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No.Canaria  作者: 怪盗tears
3/7

《No.02 : AO-b4n2k3r1g4》

「パパにまほうをかけてください」

そんな一文が書かれた可愛らしい手紙がポストに入っていた。

差出人はアイリス・パーカー、おそらく小さな子供であろう可愛らしい字の手紙だった。そしてもう一通、達筆でありながら少し丸い文字が並ぶ、アイリスさんの母親からの手紙も添えられており、それには突然手紙を送ったことへの謝罪と、娘の手紙を無視しても構わないという趣旨(シュシ)のことが書かれていた。

私は手紙を膝の上に置き、車椅子をマスターの部屋へと転がす。この手紙を依頼と取るかは、彼のみぞ知る物だからだ。


マスターはまるで子供のような性格だが、それに反して内に秘めた賢さがある。

その目はビー玉のように美しくあり、それでいて人の心を見透かすような鋭い一面も持ち合わせており、マスターは悪意も好意も一瞬で見抜いてしまう。マスターに手紙を渡すと、アイリスさんの手紙だけ見て直ぐに楽しそうに言葉を弾ませる。

「ずいぶん可愛らしい依頼人だね!いつお話出来るかな?ワクワクするねオリヴィアさん!」

私に声をかけるマスターの目には、この可愛らしい依頼人はとても素敵に写ったようだった。マスターの返事を聞いて、すぐに返信の手紙をしたため日程調整をした。

三日ほどした雪の降る日にアイリスさんと、その母親であるローズさんは工房にやってきた。

「ここにようせいさんが居るんでしょ?」

扉の前で雪を払いながら五歳くらいの女の子が母親に尋ねる。私から見れば、そのモコモコしたコート姿の幼女の方がよっぽど妖精さんだが、おそらくアイリスさんの言う「ようせいさん」とは、マスターのことだろう。

ある有名な小説家が取材の時、自分の左腕の美しい義手について聞かれた時に、

「妖精に貰った宝物さ!ある所で出会った小さな妖精が私の左腕に魔法をかけてくれたのさ!」

と言ったのが発端となり、マスターは「工房の妖精」と呼ばれるようになった。その呼び名がこんなに小さな子供の中に広がる程、その小説家が有名になったことに驚きつつ、マスターの知名度が上がったという点では感謝している。

「そうよ?妖精さんにお願いしてみましょうね!ほらアイリス!一人目の妖精さんがお迎えに来たわよ?」

どうやら私も妖精さんの仲間入りをしてしまったようだ。そんな親子を工房に招き入れ、この親子がマスターを見てどんな反応をするのか楽しみになってきた。紅茶とクッキーを出しつつ工房のマスターに声をかけようとした。しかし、私は一瞬躊躇(タメラ)ってしまった。私は擬似声帯(ギジセイタイ)と少しの肉声を混ぜながら喋ることしか出来ない。人によっては怖がったりする人もいるこの声で、この可愛らしい幼女の前で話していいものか、そう思ってしまったのだ。しかし、手に持つ擬似声帯を見て思い直す。「カナリア」それがこの本型の擬似声帯(ギジセイタイ)のモデルであり、マスターが込めた願いなのだそうだ。歌い続ける鳥カナリア、そんな風にいつか一緒にいっぱいおしゃべりしたいと言う願いが込められているそうだ。

私はそんな事を少し思いつつ、マスターを呼んだ。声を出したあと、アイリスさんの方をチラッと見ると彼女は目をキラキラさせていた。

「それもまほう?ちいさなようせいさんのまほう?それともおにんぎょうさんのまほう?」

私の躊躇(タメラ)いとは裏腹にアイリスさんは大喜びだった。その質問にはマスターの魔法と答えておいた。きっと彼女には私がお人形さんに見えたのだろう。車椅子に座り黒いひざ掛けを纏い、真っ白な肌に赤い目を持つ私は俗に言うアルビノだ。

