7.格闘家とそぼろ弁当(2) 勝気な彼女と弱気な俺では
俺は困惑した。レディアが口にする変な人。一応俺はレディアのことを変な奴だと思っている。
ピンチの際に緊張感を全く見せず、時におっちょこちょいなことをする。それでいて、持っている力は半端ない。そんな彼女を普通とは、絶対に言えないだろう。
変な彼女が更に変と称するお姉さんは、一体……?
未知の恐怖に怯えつつも、会ってみたいと体を震わせる自分がいた。
レディアを追って、玄関から入らせてもらう。家の中は思っていたより不思議なものではなかった。靴のまま中に入るという点も同じ。ほとんどテレビで見た西洋の家と変わりがない。
ただ、実際にある普通の家と違ったところを挙げれば、入ったすぐのところに階段があり、上へ、下へ両方に伸びていることだろうか。外観を見ていたので二階があるのは分かっていたが、地下室もあるとはなかなか興味深い。
個性的な家に住んでるんだなぁと思いながら、俺は手に持っていた食べ物を靴箱の上に置く。その間に彼女は階段の方に歩き、大声で二人の姉妹に呼び掛けていた。
「おおい! お姉ちゃん! メルちゃん! お客様だよ! 私がお世話になったって人! 紹介したいから来てくれない!?」
するとドタドタバタバタと階段を慌てて降りる音が響きだす。一回するりと足を踏み外したような音が聞こえ、その人物は尻で階段を滑ってきた。
大丈夫かと思って駆けつけたところにレディアよりも紅く、深紅と思える程に濃い短髪を持つ女性がいた。美しく、格好良さ。肌の露出が少し多いのが気になる人だ。
俺を見ると、さも何事もなかったかのように振舞ってくる。
「おう! レディの命の恩人って、この男の子なのか?」
「そうだけど、それよりも階段……痛くなかった?」
「んなことあったっけ? それよりもショウっつったんだよな」
レディアより容姿が大人っぽいが、何か子供みたいな好奇心を持っているようにも思えた。その証拠に彼女は純粋な眼と顔をこちらに近づけて、じろじろ見回し始めていた。
やはりレディアの時もそうだが、慣れない。女性と話している時点で恐れ多いというのに。
一歩身を引いて、彼女に興味の理由を尋ねてみた。
「な、何か、珍しいか……?」
「いや、この辺りの顔付きとは違うな。服装も黒い髪ももうちょっと未来的と言うか、何処の地方から来たんだ?」
日本と説明して分かるだろうか。現代科学のことを言っても理解してもらえないはずだ。
レディアも「あっ、そこは私も気になってた! あんな美味しいもの、この辺じゃなかなか見掛けないよ」と言っている。そう言えば、迷った森の中で「森から抜けられたら説明する」と約束したままだ。
こちらの世界が理解されるかは分からないが、ともかくできる限りの説明はする。
自分はこの世界の人間ではないこと。気付けば、この世界にワープしていたこと。タイミングは自分で選ばず、いきなり強制送還させられること。
レディアは何とか「はーい」と喋って納得してくれたみたい。だが、短髪の女性はちんぷんかんぷんのようで頭をガサガサと擦っている。
「とにかく、だ……レディアを助けてお礼も受け取らず、帰ったんだよな」
「まあ……でも、何で帰らされたのか。で、何で来たのか」
「この場所に縁があったってことでいいじゃねえか! な!」
女性は肩にバンと置いてきた。意外に彼女の力が強くて、一瞬肩が外れてしまうのかと勘違いしそうになった。
「うぉ!」
「あっ、悪い悪い。驚かせちまったな!」
「心臓と体に悪いよ……」
子供の如く、無邪気に笑う彼女。レディアは彼女の勢いに「ごめんねー! うちのお姉ちゃん、ちょっとガサツと言うか、力が強いと言うか……」とフォローしている。
そんなレディアの気も知らず、彼女の姉は胸に拳を当て自己紹介を始めてきた。
やはり、レディア以上に変わってる。天然の上を通り越して、自由人。そう思いながら、彼女の名前を認知した。
「そうそう! 言い忘れてたな。うちの名前はソリア! よろしくな!」
ここで何を言うべきか迷ったが。やはり印象を良くするためには彼女の良いところを探した方が良いであろう。
「よろしく……凄い眩しい……太陽みたいな笑顔……」
「いうねぇ! そんなぁ!」
