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天を突き刺すかのような塔が定間隔である高い城壁、厳つい門番が出入りする人々に目を光らせている。
カンタラの街だ。
警備がとても厳しい。アデナが壊滅させられたのを発端に野盗によってあちこちの街や村が襲われるのが目立つようになったのだから当然のことだ。
ジャンティのいる隊商は結局あの後どこの町にも寄らず野営しながらここまで無事にやって来た。
隊長が馴染みの門番に挨拶して通り過ぎようとしたが、止められた。
「誰だアイツは。見たことのない顔だ。」門番が顎でジャンティを指した。
「キニロサで拾ったうちの鍛冶屋兼用心棒見習いだ。」
「見習い?」
「まだまだひよっこだ。」
そういうとジャンティにこっちへ来るよう手招きした。そばへ行くと、
「ジャンティだ。ノイレンのお気に入りでな。」門番に視線を向けるよう促し、
「彼は門番のタイロス、良くしてもらっている。顔を覚えてもらうといい。」ジャンティは自己紹介して会釈した。
タイロスはジャンティの頭から足先までジロっと見ると少しの間背中の剣を見て、
「行ってよし!」と隊商の通過を許可した。
*
隊商宿へ入ったあと、三々五々隊の皆は姿を消した。今日は商売は無しだ。それぞれ好きに旅の疲れを癒やす。ジャンティはノイレンと宿の入り口で待ち合わせて出かけた。
「どこに行きましょうか。いきなり大学とかに行って中に入れるんでしょうか。」歩きながらノイレンに訊いてみると、
「いきなりは入れてくれないだろうな。生憎私も大学に知り合いはいないし。」
にまっと笑って、
「ま、こういうときはまずは酒場だ。」
「昼間から飲むんですか?!」
「嫌か?」ノイレンがいたずらっぽく聞き返すと、
「手がかりを探しましょう。」と真顔できっぱり返すジャンティ。
「ははは、酒場ってのは情報収集にもってこいなんだよ。いろんなヤツが集まってるからな。」
そういってすたすたと先を歩いて行くノイレン。
*
出入り口にドアがなく、中の賑やかな雰囲気が通りにいても分かってしまう、少々くたびれた感じの店構え。ノイレンは臆することなくスっと中へ入っていった。
店の中にいた男どもの視線がノイレンに集まった。(うしろからジャンティがついて行ってるが誰も彼には見向きもしない)ノイレンはそのまま奥にあるカウンターまで行くと、店のオヤジに声をかけた。
「おやっさん、久しぶり。」
「ノイレン!相変わらず別嬪さんだ。」
久しぶりに可愛い孫にでも会ったかのような顔のほころびようで、店中の客がその顔を見てにやにやしている。
「いつ来たんだ?今度はいつまでいるんだい?早速今夜にでも見せてくれるかい?」
矢継ぎ早に問いかけてくる。
「おやっさん、慌てないで。」カウンターの向こうから身を乗り出しそうなオヤジを手で制して、
「今朝着いたんだ。隊の商売もあるから7日くらいはいるよ。」
「お前さんのダンスは?」オヤジはそっちのほうが気になってしょうがない。ノイレンが踊ってくれると客の入りが良くなるからだ。
「野宿続きで疲れているから今夜は・・・明日来るよ。」とノイレンは顔の前に片手をあげて詫びを入れ、「それより、」と本題に入った。
ジャンティは何もできずにただ呆然とノイレンとオヤジのやりとりを端で聞いているだけだった。
オヤジは店内にいる客に向かって大きな声で呼びかけた。
「こん中で古い言い伝えに詳しいヤツはいるか?」
皆一斉にオヤジを見た。そして客同士お互いに顔を見合わせて、どっと笑い出した。
「オヤジ、俺たちにそんなたいそうな『学』があるように見えるか?」客の一人が自虐的に言った。
「そりゃそうだ。」もっともだと言わんばかりに返す。また笑いが起こる。
別の一人がジョッキを片手に持ちながら席を立ち、ノイレンとオヤジに近づいてきた。
「俺も含めこの中にはそんなことに詳しいヤツはいないが、この先にやたら霊感が強い占い師がいる。そいつの占いは良く当たるってんで中央のお役人や大学のセンセイ方から引っ張りだこだ。そいつなら顔が広いから目当てのヤツを知っているかも。」
