《No.5 : H-sh3r1》
「天命なんだ…お前さんには使命がある…ワシを助けてくれ」
ずっとジン様が仰ってた意味はマスターと出会ってわかった。マスターは七歳の時ご両親を失っってしまった。大型軍用兵器の運搬中の暴走、その時代で言うと不幸な事故。
死者二名、軽傷者一名。大型軍用兵器の暴走にしては小さな事故。
そんな風に報道された事故の生存者は幼いマスターだった。死者はマスターのご両親であり、死体は原型を留めておらず葬儀すらまともに行えないほどだったそうだ。恐らく両親の死に様を直視してしまったのであろうマスターは、心を失ってしまっていた。何も喋らず、ただ一日中家の中を歩き周り今は亡きご両親を探し求めて漂っていたそうだ。ジン様は息子夫婦を失い、愛して止まない孫の心が壊れてしまったという残酷すぎる現実を悲しみ、それでいて何もしてやれない自分を恨み苛立ち、酒に溺れていた。
そんな時拾われたのが私だ。苦しさに潰されかけ、酒を買いに出かけた帰り際ジン様は空に願った。
「どうか孫だけでも幸せに…神も仏も信じて来ませんでしたが、この一度だけ、ワシの願いを叶えてくださいませ」
誰に願ったかも分からないそんな曖昧な願いを唱え、帰路に着こうとした矢先ジン様は路地裏に打ち捨てられていた私を見つけた。
「天使が落ちて来たと思ったんじゃ…真っ白な美しい天使が…」
しかし、近ずいて見て驚いたそうだ。両足を失ったアルビノの少女、技師であるジン様にはすぐにわかった。この子の足には本来義足がハマっており、それを奪われた上に適切な処置を受けずに捨てられたこと、軍事利用された影響であろう不自然な筋肉の付き方をしていること。このままではいずれ死んでしまうだろうこと。
すぐにジン様は決心したそうだ。「これが最後の試練、孫の幸せを願うだけでは足りぬ。もう一人幸せにしてみせろということですね…お天道様はお厳しい…」
そう思いすぐに私を抱き抱え家に走った。医者を呼び、毎日幼いマスターと私の看病にほとんどの時間を費やしてくださった。
そして、努力は実を結んだのだ。ある日、ジン様が目を離したほんの数分、家族を求め彷徨うマスターと絶望して寝たきりの私が偶然出会ったのだ。そこで初めて私は強い優しさに触れ、マスターは心を取り戻した。
心を取り戻したマスターは少しづつ明るくなって行った。優しくて明るいマスター、その太陽すら凌駕する明るい心は私の壊れた心さえもゆっくりと溶かし、繋ぎ直していった。
「頼みがある」
ジン様はお酒を嗜みながら私に耳打ちする。内容はマスターの欲しい物を聞き出すこと。九歳の誕生日が近ずいたマスターだが、子供らしい所をあまり見せなかった。朝起きて昼食まで本を読み、読めない文字を私やジン様に聞くだけで、あとは基本的にニコニコしながらジン様が工房で作業する所を眺めている。私にも何が欲しいのか見当がつかなかった。ジン様がマスターにおもちゃを渡したことがあった。それを貰ったマスターは嬉しそうに私に走りよって来て「あげる!」と言って私にくれた。私が初めて作ったケーキをあげた時も、最初の一口を持ってジン様の所へ走って行き「あげる!」と食べさせてあげていた。マスターには欲が無いのだ。正確に言えば知識欲だけがあるのだが、いよいよその欲も子供らしさを失いジン様の過去の設計図を一日中見るようになって行った。
私は諦めきって直接聞いてみることにした。マスターの発言は予想の範疇を超えさらに抱きしめたいくらい切実な物だった。
「家族かな?家族が欲しい!」
いつもと変わらない笑顔でそう言ったマスターだったが、初めて会ったあの時の絶望した瞳をしていた。
私は筆談用のメモ帳を投げ捨て、マスターを抱きしめることしか出来なかった。キョトンとしたあとマスターはまた設計図を読む作業に戻った。
その日の夜、ジン様にこの話をするか私は悩んでいた。家族の温もりを知らない私には家族を失ったマスターの苦しみが本質的な部分で分からない。どうすればマスターに「家族」をあげれるだろうそのことで頭がいっぱいだった。
