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episode 2 ・退散迷路 [自殺有段者(ジャック・ザ・リッパー)] act.1


ジャック・ザ・リッパー[自殺有段者]




act.1





「……はぁ。はぁ…」




冷たいコンクリの壁にもたれ掛かるようにして、熱気のまとわりつく空気に、ため息をついた。

体にまとわりつく汗や熱が鬱陶しく、気持ち悪い。


七部の白いシャツのボタンを上から二つ外して、体を冷やそうと空気を送り込む。


しかしながら、激しい運動のあとに、中からしっかりと温まった体に、その程度のそよ風は気休めにしかならない。


焼け石に水、ってやつだよな。

うん。ことわざをうまく使えるとなかなかに得意な気分になれるな。


「……………、っっ!!」



目眩。

激しく視界がぶれ、並行感覚が喪失。

自分の立ち位置を見失い、自分の位置を忘れそうになる。

意識が消え入りそうになるのを、意思でどうにか持ち直した。


「一つ外しただけでこれか……なま、って、るなぁ」


今は脳内麻薬の分泌で抑えられているだろうが、過剰に過度な運動を急激に行った体は、少しの時間もすれば激しい痛みを訴え始めるだろう。



筋肉痛だけじゃあ済まないだろうな…断裂とかしてたりして。



………あー。めんどくさい。



正直,このあたりは知らない土地で地理に詳しくない。

それに住宅街だというのに、どこもかしこも静まり返っていて、どの家も消灯し、薄暗く。全くと言っていいほど人気を感じない。


それは、あまりに不自然な様相。


なんらかの異能なのか。もしくは異質。

だとしたなら、なんなのか。


人を遠ざける能力?

もしくは、逆に一箇所に集める能力?

いやーーーーー今の状況ではその能力について考えるだけ無駄だ。

考えなければ打開策は生まれそうにないけれど、考えるには情報が少なすぎる。


それにまだ、

あいつを振り切れていない。


気配がないけれど,暗闇からこちらを伺い、隙を見せるのを待っているのだろう。

ともあれ考えるべきは、あの、あまりにも異常すぎるーーーーー異質すぎる『加速度』をどうにかしないとな。


「はぁ……全く。厄介な……」


最悪ではないにせよ、不利で不向きな状況で、さらに不調。

状況が好転する要素がない。


薄手のブラックジーンズの中で所在なさげなケータイ。

連絡を取る暇すら与えてくれないのは、相手がそれほどの段階にいるからだ。


右のわき腹に触れる。

常人なら気が触れるほどの激しすぎる痛み。

触れたそこからは切り裂かれたシャツと細身の肉体があった。

傷口からは、鮮血が湯水のように溢れ出る。


痛みを意識から追い出し、

相対する快楽殺戮者の通り名を口にした。


[自殺有段者(ジャック・ザ・リッパー)]………ね」


そういえば、夕飯には間に合わなかったな。

世亜、怒ってるだろうな。


ため息をついて空を見た。

そこにはただ、浅い暗闇が続いていた。


まだまだ夜は長そうだ。と、ボクは、眉根を寄せて、星の見えない夜空を見上げてぼやいた。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







