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ビリオンのクロスボウ その1

 何度か利用していたが夜に見るのは初めてだった。魔法道具屋に明かりはなかった。狭い道の小さい3階建の建物で、こじんまりした人形の家のようにも見える。扉は頑丈そうでとてもおもちゃには見えなかった。そしてその扉が1枚目で、その奥に2枚目の扉があることもランスは知っていた。2つの扉が同時に開けられることは絶対にない。

 町の夜の喧騒も徐々に静かになっていた。朝まで営業が許可されてる区画は離れている。そもそもテグデグの魔法道具屋は日没前には閉まってしまう。

 ランスは閉じられた扉の前に立った。立派なノッカーがあった。ランスはそれを掴んでゴンゴンと2回鳴らした。

 建物から少し離れて2階を見上げると窓の隙間に明かりが見えた。ごそごそという音が聞こえてくるようだ。

 ランスはその明かりの動きをじっと見守った。隙間の明かりは薄くなって夜の闇と見分けがつかなくなった。

 扉の前に移動した。ノッカーの付いた頑丈な扉に覗き窓はない。代わりに入口横の壁に隙間のようなそれがある。何かを突っ込んだとしても何も壊せない角度だ。

 1階のどこからも明かりの漏れる隙間はなかった。覗き窓は開けられることすらなく、ただ声だけが聞こえた。道楽者の魔法道具屋店主テグデグの眠そうな声だ。「どなた?」

「カイヤ組のランスンスだ。『ビリオンのクロスボウ』が持ち込まれてないか?」

「ランスンス?」

「ワイトの首飾りの新人冒険者だ」

「あー、あのサン・クンの片割れか」声から警戒が消えた。鉄板がこすれるガチャっという音がして、横長の覗き穴が開いた。中からゆらゆら揺れるランプの明かりが漏れた。明かりの中で影が動くのも見えた。

 ランスは眩しくて目を細めた。穴から何かされたら危険だが正面から隠れたら信用を失う。ランスはその場に踏み止まった。

「ビリオンのクロスボウならうちにもあるが、何年も前に持ち込まれたものだ。それじゃないんだろう?」

「シュリフィールって奴が使っていて、クロスボウが行方不明なんだ」

 明かりが弱まった。ランプを木の上に置くコトという音が聞こえた。覗き窓から見える光の角度が変わっていた。ランスの顔の確認が終わったんだろう。覗き窓の奥の反対側の壁だけが見えた。用心深いことだ。まだ穴の正面には立たない。「シュリフィールか。大変だな。捕まったのか?」

「ああ。俺が捕まえた。けどクロスボウが気づいたら消えていた」

「盗まれたんだろう。あれは分かる奴が見たら分かるからな」

「ここじゃなかったらどこに持ち込まれるか分かるか?」

「カイヤ組を狙った凶器だろう? 俺だったらこっちでは売らないね。川の向こうで売る」

「川のこっちなら?」

 この会話の川というのはビリオンの4大運河のことである。川の向こうで売るというのは別の冒険者ギルドの縄張りで売るという意味だ。

「川のこっちで、夜限定でいいんだろう? だったら蒼龍そうりゅう正直店しょうじきてんだな」テグデグは店のある通りと近くの広場の名前を言った。案内を聞いて見当がつく程度にランスも知っている場所だった。「うちじゃなければそっちだ。けど、橋を見張った方がいいと思うよ。こっち側で凶器をさばいたりしないさ」

 ランスはうぜえアドバイスだと思った。「まあ、やるだけやる」

「そうかい。頑張ってくれ」覗き窓から金属が擦れる音がした。

 ランスは慌てて閉まろうとする隙間の明かりに向かって声を出した。「待ってくれ。ビリオンのクロスボウの情報をくれ。あれは何だ? ぐっと曲がって後ろから飛んできたりした」

 覗き窓の明かりがゆらゆら揺れ、その前の人影も動いている気配がした。店内で接客しているテグデグには何回か会っているが、こんなに警戒できる人間だとは思わなかった。もっとゆるい人物だと思っていた。覗き窓の奥を見ても壁しか見えない。穴の正面に何もない。テグデグ本人どころか店の商品も見えない。ただの人懐っこい道楽者だと思っていたのだが。

 沈黙が続き、情報はくれないのかと思った。金を払ってもいいと思ったランスが金額を言おうと口を開いた直後に、向こうが話し始めた。語りたい欲に店主が負けた。「ビリオンのクロスボウって呼ばれているのは、昔、ここにいた職人が大量に作ったからだ。おかげで今でも在庫がある」

「ふーん」ランスは言った。「特徴というか、弱点のようなものはないのか?」

「矢の数が限られるのが弱点だ。あれに装填そうてんする矢は、先に目を潰した矢じゃないと駄目なんだ。目を潰すというのはその通りの意味で、矢を作るのに必ず奴隷の目に刺さないといけない。1人の人間から最大でも2本の矢しか作れない」

 ランスは言葉を失った。なんだそれは?

