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ドスンっっ
「痛っったいねえ、どこ見て歩いてんだい!」
両側に露店が軒を連ねている活気に溢れた街の通りでジャンティは通りすがりの女性とぶつかってしまった。
すらりとした長身、腰まで垂れる長いポニーテール、一見ベリーダンサーのような雰囲気、気は強そうだが優しそうでもある面持ちの女性だった。
「す、すみま・せん・・・」
薄汚れて、うつろな目をしたジャンティは女性の顔も見ずにそれだけいうのが精一杯だった。そのまま立ち去ろうとした。ジャンティが背負っている剣の紅い石が女性の目に入った。
「ちょい、待ちな!気に入らないねえ。」女性はジャンティの右の二の腕をぐいと掴むと、
「人にぶつかっておいて相手の顔も見ずにすみませんかい、え?」
ジャンティは顔を少し上げてその長身の女性を見上げ、光のない目を向けてもう一度謝罪した。そして重い足を一歩踏み出した。
女性はジャンティの様子にただの礼儀知らずではない違和感を覚えたらしい。
「あんた、まさかと思うが、アデナから来たのかい?」
ジャンティは足を止め、口をつぐんだまま小さく頷いた。女性には背を向けたまま。
女性は驚きと呆れを隠さず顔に出し、
「そのなりでどうやってここまで・・・、まさか歩いてきたってのかい?馬だって7日はかかるのに」
見ればジャンティの服は所々破けて汚れている。靴もぼろぼろだ。背負っているあの剣の紅い石だけが綺麗に光っているが柄には血とおぼしき汚れが付いている。どこからどう見てもまともではない。女性は改めてジャンティの全身を上から下まで見た。
ジャンティのいたアデナの街が野盗に襲われ壊滅した噂はここキニロサの街にも聞こえていた。アデナは野盗に襲われたくらいで滅ぶような小さな街ではなかった。それが廃墟同然になったというのだから周辺の街々はもちろん遠く隣国までその野盗への恐怖は伝わっていた。
「私はノイレン。あんた名前は?」
返答せず口ごもっていると彼の右腕をつかんだままノイレンはジャンティを引きずっていった。
*
ノイレンは隊商に付いて歩く用心棒兼ダンサーだった。隊商が逗留した街で商売をしている間得意のベリーダンスを披露して日銭を稼いでいた。
ノイレンは隊商宿へジャンティを連れて行くと湯浴みをさせて着替えをくれた。
ノイレンに言われるまま体中に付いたすすや汚れを落として、ほつれ一つない服を着たジャンティの目の前にパンとスープが置かれた。スープから湯気が立っている。温かくて美味しそうな匂いがジャンティの鼻をくすぐる。パンも小麦のいい香りがしている。
「さ、食べな。遠慮することはないよ。」
「アデナの噂は聞いている。よく無事に逃げてこられたもんだ。」
優しい笑みを浮かべてジャンティを労るように促すノイレン。面倒見の良い、ジャンティより十は年上の大人だ。
綺麗な焼き色の付いた、表面がパリっとして美味しそうなパンの香ばしい匂い。ジャンティはリーミンを思い出し、大きく目を見開くと途端に涙があふれ出した。
「な、ちょ、ちょっと何泣いてんだい。パン嫌いだったかい?」
黙って首を横に振るジャンティ。ノイレンは困った顔をしてジャンティの横に座った。
子供をあやすようにいきなり泣き出したジャンティの背をさすりながら理由を聞いた。
*
窓から朝の光が差し込む。外では雀たちが囀っている。その声を聞いて弥は目を覚ました。
『寝ちまったのか。』
むくりと上体を起こしたまま一点を見つめて固まっている。
夢の続きなんて見ようと思ってもなかなか見られるものじゃない。それなのにまるで一時停止を解除したかのようだった。夢の中の光景が鮮明すぎた。
弥は少しふらつきながらベッドから降り、いつもの朝のルーティンを済ませていく。洗面所の鏡でおでこのバツ印を見ると本当に夢なのか怪しくなった。朝食を取る間も、身支度を調える間も夢のことが頭から離れない。何か、とても大切なことのような気さえしてきた。無意識の下から何かが自分に語りかけているようだった。
家を出て学校へ向かう途中で弥は背中を勢いよく叩かれた。
「おはよっ」
澪だ。少し屈むように弥の顔を覗き込んで、
「おでこどう?」
「なに、まだそのテープ貼ってるの?いい加減剥がしなさいよ。」
その澪の顔にリーミンの顔が重なって見えた。
「リーミン?!」
「は?弥、歩きながら夢みてんの?!」
澪のこめかみがピクリとする。今にもねこぱんちが飛び出しそうだ。
「ごめん・・・」
夢の続きを見たとは言えなかった。