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サイコパスは踊る その2

 元カイヤ組で復讐に燃える暗殺者のはずだった。捕まって連れてこられても穏やかに運命を受け入れるか、激しい言葉で呪いを吐くか、どちらかだと思っていた。しかしその男は周囲をキョロキョロ見て、ここがどこで誰がいるのかを確認していた。まるでこれから何が起こるのか分かっていないようだった。

 顔が腫れていた。目の横に青痣が出きていて、鼻血を流していた。

 サンがカイヤ組に入って三ヶ月の間に捕まった裏切り者は3人見た。その中に今回のシュリフィールのような反応をしている男がいた。

 その男は東の小さい町からやって来て地元の知り合いを呼んで商売やスリや詐欺をさせ、その見逃し料として金を受け取っていた。裏切り者のパターンというのはほとんど決まっている。カイヤ組の取り分が多い事に不満を持ち、上納金を誤魔化して着服し、最初は知り合いや地元の人間など口の固い人間だけでやっていたのに、手を広げて口の軽い奴が仲間に入ってしまうことで告げ口されてしまう。みかじめ料とか上納金と言う表現は不適切で、ビリオンにおいて冒険者ギルドが集める金というのは税金と同じ意味である。脱税をしている奴は真面目に納税している人間からねたまれて当然である。

 その男が勧誘してビリオンで果物屋を始めた男がいた。商売が軌道に乗り、地元から妻と子供も呼んで店を構えたところで納めている金が少なすぎるとバレてしまった。

 カイヤは裏切り者の目の前に果物屋の一家3人を転がした。その3人がまだ五体満足のあいだ、裏切り者が今のシュリフィールのような顔をしていた。6歳の男の子が指を一本ずつ折られていき、その泣き声を聞いてやっとその男はこれから何が始まるのか理解した。そのことが目の前で起こる直前まで、自分はなんとか助かるかもしれないと思っている人間の顔だ。

 サンは銀の手斧亭の中の冒険者達の顔を見回した。シュリフィールは元カイヤ組なのでこの中に顔見知りもいるはずだ。しかし同情をしている冒険者はいない。顔見知りの冒険者よりも友人をシュリフィールに殺された冒険者の方が数は多いのだ。サンはその恨みの込もった目で気づいた。店長がシュリフィールを見る目も、他の冒険者と同じく人間を見る目ではなかった。

 カイヤがよく通る太い声で銀の手斧亭の奥から命令した。「こっちに連れてくる前に賭けの答え合わせしておけ」

 よーしと銀の手斧亭の皆が手を叩いた。あっという間に複数人の手が伸びて入口の小男を捕まえると店の真ん中へと運んでいった。その途中でシャツがビリビリに破かれ、後ろに縛られた手首に切れ端がぶら下がった。脱がされてカウンターに担ぎ上げられていったが、そんな中では体がよく見えなかった。最終的にカウンターの上に座らされて、両足をぶらぶらと椅子の間に垂らした。

 シュリフィールは無抵抗だった。売られる奴隷のように上半身裸で俯いていた。

 銀の手斧亭の客はうえーいと無邪気にはしゃいだ声を上げていた。

 貧相な肉体だった。鍛え上げられている様子がない。覇気はきとか殺意のようなものもない。感情が伝わってこない。どこの村にも1人はいる、蹴ったり殴られたりされがちな虚弱児きょじゃくじのいじめられっこのようだった。そういう子供が裸で笑い者になっている光景そのものだった。

 体にいくつかの刀傷はある。しかし杭と聞いたような丸い傷は見えなかった。

 店長がカウンターで下からじろじろ見ている。背中もみんなに見せろと店長が言うと、シュリフィールは素直に俯いたままカウンターの上で身を捻って背中を見せた。

 店内の冒険者たちも声を殺してじろじろと背の低い短髪の暗殺者の肉体の傷跡を探した。んん?という声がまるで演劇の観客のリアクションのようにどよめいて店内に響いた。

 絶妙な間を置いて店長が、「お前、杭の跡はどこにあるんだ?」と聞いた。

「俺は鉄芯会じゃねえ。カイヤに仲間を殺された……」シュリフィールの恨み言は最後まで聞かれなかった。

 賭けに勝った冒険者が歓声を上げ、拳を振り上げた。穴狙いで傷ありに賭けた方は舌打ちしていた。もともとの悪い賭けだったので負けた方もそれほど悔しそうではなかった。勝った方が、「ほらみろ、そんなわけねえだろ」と激しい煽りを見せた。サンは、店内に健全な賭けの雰囲気を感じた。鉄芯会への恨みとか抗争への危機感のようなものはなく、この賭けに“含み”は無さそうだった。サンは、ここで変な賭け方をしたら裏切り者と思われるんじゃないかと心配していたのだ。

