5.女剣士とコンビニ海鮮丼(5) さよなら異世界、さよなら大事な人
「これで……大丈夫かっ!?」
俺はレディアの持つ剣が緑色に光り出したのを見て、確信が持てた。彼女は間違いなく、俺が渡した食べ物を力にしている。
ウサギの魔物がまたもや元の状態に戻っていく。最初に会った完璧な状態だ。
既にもうエネルギーも満タン。花粉か、弾丸を打ち飛ばさんとしている。
レディアが飛ぶ。魔物も弾丸を打ち込む。
零コンマ一秒程の時間。
レディアは向かってくる弾丸と共に魔物を一刀両断した。
「目覚めよ私! 目覚めよ私の真の力! ツンとした痛みこそ、最大の攻撃! 『スティングクリティカル』!」
奴は真っ二つになって、体から紫色の煙を出していく。どうやらこの世界の魔物は紅い血液ではなく、紫色の煙を出すらしい。
ひとまず危機は去ってくれたようで。俺は無意識に胸に手を当て、十分と言ってもいい程に撫でていた。
小鳥の囀りが体の中にまで流れ込んでくる。森の主も奴がいなくなって、安心して出てきたのか。それとも俺が焦っていたがためにずっと耳を傾けられないでいたのか。
レディアはやりきったとでも言いそうな感じで額についた汗を手で拭っていた。すぐ、俺に向けてピースサイン。
「やったよ!」
木漏れ日の中に自然な笑顔をしてみせる彼女。眩しすぎて、直視ができないよ。
無事に魔物退治が終わったことがようやく体全体が理解して、体の力が抜けていく。ズボンが汚れるのも気にならず、座り込んでしまった。
「す、すごいや……レディアは。結局、起きてさえいれば、一撃で森の主を倒せたんだから……」
そう言うと、彼女は嬉しそうに手を横に振って否定する。
「違うよ違うよ。決めては君がくれた、これでしょ?」
彼女はどのタイミングで手に取ったか分からない、ワサビの袋を見せつけてきた。
「ワサビね……本当ちょうど良かったよ」
「これはまさに今の状況でピンポイントに必要なものだったね!」
ワサビならば目を覚まさせるのには最適だろう。つーんとした感覚で。寝ている時に鼻になんて塗られたら……。想像しただけでも痛くなってくる。
更にはワサビは毒消しとも呼ばれている。本当は病原菌の話である。しかし、今回はうまくワサビが本物の毒を消してくれたみたいで。
「凄いな。毒消し……」
「うん。毒消しって呼ばれてるだけでいろんな毒を消せちゃうんだよね。この能力……」
「食べたもののイメージから、コピーできるみたいな感じか? その生き物とか野菜が持ってる能力を……」
「能力とか特徴だけじゃなくて、その料理の風習や言い伝え、噂からもイメージさえ具現化できれば、必殺技が使えるんだよ……名づけるなら『食育必殺技』かな!」
「確かに食育が学べる必殺技だよな。めっちゃ凄い!」
「ありがとー!」
大はしゃぎする彼女。
彼女と出会わなければ、俺は魔物に倒されていたかもしれない。
この場でハッキリ思う。俺が今、彼女と出逢えて本当に良かった、と。
彼女は俺の中で間違いなく最強の戦士だ。
彼女と出逢えたことが幸運となれば、そのチャンスは逃してはならない。よっこいしょと立ち上がって、彼女と共に出口を探そうと奮起する。
「さて……どう? この近く見覚えとかないの?」
「そうだ! 出口のこと、すっかり忘れてた」
「家に帰る気なかった? 家出少女?」
彼女は唇を突き出して苦虫をかみつぶしたような顔をする。それからまた苦笑い。
「そ、そんなこと絶対ないよー! なんたって、うちには可愛い子とかっこいいお姉ちゃんがいるんだから!」
「えっ、姉妹なの?」
「うん! 三姉妹! ちょうどみんな三つずつ離れてるんだよ!」