てんやわんやの温泉旅行から帰宅して一週間。そして玖星と会ってから三日後。


「んぅー………」


朝に弱いお姫さまの寝起き第一声は、少なくとも日本の言語ではなかった。


半分しか開かれていない瞳をこすりながら、覚醒し切っていない意識が体の自由を制御しきれずに、体をフラフラと左右に揺らしながら、二回の寝室からそれはやって来た。

ピンクのパジャマははだけ、白い下着の着用を控えめに確認できた。


「ぁー。…えい…し。おはよ」


「おはよう、早く顔洗って来なよ。朝ご飯は用意してるから」


今日の朝食はトーストしたパンとシーフードサラダ、 ハムエッグと言う軽めの物だ。

世亜が朝はあまり食べられない性分だとわかっているので、いつもこんな感じ。

ついでにわがままなお姫さまは和食が基本的に苦手である。

特に、煮物や漬物を苦手としていて普段から絶対に食べようとはしない。

しかし魚の煮物は例外で、いつぞやか、「魚の成分って、美容に言いらしいよ」とか何気なく言ってみると、その日からしっかりと食すようになった。


閑話休題。


「ぅぇぃ~……」というなぞの返事を頂戴したボクは、またフラフラと洗面所へと向かう寝起き少女を尻目に紅茶を用意する。

味付けと言うか何と言うか,お嬢さまは大変に甘党なので、カップの三分の一もの砂糖を常時溶かして、茶葉に関係なくもはや甘いだけのそれを、いつも優雅にいただいている。

そうしないと怒るのだからそうせざるを得ないのだけれど、傍目からみれば体に悪いことこの上ないよな。


まぁ、世亜はその体の、と言うか、脳の構造的に,糖分を摂取しすぎるということはないのだけれど。


そんなことを考えつつ、この無駄に広い25上のリビングで一番大きな48インチのプラズマTVの液晶をみた。


そうしてみてわかったことがあった。

それは、天気予報士の交代と,

どうやら今日は一日快晴らしいということだった。


そんな、終わりの近づいた夏季休暇のある日。


その電話は、何ともタイミング悪くかかって来た。


黒色透明のガラステーブルの上で耳障りな音とともに振動して自己主張する青いケータイに、手入れ途中のリビングの観葉植物から注意を向ける。


朝飯を食べ終わった世亜は黒いベロアのソファで漫画の新刊を読書中。

バイブとガラスの共和音を鬱陶しそうに眉根を寄せてボクを睨んで来た。


何となくため息が口をついてでたけれど、とまず電話に出ようと思って立ち上がる。


震えるケータイを手に取り、折りたたまれた画面を開く。

そこには発信者の名前はなく、非通知とだけ表示されていた。


すこし逡巡したけれど、出ない理由は特にないので通話の接続を許可するボタンを押して、立ったまま、三連のピアスがつけられた左耳にスピーカーを近づけた。


「今、勇者として世界を救う的な目的のために何よりも優先させなければいけないことがあります」


「ほう、聞こうか」


「排便です」


「殺されてぇかテメェ」


ちょっと悪ノリしてみただけなのだけれど、存外に帰って来たのは態度の悪い不機嫌そうな口調。

それは、聞き覚えのある女性の声音、かがみ噛咬 あゆ阿諛さんの声だった。


「阿諛さんだったんですか。非通知でかけてこないでくださいよ」


対応に困るじゃないですか。と、付け加える。


「お前困った末の対応があれか? ぁあ?」


わかり切ってることを聞かないで欲しい。どこの誰かがわからないならば、まずは意表をついて主導権を握り、一気にたたみかけるのが大事なのだ。

兵は詭道なり,とはよく言ったものだね。

いろいろと間違ってる気がしないでもないところも全部含めて強制的に閑話休題。


「で、どうしたんですか?」


「ん。あぁ……仕事だ、仕事」


いやまぁ、阿諛さんから私事で連絡がくるなんて、ほとんどないからわかってるのだけれど


「はぁ、さいですか。で、どんなですか?」


「あぁ、それなんだけどよ、口で説明するよかほら。テレビ見てみろ、ニュースでやってるはずだ」


「はぁ」


リモコンを片手に、チャンネルを変える。

何度か変更すると、最近、人気俳優と結婚したらしいキャスターが、喜色の伺える真剣な眼差しで報道をしているニュース番組が写った。


画面には、最近、都市中枢のマンションで下着が盗まれるという被害が急増している、という報道がされていた。


犯人の手がかりは未だつかめておらず、時間帯がバラバラなために捜索も滞っているらしい。

警察は監視カメラの配置や近隣のパトロールを開始することで、その事件への抑止力とする方針を発表したらしい。


ところで、盗まれた下着って、どんな用途があるのだろうか?