 店長はカウンターの上のシュリフィールを乱暴に突き飛ばした。その先にいたカイヤ組の幹部が身柄を受け取ってそのまま店の奥、カイヤのテーブルへと運んでいった。店長はすぐに賭けの精算を始め、配当を受け取った冒険者たちはその金で祝杯を注文していた。

 サンはカイヤの元に連れていかれたシュリフィールの様子をずっと目で追っていた。もちろん喧騒けんそうの中でも店にいたカイヤ組の人間は全員がそちらを見ずに意識していたのは間違いない。賭けの余韻のあとには何かしら悲鳴が響くと覚悟していた。

 シュリフィールは後ろ手に縛られたまま酒場の床に膝立ちさせられていた。後ろに立っている護衛が処刑人のようだ。まだ判決は出ていないのに、量刑りょうけいが決まっているように見えた。シュリフィールが殺したカイヤ組の人間は、聞いた話だと5人で済まない。10人以上いるという話だった。そんな人間を腕の一本や二本で許すわけがなかった。

 もっと近くで見たい。サンは思った。

 それで素直に寄ってしまった。

 サンは自分が基本的に人から好かれる人間だと自覚していたので油断していた。カイヤは数少ない例外で、サンを嫌っている人間である。サンが横でうろちょろすることで機嫌が悪くなるかもしれない。さっき話し掛けてサンは自分の好感度を上げたつもりだったがカイヤには効果がないかもしれない。サンはカイヤに関しては読み間違うことが多かった。

 席を立ってじりじりと移動し、声が聞こえる距離まで寄った。カイヤたちのテーブルの周囲には誰もいない警戒領域がある。そこより近づくと護衛が剣の柄に手を置く領域だ。サンはその外側ギリギリに位置を取った。その距離で耳を立てている冒険者は何人もいて、まるでさめに近づかれたイワシのむれのようだった。群の中には仕事としてそこにいる中堅幹部もいた。

 サンの見ている前でカイヤは小声で何か言いシュリフィールは気弱そうにもごもごと返事をした。声は断片的にしか聞こえなかったが話の流れは予想がついた。カイヤは鉄芯会の誰に頼まれたかを聞き出して、そこから全面戦争にもっていくつもりなのだ。カイヤ暗殺を鉄芯会から依頼されましたとシュリフィールが大声で叫びながら鉄芯会の本部まで大通りを歩いてくれたら最高。そうじゃなくても証人を確保してビリオン市議会の査問さもんにでもかければ鉄芯会の会長ギャッゴーニムの責任を問うことができる。既に証拠もなしにお互いに殺し合いをしているので、いまさら証言も何もないのだが、こういう大義名分は多ければ多いほどいい。カイヤの目的がビリオンの冒険者ギルドの統一にあることは明白だ。そのために鉄芯会の悪評が欲しいのだ。

 シュリフィールは鉄芯会のことは知らないと繰り返した。その代わりに恨み言を言った。シュリフィールがなぜカイヤを恨んでいるのかなどどうでもいい話なので真面目に覚えなくてもいいが、サンはそこで事情を理解した。カイヤ組に入ったシュリフィールは仲間たちと借金の取り立てや犯罪の取り締まりなどをやっていた。しかしお金の勘定を間違えたシュリフィールはカイヤにみんなの前で数も数えられないのかよと馬鹿にされて何発か小突こづかれた。ショックを受けた彼が仕事をサボっている間に仕事中をしていた仲間が刺されて死んでしまった。それでシュリフィールは、カイヤとみんなで一緒に自分を馬鹿にしたカイヤ組を恨んでいるという話だった。シュリフィールは自分では金勘定や数字には自信があって、それを馬鹿にされたのが許せない様子だった。……どうでもいい。サンは思った。カイヤ組でカイヤに笑われたり馬鹿にされたり殴られたことがない奴なんてほとんどいない。サンもランスもこの三ヶ月間だけでも機嫌が悪いときに何発か殴られている。サンのことはクソ田舎の百姓呼ばわりで、ランスはお高く止まったお貴族様呼ばわりだった。

 カイヤとシュリフィールの会話の流れは、カイヤ組に賞金をかけたのは誰だという話になった。

 店内の賭けの喧騒がおさまり、全員が声をひそめて聞き耳を立てていた。

「お前らを恨んでいる奴はいっぱいいるんだ」セリフは頑張っているが声は震えていた。いつ殴られ、指を折られるかを警戒していた。

 口を閉じていればよいのだが、シュリフィールはカイヤに問い詰められると言い返すのを我慢できないようだった。このあたりもプロっぽくなかった。問答に付き合って会話をしてしまうとその中で口を滑らす可能性も高くなる。何か隠したいなら黙っているべきなのだ。サンは、この調子ならシュリフィールのカイヤへの恨みをうまく利用してその矛先ほこさきを鉄芯会に誘導することも出来るんじゃないかと思った。

