サイコパスは踊る その5
「サトレードさん」かっとなってシュリフィールを殺しかねないと思った。それは防がなくてはならない。シュリフィールを守るためではなくもっと利用するためだ。サンは慎重に言った。「どうしますか? もうこいつ、殺した方がいいですか?」
「待て。勝手なことするな」
案の定制止された。こういうときはこっちが過激になった方がいい。「見せしめにやっちまいましょう」ニヤっと笑った。
「待てって言ってんだろ」サトレードは先輩風を吹かせた。威張るのが楽しいようだ。
言うことを渋々聞く血気盛んな新人という演技を続けた。口をとがらせてえーとぶーたれてから、「分かりました。けど殺すときは僕にやらせてくださいね」と甘えた。
「分かった。そんときはやらせてやるから勝手なことすんなよ」サトレードが悪そうに笑った。
「はい」
「お前は橋の向こうに行って、明日の正午にシュリフィールを処刑すると伝えてこい」
「はい!」サンは元気な声を出して夜天通りを駆け出した。
夜天通りは商売を続けていた。カイヤ組が喧嘩を始めたときは見て見ぬふりをする不文律ができている。走るサンを見ても誰も何も言わなかった。路地が暗くて物騒でも夜に商売ができるのはカイヤ組のお陰だ。
通りと橋に高低差はほとんどない。真っ直ぐ走ると左右に明かりが等間隔に並んで見え、そこが川であり橋だった。こちら側に木の柵が立てられていた。カイヤ組の先輩4人が検問をしていた。検問を抜けて向こう側に行こうとする人も向こうから来る人も見えず、4人とも暇そうにしていた。
「お疲れさまです」サンは言った。「ワイレーヒさんは見つかりましたか?」
サンは4人とも顔と名前を知っているが向こうはサンを知らないようだ。全員がじろりと睨むだけで返事をしなかった。
「僕は先日からカイヤ組でお世話になっているサン・クンです。鉄芯会への言付けを頼まれて来ました」
4人で一番偉そうにしている隊長らしき背の高い男が興味を持った。「鉄芯会への言付け? なんだ?」
「シュリフィールの処刑を明日正午にやるって話です」
「へっ」彼は鼻で笑った。「シュリフィールごときで鉄芯会が釣れるかよ」
他の3人もその隊長の男に合わせてはははと笑った。感じ悪かった。「通ってもいいですか?」
「ああ、いいぜ」隊長はすっと横に動いて検問を通す仕草をした。「すぐに戻ってこいよ」
「言付けって向こうにいる鉄芯会に言えばいいんですよね?」
「あー、いや、違う」隊長はニヤニヤしながら言った。「橋を渡ったらギャッゴーニムに伝言があるって伝えて鉄芯会の酒場まで案内してもらえ。壁に磔用の板があるからすぐに分かる」
部下の3人がぎゃはははと笑った。
サンも合わせてはははと笑った。
「冗談だと思ってるか?」隊長はドスの効いた声で笑いかけた。「シュリフィールがなんだってんだ。あいつは頭のおかしい鉄砲玉だ。鉄芯会は気にもしねえ」
サンは隊長の横を通ろうとしたが足を止めた。「じゃあどうすればいいですか? ブネゼヨハさん、何かいい考えはありますか?」
「知らねえよ。そんなことは手前で考えろ」適当に言い返しただけなのが丸分かりだった。迫力がなかった。
「それじゃあこういうのはどうでしょう? 『明日の正午にシュリフィールを処刑する。お前らは黙って仲間が殺されるのを見ていろ』とか?」
「ああ?」案を出されるとは予想していなかった隊長が聞き返した。「そんなことより向こうの見張りを何人か殺せ。ぶっ殺したあとで言付けすりゃいいんだ」
部下3人もそりゃいいと言って笑った。それだけやれば向こうの面子も潰れるぜ。
「なるほど。それはいいですね」サンは言った。「僕がやるので一緒に来てください。僕が奴らを血祭りにしますよ」
「へっ。いいぜ。見届けてやるよ」隊長は言った。部下の3人もおおーと声を上げた。
橋の幅も夜天通りと同じ幅だ。2頭引きの馬車2台がすれ違って外側に屋台が並べられるくらい余裕がある。今は無人で屋台も畳まれていた。