よく言えばお人形さん、悪く言えば生気を感じないそんな私を見てアイリスさんはお人形さんと表現してくれたのだろう。

「スゴイねママ!小さなようせいさんはしゃべる可愛いお人形さんも作れるんだね!」

可愛いと言われてちょっと照れていると、マスターが二階から降りてきた。彼は何故か小さな金属製の羽と、魔法使いを思わせる帽子を被って登場した。


 案の定ぷるぷる笑いを堪えている私とローズさんを後目(シリメ)に、マスターが口を開く。

「いらっしゃいませお姫様!どんな魔法にしましょうか?」

連動しているのかパタパタ羽ばたく飛膜(ヒマク)に気を取られないように注意しつつ、マスターの紅茶を()れる。本当に子供のような人だが、この羽は昨日まで工房に無かったはずだ。連動して動く羽を一日で完成させてしまうマスターの行動力と技術に(アキ)れつつ、まだ笑いでぷるぷる震えているローズさんに助け舟を出す。

「この方が小さな妖精さンです。依頼内容をオ聞かせくださイ」


 依頼内容は複雑と言っても良かった。ローズさん達の依頼は医師である旦那様のハワード・パーカーさんの義肢を作って欲しいという物だった。しかし、予算があまり出せないこと、極力本人にサプライズで渡したいということ、そして医療器具を扱える義肢であることだった。不安そうなローズさん達を後目にまたマスターは、アイデアの海に潜り始めた。デジャブを感じつつ、再び彼女達に向き直り説明を行う。キャンセル不可であること、お二人が依頼するかしないかを自由に決めていいこと、そして加えてマスターの腕が確かなことを伝えた。

「クラゲが良いかな…蜘蛛が良いかな…うん!クラゲだ!種類はベニクラゲ!素敵でしょ?」

聞きなれない動物の名前と、唐突な質問に完全に凍ってしまったローズさんと私をほっといて、アイリスさんとマスターは喜んでいる。

「クラゲさん可愛いよね!クラゲの魔法ってなぁに?ぷるぷるするの?」

アイリスさんの純粋な質問にマスターは嬉しそうに頷いている。アイリスさんとマスターが共鳴している間に、筆談でローズさんにさらに詳しい事情をきいてみる。

ローズさんの旦那様であるハワードさんは大変正義感が強く優しい人だそうだ。人々を助け、全ての人が平等に医療を受ける。それを目標にずっと働いて来たそうだ。しかし、彼が経営する病院の経営は厳しく最先端の医療機器も買えず、はっきり言って赤字だそうだ。それに思い悩む大好きなパパを見て、アイリスさんは幼いながらに助けたいと思い美しい魔法の道具を作る「ようせいさん」に手紙を出そうとしたという事情だったようだ。

最初は止めたローズさんも、愛する夫を思う、愛する娘の気持ちを無下には出来ず、一緒に手紙を書いたということだった。そうこうしているうちにアイリスさんとマスターは仲良しになったようで、二人でクッキー片手に工房内を探検しだした。五歳とは言え優しく賢い子なのだろう。決して勝手なことはせず、マスターの手をしっかり握って、動く歯車や試作品の残骸を見て回っている。一方マスターの方はよほど楽しいのかクッキーを咥えながらアイリスさんに一生懸命説明している。

「兄弟みたいですね」

そう言ってローズさんも紅茶を飲む。炉や蒸気機関の影響で暖かい部屋の中でゆっくりとした時間が流れる。


 探検に満足した様子の二人が帰って来た。アイリスさんの手にはどこかで見覚えのある金属製の小鳥が握られており、ニコニコしている。

「ママ見て〜!」

そう言ってローズさんに駆け寄り、アイリスさんは小鳥を見せに行く。あらかた書類作成に必要な情報は聞けたことをマスターに伝えると、ニコッとした後一言耳打ちされた。

「依頼のお金はアイリスちゃんの出世払いにしようね」

そう言って離れて行ったマスターを見て、彼がどこまで気づいていて何を知らないのか気になったが、聞くことはしなかった。

マスターは優しく賢い方だ。マスターの行動は常に人々の幸せを願っている。幼い行動が多いマスターだが、それが本当の性格なのかそれとも演技なのかそれは私でも分からない。それがマスターの魅力だとさえ思う。なのでマスターが出世払いで良いと言うのであれば、それが一番正しいのであろう。帰り際、遊び疲れて眠ったアイリスさんをおぶりながら、ローズさんが財布を出そうとする。

