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「なんてこった。一体何がどうしたと言うんじゃ」
隊商の隊長が目の前の光景を見て愕然とし、驚きを発した。
一行は夕闇が迫る頃一つ目の目的地カンタラの街がある国に入った。カンタラまではあと3日かかる。今夜は国境の町にある隊商宿にやっかいになる予定だった。
だが、目の前にある町は戦乱の跡地の様を呈していた。あちこちで家がくすぶってい、黒い煙が上がっている。通りには住人たちの屍が累々と横たわっていた。中には大切な人を守ろうとしたのか重なり合っている者もいた。
*
「皆殺しだよ」「隊商宿も酷いもんだ。宿の人たちみんな死んでた。」
町中の様子を一人で見に行っていたノイレンが戻ってくるなり苦虫を噛み潰したような感情を露わにしながら呟いた。
隊長をはじめ一行の皆は拳を胸に当てて亡くなった人々、とりわけ宿の馴染みの人たちを悼んだ。その傍でジャンティは目の前に横たわる無数の屍を見据えながら左手でギュッと強く鞘を握り剣を胸の前にかざした。
ノイレンがジャンティのそばへ来て、彼の肩に手を置き、
「裏通りに至るまで通りという通りに蹄の跡がたくさん残っている。」
件の野盗どもの仕業だと示唆した。怒りと悲しみが入り混じった瞳で、
「(蹄の)跡は地面だけでなく住人たちの身体にも・・・」
ジャンティはアデナで馬に踏みつぶされそうになったときのことをまた思い出した。そしてそのまま踏みつぶされたときのことを想像して悲嘆に暮れ、重なり合う人々のなれの果てを見つめた。
隊商がキニロサを出たあと、野盗には街道の途中で出くわした以外遭遇していなかった。
隊商の皆は幸いなことだと喜んでいるが、その平穏に過ぎた日々はジャンティに剣を振るうことの怖さを実感させていた。
就寝前や一人になったときなどに何度もあの野盗の目を、腹に剣を突き立てたときのことを、刃が肉に食い込んでいく感触を思い出させた。野盗がそのあと霧となって消えたことは関係なかった。ヤツらの息の根を止めるまでは生身の人間と変わらない。もし人間を相手にしたら目の前で横たわる人々と同じ姿をさらすだけだ。
そのたびにジャンティは剣の紅い石を見つめて心を落ち着かせた。そして前を見て進むよう自身に言い聞かせた。
*
一行は誰もいなくなった町を出た。
辺りもすっかり暗くなりこれ以上の移動は危険だったが少しでも町から離れた場所で野営するほうがまだ安全だと考えた。2時間ほど移動してそこで夜を明かすことにした。
全ての馬車を円を描くように並べ、その円の中に全員が集まっている。中央にはたき火を絶やさず燃やしている。ノイレンとジャンティは一番外側、馬車の車輪に背中をもたれさせて座っている。もしも野盗が襲ってきたとき真っ先に打って出ることができるからだ。
「怖いか?ジャンティ」
ノイレンがふいに訊いてきた。
「貴女は怖くないんですか?」
「怖くないと言えば嘘になるが、慣れたな。」
そう言うノイレンの横顔はとても涼しい。
「そんなものですか。僕も慣れるでしょうか。」
また野盗の腹に剣を突き刺したときの感触を思い出していた。
「ああ、あんたに守りたいもの、守らなきゃならないものがあるなら大丈夫だ。心配ない。」
「守りたいもの、守らなきゃならないもの・・・」
「そうだ」ジャンティを見て微笑むノイレン。
『リーミン』
ジャンティは瞬く星々を見上げて呟いた。
隊長が2人の様子を見に来た。ノイレンとジャンティは立ち上がって言葉を待つ。
隊長が右手で2人に座るように促し、自分も横に座ってジャンティに尋ねた。
「カンタラへは行ったことがあるか?」
「いいえ」
「カンタラは大きな街だ。大学や研究施設もある。古い伝承などに詳しい人もいるだろう。向こうに着いたら探してみるといい。」
「そうだな、私も付き合おう。」ノイレンは腰のネオソードに手を当て「こないだの霧散した野盗のことも気になるしな。」
二人の優しさが心に沁みた。
*
「おはよっ!」
弥がいつものように家を出て学校に向かっているといつものように澪が背中を叩いてきた。満面の笑みを浮かべている。
いつもと同じ、それが弥には嬉しかった。
「おはよ~。なに朝から浮かれてんの?」
つい意地悪い言い方をしてしまった。
弥の脇腹をつねる澪。
「痛って」
澪は弥の前に回り込むと笑顔を向けて、
「昨日もう一つ分かったことがあるもの。」
「何?」
「弥がもしまたおかしくなっても私のねこぱんちで元に戻してあげるね!」
ねこぱんちを喰らわすまねをしてみせながら笑顔で言った。弥の顔が引きつる。
「・・・・」
とても上機嫌な澪の様子を見ると、どうやらそれは冗談ではなく、至って真面目なようだ。
澪の優しさは嬉しい、心配してくれて感謝している、けれども、弥はそっとため息をついた。
弥は真面目な顔で訊いた。
「澪、昨日もあの夢見た?」
スキップを踏みそうな程上機嫌だった澪の足取りが重くなり、暗い表情でこくんと小さく頷いた。
「弥は?」
弥の顔を見上げながら訊いてきた。
「見た。しかも続き。」
「続き?」
「そう、夢なんて続きを見ようと思っても見られるモンじゃないのに、なぜかあれだけはいつも続きを見るんだよね。一時停止して目が覚める感覚。」
「どんな?」
弥は自分の髪の毛を触りながら続きを話し始めた。