「人に恨まれるようなことをした覚えはねえぞ」カイヤが言うとクサリや取り巻きの連中ががははと笑った。「俺たちはこの街の奴らを悪党から守ってやってるんだ」

 クサリの横の幹部が呆れていた。「お前の仲間はピンハネしてた裏切り者じゃねーか。そんでお前は闇討ち専門のクズになって、俺達に捕まってそのザマだ」

「違う」シュリフィールは言い返した。「お前らがクズだ」

「うるせえ」カイヤが腹に響く太い声で言った。「お前が金を貰って俺達をつけ狙ってるのは知ってんだよ。いいからとっとと吐け」

 立っていた護衛が阿吽あうんの呼吸でシュリフィールの背中を短い革の棍棒——ブラックジャック——で打ち付けた。上半身裸の彼はぎゃっと悲鳴を上げた。いつの間に護衛が棍棒を取り出したのか、サンは気がつかなかった。シュリフィールが下を向いたままだったので、護衛は後ろから髪を掴んで顔を上げさせた。目に涙が浮かび、鼻水が垂れていた。それどころか泣きそうなほど怯えきった情けない表情をしていたので、横のクサリや幹部だけでなくカイヤすら笑い声を漏らした。

「お前、面白すぎるだろ」

 銀の手斧亭で様子を見ていたカイヤ組のほとんども笑ってしまっていた。依頼主を吐かせるとか、これまで殺された仲間への恨みとか、この拷問には色々な意味があったのにそういう雰囲気にならなかった。

「なんにも面白くない」シュリフィールは鼻水を流し、意地っ張りの子供ように泣き声で言い返した。

 カイヤは目線を逸らして後ろの護衛と目を合わせた。護衛はうなずいて手に持った革の棍棒でまた打った。シュリフィールがまた悲鳴を上げた。

 言い返したり痛がったりする反応に“大人”の要素が無いんだ。サンはやっとそこに気づいた。シュリフィールはどう見ても20代、もしかしたら30代かもしれないくらい大人の見た目をしている。目の周りには皺もあるし、頬や唇も乾燥して固くなっている。だが声が妙に高く、痛いといって悲鳴を上げ泣いて、馬鹿にされて悔しがったりしている。そこに演技っぽさもない。同情を引くためじゃなくて本当に痛くて悔しくて泣いている。振る舞いが小さい男の子のようでなんだか気持ち悪い。サンが以前見た現状を理解してない間抜けとは違う、間抜けは間抜けでも別の種類の馬鹿だ。

 拷問しているカイヤも白けたようだった。

 銀の手斧亭の中に白けた空気が漂った。

 沈黙が流れた。カイヤが腕を組んだ。クサリが溜息をつき、「どうする? とりあえず処分しとくか?」と言った。

「このまま放免もできねえからな」カイヤはめんどくさそうに言った。「殺して便所にでも流しておけ」

 見せしめに痛めつけたり晒し者にしてもメリットがないとなるとただ処分するしかない。こんなのを公開処刑しても鉄芯会やビリオンの市民から馬鹿にされるだけだ。

「僕が処分しておきます」咄嗟にサンは口を挟んだ。

 全員が、カイヤやクサリも含めて、全員が一斉に彼を見た。

「その前にちょっと僕に預けてくれませんか? うまくすれば使えると思います」

 カイヤは体をよじってサンの方を見た。その太い腕が肘掛けをぎしっと鳴らした。サンを見る目が細くなった。信用してない、まるでサンを代わりに殺そうかという冷たい目だった。「どうする気だ?」

 サンはシュリフィールをちらりと見た。本人の前では説明できない。「あとで伝えます」

 カイヤはサンを睨んだ。

 冒険者たちはサンとカイヤを交互に見た。果たしてカイヤ・ゲダレコの機嫌はいいのか悪いのか、そこに全員の関心が集まった。

 サンは右手を胸の高さに上げて宣誓のポーズを取った。「ユヅビカホバモ゠ニホナゴッア゠デペヂ゠セマスナケゾヘピの名に懸けて、損はさせません。失敗したら処分しておきます」

「そんな神は知らねえな」その声には承認の響きがあった。「便所に流しとけよ」

「はい。ありがとうございます」サンは誓いの手を下ろした。

「それと、処分だけじゃ、尻拭いにならねえ。失敗したら落とし前はつけろ。金貨10枚だ」

 銀の手斧亭の冒険者たちが息を飲んだ。新人冒険者にそんな罰金があるのか?というリアクションだった。

 サンは言った。「ありがとうございます。頑張ります。成功したときはよろしくお願いいたします」


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