act.2
act.2
真実だと思っていたものはどうしようもないほどに虚構で、
眼もくれずにただ蔑み、
哀れ、とバカにしたものこそがわりと真実に近しいもので。
そんな風に,
今までそうやって生きてきたーーーーーーーー生きてこれた、そんな価値観,固定概念をいとも簡単に、完膚なきまでに崩された時,人はたやすくも壊れ、
乞われ、
毀れる。
そんな不安定さの中で生きている人々の個人個人が、
それぞれ強弱大小や善悪正邪の違いはあれども、
多種多様の価値観や固定概念,思想や信条を抱いているのは自明の理。
それぞれが一人一人違う,とまではいかないまでも、
その大半が違った,違いすぎる自分を抱いていれば、
社会という枠組みにおいて窮屈に生きているそれは、
衝突を避けられず、
追突を当然とし、
相手を壊すことで、自分の正しさとやらを増す。
高校入学早々初対面に、校舎の屋上から飛び降りて自殺しようとしていた朝顔さんが、
たまたま偶然それを邪魔して助けるといった愚行を冒したボク(途中開始20分くらいで自分が話しかけられているのだと気づいた。)に向けて、
べらべらと長ったらしく一人で小一時間ほどしゃべり続けていた話の中に、
「人とは曰く、
考える生物だと。
考えなければ、
ならない生物なのだと。
しかしながらーーーーーーーー考えるだけでは、
それは、人間ではない。
食べなければ、
寝なければ、
動かなければ,
それは人間となり得ない。
まぁ、蛇足としては他にもいろいろと種族的にやるべきこともあるのだけれどね。
例えばそう、エッチなこととかね?
あ,君今ちょっと期待しちゃったかな?
まぁまぁ、そうはずかしがらなくてもいいよ。
君も思春期に生きる一高校『性』として、こんなに愛くるしい顔で,その顔に不釣合いなほどに激しく自己主張する体をもう美少女に迫られては興奮しない方がおかしいのだよ。
ってあれ?
君、聞いてる?
あぁ、聞いててそのリアクションなのかい。
いやしかしちょっとと言うか,いまの話の内容や流れを考慮すると、その異様なまでの無表情はかなり場の雰囲気にそぐってないんじゃないかな?」
と、自分の思考だけれどもちょっとSTOP
て言うか滅茶苦茶に蛇足多いな。
本当にあいつの足,十の十乗分くらい生えているんじゃないだろうか。
しかも脇道にそれて行くのだからたまったものじゃあない。
足が多すぎると、逆にコントロールしにくいのだろうか。
何を持って逆とするかは不明だけれど。
根拠もないし。
猛烈に閑話休題。
必要なのは最初の十行くらいだけだ。
しかし、最初、と言っているにもかかわらず,
十行などと、二桁の数字に突入しているのは、どうにも違和感を払拭できない自分がどこか遠いところにいる気がしなくもないのだけれど。
あいや、おおよその単位ではあるのだけれど。
いやしかしそれも文章の量や構成により尺度が変わってしまうものなのだろうか。
うむ、これが日本語の難解さの一面に触れた,ということなのか,ということはまぁ置いといて。
とりあえずそのへんについて実際どう思っているのか、自分の頭の中で街角アンケートをとって見たところ驚くべきことにもとかいうのももう全部全部ひっくるめて何にせよ、
はい、もはや主役級の閑話休題。
ともあれその十行のうちに言っていたことを踏まえると、
人というのは社会にいる限りには闘争からの逃走をその存在から許されずにいるんだな。
だとか少しばかりセンチメンタルにも世の常を、人の性を憂いて見たりしていたボクなのである。
結論までの道のりが長いな。
急がば回れ,と言うけれど、それは考え事にも適応されるものなのだろうか。
と言うか,急がなければいい状況を作るためにうまく立ち回ればいいだけの話じゃあないのだろうか。
いやまぁ、うまく立ち回るつもりすらないボクのセリフではないな。
喋ってないし、喋るつもりもないからセリフじゃないけれど。
しかし、しかしだ。
あの時の朝顔さんの言い分を考えるに、
動かなければ、
食べなければ、
眠らなければ、
考えなければ,ーーーーーーーーーーそれは人間という種たりえないと。
その持論はある種正解だろうけれど,
ならば
動かない,食べれない,眠っているかわからない,考えているのかが、わからない人間。
俗にいう,脳死状態の植物化した人間――――――――“生かされている”だけの人間を、彼女は、人間でないと、そう断言したのだと言える。
まぁ、ボクにとっては、
それはどうでもよく。
だからこそどちらでもよくて。
なんにせよ、なんでもいいことなのだろうけれど。
閑話休題。
