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サイコパスは踊る その3

 カイヤ、クサリ、そして周囲の幹部や護衛たちが顎をくいっと動かした。

 サンが身柄を受け取りに前に出ると、カイヤが、サンとランスの教育係で、店の中央で気を抜いたまま立っていたサトレードを見て、「お前も付け。ガキに好きにやらせるな」と言った。

 サトレードは驚いて、「え、あ、はい!」と返事をした。

 サンは彼をちらっと見た。サトレードもサンを見たので目が合った。え、俺が何するの?という顔をしていた。切れ長の目が丸くなっている。サンは、分からなくていいからちょっと付き合ってくださいねと目で訴えた。

 シュリフィールに近づいた。カイヤのテーブルの周囲の無人の警戒領域の中に入った。カイヤ組の冒険者たちが横や後ろから自分をジロジロ見ているのを感じた。さっきの言い返しは生意気だったなとサンは思った。みんながお手並み拝見って顔になってるよ。

 カイヤのテーブルにいるのは筋骨隆々で上半身に両肩からくさりをクロスに掛けているダサファッションリーダー、クサリのほか4人が座っていた。カイヤを含めた5人はサンの顔をじろじろ見ている。うまいこといったら報酬はよろしくお願いしますよとぶちかましてきたルーキーをそれぞれの表情で見ている。

 あまり頭の良くないクサリは身柄を受け取りに来た14歳の茶髪の少年が何をするつもりなのかわくわくしているだけだった。一体どうするつもりなんだと普通に話し掛けてきた。サンはシュリフィールに声が聞こえる場所で、「鉄芯会への案内をしてもらおうと思います」と言った。「僕たちをナメたことを後悔させてやりますよ」

 カイヤ組の幹部で護衛隊長でもあるバリスワイストレーは期待してない顔だった。その横のシュワーレーキクはニヤニヤと失敗を期待している薄ら笑いを浮かべていた。もう一人の幹部シトホンユルガは不安そうにサンとカイヤの顔を見比べている。

 そしてカイヤはサンを睨みながら、「鉄芯会に泡を吹かせろ」と言った。シュリフィールの後ろに立っていた護衛のゴーノーに合図した。

 ゴーノーは上半身裸で後ろに縛られたシュリフィールの腕を把手とってのように持ち上げた。痛めつけるための乱暴な扱いだった。

「いてててて」

 サンはそのシュリフィールの腕を受け取った。サンに対して抵抗する意思を見せるように体をよじった。サンは言った。「別に何かをさせるとか言わせるとかしないから安心していいよ。顔だけ貸してくれればいいんだ」

 シュリフィールは見た目も子供で声変わりもしているかどうか微妙というサンに話し掛けられて振り返った。「まだガキじゃないか」

 戸惑いながらサトレードが付き添うように冒険者たちの間から出てきた。

 サンはシュリフィールの縛られた腕をぐいと引いて銀の手斧亭の外に向かって歩かせた。「よろしく。僕の名前はサン・クンだ。見た目通り、ただのガキだよ」

 シュリフィールの方はサンをちらりと見て、「誰だよ。お前」と言った。

 外の店は閉まり始めていた。娼館も客引きをやめている。銀の手斧亭の前の通りの街灯は夜明けまでずっと灯されているが、隣の通りは消灯されるので真っ暗になる。店を出て行くサンたちを店の客たちは左右に分かれて道を譲った。人の少なくなった通りに出ると、サンは明かりが残る大通りへとシュリフィールの腕を引っぱった。土地の人間ならそこから角を曲がって真っ直ぐ行けば鉄芯会の縄張りに向かうと分かる道だ。シュリフィールのどうでもいい質問は無視した。

 サトレードがついてきた。彼一人ではなく、サトレードと仲がよく付き合いもいいワーストヒンが一緒だった。

 サンは店から少し離れて角が見える場所で足を止めた。

「いてえな、このガキ。誰だよ。俺は年上だぞ」

 暴れる彼の力は強かった。

「どこに連れてくつもりで? わたくしめに教えていただけないですかね?」とサトレード。

「そこの角を曲がって真っ直ぐ行って橋を渡れば鉄芯会の縄張りです」サンは指を差した。「渡った先のどこかにこいつを縛ります」

 サトレードはめんどくさそうにシュリフィールをちらっと見た。短い付き合いだが、彼は自分の顔の良さに任せた女遊びが好きなだけで、カイヤ組では有能でも無能でもないやる気の無い男だとサンも知っていた。シュリフィールを見る顔にもそれが現れていた。「勝手にやってくれ。俺はカイヤさんにそう報告しておく」

