍の使い手で、明らかに専門の訓練を受けたことがある構えだった。東の方から船で海岸線を通ってビリオンに来たという話は聞いていた。金髪なのも珍しい。全体的にシュッとしていて、サンの筋肉質の体型と比べると、新米冒険者に付けるキャッチフレーズとしては大袈裟だが技のランス、力のサンという感じだった。
ランスが集金できないのは気弱なのではない。気弱どころかサンから見て彼は貴族の癖が抜けてなくて無意識に平民を下に見ていた。ではなぜかというと単にやる気がないからだった。なんでこんな風に命令されてしょうもないことをしないといけないんだという気持ちが強く、それで、「言われたけど無理でした~」というナメた感じで戻ってくるのである。
そして怒鳴られても反発する。サンが短い付き合いで分かったのは、ランスはとにかく命令されることが嫌いだということである。冒険者になった理由も誰かに命令されたくなかったからと言っていたので、元の彼の立場がどんなものだったのか想像つくというものだ。
命令されたくなくて家を出たのに、それで冒険者になってカイヤ組なんてギルドに入ったら家を出た意味がないな。サンは思った。シケた村から一攫千金を夢見てきた自分も似たようなものだが。
とはいえ、カイヤ組における2人の下積み時代は短かった。金が入ってからは宿を移り、パシリを命じられても——嫌ですと言うと殴られるだけなので無理でしたすいませんと謝り続けた——何もしなかった。普通は集金した金の何割かを歩合として受け取り、それら地区担当がまた自分の取り分を引いて上司に渡し、最後にカイヤとカイヤ組の幹部の懐に入るという仕組みだったので、先輩に命じられた下っ端は収入のためには無視するわけにはいかないのだ。経済的に自立してしまった2人はかなり特殊な存在だったといっていいだろう。ただし、まだ目立つほどには時間が経っていなかった。ちょっと大金を手にした若者が調子に乗って周囲を馬鹿にするのはよくあることだ。やがて金がなくなれば手伝わせてくださいとギルドに頭を下げることになる。頭を下げずに自分たちで集金をしたり強盗して全額を手にするようになると……もちろん、ビリオンのやばい奴トップ3に確実にランクインするカイヤ・ゲダレコがその正体を見せることになる。
カイヤについては伝説がやたら多い。サンはカイヤのその手の噂を銀の手斧亭で集めるのが半分趣味になっていた。
集金の金を持ち逃げした奴を形が変わるまでボコボコにした話や、集金係を襲った奴を捕まえて何度も熱湯を掛けて死ぬまでじっくりソテーにした話とか、目玉をくり抜いて本人に食べさせたなんて話もあった。
多分、嘘ではない。というか、やりかねない。
彼は今も銀の手斧亭の奥の席で仲間たちと一緒にふんぞり返っている。黒い髪にやや白い肌。瞳は鳶色。顎が発達していて四角い顔をしている。口の中の歯の一本一本が大きかった。鼻もでかい。目は小さくてキョロキョロとそこだけ見れば可愛いがそんなことを言う人間は街にいなかった。太い腕に太い胴。ガタイがでかく、伝説を知らなくても威圧感だけで一般人はすいませんと謝ってしまう。
彼はマッジ族という南の部族で地元ではない。テーブルで一緒にいる幹事たちも皆マッジ族で彼の地元の仲間である。彼らはビリオンに2年くらい前にやってきて、あっという間にこの銀の手斧亭の冒険者ギルドを乗っ取ったのだ。サンが来たのはそのあとなので冒険者ギルドはカイヤ組しか知らないが、店では何人もの冒険者からそのあたりのいきさつは聞かされた。
サンはカウンターにランスと並んで座りながら、気づかれないようにチラチラ見ていた。カイヤと同じテーブルにいるカイヤの右腕で巨漢の通称クサリが何やらヒソヒソ話している。いつも声のでかいクサリにしては珍しい。
「へっ。いい気味だぜ」カウンターの中にいる店長が小さく言った。
店長も歴戦の冒険者といった風格だ。左頬にがっつり刀傷が斜めに入っていて、上着の袖をまくった上にもいくつも傷跡がある。体格はカイヤと同じ小太りのパワー体型をしていた。年齢がカイヤより20は上だ。