「わかったんだな…そんなに難しいもの欲しがっていたんか?」
私の顔を見て察したのかジン様が話しかけてくる。しかし、私にはどうすれば良いか分からない。話すべきか、話さないべきか。そんな私を見てジン様は続ける。
「言ってみろ…一人で苦しむことはない…一緒に考えよう」
私がマスターの欲しいものを話すとジン様は悲しげな顔をし、少し眼をうるませた。しかし、天才技師と呼び声高いジン様は依頼主のオーダーを絶対に完遂してみせる。
二人で作戦会議を朝方までして、一つの結論が出た。
「彼の夢を全部叶えてあげよう」
一晩悩んで決まったのはたったそれだけだったが、それを望むのが本当の愛であり、家族だと思ったのだ。
私はその日からマスターに付きっきりになった。たくさんのメモ帳を使って、筋肉痛になるほど筆談した。そんな私をマスターは嫌がることは無く、動植物のこと、機械のこと、好きな食べ物、やってみたいことをたくさん教えてくれた。私はそれをジン様に夜伝えるとともに、私なりに叶えるようにした。
そしてそんな中でマスターの才能は突如として判明した。
マスターは八歳にして製造可能な設計図を作れるのだ。膨大な知識と先天的なのか後天的なのか分からないが恐ろしい発想力と応用力、その三つが噛み合い天才とも言える知性が生まれていたのだ。
そして、ある日ジン様すら驚かす出来事をマスターはやってのけた。工業用の作業アームを一人で四台操って見せたのだ。常人であれば一台、プロで二台、天才と呼び声高いジン様ですら三台同時が限界の工業用アームをなんの迷い、躊躇いもなく操る八歳の天才少年は確かにこの世に芽吹いていた。
「マサキの才能は人間の範疇を超えている…オリヴィア…ワシは決めたぞ…」
その夜、ジン様は一晩中図面を描いていた。鉛筆を握り手を真っ黒に染めながら一心不乱に資料と図面をかき混ぜる、かき混ぜる。
しかし、図面は三日たっても五日たっても、一ヶ月たっても完成しなかった。「家族が欲しい」その願いを叶える図面、芽吹いたばかりの凄まじい才能を花咲かす図面、その二つが共存したそんな神器が製造できるのか。天才技師であるジン様の作業は難航を極めた。
私に出来ることは何か、マスターの求めるものは何か私は毎日思い悩み、逃げずに受け止めようと思った。そしてマスターに何気ない風を装い尋ねる。
「家族と何がしたいですか?」
禁句、家族を知らない私と、家族を失ったマスターそんな二人にとって叶わない夢であり、絶望の象徴。
そんな私の最低最悪の質問にマスターはあの絶望した瞳を一瞬見せ、すぐに笑って私に答える。
「抱きしめて欲しい…かな?あとは分からないや!」
その夜、またジン様にその話をした。ジン様は驚いた様子で、少し悲しげに優しく私の頭を撫でた。
「ありがとう…アイデアが浮かんだよ…明日から取り掛かろう…」
そして私達は眠りについた。少しの不安と大きな決意を胸に。
品番「H-sh3r」それがマスター専用の義肢の名前だ。四本のアームが背中から生え、二個の技水珠で駆動する規格外品。いっそ一般人からしたらガラクタと言っても差し支えない。その姿は美しく、ほとんど歯車も配線も露出しておらず、艶消しされた銀色。右胸にピンクを基調とした技水珠、左胸にブルーを基調とした技水珠がそれぞれあしらわれている。操作は手元にある小さなアームを使い背中の大型アーム四台それぞれ動かすというもので、四本それぞれのアームの手先は人の手を模してある。
誕生日、その小さな体にはまだまだ大きいその義肢を付け、マスターははしゃぐ。
「凄いねお爺ちゃん!これでいっぱい色々出来るね!」
それぞれのアームをグーパーしながら嬉しそうにマスターは言う。その瞳に絶望は無く、決意のようなものすら感じた。
「そのアームで何を最初に作りたいですか?」
私は何気なく聞いたつもりだった。
マスターは答える。
「家族!」
そう言って四本の大きなアームとマスターの小さな手が私とジン様をギュッと抱きしめた。