ところで、そんなボクといえば,お決まりなシュチュエーションで、かっこをつけて出て来たはいいものの、連続殺人犯の手がかりなどなく、ただ、殺人鬼の影響をみじんも感じさせないほどには人に満ちた街を彷徨っていた矢先なのである。
矢先,って言葉の使い方が違う気もするが、まぁいい。どうせ口に出してる訳じゃあない。
マぁ、街をフラフラと歩いているだけで情報が入るのなら、警察も苦労はしていないのだろうけれど。
日本の警察は、そんなに無能ではなく―――――――ともすれば優秀なのである。
しかし、そろそろ疲れてくるな。
流石に、何も考えずに歩き続けること三時間、微妙に足が痛くなってくる。
「あ、すいません」
明るい茶髪に、メイクの濃い、そんじょそこらの制服学生とぶつかった。更に先に謝られた。
「いえ。こちらこそ」
できるだけ自然に笑顔を形作りながら、爽やかに謝罪をする。
女子学生は惚けたような顔でじっと見てくる。
「えっと…どうかした?」
眼の焦点が微妙にずれている。
顔も微妙に赤いし、風邪なのだろうか。
夏風邪はなかなかに厄介だよね。かかったことないけど。
「あ、いえ! いえいえ!!」
両手首にリストバンドをした手を交互にふって、何か慌てて取り繕うような女学生。
せわしなく動く体に連動してか,躍動した制服のブレザーの内側に、小さなバタフライナイフが見えた。
連続殺人を警戒しての護身用なのだろうか。まぁ、何も持たないのは不用心だからな。
にしても、慌て方が激しいな,この娘,そういう性格なのだろうか。
……もしかして笑顔の作り方を間違えたのだろうか。
どうも表情筋と仲良くなれそうもないな。
「そ、そ、それじゃあ」
女学生は慌てた様子で人ごみに戻っていった。
「ん?」
足元に何か落ちていた。
青い生地でカバーされた、手帳のようなもの。
「学生証か」
一応、交番にでも届けておくか、そう思って、その場を後にする。
そうしてまたいっとき歩き回り、そろそろどこかで少し休憩でもするか,とそう思った。
近くにあったオープンカフェでブラックのコーヒーを、笑顔を失敗しないように,と注文する。ウェイトレスの女性の顔が赤かったけれど、夏風邪なのに頑張っているのだろうか?
しかし流行っているな。
うちのお姫さまにも注意を呼びかけなければ。
「はろろぅーん! おっひさぁー!!
えっ! いっ!しっ! くぅーん!
おまちかねの椛ちゃんだよー!」
ケータイをみると、遊びや合コンの誘いのメールが同級生や先輩、後輩からニ十件ほど来ている。
今日はバイト忙しくて、行けない。本当は行きたいんだけど、ごめんね。また今度誘ってよ。という内容で一斉送信。
まぁ,内容は九割嘘なんだけれど、これで大半が納得してくれるだろう。
男子はわりと諦めが早いし、女子には本当にごめんね,とちゃんと謝れば許してもらえる。
許す許されるとかの問題じゃあないんだけれどね。元々約束してた訳じゃあないから。
「おい! 無視かこらぁ!」
暑いなぁ。
七部丈じゃなくてハーフパンツにしておけばよかった。
そういえば、そろそろ夏休みも終わりか。
宿題は終わっているし、海にも言った。
アマぁ、世間一般でいう楽しい夏休み,ってやつは十分堪能できたんじゃないか,と思う。
「へー…そんな態度をとっちゃう? ふふふ、こうなったら大親友の世亜に、あんたの顔を女をはべらせて笑顔を浮かべたこの渋谷でもトップクラスの人気を誇るホストに挿げ替えた写真をぷれぜぇーん………」
「やぁ麗しの椛ずっとずっと会いたくなくてこの夏休み期間中にボクの心はすごく安心し切っていたんだけれどたった今お前の非常に遺憾ながら綺麗な顔をみた瞬間に平穏で平和な日々は遠い夢物語すなわち理想郷と化してしまったコトに対して素直に謝罪して欲しいんだけれどやっぱり謝らなくていいやそれよりも早くこの場から去ってくれるかないやそんなお前も一応女性だったねここは紳士的にボクが去ろうでは安心で安息の時間を求めてさらばだよ椛もう二度と合うコトはないようにとこの大空に願ってそれじゃあ」
「すっげーよく舌が回るね。あっ、てか、なに言ってんのかわからないけど、要するに送れってコトだよね?」
「嘘だよ。久しぶり、椛」
「おうおう、ひさしぶりだねー。頴娃梓」
快活明朗な声音で隣の椅子にかけてくるのはクラスメイトのくれは紅葉 もみじ椛だ。
「今日の髪型、これど~よ?」
そう言って笑う椛の髪型は、艶のある深い茶髪を両の側頭部で結び、さらに結んだ毛先をくるくると巻いている。
「あーうん。可愛いと思うよ」
ついんてーる、とかいうやつか。
ツインドリルでもいいと思うんだけど。
