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サイコパスは踊る その4

 サンは、「よろしくお願いします」と礼を言った。

 サトレードはニコニコと笑っていて、気持ち悪いほどの上機嫌だった。

 ひょっとしたらとサンには思い付いたことがあった。目の前に夜の夜天通りが伸びていて後ろ手に手首を縛られ上半身裸のシュリフィールが遠巻きの野次馬たちに見られながら歩いている。サンは近づいて何も言わずに廻し蹴りをした。手の自由の利かないシュリフィールはよろめいて転び、受け身も取れずに石畳に額を打った。鈍い音が響き、暗殺者はうめき声を上げた。

 サトレードが爆笑した。「ギャハハハ! ひでーな、お前! 何やってんだよ!」

「おら、とっとと立て」

 サンが言うとシュリフィールは体をよじりながらなんとか立ち上がった。額が切れて派手に血が流れていた。こちらを睨む余裕もなく、ただ痛みに耐えていた。

 サトレードがさらに笑う。「オラオラ。とっとと立てや」もう立ち上がっているのにそんなことを言った。

 当たりだった。人を殴ったり蹴ったりするのが好きというか、サトレードは無抵抗な人間をいびらるのが好きなのだ。自分でやるか他人がやるかは関係ないらしい。サンに対してさっきまであった警戒心が消えていた。どうやら仲間認定してもらえたようだ。

 サトレードも負けじとシュリフィールを蹴って、「歩け歩け」と言った。

 もう一歩踏み込んだ方がいいなと思ったサンはそのあとでしつこく蹴った。サトレードが笑って同じリズムでまた蹴った。蹴られた方は縛られた状態で体を不器用に揺らした。サンはさらに蹴って、サトレードがまた蹴って、そこでゲラゲラ笑うサトレードとハイタッチをして、やっとノリが元に戻った。

「杭も打たれてねえってのは、お前は鉄芯会でもねえんだよ」

 苦しそうにしていたシュリフィールが、それを言われて急に意思の強い調子で言い返した。「俺は鉄芯会じゃねえ」

「ぎゃはは。ばーか」サトレードは大声で笑った。「お前が鉄芯会じゃねえからってなんなんだよ」

 そのとき、ピーッという笛の音が夜の街に響いた。警笛としてカイヤ組の警備班が使っているものだ。“捕物とりもの”が発生したということである。何かの犯人が現れてそいつが逃亡しているのだ。タイミング的にこのシュリフィールや鉄芯会の無関係とも思えなかった。

 この笛を聞いたカイヤ組は音のした方へ集合することになっている。

「くそ、めんどくせえな」サトレードは言った。

 シュリフィールを連れて犯人追跡に参加はできない。こういう状況ではサンたちは集合を免除される。夜天通りの人混みの中にもカイヤ組はいて、顔見知りの何人かが笛の音を聞いて駆け出していた。それに釣られて野次馬たちも動いている。笛の音は銀の手斧亭の方向から聞こえた。

 本来、新人が真っ先に動かずにサボっているのを見られたら鉄拳制裁が待っている。サトレードと一緒とはいえ他の組員に責められるように睨まれてサンは居心地が悪くなった。「すいません。僕は行ってもいいですか?」

「あー、そうだな、行ってこい」サトレードは行けというように手を振った。

「はい」サンは先輩と鼻血を流している捕虜を置いて音がした方に走った。全力で走らないとやっぱり殴られるので、全力のフリをする必要があった。

 夜でも銀の手斧亭を中心にした繁華街は無人にはならない。その中でサンは人の動きを見て、他のカイヤ組の動きについていった。

 みんなも全力で走ってはいない。

 事情も分からずに銀の手斧亭へと戻る道を行くと、人の流れは本拠地から逸れて隣の道へと移った。そこに人垣ができていた。真ん中にいるのはさっきまで一緒にいて、後ろから見張りをすると言っていたワーストヒンだった。立ってはいるが腹の出血を手で押さえていてただのかすり傷とは言い難い。致命傷かもしれなかった。