「あれは何の話をしているの?」
「宝石商の話だ。いよいよ東に手を出そうとして、逆にこっちのシマをやられちまった」
「東?」
「鉄芯会だよ」店長はカウンターに手をつけるとぐいとサンに顔を近づけた。「最近、ギルドの仕事をしてねえな」
「まあ、ちょっとのんびりしたくて」サンも小声で言った。「鉄芯会がどうしたんですか?」
「最近、こっちに戦争を仕掛けてきた。本気でこっちを潰そうとしてきている」
「どうしてですか?」
「どうせ藪をつついて蛇が出たって奴だろう」店長はちらっとカイヤの方を見てまた逸らした。藪をつついたのはカイヤだと言わんばかりだ。
カウンターを意味なく拭く店長を見て、サンは言った。「店長は鉄芯会と話をつけてるんですか?」
「なんだそりゃ。そんなことはねえ」店長は手を止めて早口で言った。「人聞きの悪いことを言うな」
「本当に戦争になったらどうなるんですか?」
「まあ、どっかで手打ちだな。そうでなければカイヤが死ぬか、鉄芯会の会長が死ぬか」店長はカイヤを見て鼻で笑った。「どうせ会長へのカチコミでも計画してるんだろ。うまくいくわけねえのにな」
「どうしてですか?」
「そんな簡単なら苦労しねえよ」
サンは斜め後ろのカイヤの方を見ず、店長に向いたままだった。隣のランスはちらっと見かけて途中でやめた。カイヤが自分達の背中を見ているような気がした。
「よう、冒険者」カウンターのサンとランスの間にカイヤ組の先輩がやってきた。かつて集金を命令してきたサンの指導係である。黒い短髪でしゅっとした頬に傷一つないスベスベの肌をして目が切れ長、イケメンなのだがちょっと付き合ってみると人を馬鹿にする喋り方をする性格だというのが分かってきて、サンたちがギルドから距離を取るようになった原因でもある。話し掛けられるのは久し振りだった。サンが返事をするより早く用件を言ってきた。「お前らちょっと鉄芯会の会長の居場所を探ってこい」
「はい?」
その先輩には気づかれなかったが、サンはランスの眉間に皺が寄るのを見た。そこまで分かりやすく怒らなくても……。
「居場所っていっても、その、どうやって?」
「馬鹿か? そんなの自分で考えろ。モンスター退治ばっかしてる冒険者には分からねえか?」
どうやって返事をしようかと考えてしまった。店長はいつの間にか2人から離れて聞いてないフリをしていた。
その微妙な間に割って入ってランスが口を開いた。「モンスター退治ばっかしている冒険者には分からないですね」
ランスの生意気な言い方はかっこよかったが、先輩の反応は早かった。カウンターに手を付いた状態からぱっと構えると右ストレートをランスに叩き込んだ。言い返したランスは覚悟が甘かった。油断してまともにくらい手をばたばた振り回してバランスを崩し、横のカウンターの客とテーブル席に座っていた客にぶつかりながらその間の床にぶっ倒れた。木の床が派手な音を立てて店のみんながカウンターを見た。
倒れたランスを見下ろして先輩は言った。「口の利き方がなってねえな。鉄芯会の幹部を1人、拉致ってこい」
サンはランスの側に回り込んで、ランスが何か言う前に応えた。「分かりました、サトレードさん。言う通りにします」
ふんと先輩は鼻を鳴らし、ランスを殴った手をウォーミングアップだったかのように軽く振って背中を向けた。店の客たちは興味をなくして視線を戻した。
ランスは起きようとしていた。膝を起こしている彼の目に涙が浮かんでいたのでサンは目を逸らした。
喧嘩を売っておいて殴られて泣くというのをダサすぎるとサンが思わなかったわけではない。だが笑うほどでもない。サンが思うに、ランスが悪いのはまだ実力が伴っていないのに生意気なことを言ったからであって、言い返したことは悪くない。サンだって命令に従うつもりはなかった。やるつもりだったのは、誰が幹部か分かりませんでしたという謝罪だけである。
知らねえよ、馬鹿。誰がそんなこと手伝うかよ。