「本当に申し訳ないですが、僕1人で縛るのは無理です。逃げられたら怒られます」

 サトレードの顔がさらにめんどくさそうに歪んだ。

 赤毛で長髪のワーストヒンが言った。「縛りつけてどうすんだ? 鉄芯会が助けに来るのを夜明けまで待つのか?」

「げー。そんなのに付き合わねーぞ」教育係は大袈裟に口を尖らせる。

 サンは周囲を確認して声をひそめた。「すぐに銀の手斧亭から様子を見に誰か出てきます。そいつが鉄芯会のネズミです」

「カイヤ組はおしまいだよ!」シュリフィールがうるさい。

「出てくるって誰がだよ?」

「ワイレーヒさんですよ。あの人は鉄芯会のスパイです。ただ、分かりやすいから、あの人を隠れみのにしたもっと腕のいいネズミがいるはずです」

 サトレードとワーストヒンは顔を見合わせた。「そんなわけねえだろ。ワイレーヒは鉄芯会の恨みを買ってるぞ。あれでネズミやってんならむしろすげえよ」

「マドカホザキはネズミなんか使わねえ。お前らなんか全員殺されちまうさ」

 サンは言い返した。「鉄芯会も暗殺者は使ってるじゃないですか」

「っていうかてめーは黙ってろよ」サトレードがシュリフィールを殴る。「要するにお前の狙いはそれか?」

 サンはうなずいた。「僕はこいつを引っぱってなんかたくらんでるっぽいことするので、僕のあとをつけてくる奴を捕まえてください」

「お前はこのガキから離れると不自然だからな。俺があとからついていこう」ワーストヒンがサトレードを見てから自分の顔を親指で指した。

 サトレードが承諾すると彼は向かいのもう閉じてる雑貨屋の中に消えた。建物の中だがこの辺りは建物同士がくっついて路地と呼べるものも建物の中に埋まっている。店が閉まったあとの時間に通路を通り抜けて裏や横から出ることも地元の人間ならみんなやってる普通のことだ。

 路上の人間はちらちらとサンたちを見ている。カイヤ組は警察でもあるので、その警察が腕を縛られた上半身裸の男を連れて、まだ子供のサンを含めた3人で立ち話をしていたら注目を集めてしまう。

「こんなに目立ってるのに大丈夫か?」

「どんなに怪しくても無視はできないと思いますよ」サンは言った。

 サトレードは裸の男の背中を乱暴に押した。「おら、とっとと歩け。とりあえずビョツヒュッセ橋までだ」

「誰が命令なんか聞くかよ」よろめいたシュリフィールは通りの片隅に腰を下ろした。手を後ろにまわしたまま胡座あぐらをかくといかにも人質か捕虜みたいだ。

 サトレードは爪先を彼の鳩尾みぞおちにめり込ませるように蹴った。ぐえっと声を出して頭の悪い暗殺者が前のめりに身を曲げた。

 ランスを殴ったときもそうだが、予備動作のない気持ち悪い動きをする先輩だな、この人。サンは思った。ノリが軽いのにちゃんと怖い。

 シュリフィールの短い頭髪をぐっと掴んで、座っているシュリフィールの顔面に膝蹴りをした。躊躇のない暴力だった。

「いいから立て、このクソボケ」今度は両手でシュリフィールの頭を掴むと、もう一発膝蹴りをかました。「おら立て」

 シュリフィールは鼻血を流しながら、両手が縛られたバランスの悪い状態でなんとか立ち上がった。

「橋までだ。そこの角を曲がってまっすぐ行け。大声で助けを呼べ。手間が省ける」

 シュリフィールはサンが腕を取って歩かせていたときとは明らかに違う表情でサンの教育係の先輩を見て、黙って歩き始めた。許可されても助けを呼ばなかった。これが14歳の子供と中堅の差だった。

 ふんとサトレードは鼻を鳴らした。

 てくてくと上半身裸の男は夜の街を歩いた。橋に向かっていた。2人はそのあとを離れてついていった。

「どうでもいいんだけどな。鉄芯会とのつながりなんて」先輩はまたダルそうな口調に戻っていた。「どうせあそこはもう何人か切り崩せば終わりだ」

「どういうことですか?」

「そんなことよりおめー」彼はサンではなく前を歩く男に声を掛けた。「賞金は誰がかけたんだよ。運送屋か? 宝石商か? それとも酒屋なのか?」

 鼻血を流した苦しそうな声で返事があった。「宝石商だ」

「ああ、あそこか」

 それきり何も言わずに歩くので気になって聞かずにはいられなかった。「宝石商ってなんですか?」

 彼は脈絡なくおらっと言ってシュリフィールの足を後ろから蹴りげらげらと笑った。それからおもむろに、「こいつは口で言うほど俺たちを恨んじゃいねえ。俺たちの仕事のあとで営業をかけてるんだよ。『代わりに復讐します。金貨1枚でどうですか?』ってな」と言った。「恨みとか言ってるがタダじゃ仕事しねえ。暗殺の腕も二流だ」

