思い出ぽつぽつ【器械体操部】
【クリスマスまで、あと21日】
24話は書けなかった思い出の話。
私の中学時代。
私は中学時代、器械体操部だった。
当時、体は硬くマット運動は苦手なのに、流れというかノリというか、消去法というか、自分でもよくわからないが器械体操部に入部していた。
今考えてもよくわからない選択だったと思う。
本当は陸上部に入りたかったが、陸上部がなかったのだ。
私は小学生の頃、運動会のリレーで1位、持久走で1位を取ったことがあり、走るのが大好きだった。
とりあえず運動部には入りたい。
屋外より屋内がいい。
屋内は体育館か格技場…
格技場はなんとなく怖い。
私は消去法で体育館の部活を見学しに行った。
バレー部、バスケ部、器械体操部、卓球部。
卓球は女子がいなかった。
よし!バレー部かバスケ部に入ろう。
球技はあまり得意ではないけど…そう思ったがバレー部とバスケ部の雰囲気が強そうでビビって、器械体操を選んでしまった。
体育館の隅で活動する機械体操部。
体育館の2分の1は男子バスケ部と女子バスケ部が使用。
体育館の4分の1をバレー部が使用。
残りの4分の1のスペースを卓球と器械体操部で分け合いながら使用する。
器械体操の練習スペースは狭く、よく卓球のボールとたまにバレーボールが飛んできた。
よくあんなところで練習したなと思う。
そしてすごく記憶にあることが、筋トレが何でも100回だった。笑
練習後に腕立て伏せ、腹筋、背筋。全て100回ずつ。
不思議と毎日みんなでやっているとできちゃうものだが、今はできないと思う。
私は平均台が嫌いで、段違い平行棒が好きだった。
(女子器械体操は、ゆか・跳馬・段違い平行棒・平均台の4種目がある。)
段違い平行棒が好きになる、体操が続けられたキッカケがある。
それは蹴上がりだった。
倒立、ブリッジ、側転。
練習したら少しずつできるようになった。
しかし、蹴上がりだけは何回練習してもできなかった。
手に豆ができて、手のひらは常に痛かった記憶がある。
できないけど、練習するしかなかった。
先生に怒られるのが怖くて、ただひたすら練習した。笑
私はビビりで辞めるのが怖くてただ続けていた。
(辞めたいと先輩と先生に言うのが怖かった。)
そんなある日突然、蹴上がりができた時は感動した。
この感動は私の中のベスト感動賞で、これを超える出来事は今のところない。
それくらい感動した。
私の中で諦めていたことが、できたのだ。
一生できないと思っていたのに。
1回できたら、体が覚えてくれて自然にできるようになっていた。
そこからはバク転ができるようになり、私は器械体操が好きになった。
大人になって、内村航平選手の蹴上がりについての記事を読んだ時は、驚いた。
私と同じ蹴上がりに感動した人がいるとは。
「継続は力なり」の言葉を体で感じた。
続けることは素敵なことなんだなと思う。




