2.女剣士とコンビニ海鮮丼(2) 美味しいものは一緒に食べよう
知らない人に名前を教えるなと言われることはあるが。
目の前の少女が不審者には思えない。ここを疑ったら、俺はもう誰を信じていいか分からなくなってしまう。彼女は俺を命懸けで救ってくれたのだから。
「俺はショウ。天城翔」
「ああ、醤油掛けて食べるんだ!」
「目玉焼きの話に引きずられちゃってる! 俺がショウなの!」
「あっ、そっちか! ショウちゃん、よろしくね!」
突然にもよろしくと言われて照れることしかできない状況だ。ただ彼女は質問を飛ばしてくる。
「で、ショウちゃん、どうやってこの森に入ってきたの? 出口、あるよね?」
一番大事な話がやってきた。
俺は異世界転移で来た。だからこの世界からの脱出方法はおろか、森から抜ける方法など知る由もない。それでもレディアは綺麗な紫水晶色の眼で視線を向けてくる。
「私をこの森から連れ出してっ! 何てねっ!」
調子に乗って、そんなことを言ってくる女の子。そこに対し、何と答えれば良いか。
期待に応えられないことに対する重圧。またもや変な汗を掻きまくっていた。
「……あの、ごめんなんだけど……俺も迷ったっぽい……知らないんだよ」
レディアは相も変わらず、笑顔のまま。何を思っているのか、言われるのか、分からない。恐怖のまま、俺は何を言われてもいいように縮こまる。
「すみません、何の役にも立てない役立たずです。ここで切腹でもするんで、剣貸してください」
「ちょっと! ちょっとちょっと! そんなんで私の剣使わないでー! 見たところ、私よりも年下でしょ? そんなぁ、できないことがあっても当たり前だよ! 私、十八年間来てるはずの森でも迷うんだから」
彼女は両腕を広げて、大袈裟にはしゃいでみせる。
それはそれで何も学んでないのでは、とツッコミたくもなったのだが。
指摘しても場が変わることはない。気を取り直して、御年十六の俺が享年十六にならないよう考えることにした。
「何か手掛かりとかないのか……そもそもレディアはどうやって、この森に入ったの?」
「山菜取りに来て。それでいい山菜が摂れるはずの奥に来たんだけど……。もうそれは何も考えず走ってたから……この森ってよく地形変わるからね……別名『迷宮の森』とも呼ばれるんだ」
「猶更、気を付ければ良かったのでは」
「だよね……!」
苦笑いになっていく彼女。その顔を見て、何とかなりそうとも思えてしまうのも不思議な話だ。
あの敵でさえもリベンジできるかもしれない、と。そう思って、ふと敵の話を口にしていた。
「……あのさ、あの敵って何?」
「森の主だね。稀に出くわす魔物だよ……勝手にこの森に入り浸って、主気取り……」
「あいつも外来種……?」
「うん、言ってみりゃあ、そうだけど」
「じゃあ、ある意味、あいつのそばに出口があるかもしれないってことか……? 稀に出くわすってことは外にもいるかもしれないってことだし」
「君、天才?」
突然の誉め言葉。嬉しいと言うより、驚きの方が勝る。
確実な推測ではないのに、だ。
「い、いや……」
「いやいや、凄いことだよ。可能性があるってだけでも希望が出たね。一緒に森の外へ出よー!」
「だな……早く帰って海鮮丼食べたいし……」
口にした途端、ぎゅるると腹の虫が鳴る。俺の腹ではなかった。主の方を見やると、彼女は顔を真っ赤にして手と共に左右に振ってる。
「ちょっと、やだなぁ……乙女の腹の音、聞いちゃうなんて……ま、まぁ、朝からずっと迷って何も食べれてないだけなんだよ……」
そう言われてしまったら。
朝ご飯を食べた俺からしたら、今の空腹なんて問題がない。彼女にコンビニの海鮮丼をあげることにした。
「食べなよ」