サンは検問の4人を後ろに従えて橋を進んだ。ビリオンの運河の橋はどれもそうだがアーチや凹凸はまったくない。完全にフラットでコンクリート製の板だ。それが運河の橋脚に支えられて渡されている。無人だと橋の汚れが目立った。橋にも夜天通りと同じ街灯が左右に並び、オレンジがかった色で白いコンクリートを照らしている。
反対側にも柵が作られ検問が張られてた。柵はカイヤ組のものより豪華で頑丈そうに見える。使っている棒の数も太さもカイヤ組の1.5倍くらいある。その側に2人の男が立っていた。1人がこちらに気づくと橋の向こうへと走り去った。残るは1人だけだ。
「おー、丁度いいじゃねえか。あいつを殺して応援の奴らに言付けしろ」
「はい!」サンは元気よく返事をした。サトレードに言付けを頼まれたときの返事の繰り返しだった。
「止まれ」震えた声で橋の見張りが声を出した。
後ろの野次馬がげはははと笑った。びびってるぜ、あいつ。
サンはちょっと腰のナイフの位置を確認した。手を戻して、手ぶらで歩いているように見せる。さらに近づいて両手を上げ降参の姿勢を取った。止まったりはしない。
「止まれ。それ以上近づくな」
サンは足を止めた。「カイヤ組の使い走りだ。言付けを預かってきた!」
「待て」
「そっちに行く」サンは言うとまた前進を再開した。後ろの4人がついてきてるのは足音で分かった。
柵は道の幅半分の長さのものを2つ並べたものだった。高さは胸くらいあり、馬車の侵入を防ぐには充分だが徒歩で乗り越えるのを防ぐようにはできていない。手を掛けてジャンプするだけでいい。こんな広い橋に見張りが1人や2人では本気で乗り越えようとしたら防ぎようがないだろう。
橋の反対側も夜天通りと同じだった。オレンジの街灯で照らされた広い通りになっていた。違いは夜の市は立っていないということだ。その通りの中に応援で駆け付けようとする複数の人影が見えた。
サンは駆け足になった。
「おい。止まれ!」見張りが言った。
サンは舌打ちし、見張りに狙われない位置の柵に手を掛けると一気に飛び越えた。コンクリートの上に着地した。
見張りはそこで返り討ちにすることもできたはずだが、応援が来るのを待つという選択をした。
サンは両手をまた上げた。「そんなに警戒しないでよ。言付けに来ただけなんだから」見張りに近づく。応援はすぐそこまで来ていた。
「な、なんだ?」残された男は若い男だった。まだ剣を抜いていなかった。
サンは通りを駆け付けてくる応援の方を向くことで視線を外した。「あ」
「え?」
近づいてナイフを脇見した男の喉に刺した。男は呻き声も漏らさなかった。
柵の反対側で見学していた隊長が、「うおっ。やりやがった」と言った。
サンは刺した男の懐と腰をぱぱっと探った。布袋を見つけた。すぐに外せそうにないので諦めた。
応援の男たち5人が声をあげた。おい、やられたぞ。抜け。抜け。
サンは柵に沿って橋の端に走った。欄干に上がってそこから柵を掴んでぐいっと回るようにして戻った。
「おい、てめえら、何の真似だ?」応援の奴らが柵越しに立ち止まった。正面の検問隊4人を睨んでいる。手に剣を抜いていた。
サンは言った。「カイヤから言付けだ。シュリフィールの処刑を明日の正午に行う。腰抜けのお前らは仲間が殺されるのを黙って見ていろ」
「ああ?」応援の男はサンの方を見て言った。「このまま黙って帰れると思ってんのかよ」
「思ってるよ」サンは急いで検問の4人に合流した。柵越しでも応援5人の顔はよく見えた。「ちゃんと伝えろ!」
応援の男は橋に倒れている若い見張りを見た。すでにひゅーひゅーと息をしていて、自分の血で溺死寸前だった。喉を掻きむしって暴れている。
「使い捨ての鉄砲玉しか使えないんだって? そいつも鉄砲玉か?」サンは地面の男を顎で指した。「早く来いよ。5対5だぞ」
サンの声に反応してやっと検問の4人も腰の剣を抜いた。
そこで柵を挟んだ睨み合いの空気が漂うと、サンは言った。「その死体を連れて行け。シュリフィールの処刑は明日の正午だ」




