3-1
パシっ
御者が手綱をすっと波打たせて馬に合図を送った。
夜が明けたばかりの早朝、馬車が静かに動き出す。隊商は進路を東へ取った。隊商と言っても馬車が全部で7台のこぢんまりとしている所帯だ。隊商というより行商と言ったほうがしっくりくる程度だった。
ジャンティとノイレンは先頭の馬車の荷台で揺られている。
ジャンティは馬車の行く手をじっと眺めていた。彼にとっては当て所のない旅だ。どうすればリーミンに会えるのか、どこへ行けばいいのか、とりあえず一人前の剣士になる目標を立てたが、果たしてそれで願いが叶うのか。それに聖剣の話が本当だとしてあとの2本は、持ち主は、『魔』が蘇るとは、わからないことだらけの五里霧中の闇の中を彷徨う旅の行く末に思いを馳せた。
だからこそそんなジャンティにとってノイレンは非常に心強い存在だ。もちろん隊商の仲間たちもともすれば折れそうになる心の支えになった。
ずっと無言で馬車の行く先を見ているジャンティにノイレンが声をかけた。
「何を考えてるんだい?」
少し照れくさそうに、
「この先どうなるんだろうと思って。」
「そんなの決まってる。あんたしだいさ。」
寄りかかっていた縁から体を離し、ジャンティに少し近づいて続けた。
「あんたがどうしたいかだ。それでいくらでも未来は変わる。ごらん、馬車は前にしか進めない。そのままじゃうしろには下がれない。来たほうへ戻るにも回れ右して前を見て進むんだ。」
ジャンティは気付かされた。
前を向く。そうだ、怖くて引き返すにも前を見て自分で進むんだ。どこへ行くか、行きたいか、それは自分が前を見て決めることだ。
「ノイレン、ありがとう。」
ジャンティはさっきまでとは違う目で馬車の行く先を見つめた。
*
キニロサの街を出て半日。一つ目の村を通り過ぎしばらくたった頃、馬に乗った野盗が一行の前に現れた。たった5人だがこの隊商を襲うには十分だという自信たっぷりな顔つきだ。一行に緊張が走る。
御者が手綱を引き馬を止めた。奴等の中の3人が往来の真ん中に陣取り行く手を遮っている。あとの2人は左右に少し離れてこちらを囲んでいる。
「ふん、舐められたもんだね、たった5人で私らをやれると思ったのかい?」
ノイレンが剣を手に颯爽と馬車から飛び降り、正面の3人に向かっていった。ジャンティはノイレンに従おうと剣を取りあとを追う。
振り向きもせず「馬車を守りなっ」ノイレンはそう言って駆け寄るジャンティの足を止めさせた。馬の横で立ち止まり彼女の背中を見つめたあと左斜め方向にいる1人を睨んだ。
突風のように野盗に迫るノイレン。最初の狙いは3人いるうちの左側。野盗はぐいと手綱を引いて馬を後ろ脚だけで立たせて威嚇する。
「意味ないね!」言うが早いかノイレンは剣を抜きざまに高く飛び上がり野盗の頭上から斬りつけた。そして馬の背を蹴って空中で宙返りしながら真ん中の野盗めがけて身を翻し今度は横薙ぎに、そのまま馬のたてがみあたりを足場にしてその隣にいる3人目めがけて剣をまっすぐ突き込んだ。
あっという間の出来事だった。ジャンティは左方向にいる野盗を睨みながら視界の端に映るノイレンの動きを追っていた。
その時だ、
一瞬のうちに斬られた3人の野盗とその馬が黒い霧となりスーっと消えた。斬った本人はもちろんジャンティも隊商の皆もあっけにとられてしまった。その隙を突いて左右に離れていた2人が同時に先頭の馬車に迫ってきた。
ジャンティは剣を抜き迎え撃つ。
「まずは馬の足を止めるんだ!」
ノイレンがジャンティに指示しながら右方の野盗へ向かう。
近づいてくる野盗に剣を横に構えたまま向かって突進するジャンティ。アデナの街で馬に踏みつぶされそうになったときのことを思い出し恐怖を覚えたが必死にそれを堪えて馬に思い切り剣をたたき込んだ。
斬られた馬は横っ飛びに倒れ、跨がっていた野盗は放り出される。ジャンティはすかさず野盗に走り寄って剣を逆手に持ち直し、野盗の胴体に突き立てようとした。が、その時目が合ってしまった。野盗は憎しみを抱いているような目つきをしていた。人を殺したことなどないジャンティは躊躇ってしまった。手が動かない。足が震える。心臓が破裂しそうに高鳴る。
動きの止まったジャンティに野盗は落馬したときに落とした剣を転げたまま拾い反撃に出た。腕を大きく振ってジャンティの胴を狙う。
ノイレンの怒声が聞こえた。
「殺られる前に殺れっっ!」
右方の野盗に剣を斬り入れたあとまっすぐジャンティのほうへ走ってくる。
「わああああ!」
野盗の剣がジャンティの体に食い込む少し前、彼は悲鳴に近い叫び声を上げながら剣を野盗の腹に突き降ろした。
残った2人の野盗も先の3人と同様に黒い霧となって立ち消えた。
「ジャンティ、大丈夫か?!」
地面に刺さった剣を支えにその場にへたり込むジャンティ。ノイレンが彼の元へ駆けつけ、片膝を突いて顔をのぞき込む。
人を殺したという感覚と感情に押しつぶされそうになって震えている。
今のジャンティには野盗が霧となって消えた怪現象をいぶかしむ余裕がなかった。