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「魔を討ち祓ったという聖剣の話は私も聞いたことがある。」
剣術の練習の合間、小休止しているときにノイレンが話し始めた。
「私の剣の師匠から聞いたことなんだけどね。」
師匠の言葉を思い出すように斜め左上に目線を向け、
「400年に一度『魔』が蘇って世界を暗闇に落とし込むんだそうだ。その『魔』を打ち祓えるのは4本の聖剣だけなんだと言ってたな。」
ノイレンは自分の剣を腰から外しジャンティの目の前に差し出して、
「これもその聖剣の一つだとさ。名前はネオソード。師匠からこれを受け継いだ時そう聞かされた。」
「まあ、あの師匠のことだから、あの時は私に、この剣を粗末にせず大切にさせるための作り話だと思ってたよ。」苦笑いしながら付け足す。
「それに自分で(聖剣は)4本あると言っときながら残り3本のことは何も知らないと言うからますます怪しかったんだよね。」人差し指で頬をぽりぽりと掻く。
「でもね剣の腕だけは確かな人だったよ、師匠の名誉のために一応言っておく。」
そこまで言うと、空を見上げて今はもう手の届かない遠くにいる師匠のことを思い出して遠い目をした。
ノイレンの話ではどうもその師匠は奔放な性格だったようだが、彼女の剣の腕前を見ればかなりの剣豪だったことは本当なのだろう。
ノイレンは師匠の言葉をもう一つ思い出して両手をぽんと叩き合わせ「そういえば、どれも柄に綺麗な聖石が嵌め込まれているとも言ってたな。どうだ、怪しさ満点だろ。」
ジャンティも苦笑いするしか相づちが打てない。
「けどさ、」ノイレンはレッドソードとネオソードの石を見た。
何かを感じたようだ。
「師匠の話はともかく、アデナの司祭様まで同じようなことを言っていたのはただの偶然にしちゃできすぎだ。」そう言ったノイレンは心が騒いだ。
『何かが動き始めた』
そう実感した。
*
ネオソードの柄に嵌まっているオレンジ色の石は半透明で光を受けてキラキラと輝く。ノイレンはその輝きが好きだった。嫌なことがあってもそれを見ていると心が落ち着いた。
だからあの日、街の通りでジャンティがぶつかってきた日、ジャンティが背負っているレッドソードの柄の半透明の綺麗な紅い石が放つ輝きに一瞬目を奪われた。自分の剣の石と同じように感じた。まるで剣に呼ばれたような気がした。ノイレンがジャンティを気にかけ宿に連れて行き面倒を見たのはそれが理由だった。
*
ジャンティがノイレンと出会って、彼女に剣の修行を付けてもらい始めてひと月が経った。
さすが若さだ。わずかひと月でだいぶノイレンの動きについて行けるようになった。まだまだ余裕は足りないが、それでも10回に数回はノイレンの攻撃を防げるようになっている。
夜一人になるとジャンティは消えたリーミンのことを思って塞ぎ込むことがあったが、剣の腕の上達とともに身体が鍛え上げられることで少しずつ前向きさを取り戻してきていた。
ノイレンに教わったわけではないが、落ち込んだときジャンティはレッドソードの紅い石を見つめた。アデナでのふがいなかった自分への戒めのためだ。この紅い石を見つめていると非力なままでいいのかと自分の心に問いかけている自分がいた。
そうだ、リーミンは忽然と消えただけで死んだわけじゃない。神隠しか何か分からないがどこかで生きている、無事でいる、自分が迎えに来ることを願って耐えていると自分に思い込ませることで気持ちを奮い立たせていた。
*
隊商が次の街へ出発する前日ジャンティは意を決した。
隊商は大陸を横断して東と西を行き来していた。これから東へ向かう。次はカンタラの街へ行くと告げられた。ジャンティは鍛冶屋の腕を活かして働くことを条件に隊商に加えてもらった。
「やっとその気になったか、ジャンティ。」ノイレンが嬉しそうに言った。
修行を始めた時から出発の日時は伝えてある。ジャンティは修行を付けてもらいながらもそれからのことをどうするかはっきりしていなかった。
「はい、これからも(剣の修行)お願いします。」レッドソードを手に取り、「僕がこの剣にふさわしい使い手になれればリーミンに会えるような気がするんです。今度は必ず彼女の手を掴んで離さない。」
ジャンティの瞳に希望の光が宿り始めた。
「じゃあ、今夜は私に付き合え。出発前にもう一度どうしても私のダンスが見たいと酒場のオヤジがうるさくてな。」
ノイレンはジャンティを従えて酒場へ出向いていった。
*
薄暗い酒場。席という席に酒臭い男達がいて、熱気でむんむんしている。
ステージの周りには数多のランプが置かれ、そこだけが明るく浮かび上がっている。きわどい衣装を着た長身の踊り子がその細身を小刻みに揺らしながら流麗に舞っている。腰にはオレンジ色の石の嵌まったサーベルを帯びたまま。時折それを抜いて剣舞さながらに踊ってみせた。
男達は歓声を上げる。とても賑やかだ。一月前のジャンティならばとてもではないが一瞬たりともその場に居られずに逃げ出していただろう。
今でも心から楽しめているわけではないが、とりあえずその場に居ても心が波立つことはなかった。
ステージ上のノイレンは普段と違ってとても魅惑的な女性に見えた。衣装一つ、しなやかな舞の動作一つでこうも人は変わるのかとジャンティは一心に彼女の舞を見ていた。
夜の闇が一層深くなった頃宴が終わった。
*
「リーミン?」
姿の豹変した弥にそう言われた澪は二の句が継げなかった。大きな二つの瞳に涙がこみ上げてきた。今にもこぼれ落ちそうな涙を堪えて変わり果てた弥の顔を見つめるのが精一杯だった。
クラスのみんなも訳が分からず成り行きを見るしかなかった。
見知らぬ姿になった弥が澪に向かって口を開いた。
「誰?」
目を大きく見開いた澪は言葉の代わりに右手で思い切り弥の頬をひっぱたいた。
叩かれた勢いで横を向いたまま棒立ちになっている。
やがて左手ではたかれた頬をさすり、
「澪・・・?」
その名を口にして正気に戻った弥。
「は、俺、どうしたんだ。」
目の前の澪は手で目をこすりながら泣いている。
「なんで泣いて、」
弥は周りに居るクラスメイトを見渡した。見渡しているうちに窓ガラスに映った自分の姿に気付く。
「え!?ウソだろ、え、なんで??」窓に近づき自分の顔を見る。
「澪鏡借りるぞ。」澪の鞄から鏡を取り出して自分の顔を見た。言葉に詰まった。
『ジャンティ・・・』
そこに写っていたのは夢に見たジャンティそのものだった。