第25話 今はまだ
「――リオネ・アンティラ」
「は、はい」
「――最初に見る光景は、君の顔と決めていたんだ」
ロメオはそう言って優しく微笑んだ。
「えっと、その……!」
いきなりの言動に、私は何も言葉が出てこなかった。
それでもロメオは感動したように私の顔を見ながら言葉を続ける。
「思ったよりも幼い顔立ちだね、もっと大人っぽいと思っていた。想像以上に可愛らしくてビックリだ。身長も僕の頭一個分よりも低いんだね。瞳の色は赤色、この色って赤色だよね? 久しぶりに見る色が君の瞳だったから、赤色が僕の大好きな色になりそうだよ。髪は黒色で艶があって綺麗で――」
「ちょ、ちょっと待って!」
なんかすごい言ってくる!
しかも至近距離で真っ直ぐと瞳を見て!
私は耐えられずに彼の身体を押して離れて、顔も逸らした。
「お、落ち着いて、ロメオ」
「ごめんよ、リオネ。だけど君の容姿を、表情を僕に全部見せてほしい。ずっと楽しみにしていたんだ」
「うぅ……!」
なんでそんな恥ずかしいことをさらっと簡単に……!
そういうことを言うのは、遊び人のマルクスくらいじゃないの?
マルクスは誰にでもそういうことを言うから軽薄な感じで胸に響かないんだけど、ロメオが言うと全然違う。
「い、今はその、さっき泣いたから目が腫れているし……!」
「目が腫れていてもリオネが素敵なのは変わらないよ。君の美しさは目が腫れたくらいで霞むようなものじゃない」
「っ……! い、いきなりそんなに言われると困るから! ちょっと待って!」
私はそう言って、一度ロメオを落ち着かせる。
ロメオは私の顔を見ようと迫ってくるから、さっきのように対面に座る。
「お、落ち着いた?」
「うん、ごめんね。ずっと我慢していたから、ちょっと興奮しちゃって」
それでもロメオは私の顔をじっと見つめてくるから、私は少し視線を逸らす。
彼がそれほど私の容姿が気になっていたなんて知らなかったけど。
目元が腫れている以外はいつも通りの容姿で、特別に変なところはないはず。
私の容姿は別に優れている方ではない。
ロメオやマルクスみたいな特別カッコいいゲーム攻略キャラとは違い、モブキャラと同じような普通の容姿だ。
ラスボスの設定だからか、不吉な黒の髪色と血を思わせるような瞳が変わっているくらい。
それも容姿が優れているようなものではない。
だからそんなに凝視されても面白いものじゃないと思うんだけど……。
「それで、本当にしっかり見えているのね」
「ああ、見えている。十年ほど、光も感じなかったが……今はしっかり見えている」
「それなら、本当によかったわ。魔法は成功ね」
「何度も言うようだが、本当にありがとう、リオネ」
「どういたしまして、ロメオ」
私とロメオはそう言って笑い合う。
彼と視線を合わせて笑い合うのは初めてで、私が望んだことだ。
だけど……。
「ふふっ、リオネはそうやって笑っていたんだね。目尻が下がるのが可愛らしくて素敵だな」
「っ……ロメオ、あまりそういうのは口に出さないで」
「すまない、でも本当に思っていることだから。それに見た光景の感想と感動を君に伝えたくて」
それだけなら嬉しいし微笑ましいんだけど、私への褒め言葉は恥ずかしい。
まさかロメオがマルクスみたいな遊び人と同じ言葉遣いになるとは。
「女性にはあまり言わないほうがいいわ、マルクスみたいに絶対に勘違いされるから」
「僕はリオネにしか言わないよ」
「っ……! そ、そういうのを言わないでって!」
くっ、私専用の男になるなんて……!
これからもずっとこんな調子だと、私の心臓がもたない気がする。
早くなれないといけないわね。
「ごめんよ。数年ぶりに見た光景にまだ興奮しているみたいだ」
「それは仕方ないですが……」
「だからリオネの怒った顔よりも、笑った顔を見たいな。それを見るためにずっと我慢したんだから」
「っ……!」
また恥ずかしいようなことを言って……!