あ、そうだったならきっと工事現場のおじさんとかも工事が早く終わるようにとのゲン担ぎにでも髪型をツインドリルにするんじゃないだろうか。すごいシュールな光景だろうけど。
「なんか今、すっごいばかにされた気がする」
「気のせいだろ」
「で、なにかよう?」
「お前が絡んで来たんだろ」
「嘘。ねぇ―――――――頴娃梓」
好奇心の塊のようなくりっとした茶色い双眸が、自己主張の激しい夏の日照りを受けて、異様なまでに輝いていた。
「最近テレビとかで騒がれてる,連続通り魔ジャック・ザ・リッパー[自殺有段者]のこと、知ってる?」
「自殺有段者?」
あいも変わらず人通りの多いストリートに面した喫茶で,ボクと椛は同じテーブルに向き合っていた。
向かい合うのではなく、隣り合う形で。
「そうそう。最近目立ってる連続通り魔殺人鬼のコト」
茶色の瞳を携えた人懐こい笑みで、返答に口を動かす女の子。
肩を出した服からは、一切の汚れも見当たらない肌が、日の光を受けて輝く。
甘くないコーヒーを口に含み、飲み込んだ。
コーヒー豆の香りが口の中で広がる。一息つくと、覚醒作用を持つカフェインが脳に行き渡り、疲れた体を少しリフレッシュしてくれた。
「ジャック・ザ・リッパーって、ロンドンの正体不明連続殺人鬼だっけ?」
連続殺人の犯人として認識されているのに、正体不明という,不相応な認識。
その奇妙さ故に、或いは、奇異さ故に
切り裂きジャック。
なんて妙な通り名がついたのだろうか。
「あーうんうん、それが元ネタ。正体不明の連続殺人鬼って部分が共通してるじゃない?
そんなんで犯人に付けられたあだ名が…」
ジャック・ザ・リッパーってわけ。
と言い終えて、ボクの注文したブラックコーヒーのカップの取っ手を持つしなやかな椛の細指。指には、指輪が二、三個ほどついていた。
カップに、薄い桃色の唇をつけて一気に煽る。
そして、吐き出した。
「あっつ! あつつ! てかにがあっ! 苦い苦い! 熱くて苦いてどーゆーことよ! あつつついにっがぁぁぁい!!」
「行儀悪いなぁ」
「あんたよくこんなん飲めるわねぇ!?」
まぁ。
別にそんな、どこぞの料理評論家とかみたいに舌が良い訳じゃあないし。
美味しかろうが美味しくなかろうが、あまりそういうのは関係ない。
「なぜこんなもの注文した!」
「メニュー開いたら,一番初めに眼に入ったから」
「もっと楽しめこら!」
「嘘だよ。メニュー開いて、最後に眼に止まったからだよ」
「あんた、メニュー全部みたんですか」
「いや、今のもウソ」
……おお。青い筋が額にその姿を浮き出している。
余程腹が立つようなコトがあったのだろう。
こういう時は優しく接してあげるのが一番だ、と朝顔さんに聞いた。
勝手に喋りまくってるから、聞いたというより聞かされたんだけど。
まぁ、そこがあいつの愛嬌でそれがあいつのアイデンティティなのだろうけれど。
というか,朝顔さんが絡むと、そのほとんどが閑話になってしまうのだから不思議だ。
うーん。
まぁ、いい。
閑話休題。
しかし、自殺有段者あなるものはどういう経緯でつけられたものなのか。そう、椛さんに質問してみた。
「私も詳しくはわからないんだけどね?
殺人ってさ、相手の命を奪うのはまぁそのままなんだけど,同時に、その人の社会での立ち位置とかさ、そういうのを無くしちゃうーーーーーーー自分で殺しちゃうわけじゃん?
それに、数の問題にしちゃうのもなんだけど、連続って,くらいだから、数をこなしてる訳でしょ? 人殺しの。
だったらもうそれは、殺人犯ってジャンルにおいての段位習得者だね、ってことで。
だから、『ジャック・ザ・リッパー自殺有段者』」
「十分に詳しいよね。それ」
「いや、聞いた話。だから、私が詳しい訳じゃあないの」
ああ、そう。とだけ言って、ケータイの液晶をみる。
ちらほらと帰宅している学生服たちが見える時間帯だった。
心なし、通りを歩く人々の数も少ない。やはり、夕暮れ時ともなると警戒しているのか。
「その『ジャック・ザ・リッパー自殺有段者』のこと、なにかしってる?」
「いんや。ほかにはなにも」
「そう」
「あ、てかあたし。今日、あんたたちの愛の巣にお邪魔する予定なんだけど」
「あぁ、そういえば世亜がそんなこといってたかもね。いいんじゃない?
ボクは帰り遅くなるけど」
「ほえ? なんでじゃ?」
バイトだよ。と短く答え、席を立つ。
財布から千円冊を取り出し、机において、椛さんに別れを告げる。
暗がりをその身に落とし始めた町には、季節にそぐわない冷気が染み出していた。
話がなかなか進まない。笑