ノイレンはジャンティを見てウィンクした。
*
「ここだな。」
店で教えてもらった占い師の館の前。早速中へ入ろうとするノイレンにジャンティが、
「僕に話をさせて下さい。酒場では何もできなかったから少しは自分も何かしたい。」
するとノイレンが感心したような目つきで、
「お、言うようになったね。お手並み拝見だ。」
ノックをして静かにドアを開け中に入るジャンティ。後に続くノイレン。
薄暗い部屋、かすかな香のかおり、訪れる者を落ち着かせる演出に満ちていた。
「やっといらっしゃいましたね。お待ちしておりました。」部屋の奥にあるテーブルの向こうに腰掛けた人物が2人を見るなり声をかけてきた。
「僕たちが来るって知っていたんですか?」ジャンティが怪訝そうに訊くと、
「数日前から胸騒ぎがしてましてね。私の勘が囁いたんです。」
「じゃあ、僕たちが何の用で来たのかも分かるんですか。」
「もちろんです。」その人物は静かに答えた。
ジャンティとノイレンは顔を見合わせた。狐につままれたような感じがした。
気を取り直して、「僕はジャンティ、この人はノイレン。」「それで、」と言いかけると、
「私は星と申します。」
ジャンティの言葉を遮って名乗り、二人の持っている剣に視線を向け、二人に気付かれない程度の笑みを浮かべた。
星は静かに立ち上がり、奥の部屋から何かを持ってきた。大切なものを扱うように両手で抱えるようにして。
静かにテーブルの上にそれを置いた。
剣だ。形は半月刀というより青竜刀に近い。ドラゴンをあしらった柄にライムガーネットのような黄緑色の半透明な石が嵌まっている。薄暗い部屋のランプの光に照らされて石が神秘的な輝きをみせている。
2人は驚いた。まさかいきなり柄に石の嵌まった剣を見せられるとは思ってもいなかった。
「シンさん、僕たちは、」
「私で十分お役に立てます。」
「え?」
「400年前の魔を打ち祓ったという聖剣のことでいらっしゃったのでしょう。」
ジャンティはテーブルに詰め寄り「そうです!」「それって本当のことなんですか?」
星は2人に席を勧めてから自分も座り、話し始めた。
「私の家に代々伝えられてきました。400年後の来たるべき時に備えてと。」
「私のご先祖様は400年前魔を打ち祓った勇者の一人、ツウリーという人物です。その剣は彼が使っていたものです。」
二人はじっと星の話に耳を傾けた。
「ご先祖様の伝えでは『魔』は400年に一度蘇り、人々を闇へ陥らせ暗い時代へ導くと。それを打ち祓えるのは4本の聖剣だけ。」
4本と聞いてノイレンが師匠の言葉を思い出す。
「そしてご先祖様たちが魔を打ち祓ってから今年でちょうど400年経ちます。」
星はジャンティの両目を見据えながら、
「レッドソードが祀られているアデナが滅ぼされたのはその所為です。手始めに400年前の屈辱を晴らしたというところでしょうか。」
「なぜこれがアデナにあったと知ってるんですか?」
「話せば長いことになります。ご先祖様達の武勇伝ですから。」
星は今度はノイレンを見て、
「『魔』は時代によって姿を変えるそうです。400年前は巨人が乗るような大きな戦車に乗った大王のような出で立ちだったと伝えられています。今この時代にどんな姿を見せるのか私の占いでもそこまでは分かりませんでした。」
「ただ一つ確実に言えることは、『魔』が蘇ったこと。アデナを初めとする各地の野盗騒ぎは魔の仕業です。ただの、生身の人間では到底そこまではという被害が出ているのが何よりの証拠です。」
*
「ここで目が覚めた。」
弥は暗い顔をしながら澪を見た。
澪は弥の顔を見ずまっすぐ前を向いている。その頬に光るものが一筋流れ落ちるのが見えた。
澪は自分が繰り返し見ている夢と弥の夢がリンクしているのを実感した。
夢の中の自分がこの先どういうことになっていくか、それを思うと悲しみだけが心に広がっていくような気がした。