第5話 ロメオ
「じゃあやりましょう。あなた、名前は?」
「……ロメオだよ」
「ロメオね、私はリオネよ」
彼が名前を言う時に躊躇った気がするけど、気のせいかしら。
とりあえず室内は危ないので、私達は図書室の裏口から出て庭のような場所で魔法を試すことにした。
「お互いに両手を前に出して発動する。二人で魔法のイメージを揃える必要があるんだ」
ロメオが私の正面に立って、両手を前に出す。
私はそれに合わせるように両手を出した。
「どんな魔法のイメージを?」
「水と土だから、簡単に泥水でいいんじゃない?」
「わかったわ」
私が土魔法を担当するから、泥の部分を強めにイメージしよう。
でも彼の魔力に合わせないといけないから、合わせるイメージで。
「いくよ――」
「ええ――」
私とロメオは同時に魔法を発動。
私達の間で魔力が合わさっていき――泥水が完成していく。
「すごいわ……!」
「まだいける、集中して……!」
魔力を切らさずにいると、どんどん泥水が増えていく。
混合魔法って初めてやったし、他人と会わせるのなんて初めてだけど、これはすごいわね。
数十秒も経つと、私とロメオの頭の上に大きな泥水が浮かんでいた。
私達の両手から作り出した泥水が上に浮かんでいる状態だ。
上手くできたけど、これって……。
「ロメオ、これってどうやって消すの?」
「……わからない」
「えっ」
「混合魔法の消し方も、他人との合同魔法も消すのが難しすぎて、できたことがない」
「えっと、じゃあこれどうすれば……」
「あと、僕、そろそろ限界だ……!」
「あっ――!」
ロメオが魔力を乱してしまい、私はそれに合わせることはできず。
上に出した泥水が一気に落ちてきて――私達はびしょ濡れになって、さらに泥にまみれてしまった。
「うわぁ……」
泥をかぶったので服も重くなり、私は尻餅をついてしまっていた。
ロメオも同じようで、私と同じく地面に座り込んでいる。
「ロメオ、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だよ。リオネこそ大丈夫?」
「私は大丈夫。でもお互いに泥だらけね」
「そうだね……」
「……ふふ、あはははは!」
私が思わず笑いだしてしまい、ロメオも釣られたように笑いだした。
「あはははっ! 今の、楽しかったね!」
「ええ、失敗したけど!」
私達は泥だらけのまま、その場で声を上げて笑い合った。
その後、私とロメオはその場で「明日また会おう」と約束して解散した。
服もいろいろと台無しになったから帰って着替えないといけない。
彼を辺境伯家に招待してお風呂を貸したかったけど、まだ私は友達が呼べるほど辺境伯家で地位を得ていない。
だから申し訳ないと思ったけど、ロメオは「問題ないよ」と言った。
『僕の家にも普通にお風呂はついているしね』
そう言ってロメオは、前が見えているかのように歩いて去っていった。
彼はどこの貴族なのかは聞いてないけど、結構いいところな気がするわね。
私も名乗っていないけど、私よりも上の立場だったらどうしよう……。
それに普通にタメ口を使っちゃったわ。
ここは前世の日本ではなく、貴族社会がある世界。
上の爵位の人がタメ口を使うのはいいけど、下の者からは許されない。
ここは魔法学校だからあまり気にしない、という人もいるけど。
ロメオはそういうタイプだったのか、あっちからタメ口を使っていた。
気にしない人なのか、それとも一番上の爵位だから、使う必要がないのか。
公爵家とか、それ以上か……考えると怖くなるから、ちょっとやめておこう。
まあロメオはそんなこと気にするような人には見えなかったけど。
「お嬢様、本当に何があったんですか? 図書館に行って、何で泥だらけになって帰ってきて……」
「裏庭でちょっと泥遊びしていただけよ」
「それだけでそんなになります?」
「なっちゃったんだから仕方ないでしょ。汚れた服は辺境伯家の家族に誰もバレないように洗ってちょうだい」
「かしこまりました」
メアリとそんな会話をしながら辺境伯家に戻り、着替えてお風呂に入って髪を乾かして……いろいろとしてから一息ついた。
思い返すのはロメオとの合同魔法のことだ。
とても面白かったし楽しかった。
また明日の放課後、彼と魔法の実験をすることに決まっている。
すごく楽しみね。
「ロメオ……どこかで見たことあるような気がするのよね」
ベッドに寝転がりながら考える。
ロメオを知っているのは、リオネの記憶?
それとも前世の記憶かしら?
前世の記憶がまだ完璧に思い出せていないのよね。
このゲーム世界の設定とか、前世の私についてとか。
もう一回寝て夢の中に入れば、正確に思い出せる気がするけど……なんだか怖い。
前世の嫌なことを思い出しそうで。
「リオネ様、よろしいでしょうか?」
メアリがドアをノックして、部屋の外から入室許可を求めてきた。
私が「入って」と言うと、彼女が入ってきて一礼する。
「ご夕食の準備ができましたので、お声がけさせていただきました」
「そう、ありがとう」
「ご夕食ですが、奥様から本邸の食堂へ来るようにと通達がありました」
「辺境伯夫人から?」
私の義母のナルテス・アンティラ辺境伯夫人。
私は彼女に「お義母様なんて呼ばないで!」と言われているから、ナルテス夫人と呼んでいるけど。
彼女が私を夕食時に本邸の食堂へ呼ぶなんて、リオネの記憶にある限り初めてだ。
多分、今日の魔法の授業での出来事を、ヘランお義姉様が夫人に言ったのね。
だから怒られに行くって感じかもしれないけど、そうはいかないわ。
「わかった、すぐに行くわ」
私は立ち上がって部屋を出て、本邸の食堂へ向かう。
今までのリオネだったら、行くことすら躊躇って体調不良などと言い訳をして行かなかっただろう。
ただ、今の私は違う。
いつもみたいに黙って叱られると思ったら、大間違いだわ。