2-1
ジャンティはノイレンと剣を交えていた。
長身なのに素早く、動きに無駄がないノイレン。相手の攻撃を受けているときは猫のように軽やかだが、攻めに転じれば途端に虎になる。一手一手がとても重い。ノイレンの動きから目が離せない。少しでも目をそらせばその隙を突かれる。ジャンティは両手で剣を振りながらその目は必死にノイレンの動きを追いかける。
「遅い!私の動きを見てから動くな、察するんだ。」
ノイレンは剣を打ち込んでくるジャンティをあっさりとかわしながら指南している。
ジャンティが縦に打ち込めばひらりと逃げ、横に打ち込めばさっと身を翻して間合いの外へ出る。いくら打ち込んでもかすりもしない。
ノイレンの足さばきはとてもしなやかで軽い。両のかかとは一切地に着いていない。まるで踊っているようだ。だが重い一手を打ち込む瞬間だけしっかりと踏ん張り体重を載せてくる。
「足を使え、止まるな。」
「はいっ」
そう返事しながらもどうしても思うように体を動かせず後手に回るジャンティ。それもそのはず、ジャンティはそれまで一度も剣の修行をしたことがなかった。ノイレンの手元を見るのが精一杯で足下や全身の動きにまで気を配る余裕がない。
それに比べてノイレンは笑みを浮かべるほど余裕を見せつけてくる。ジャンティの脳裏にあの日のことが去来した。
*
ノイレンに優しさをかけてもらったあの日。
焼きたてのパンを見て目の前で消えたリーミンを思い出し大粒の涙を流したあの日。
ジャンティはそれまで心の中に留めておいた感情を吐き出した。
ノイレンは最後まで黙ったまま話を聞いてくれた。
「辛かったね。」それだけ言うとそっとジャンティの頭を抱き寄せた。
*
「今日はここまで!」そう言うとノイレンは自分の剣を鞘に収めた。
流麗な柄、刃渡りの長いサーベル。柄にはインペリアルトパーズのようなオレンジ色の石が嵌め込まれている。長身で細身のノイレンにはよく似合う。
*
感情の濁流を流しきった翌日ジャンティはノイレンが腰にサーベルを帯びていることに気付いた。
ノイレンと声をかけたとき、
「ジャンティ、あんたの剣を見せてもらってもいいか?」そう言ってノイレンがジャンティの剣に手を伸ばした。黙って頷く。
ノイレンは静かに剣を鞘から抜くと品定めをするようにじっくりと隅々まで目を光らせた。
「この剣どこで手に入れたんだ?」紅い石を凝視しながら訊いた。
「アデナの街の教会に祀られていたものです。なんでも400年前に魔を討ち祓った聖剣だとか。司祭様はレッドソードと呼んでました。」
「それをどうしてあんたが?」
「僕鍛冶屋で働いていたんですけど、いつかこんな素晴らしい剣を打ってみたいと憧れてて、あの日も直した農具を届けに行った帰りに教会に寄ったんです。そしたら奴等が大勢で現れて、」
「街中からみんなの悲鳴が聞こえるし、あちこちで火の手があがっているし、それでリーミンを助けなきゃと。気付いたらその剣を掴んでました。」
「でも、」言いかけて口をつぐんだ。ジャンティの目には何もできなかった歯がゆさが浮かんでいる。
ノイレンはレッドソードを鞘に収めるとジャンティを見て、
「強くなりたいか?」
下を向いている少年に向かって問いかけた。
「はい。」
悔しさのこもった声色で答えた。
「よし、剣術を教えてやる。ビシビシ鍛えるぞ。怪我の十や二十もするからな、覚悟しろ。」
ジャンティが顔を上げてノイレンの目を見る。ノイレンの瞳には優しさしかない。
「お、お願いします!」
ノイレンはにこやかに笑いながらジャンティの頭をぽんと叩いた。
ジャンティの剣術修行の日々が始まった。
*
「うぐわああ〜っっ!」
世界史の授業中、珍しく居眠りもせずぼぉ~と志摩津先生の話を聞いていた弥がいきなり頭を押さえて悲鳴を上げた。
先生もクラスメイトも皆突然のことに度肝を抜かれたように驚き言葉が出ない。全員の視線だけが弥に注がれている。澪も動揺して自分の机から離れることができないでいた。
苦しみもがく弥。両手で頭をかきむしるようにしてわめき声を上げている。ガタガタと椅子を転がして立ち上がると髪は逆立ちわさわさと揺れている。すると髪の根元から色が変化し始めた。弥の黒髪がダークブロンドに。それに合わせて髪型も変わっていく。
やがて変化が治まると弥は両手を机に突き、ぜいぜいと大きく肩で息をした。
顔は弥そのままだが、見た目は全く印象が違う。誰も知らない少年だった。
「弥!!」澪が弥の元へ駆け寄ってきた。
「大丈夫?弥」涙目で弥の顔を見上げる。
その澪をひと目見て弥の口から出た言葉は、
「リーミン?」