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No.Canaria  作者: 怪盗tears
2/7

《No.01: AH-h1ch2d5r2 》


 彼の高い声はキンキンするほど苛立っていた。

「凄腕の技師だと聞いたから尋ねてみれば、私の依頼を孫にやらせるのか?」

カウンターにドカッと座る少しくたびれたスーツを纏い赤髪を掻きむしる男は、苛立ちをそのまま眼前の少年にぶつける。

 この男の名はジャスティン・ラッセル、最近新聞にも乗った少し有名な小説家だ。

 余程急いでいるのか、それともそういう性格なのか彼は不平不満を交えながら依頼の内容を少年にぶつけていた。

しかし、この工房の主人である少年は彼の苛立ちを無視しているのかそれとも底抜けに優しいのか、ニコニコしながら言い放った。

「僕がここの主人ですよ?名前は銅田(アカダ)マサキ!こう見えてれっきとした技師なんです!」

そう名乗った少年、マサキ様は実際この工房の主人であり私の目から見れば凄腕の技師ではある。

「あと!こっちは助手のオリヴィアさん!おしゃべりは苦手だけど、とっても頼りになるんだよ!」

そう言ってマサキ様は、いつ噴火するか分からない依頼主の感情を飛び越えて、嬉しそうに私、オリヴィア・フォレスターの紹介をする。

「だ!か!ら!私の依頼をここのマスターに…」

あくまで意見を通したいジャスティンさんと、どんな物を作ろうかアイデアの空に羽ばたき始めたマサキ様の脳みそは平行線をたどる気配しかしなかった。

「オ客様、マサキ様が、この工房ノ、正式なマスターでス」

愛用の本型擬似声帯をフル活用し助け舟を出す。そして、この工房はマサキ様がお爺様である銅田(アカダ)ジン様から正式に継いだこと、オーダーメイドのご依頼を工房にするかはジャスティンさん次第であること、依頼後のキャンセルは不可であること、そしてこのボーッとしている少年が技師として一流であることを勝手に説明した。

私の擬似声帯の音と、たどたどしい肉声の混合物に困惑しポカンとしたジャスティンさんは少し間を置いて諦めたように

「わかった…依頼しよう…」

そう言って椅子に深く座り直した。

 私は書面に依頼内容を整理していった。

依頼人はジャスティン・ラッセル三十二歳、職業は小説家。そこまでは良かった…その後、依頼内容を聞いた瞬間彼の口から情報と言葉が雪崩を起こした。

「いいか?私は売れっ子の小説家だ!すぐに取り掛かってくれ?時間が惜しい」

少しの躊躇いもなくそう言って依頼してくる彼の性格に、心の中で苦笑いしつつ彼の言葉を完結にメモしていく。

「交通事故で左手を無くしてしまってね、まぁ私は右利きだからどうでもいいんだが、せっかくだから右手より優秀な義手を左につけてやろうって閃いたわけさ!」

彼はその赤髪を揺らしながら熱弁を続ける。

「そうだな!早く動くだけじゃ面白くない!スタイリッシュなのがいいな…それこそきらびやかな場が似合うような!まぁね?私がレッドカーペットを踏む日も近いだろうし!光栄だろ?」

そう言ってマスターに同意を求める彼が少し哀れに見えた。なぜなら、声をかけられるまで技師であるマスターは悠々とアイデアの空を羽ばたいていたからだ。そして、なにか閃いたようにニコッとこちらを向きマスターは嬉しそうに言う。

「ハチドリにしよっかオリヴィアさん!うん!ピッタリだね!」

全ての説明をすっぽかし、自己完結し決定するマスターの困った部分を補うべく 、私はまた助手としての責務を果たす。

ポカンとするジャスティンさんに新しい紅茶を出しながら現実に連れ戻し、この工房【猫ノ手技水工房ネコノテギスイコウボウ】の特徴として動物をモチーフにしたオーダーメイド義肢を作成している事を伝える。無邪気に本を引っ張り出し、図面を書き始めるマスターの自由奔放さに嫌気が差したのか、ジャスティンさんは少し頭を掻きその後、

「好きにしてくれ…じゃあ頼んだよ…?」

そう言って工房を出ていった。


 ジャスティンさんが工房を出た後、私が食器を片付ける音を聞きながらマスターはブツブツ言っている。

「ココをこうして…ここヤダな…こうしてこうして…」

(ハタ)から見たらお絵描きに夢中な幼児のようなその後ろ姿も、正面から見ると真剣な眼差しで大量の図面を描くまさに凄腕の技師に豹変する。

 普通、技水珠(ギスイジュ)式のオーダーメイド義肢は最低でも一年は製作に時間がかかる。

しかし、マスターは納品までを半年で済ましてしまう。

早くに両親を無くし、天才技師と言われたお爺様に引き取られ叩き込まれた技術、好奇心からくる凄まじい知識と学習量、そして彼だけが扱える大切なオーダーメイド工業用義肢。