「えっ? それは君のじゃ……君が持ってたんだから……」
俺は首を横に振る。
「別に、な。さっき命助けてくれたんだし……」
「それはこっちも同じだよ?」
「でも、だなぁ」
もう涎が溢れ出ているのをどうにかできないか。
乙女の可愛さが台無し、だ。
「その口から出てるものを止めるには食べるしかないんじゃないか……?」
「……『俺がその生意気な口を封じてやる』ってこと……!?」
「何か俺がキスするみたいなものになってない!? そうじゃなくって! いいから食べてくれっ!」
「本当にいいの? 海の幸なんて御馳走じゃん!」
彼女は俺と同じ切り株に座り、海鮮丼の蓋を取る。そしてちょうど上に乗ったまぐろやいかの具材、ご飯を半分にして蓋の方に乗せていた。
そして割りばしと共に俺に手渡していく。
「えっ?」
「えっ? じゃないよ。ショウちゃんも一緒に食べよ?」
いきなりの共有に戸惑った。一緒にご飯を食べる。その感覚がまず何だか新鮮なように感じていた。しかも会ったばかりの人と、だ。
そのことは何だか直接伝えづらくて、箸のせいにする。
「箸、一膳しかないんじゃ」
「安心して、マイ箸あるんだから!」
「はぁ!?」
何故か懐から箸を取り出した彼女。一体どうなっているのかと戸惑うも、彼女は「いただきます!」と言って食べ始める。
そして海の幸であるマグロを一口食べたところで満面の笑みを顔に浮かべだした。
「おいひーっ! とろっとろのマグロ! 口の中で踊り出すよー! 醤油と絶妙な酢飯の酸っぱさが合わさってる! いかももぎゅもぎゅっとして、この口の中に残ってくれる感触が心地よい!」
「れ、レディア?」
「このすきみも美味しいね。流れるように口に飛び込んでくる、柔らかさ。そして程よい甘さというか、濃厚なマグロの味……すきみにしても、マグロは魚介の王様だねっ!」
聞いていて、こちらも腹が減る。こんな時に食べて良いとか、女の子と一緒にご飯だとか。細かいことを気にしてはいられなくなっていた。
マグロ、いか、すきみが乗せられた酢飯のご飯に残った袋の醤油を掛けて、食べていく。
このひんやりとした感じがコンビニの海鮮丼らしくて、美味しい。新鮮な状態で口の中に届けられる魚の味に、俺は涙すら出そうになっていた。
「……美味い」
「でしょでしょ! しょうがの味とかもいいね。ガリの甘酢がいいアクセントになっていて……お魚のパラダイスが更に引き立っていく!」
「……気になったんだけど、その食レポって」
「癖になってるんだよね。食レポするの!」
「そ、そう……!」
「本当いくらとかも乗ってることがあるし、タイとか海老とかもある時あるし……海鮮丼って何をとっても美味しくてたまらないんだよね! タコとかも……!」
本当に楽しさしか感じない。女の子との食事。女の子、だからではない。こうやってはしゃいで食べるから。食べるのが好きな人と盛り上がっているから、楽しいのだ。
「うん……他にも色々具材あるよね。うちの地元にも結構そういうのあるし。最後にお茶漬けとかにするのもいいかもね」
「カツオ出汁を最後に……じゅるり……なんて贅沢なの!? わさびも入れればつーんとするちょい辛お茶漬けができて……ご飯一粒も残らないよっ!?」
「ご飯残らないのはいいことじゃんか」
俺達が「御馳走様」を言い終えた瞬間。
彼女は体に白い輝きを放ち出す。そして自信に満ちた顔、大きな胸を張った状態で強い言葉を口にする。
「ああ! めっちゃ美味しかったぁ! これなら、アイツを地の果てまでぶっ飛ばせるよーっ!」
今回は食レポ回となりました。
お楽しみいただけましたでしょうか?
皆さんの好きな海鮮丼の具とか、ありますか? 良かったら感想お待ちしております。