いや、それは個人の性癖のはけ口としての使用(利用か?)に用いられるのだろうけれど。

そのあとのことが気になる。


返すのだろうか?

売るのだろうか?

または捨てるのか?


まぁ、なんにせよ、盗まれる側としてはたまった物じゃあないだろう。


そんなことを考えていると、視線を感じた。

世亜がかすかに頬を赤くしながらしたから見つめてくる。

あぁ、たしかこういうのを上目遣いだとか言うんだっけ。

公然的に、ボクの友人を豪語する同級生のくおん久遠 あかし証に言わせてみれば、破壊力がすごいらしい。

何なのだろうか,視線を飛ばした対象の振動数を支配してその物体を爆発させたり分解したりするのだろうか。冗談だけれど。


「なに?」


「あ、あのね……。頴娃梓も、あたしの下着……欲しくなったりする?」


「はぁ?」


何を言っているんだろうかこの娘は。

ボクをそんな変な性癖の持ち主だとでも思っているのだろうか。なかなかに心外だな。


「あ、い、いやだから! あ、あたしの下着! 欲しいなら! あ、げてあげても…」


なぜかあわあわと、慌てふためきながら真っ赤な顔で補足をする緋目。


「いや、別にいらないけど。もらっても困るし」


と言うか,自分から差し出す意味が全くわからないのだけれど。

久遠的に言えばそこは差し出すように言われるのをしおらしく期待しておくように!

いや、そんな阿呆な命令しないけれど。


「……………………あっそぅ!!!」


真っ赤になりながら、まゆを釣り上げてハート形のクッションを投げつけて来た。

なぜか機嫌を損ねてしまったようだ。

女の子というのはつくづくわからない生物だ。


激しく閑話休題。


ケータイを再び耳に近づける。


「で、下着泥棒を捕まえろ,とでも?」

えらく所帯じみた仕事ですね。と、疑問を呈すると、


「んなわけあるか。頭の中,なんか湧いてんのか」


と、辛辣なお返事をいただいた。

ですよね。と納得してから、再度番組に眼を向ける。

なるほど,と口から言葉が漏れた。

面に映し出されるゴシックは通して読むことで意味を理解させる。


連続通り魔殺人。

端的に言うとそれだけの言葉に集約できて、それが全てを表している。


「手口は簡単。一人でいるヤツを狙って刃物で動脈を一太刀。

犯人の手がかりはなし、まぁ、目撃者皆無だからな。

そんなんで、一週間前から一日ずつ殺して行って、昨日までで六人。そして今日で、七人目だ」


あいも変わらず面倒くさそうな声音は、抑揚なくたんたんと続ける。


「まぁ、わかってっとは思うけど,とりあえず、今回の仕事はそいつを捕まえることな。

機嫌は特に決まってねぇけど,できるだけ早めに頼むわ。

今日中にカタつけてくれると非常に助かる。

あー、それとな、別に無傷である必要はねぇらしい。

中身がぶっ飛んじまってても、お前と喋ってて抜け殻になっちまっててもかまわねぇそうだ。あぁ、生きてても死んでてもかまわねぇらしいから。難しいなら殺してかまわねぇぞ。まぁ、損傷は少ない方が好ましいし、生きてる方が助かるけどなぁ。

あー、補足。

別に被害者を出すなって訳でもねぇらしいから、

七つ目の死体が明日ニュースになってても、お前にお咎めはない。

まぁ、そこは安心しとけよ」


言い終えるとともにスピーカーから,息を吐き出したような音。

またタバコか。


「日本じゃあ、二十歳になってないと飲酒喫煙は許されてないですよ」


「それがぁんだよ」


「阿諛さん、19じゃあないですか」


まぁ,金髪ロールでギャグとしか思えないはずの赤スーツが異様な位に似合って亜,大きなサングラスをかけて真っ赤なオープンカーを操るその様相を、誰も19歳なんて思わないだろうけれど。