マルクスみたいに狙って言っているような感じじゃなくて、本心で言っている風なのが彼よりもタチが悪いわ。
私も一度落ち着くために軽く深呼吸をする。
「ふぅ……とりあえず、治ったならよかったわ。呪いに再発とかはないけど、経過観察は必要だと思うわ。普通の治し方とは違うから」
「そうだね、光魔法以外の治し方も驚いた。でもこれは広めないほうがいい魔法だね、使用者の負担が大きすぎる。全属性の混合魔法だから、広まっても意味はないとは思うけど」
「そ、そうね。広めないほうがいいと思うわ」
本当は闇魔法だから、広まったら私がとても困るだけなんだけど。
でも広めないでくれるのはありがたい。
「それで、この本……呪道具はどうしようか」
「ええ、そうよね」
ロメオの呪いを移し終わった本、これで完全な呪道具となってしまった。
これを使用したら、ロメオがかかっていた呪いと全く同じ効果を相手にかけることができる。
呪道具となった本は傍目では普通のように見えるけど、禍々しい魔力がこもっている感じだ。
魔力を感じ取れる人なら一目でわかるけど、わからない人はわからないだろう。
下手に触って発動したら自身にかかるだろうし、とても危険な呪道具となったわね。
「とりあえず、私が保管するわ」
「いや、それはリオネが危ないでしょ。僕が別宮に持ち帰ったほうが」
「いえ、これも全属性の混合魔法で壊せるか調べたいから」
「だが暴発して、呪いがリオネに移ってしまったら……!」
「それはないと思いますが」
「万が一があるでしょ、絶対にダメだ」
心配してくれるのはありがたいが、その万が一もないのよね。
私は闇魔法を取得しているから、呪い耐性が非常に強い。
ほとんどの呪いはかからないと言ってもいい。
死の呪いですら不意打ちじゃない限りはかからないし、かかっても死の効果は発動しないだろう。
それほど呪い耐性が強いから、私が呪道具を管理して壊せばいいと思うんだけど。
それを説明するには、彼に闇魔法を取得していることを話さないといけなくなる。
ロメオは信頼しているけど、まだ闇魔法を取得していることを話すのは怖い。
しかも彼の呪いを闇魔法で治しましたと言ったら、私が騙していたことも話すことになって……失望されるのが怖い。
「わかった、壊せるかどうかは調べない。でも保管は私がするわ、ロメオがこの呪いを別宮に持っていったら、あなたをよく思っていない人に奪われる可能性があるわ」
「っ、それは……」
ロメオが住んでいる別宮にも、彼を邪魔だと思っている第一王子が送り込んだ使用人が複数人いるはず。
ロメオが目が見えないから何も動きはないけど、私が彼の目の呪いを解いた。
確実に探ってくるし、いろいろと邪魔をしてくるだろう。
その時にロメオが大事に保管している本、呪道具が見つかってしまったら。
そこで暴発したら相手に呪いがかかるけど、もしかしたら暴発せずに奪われてしまうかもしれない。
だから、私が保管したほうがいいだろう。
「私が持って帰るで、大丈夫?」
「……うん、ごめんね」
「全然問題ないわ」
私が持っておけば、万が一にも暴発しようとも私にかかることはない。
だからこれが一番安全な保管だろう。
私は呪道具となった本を持って懐に入れる。
ロメオはとても心配そうに見つめているけど、これで大丈夫だ。
「じゃあロメオ、今日で呪いの治療は終わりね」
「うん、リオネ。改めて、本当にありがとう。君のような女神と会えたことは、僕の人生で一番の幸運だった」
「女神って、大袈裟よ」
「十年近く光も感じない目を治してくれたんだ、リオネは僕の女神って言っても差し支えないよ」
「いやいや……」
女神というよりかは、ラスボスなんだけど。
真逆の立ち位置なんだけど。
それにマルクスにも「お姫様」とか言われているし、ここの人達は女性を神聖な何かで例えないといけない病気でもあるの?
「私は女神じゃなくて、ロメオの友達でしょ?」
私はそう言って彼に笑いかける。
ロメオと視線を合わせて笑い合うというのが、私の目標だったんだから。
「――うん、そうだね」
ロメオも私の目を見て笑いかけてくれる。
そして一歩近づいて、私の手を取って唇を落として……えっ?
「――今はまだ、ね」
私の手を取ったまま、ロメオは笑みをこぼした。
いつも見るような笑みではなく、なんだか艶やかな笑みで。
「え、えっと……」
私はその妖艶な笑みにやられて、言葉が出てこなかった。
今はまだ、という意味もよくわからないし。
なんで友達じゃなくなる未来があるような感じで言ったの?
だけどそれをなぜか悲しいとは思わず、逆に胸が高鳴ってしまった。
ロメオがどういう意味で言ったのかわからないけど、彼が私の側から離れるといった意味ではないと伝わってきたから。