照れたことによってか。あまりにも力強いパーがこちらの胸に飛んできた。
「ヴォッ!?」
当たった個所をすぐに両手で抑える。そして足にぐっと力を入れて耐えようとしたものの後ろによろけてしまった。ついでに普段出ないような変な声が体から飛び出したことに恥を感じていく。
はしゃいでいるソリアにレディアが先に怒りを覚えたのか、腕を振り上げて抗議し始めた。
「お姉ちゃん! 幾らと照れたとしてもこれは酷いでしょ! あのねぇ……!」
「まぁまぁ、そうカッカすんな! いいじゃねえか! こういうのって、仲良しの証だぜ。勢いがなきゃ、心と心は通じ合えねえしさ!」
「もー! ショウちゃんもごめんねー。うちのお姉ちゃん、本当に乱暴なんだから」
結局よろけた後、俺は尻を地面にぶつけていた。
レディアが尻もちをついている俺に手を差し伸べてくれる。別に嫌な印象はなかった。彼女の行動に驚いていたから何も考えてはいなかったのだ。アハハ、と笑って許せる話だ。
……それにしても胸が痛いなぁ。物理的に。
そうやって痛みのことを思い返しているうちにレディアが口を開く。もう一人の家族、メルと呼ばれた妹を呼ぶために階段の方へと叫んでいた。今度は二階ではなく、地下への階段に向かって。
「メルちゃん! 紹介したい人がいるの!」
返事がない。レディアが叫んだ後に残るは静寂。何十秒か経ってから、ソリアがほくそ笑んでいた。
「アイツは来ねえか」
レディアの方は苦笑いでこちらに謝罪を始めていた。
「ごめんねー! アリメルって名前の女の子なんだけど、人見知りでさ。初めての人とか、ほんとっ、会わないの! たぶん、何度か来てくれればさ。会ってくれるっと思うから。それまでは許してあげて」
妹の無礼を詫びているが、別に俺は怒ってはいない。彼女の他人に会いたくない気持ちは痛い程、分かるから。口で言わず、心の中でそう呟いておいた。
それにしても、三姉妹か。一人っ子の自分には分からないが、ほんの少しだけ楽しそうだなと思えてしまった。個性だらけで、何となくふざけた話で盛り上がれる。そんな関係がいることに対して、羨ましくなってきた。俺にはそんな関係がいない。それすら、いない。
俺が内心指をくわえて彼女達を直視していた時だった。
レディアの冷たい手が俺の腕を掴んだ。彼女が口を開けるまでにドキリと心臓がざわつく時間はなかった。
「じゃ、食べましょっか! 一緒にご飯!」
あれ? こんな俺でも仲間に入れてくれるのか?
何だか他人には説明しづらいぼっち特有の喜びが湧き上がってきた。だけれども、その反面、本当に二人の中に入っていいのか不安になった。内心では怖がられていないか。変な奴だと思われていないか。
と考えていたら、最初に奇行に走ったのはレディアだった。俺の腕をパッと離して、大声を上げる。
「ああ! 昼前までに仕事取ってくるの忘れてた! お姉ちゃん! ご飯並べてて!」
レディアはそのまま家から飛び出した。よく分からないが重要な用を忘れていたみたい。彼女らしいと言えば、彼女らしいが。その姉も彼女が出ていった後に肩をビクリと動かしていた。
「そうだ! ショウ! 待っててくれるか! あの人に今日は食事はいらないって言ってこないと! あの人うちらの分まで用意しちゃうな!」
「えっ、ちょっとソリア!? 二人の言ってることがよく分からないんだが」
「説明はまた後で、だ! 言ってくる! できるだけ早く帰ってくるからな!」
ソリアも消えてった。お客様を一人留守番に任せてよろしいものなのだろうか。いや、自分がお客様と自負はしていないし、一応妹さんはいるようだけれど。それだけ信用されてるってことか……?
うろうろ家の中を回っていたら、あっと言う間にソリアが戻ってきた。リビングにて、彼女とご対面。
「あっ、早いな。もう用事は終わったのか?」
彼女は何も答えなかった。少し暗い顔。何か、胸騒ぎがした。ソリアの様子が数分前のハキハキしたものとは違う。何だ? 好意では絶対にない。何だ? 敵意よりも強いものを感じる。
まさか、殺意を持たれてる!?
身構えるも、そんなものは関係ない。彼女は俺の首をバシッと掴んで、睨みつけてきた。
「あんまり調子に乗ってると殺すぞ。下衆が……!」