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9.格闘家とそぼろ弁当(4) 信じたいから

「うう……」


 突然口の中が痛んで、声を上げてしまった。姉に対する愚痴をぶつぶつ呟いていた彼女は視線を向けてくる。それもじぃーっと。珍しいものでも見るかのように。

 彼女の顔はみるみるうちに青くなっていく。俺が逃げようとしても、動けない。彼女は段々と距離を近づけてくる。彼女のことが怖くて怖くて仕方がないのに。


「ちょっと! 口から血が! 大丈夫!? 何が起きたの!?」


 お前の姉に攻撃された。そんなことは口が裂けても言えなかった。もしも彼女がこのことを知らなかった場合、ショックを受ける。逆に知っていた場合は「そうよ。それがお姉ちゃんのやることだから。逃げてって言ってたでしょ? 何で逃げなかったのなあ」とか吐いて、すぐさま痛めつけられること間違いなし。

 痛いのが嫌だから、沈黙を守り通していた。すると、彼女は一つの解釈をした。それは勘違いなのか、それともからかうために口にしたのか。


「もしかして、転んだの? 転んで壁にでも体をぶつけたってこと……?」

「あっ……ああ」


 この場合は肯定するしかないだろう。彼女は「本当なの?」と疑っているようで、こちらから目を離さない。何にせよ、俺はソリアに言われた通り、ここから逃げ出さないといけない。だけれども、彼女は立とうとする俺の腕を握って、引き留めた。


「そんな怪我じゃ歩いちゃダメだよ! ちょっと待ってて。治療薬を……」

「い、いや……それは……」


 レディアが家の中をドタバタ走って、こちらの応急処置をしようとしていた。優しくしてくれたのだ。少しずつ彼女が悪である疑いは晴れていくが。この心を包む不快感は消えてくれない。それどころか、増している。

 俺とレディアの状況をソリアが何処からか見張っているかと思うと、おちおち安心なんてできない。常時辺りを見回して、ソリアがいないかどうか確かめた。

 

「最後に使ったのは……ええと、お姉ちゃんだったはず……何処に救急箱をやったんだろ?」


 いや、そのお姉ちゃんが怪我の原因だ。彼女に質問したとしても答えはしないだろう。そのことをいっそ伝えてしまおうか迷った最中。

 帰ってきた。


「ただいまー!」

「あ……」


 この威圧的な声はソリアがいる証拠。彼女は玄関からリビングに来ると、レディアを避けてこちらに歩み寄ってくる。


「あっ、お姉ちゃん!」

「なんだよ。ちょっと待てって。ショウには色々と聞いてみたいことがあるんだって」


 嫌だ。

 来るな。

 そう言いたかったが、喉から音は出なかった。口がパクパク動くだけ。(はた)から見たらさぞかし滑稽(こっけい)な様子であっただろう。

 彼女は壁を思いきり、叩く。家が揺れる中、俺は目を(つむ)って唾を飲み込んだ。

 殴るなら殴り飛ばせ。蹴るなら蹴り飛ばせ。

 痛みを待っていた。

 だけれども、どれだけ待ったとしても痛みはやってこなかった。目を開けると、ソリアが軽い笑いでこちらに語り掛けてきた。


「ああ……悪い悪い。レディ、(にら)まないでくれ。ショウもごめんな。驚かしちまって」

「えっ」

「ほんと、助かるよ! こちとら、最近不味(まず)いものしか食べてないから。こうして新しい食べ物を持ってきてくれると、力がねぇ、出てくるんだ! テンション上がっちまうよ!」


 お礼をされたのだが、意味が分からない。何故あそこまで人を(けな)して、殴った後に……。

 そう言えば、ソリアは「レディアの前でやると、彼女が悲しむから」と言っていた。レディアがいるから暴力行為ができないだけなのか。


「ちょっと! お姉ちゃん!」


 そんなソリアを後ろからレディアが頬を膨らませて、怒っていた。


「なんだよ。カリカリして。梅じゃねえんだから」

「カリカリじゃないよ! ちゃんと食事の準備してって言ったのに。後、救急箱は元の場所に戻してって言ってるし。後、ショウちゃんを驚かせるのと、家を壊すのはやめて!」

「わりぃわりぃ……」


 レディアに謝る時も笑顔。ソリアは妹だけのことを本当に考えて行動しているのか。

 弱者に対する嘲りはあれど、妹の身を案じたがための暴力だったのか。

 それなら、俺は今すぐ去るべきだ。ソリアを不安がらせてはいけない。この俺の存在で、迷惑を掛けてはダメだ。「俺は帰るよ」と言おうと口を開いた時だった。

 レディアは俺が暗い気持ちに陥っているのを察したか。そして、その理由を勘違いしたのか。怒った顔から焦り顔になってこちらへの説得を始めていた。


「ああ……ショウちゃんは別に気にしなくてもいいのよ! 食事の準備はお姉ちゃんに頼んでたんだから。そもそもお茶碗とか、ご飯の場所なんて分かんないでしょ?」

「あ……いや」

「いいのいいの。全部悪いことは、このがさつなお姉ちゃんのせいだから!」


 その言葉にまたも笑って反論するソリア。


「おいおい……レディ。それはないだろ。うちは単にあの人に昼食はメルの分しか、いらないってことを伝えにひとっ走りしてきたんだから」


 あの人か……そうか。ソリアの用事はあの人に何かを話すために……今はどうだっていい話か……あれ? うん? レディ?

 レディ……だって?

 疑問の答えを知るため、俺は話に割り込んだ。


「ちょちょ、ちょちょちょ、ちょっと話を止めてすまん! ソ、ソリアはレディアのことをレディって呼んでるのか!?」


 その点に異変を感じた。もし、これでソリアがこの呼び方で合っていると言えば、状況は変わる。


「そうだけど、それがどうかしたか?」


 言うことにした。ソリアが俺に理不尽な暴力を振るわない、と思いたかったから。本当のソリアが酷いことをするはずがないと信じたかったから。


「さっき、家に帰ってきたソリア……レディアのことをそのまま呼んでた。それで俺をいいように殴って、消えてったんだけど」


 一番最初に危機を察知したのはレディアだった。目を見開いて、ソリアに確認を取った。


「も、もしかしてお姉ちゃん! アイツが近くにいる!? ショウちゃん! もしかして、アイツに遭っちゃったんじゃないかな!」

「この様子からすると、間違いないだろうな! ショウ……一人にして……すまない!」


 やはり、違うと言うことで良かったのか。

 と、なると仮定される魔物が一人いる。ファンタジー小説や漫画でよく現れる魔物。特定の人に成り済ます、手ごわい奴だ。俺は予想していた奴の名前を口にした。


「ドッペルゲンガーかっ!?」


 ソリアとレディアは同時に頷いた。瞬時に玄関の扉が開閉する音。レディアは剣を抜き、ソリアは拳を前に出していた。

 奴が現れる。

 もう一人のソリアが手を上げて、リビングに入ってきた。


「バレてしまったみたいだね。正体が。あああ……散々調べたのに。名前の呼び方が違ったかぁ……ついつい弱そうな奴をいたぶりたくなったんだけど、そのせいで正体がバレちゃったんだから、余計なことをしちゃったとしか言えないね」


 ソリア。正確には姿や服装がそっくりな別の人間。俺は彼女にキリッと怒りを向けた。

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