これら全てが、彼を彼たらしめている。

 私も私の仕事をやらなければいけない、一度集中した彼は下界とも言えるこの現実に戻ってこない。

爆速で仕上がる試作品案とメモ書き、使って放置している資料、それらを集め整理しながら、彼の食事や時間を制御しなければならない。私の仕事は彼の才能を最大限に発揮出来る場を整えてあげること、あとは飢え死にさせないことだ。

私は元々歩けた。今は車椅子だが、この生活もマスターといることで意味をなし、私自身を生かしている。

「試作品案十個に絞れたよ!作って良いオリヴィアさん?」

楽しそうに提案してくる姿はマスターの年齢にはチグハグだが、それでいて愛嬌がある。底抜けに明るい、そんな少年のような提案に私は時計を指さして答える。

「もう寝る時間でスよ…明日一緒ニしましょう」

ジャスティンさんの来店から、昼食と夕食そして就寝時間までノンストップで作業していたマスターを連れて、歯車と蒸気の音とともに上がる床に乗り居住スペースの三階で降りる。

「おやすみなさませ。マスター」

そう声をかけマスターの部屋から去る頃には、この愛らしい少年は既に布団の中で眠りについていた。


数日後、オーダーメイドの義手製作は順調に進んでいた。試作品の製作も順調で、マスターは鼻歌交じりに作業している。その日の昼頃、ジャスティンさんが訪ねて来た。

「君が…本当に凄腕の技師だったんだね…」

そう言って彼はまた赤髪を掻きため息をもらす。彼も文章という作品を作る職人、動きを見れば職人の技量が分かるのだろう。

「美しい…」

そんな言葉が聞こえた気がした。その日からだろうか、ジャスティンさんがほぼ毎日訪ねて来るようになった。時にはお菓子を片手に、時には勝手に工房に座って何かを書き始めたりしていた。その目はマスターを追っており、たまに私を見る。マスターはいつも通りマスターで、毎日来る彼を見ても

「やぁ!また会えて嬉しいよ」

なんて言っている。義肢を作成する上で使用者とのチェックは必須なのでありがたいのだが、毎日来る人は初めてだったので私は最初戸惑っていた。物書きの方は、普通は静かな部屋や豊かな自然の中で書くものだと勝手に思っていたので、金属音や蒸気、歯車の音の絶えず響く工房はそれからかけ離れていそうなものだ。


 使用者が毎日来るおかげで、義手は四ヶ月程で完成した。品番「AH-h1ch2d5r2」は、肩の部分に技水珠(ギスイジュ)をはめ込むタイプの義手で、肩から上腕にかけて鈍い銅色でアクセントとして緑の筋が葉脈のように広がっており、ステンドグラスのように煌めいている。前腕部分は肘から手首にかけてほんの少し広がり、鈍い銅色から薄水色へグラデーションが施されている。それはまるで花弁を思わせるパフスリーブで、華やかに左腕を咲かせている。手首には小さなハチドリを模した金具が取り付けてあり、そのくちばしは万年筆が添えられている。手の甲は葉脈を思わせる肉抜きが施されており、指も同様に肉抜きされて太陽にかざすと木漏れ日のように光がさす。

 ジャスティンさんはうっとりと自らの新しい左腕を眺め、そっと手首の金具を握る。そして、まるで蜜を吸うハチドリそのものかのように金具は万年筆とともに原稿用紙の上で踊る。

 数分後、ジャスティンさんは満足したのか万年筆を離し、我に帰ったように言葉を発する。

「最高の出来だ…感謝の言葉が言い表せないなんて、小説家として私はまだまだだな…」

彼は微笑みながらハチドリの万年筆を撫でる。

そこには不平不満を漏らしながら依頼を発注した人の面影はなかった。


【新進気鋭!隻腕の小説家 ジャスティン・ハミングバード新作発売】新聞の見出しを見て私は驚いた。なぜなら彼の新作が義手の納品の翌日だったからだ。つまり彼は新作をこの騒々しい工房で書き上げ、出版まで漕ぎ着けたことになる。そして、新作の小説の題名を見て私はさらに絶句した。

「bird & genius engineer」

直訳すると「鳥と天才技師」どこかで見た覚えのある組み合わせだが、気の所為だろう。

小説の説明文には、若く優しい天才技師が傷つき威嚇する鷹を保護し、心通わすハートフルストーリーと書いてある。


ジャスティンさんはその後もメンテナンスというていで度々訪れたが、その小説について触れることは無かった。しかし、マスターは知らないが工房の口座には定期的な入金があり、それはジャスティンさんからのものだった。

代金は支払い済みだったのでお断りしたのだが、彼はイタズラっぽく笑い毎回こう言って逃げる。


「印税の一部さ!なんのお金かはマサキ君に言っちゃダメだよ?オリヴィアさんよろしくね!」

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