 ワーストヒンはサンを見つけると怒鳴り声を出した。「ワイレーヒだ! 殺せ! 裏切り者だ! 鉄芯会だ!」

 その言葉に集まったカイヤ組がビクっとなった。

「あっちに逃げた!」ワーストヒンは通りの方向を指した。鉄芯会のシマである南東の方向だった。

「聞いたろ! 行け! 裏切り者はワイレーヒだ!」その場にいた中堅の先輩が仕切った。「見つけるまで戻ってくるな。奴に橋を渡らせるな!」それからその先輩はその場の1人1人に見張るべき橋の名前を告げた。サンはビリオンのすべての橋の名前までは覚えていない。しかしサンには橋は割り当てられなかった。「お前は夜天通りよりこっち側の通りを探せ。ワイレーヒの顔は知ってるな?」

「はい」サンは返事をしてとりあえず走り出した。

 仕切っていた先輩——ビュヒャギノ——は一通り指示を出すとまた笛を吹いた。

 サンはその音を背中で聞いた。通りの1つに入ってから左右を見る。隣の建物とくっついて一体化した壁がどこまでも続いている。

 鉄芯会がカイヤ組のあるビリオン南西を攻めるにあたって、この区画に隠れ家を作っていないとは考えにくい。橋を渡るのが目立つ以上は渡らずに済む方法を確保しているはずだ。その場所はどこか? 今、サンがいる銀の手斧亭の近くというのは考えにくい。このあたりはカイヤ組が始終出入りしている。誰がどんな店をやっているか、どんな家族構成か、すべて把握している。隠れるならカイヤ組アンチが多い場所。一応、みかじめ料は払っているが、それにまったく納得していない人が多く住んでいる場所。

 集金作業の手伝いをしていればそういう場所はなんとなく分かる。今のサンたちが泊まっている宿の辺りだ。

 サンはそちらにはすぐに移動せず、先に夜天通りへと移動した。

 走っていくと、サトレードはもう橋に到達しそうだった。その前によちよち歩きのシュリフィールを歩かせている。呼び掛けると彼はサンを見て嬉しそうな顔をした。

「おう。戻ってきたのか」

「ワーストヒン先輩が刺されました」

「聞いてる。さっきこっちに来た奴が話していった」彼がふっと視線を橋に向けた。サンがその視線を追うと、そこにカイヤ組の歩哨ほしょうが2人組で立っていた。「本当に裏切ってたんだな」

「こいつを消すために追ってきて、ワーストヒン先輩とやりあったんだと思います」

「鉄芯会も仲間を消したりはしないだろ。助けようとしたんだよ」サトレードはシュリフィールを顎でしゃくった。「捕まった奴を見殺しにしたら聞こえが悪いからな」

 サンの目に、もはや歩こうともせず足を止めているシュリフィールが喜んだように見えた。希望を持ったというか、明るくなったというか。背中しか見えないが、それでも雰囲気が変わったのが分かった。そして喜んでいる彼の背中に、カイヤ組に愛着も何もないサンですら殺意を覚えた。

「喜んでんじゃねえぞ、くらぁ!」サトレードが急に怒鳴った。「とっとと目ん玉くりぬいてやらぁ」

「助けてくれーっ!」突然シュリフィールはビリオンの夜空に向かって叫んだ。「俺はここだー!」

 シュリフィールは彼の側に駆け寄ってまた殴り倒した。すぐに彼は口をつぐんだ。

 サンはびっくりして周囲を見回した。哨戒に立っている他のカイヤ組もキョロキョロと辺りを見ている。どこの暗闇に鉄芯会がいるのかと思った。

「ビクつくな。こんなところに顔を出す馬鹿はいねえよ」サトレードにはまだ余裕があった。


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