「そして魔力は要らないんだ。矢があれば誰でも使える。シュリフィールも魔法使いじゃない。それどころかクロスボウにも魔法はかかってない。設計図の通りに正確に作ればそれがビリオンのクロスボウになるんだ。もっとも、腕のいい職人じゃなと作れないけどね」姿は見えないが説明するテグデグの声は少し弾んでいた。楽しそうだ。「設計図を描いた開発者が本当に偉大な魔法使いだよ。オタマクマ・ピアラっていって、魔力が無くても作れる魔法道具をいくつも発明した天才中の天才だ」

「その矢に人間の目が必要じゃしょうがないだろ」ランスは言った。「その矢は使い捨てなのか? 何回でも追尾するのか?」

「使い捨てだよ。何かに刺さって停止したらそれまで。俺は使ったことがないけど、射ると矢の先端に視界が移って、目を向けた先に矢が方向を変えるらしい」

 ランスは夜の屋上を飛ぶ矢の軌跡を思い出した。あれは人間が横に目を向けてぐーっと振り向く動作だったのか。矢が飛びながら進路を変えるからああいうカーブになるのだろう。なるほど。イメージを掴むとそれっぽい軌道だった。「矢の方に目潰し以外の条件はあるのか? 設計図通りに作らないと駄目とか」

「ないと思う。言い伝えだと目を潰したペン先や木の棒でもクロスボウにつがえれば使えたらしい」

「おっかねえ話だな」

「その頃のビリオンにはめくらや片目の浮浪者が転がってたらしいよ」テグデグの口調には怖がらせることを楽しんでいる悪趣味な響きがあった。「80年くらい前の話だけど」

 ランスは嫌な気分になって顔をしかめた。こちらから向こうが見えない以上、向こうからもこちらの顔は見えていないはずだ。こちらを怖がらせようとしている人間に怖がっているところを見せる必要はない。「ふーん。そうか」

「これはここだけの話だけど、ランスンス、ビリオンのクロスボウで誰をやるつもりなんだ? カイヤか?」

 ランスの背筋に冷たいものが走った。もちろん正直に答えられるはずがないが、こんな質問をされる時点で自分の立場は相当にヤバいのだ。疑われるような態度が出ていたのだろうか? カイヤは裏切り者を許さない。見せしめにとんでもない拷問をする。震える声で、「違うよ」と答えるのが精一杯だった。顔を見られなくてよかったと心底思った。見られたら何を言ってもバレてた。深呼吸をして、震える声を力ずくで抑えた。「鉄芯会のボスを狙ってるんだ」

「今の“間”はよくないな」テグデグは完全にからかっていた。「睨まれたらただじゃ済まない」

 こういう風にからかわれたりイジられるのがランスは大嫌いだ。お陰で頭の中が冷静になった。背筋の寒けも消え、手の汗も引いた。怒りの熱の方が勝った。「カイヤ殺しを依頼したいのなら請け負うぜ」

「さっきから失礼だな」テグデグの声にはあまり怒りがなかった。かといって優しく忠告しているわけでもない。「生き残りたければ敵は作らない方がいい。カイヤ組にはいれて、俺のことは下請けのシケた道具屋だと下に見てるのがミエミエだ。それじゃあよくない。お前も元は貴族か何かだろう? 相手を上か下かで態度を変える癖がついてる。それじゃあ冒険者はやっていけない」

 ランスも後に引く性格ではない。「なにが冒険者だ。この街に冒険者なんていねえ」

 テグデグからすぐに反論が来なかった。ランスの言葉がどこかに刺さったような、気まずい間があった。

 ランスは言った。「忠告と、正直店しょうじきてんの情報はありがたい。助かった」

「カイヤに手を出すのはやめておけ。お前はカイヤ組なんだ。身内を裏切るな。ムカつくかもしれないが我慢を覚えろ」

 14歳のランス・ガードは言った。「我慢を覚えたら冒険者じゃねえ」

「それは違うぞ」

 ランスは覗き窓の横の壁を拳でドンと叩いた。音は夜の街に思ったより大きく響いた。

 そして壁の向こうは静かになった。

「へっ」ランスは鼻で笑い、もう一度壁を叩いた。ドンと家が鳴り細かい埃がパラパラと落ちてきた。魔法道具屋の扉の前から足を踏み出し、ランスは『ビリオンのクロスボウ』を追って教えられた場所へと向かった。


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