つまり、十五の妹と二十一の姉がいるらしい。何だかわちゃわちゃしているのかな、と。見知らぬ彼女達の姿を想像して、ほんの少し微笑ましくなった。
では、その子のためにも帰らなくては、だ。
「じゃあ、レディア……! 探しに来たその子達が迷わないように!」
「うん! 急いで出ないと、ね!」
出口が近くにあると考えるならば。
何を頼りにした方が良いかと思考する間にレディアは早速行動を始めていた。なんと樹に昇って、辺りを見回したのだ。
「レディア!?」
彼女はすぐに俺達が来た道の反対を指差した。
「あー! あそこあそこ! あそこから森が抜けられる!」
「よ、良かったって……あっ、レディア!」
彼女は降りようとしたところ、手を滑らせていた。このままでは彼女が大怪我を。
そう思った俺はすぐさま落ちてきた彼女を受け止めていた。
やはり軽いから問題はない。問題はないのだが……。
しなやかな彼女の肌に触れてしまっていることを意識してしまった。
「ああ……」
「ど、どうしたの!?」
先程は平気だった。それはたぶん、きっと敵から逃げようとの生存本能が何も考えないようにしてくれたのだろう。
しかし、今は違う。
頭の中で少女、いや、女性に触れている感覚がある。そして目の前には本当に愛らしい顔がある。
暖かく柔らかい部分のある手にも触っている。
思考回路が全て壊れた音がした。
「ショウちゃん!? 目回して、どうしたの!?」
「あっ、いや……いや……」
とにかく今は外へ出ようとの行動を選択していた。彼女をお姫様抱っこした状態のまま。と、更にお姫様抱っことのワードが頭の中を埋め尽くし、混乱が加速する。「あわわ」と非常に気色の悪い声を出しながら、彼女を運んでいく。
彼女はもう何度も瞬きをするだけ。
後から見ても、思えることだが。
ショウという男は全く女性に慣れていないのである。当然、学校に行っていた頃、女子と手を触れることすらなかったのだ。
気付けば、俺はただっ広い草原に彼女を降ろしていた。
「……ショウちゃん、落ち着いた? 大丈夫? 降ろしてもらっても歩けたのに……!」
「ご、ごめん……本当に悪かった」
もう謝るしかない。頭を下げて、誠心誠意謝罪を繰り返す。「セクハラ野郎」と罵られても何の反論もできやしない。
しかし、そんな俺に彼女は許しをくれた。
「でも、足は痛かったから……本当にありがとうね。助かったよ」
「レディア……」
心が洗われていく感じがした。
「今日はもう家に帰る? もし、まだいてもいいって言うのなら、うちに来てちょっとお話してこーよ!」
そう聞かれて、困惑する。女性の家に上がり込むことすら許されるものなのだろうか、と。と言っても、俺は家には帰れない。異世界転移をしてしまって、帰り方も分からない。ならば、だ。
今は彼女についていくしかないのでは。それが生存するためにも一番確かな術である。
考えている合間にも彼女はこちらも見ずに走り出していた。
「あっ!? レディア!?」
「帰らないんだったらついておいでー!」
「今、行く……えっ?」
彼女の凛々しい桜色の髪と背中を追い掛けようとした時だった。急に眩暈がしたかと思えば、目の前が真っ暗に。
世界が暗転した後。
俺は帰りたくも無くなっていた世界の片隅に立っていた。コンビニの駐車場に立っている。
腕に通したコンビニの袋には空になった弁当箱が入っているだけ。
「えっ……何だよ……ここに帰って来ちまったのかよ……レディアにはもう会えないのかよっ!?」
腐りすぎて見たくも無くなっていた現実。そこに戻ってきたことを実感してしまった。
これにて、レディア初登場のレディア編終了となります。
皆さんはワサビは好きですか? 鼻に塗ったこと、ありますか?