私はそれをそっと遮って、首を横に振りながら擬似声帯を起動する。

「マスターはお金ノ目処がたっタと言ってイました。製作依頼をなさイますか?」

不思議そうにするローズさんを見ながらマスターは眠そうにしている。

「は…はい…?その…せめてこの金属製の小鳥のお代だけでも…」

そう言って再び財布に手を伸ばすローズさんを見て、マスターが目を擦りながらあくび混じりに言う。

「大丈夫大丈夫…お代は後で貰うから…ネムい…アイリスちゃんが理由を知ってるから後で聞いてみてね〜…」

そう言って手をヒラヒラと振る。限界なのか、私の車椅子の押す部分に体重を任せ始めるマスターを見て、ローズさんも諦めたようだった。

「では、お姫様に素敵な夜を」

そう言ってまた金属製の羽をパタパタさせながらマスターは自室に戻って行った。


冬が終わり暖かくなった頃、義肢作りは佳境を迎えていた。後はついに装着者となるハワードさんの体格に合わせ、微調整をするだけになっている。品番「AO-b4n2k3r1g4」は、ポンチョのような見た目の義肢だ。モデルとして選んだのはベニクラゲ、医療の最終目標の一つとも言える「不老不死」の可能性を秘めた生き物だ。義肢は全体的に薄く丈夫な膜で覆われており、所々傘のように骨ばった筋がある。内部には医療用メスなど、治療に必要となる器具を格納する機構があり、クラゲの触手を模した複数のアームで器具を掴み迅速に切り替えることが出来る。そして最大の特徴は技水珠(ギスイジュ)の発熱と水蒸気を用いて熱湯殺菌を行えることだ。これにより水さえあれば器具の再利用を可能としている。まさに不死の義肢、医療の新境地である。ついに完成したハワードさん専用の義肢、彼の救世主となりうる存在を身につけているはずなのだが、彼自身は青ざめている。心配になって尋ねると彼は苦笑いしながらこう言った。

「最先端過ぎて…こんな凄い代物を…国立病院で使えそうな設備を…代金が…娘の出世払いなんて…なんと言ったら良いのか…」

優しいハワードさんにとってこの義肢は感動とともに娘の将来への不安の種となってしまったようだ。そんな父をしりめにアイリスさんはマスターとお絵描きに励んでいる。アイリスさんの落書きを見ながらマスターが何かを組み立てては崩すを繰り返しており、明らかに目的を持った動きをしている。そしてその作業が一段落したのかアイリスさんはハワードさんの方を向き、嬉しそうに飛び跳ねながら叫ぶ。

「パパ可愛い!本当にクラゲさんみたい!これ着たらパパも魔法使えるようになるんでしょ?」

アイリスさんに何を吹き込んだのかマスターもニコニコしながらハワードさんを眺め不穏なことを言う。

「勝負ですねハワードさん!僕の魔法とハワードさんの魔法どっちがアイリスさんをキラキラさせれるか!」

また訳の分からないことを言ったマスターだが、付き合いの長い私はうっすらと感じ取るものがあった。その言葉を聞いてアイリスさんはちょっと赤くなってマスターに何か耳打ちをする。恐らく怒られたのだろう。ペコペコした後マスターはイタズラっぽくハワードさんにウインクしてからこう続けた。


「お代はまだ、結構です。未来あるお姫様に素敵な夢を」

そう言ってまるで紳士のようにお辞儀した。

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