 笑いながらサトレード先輩が近づくと、シュリフィールは慌てて早足になった。逃げられてそれで終わりではなく、サトレードは追いかけてちゃんと蹴った。おらっ。

「やめろ。蹴るな」とシュリフィールは言った。

 思わずふひっと笑ってしまった。

「この足が蹴りたがっててな」彼は自分の足をぽんぽんと叩いた。「すぐにお前のところに宝石商もマドカホザキも送ってやらあ」

 鼻血を流す二流の暗殺者を先に歩かせて2人は十字路を曲がった。曲がった先の明かりのある夜天やてん通りを真っ直ぐ行くと橋があり、渡った先が鉄芯会の縄張りだ。建物の店は閉まっているが閉まった店先に屋台が並んで夜の商店街を作っている。夜天通りはこんな風に昼と夜で街が二部制になっている。出店するにはカイヤ組に金を払わなくてはいけない。その代わり治安は維持されていて夜でもひったくりや強盗の類の犯罪は発生しない。人が集まり場所がいくらあっても足りないビリオンだからできる商売だった。

 ちなみに直径10キロの城塞の外側にもいちが立つがそこもカイヤ組の仕切りの元で行われている。こそこそやってる闇市は見つけ次第遠慮なく焼いている。

 視線を集めながらサンと彼の教育係はペットを散歩させるように通りを進んだ。商人と客は触らぬ神に祟りなしといった様子で近づいてこない。サトレードの方が次々に顔見知りを見つけては、よー、景気はどうだと声をかけ、おかげさまでなんとかやってますといった世間話を人から人へとリレーしている。ついでのようにサンにも挨拶する商人が結構いる。子供でもそれがカイヤ組なら挨拶するのがこの街のルールだ。

「ちゃんと顔が売れてるじゃねえか」サトレードは言った。「なんかデカい山を当てたんだろ?」

 呪われたワイトの装飾の事は秘密だった。「ほんのちょっとですよ。ラッキーでした」

「ハーピー退治のときは全滅で、コボルト退治のときはデデのおっさんも死んだろ。次にお前らと関わって死ぬのは俺じゃねえか、なあ?」

 サンは愛想笑いを浮かべた。「ははは。サトレードさんは頭いいからそんなことないですよ」予備動作のないパンチが横から飛んできてサンは慌ててしゃがんだ。

「なんだよ。よけんじゃねえよ」

「もー、勘弁してくださいよ」そしてサンは今は殴られるべきだったと思った。今のパンチを避けたことで明日か明後日には自分の立場はやばいことになる。

 サンの表情の変化にサトレードの顔付きも変わった。サトレードがバックステップを踏んで距離を取った。サンは咄嗟に詰めようとして足に力を入れた。手は腰に下げたナイフに伸びていた。それから慌てて足の力を抜き、ガクっとつまづいた動作に切り替えた。ナイフに伸ばした手も地面に付こうとした手に見えるはずだった。見えてくれと思った。地面に手を着くなら真っ直ぐ下げればいいが、ナイフを抜くために斜めに下げた手は不自然だ。コケる感じに誤魔化せればいいんだけど。

 無理だろうな。

 サンは笑顔を浮かべて、「何もしませんよ」と言った。

 サトレードは警戒を解かなかった。さすがにカイヤ組の先輩だけのことはある。鵜呑みにしない用心深さがあった。離れた位置で半身のまま拳を構えサンを睨んでいる。キックやパンチがすぐ出てくるこの先輩は徒手に自信があるのだとサンは理解した。

「何かしてもいいぜ」サトレードは言った。「それよりもお前の企みに俺も一口乗らせてくれよ。なんか面白そうだ」

 サンはちらっと前方を歩くシュリフィールを見た。もはや先輩は彼をすぐに始末する存在しないモノとして見ている。こんな空気はなかなか味わえない。

「デデのおっさんはともかく、討伐隊の奴らはそれなりに腕があった。お前らが何かしたんだ」

「ほんとに何もしてないですよ。臆病だから逃げ回っただけです。それでなんとか生き残れました」サンは自分は嘘をついてないと思った。しかしサトレード先輩がまったく信じていないのもよく分かった。「本当です。僕だってカイヤ組しか居場所はないんです」サンは相手の目を真っ直ぐ見て言い切った。人は信じたいものしか信じないというけど、サトレードが信じたい言葉だっただろうか? 真剣な顔をしながらサンの背中に冷たい汗が流れた。

 またノータイムで右から拳が飛んできた。

 サンは最初から次のパンチは受けようと決めていた。体の方が本能で避けようとするのを抑えこんでちゃんと顔面で受けた。「ぐっ」

 受けて正解だった。逸らした顔を戻してサトレードを見ると、彼は嬉しそうに笑っていた。「そうかそうか。よし。ここでバッチリ鉄芯会をぶっつぶそうぜ」


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