「うるせぇ。他人に迷惑かけてねぇんだからいいだろ」


今度は露骨に不機嫌そうに返答がされた。

わかりやすい人だなぁ。

扱いやすくはないけれど。


「あー。それとなぁ、今回の依頼主――――――咲夜(さくや) 是奈(ぜな)だ」


言う阿諛さんの声に、苛立ちが混じった。

それは、口にした名前の人物をよく知るからこその刺々しさで、ボクにしろ、あまり得意な人物では、ない。


咲夜。


咲夜家は、今では世界的にその名と権威とを知らしめる企業の大本だ。

日本の事業の大部分はおろか、アジア均衡あたりの過半数以上は咲夜が実権を握っているとまで言われる。

党首は咲夜(さくや) 君織(きみおり)

とある『異質』の持ち主。


世亜も、是奈さんも、その娘だ。

姉妹。ただの、姉妹。

ただ、血の繋がりも半分で、兄弟と姉妹の数が、異常なまでに多いだけで。

姉妹。異常な、姉妹。


「是奈絡みだと、何が起こるかわからねぇ。咲夜が、ただの殺人鬼に興味なんて示すはずがねぇんだよ」


低い声で注意を喚起する阿諛さんに、ひとつ、言っておくべきことがあった。


「ただのじゃ、ないですよ」


「あ?」


「『連続』殺人鬼です」


言って、通話口の向こうの阿諛さんの沈黙を、聴いた。


「じゃあ、捕まえたらまた電話します」


「ん? あぁ、頼むわ。じゃあな」


たたむことで、通話接続を切る。

軽い頭痛に苛まれ、ため息。

さっきから不安げに緋い瞳を揺らしながらこちらを見ていた世亜が、何度か逡巡したように視線を彷徨わせながらも、決意したのかようやく口を開いた。


「仕事?」


「あぁ、まぁね」


「危ないんじゃないの?」


責めるかのような視線。

半分は、心配といった感情図か。

最近怪我をよくして帰ってくるからか。

帰りの遅い夫を疑う妻みたいな。


「いや,そんなに危なくないよ。大丈夫」


そう言い聞かせはするものの、

不安げな瞳は未だに確証を得れないように揺れ動く。


「いつもそう言って、怪我して帰ってくるじゃない」


「血の気の多い人が多くてさ」


「いつか―――――」


赤く、大きな瞳には、溢れ、零れ落ちそうなほどに涙が、溜まっている。


「いつか――――死んじゃう」


涙が、こぼれた。


「だろうね。でもそれは、生きてるから」

仕方のないことだと、赤子に教えるように、つまらない常識を説く。


「違う。そうじゃなくて………………っく、そ、じゃなく、て…ぇいし、しんじゃぅ、…からぁ……!」


「…………」


「………ぃゃ、もぅ、いやだから! なん、でわ、……っく、かんなぃの? ……いやだって……」


嫌だから。


「いかないでよ…………!!」


埒が空かないな,と思ったので華奢な体を、正面から抱きしめる。

甘いほのかな香りが鼻をくすぐり、自分以外の体温が脳の働きを鈍くさせる中,形のいい、かすかに赤く染まった耳に囁く。


「大丈夫だよ」


嘘だけれど。


「信じてよ。なるだけ早く、帰ってくるから」


卑怯な言葉を使ったな,と思う。しかしながら、とうの昔に剥落した罪悪感なんてものは、わずかにも胸を焦がすことはなかった。


背の低いお嬢さまは、ボクの胸に顔を埋めたままで、泣き顔のままで、口を開く。


「………夕飯。………あたしが作るから」


「うん」


「冷めると、美味しくないから」


「うん。早く帰ってくるよ」


そう言って納得したお嬢さまとの約束を果たすために、できるだけ急ごうかと、そうおもった。


少しはヒロインも存在感でてきましたかね?

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