プロローグ
ゆるりと更新していきたいと思います。
梅雨が早めに過ぎ去り、蝉の声がだんだん煩くなってきた6月の下旬のこと。
俺。結城謙信は、朝早くから道場の庭で槍を持ち、架空の人物とのイメージトレーニングを行っていた。
敵として思い描いた相手は刀を下段で構えており、一切の隙を感じさせない。まさに歴戦の猛者という雰囲気を纏っていた。
その姿を見ただけで、俺は悟ってしまった。
(ちょっと時期尚はやの相手だったかもしれない)
昔から度々やってしまうやらかしである。
RPGで間違ってレベルの高い敵がいるフィールドやダンジョンに入ってしまった気分だ。
しかしせっかく出会った(思い描いた)強敵だ。
どこまで俺の槍が通じるか、腕試しするのも悪くない。いや、むしろ相手になってもらった方が、もっと強くなれるというもの。
俺は腰を低く落とし、自身の獲物である槍を構えた。
「一手。御指南願う」
――――――――――――――――――――――――
「アンタは本当に、産まれる時代を間違えたねぇ」
30分後。
架空の人物との戦いを終えると同時に、武術の師匠である祖母から何度聞いたかわからない不謹慎な言葉を聞く。
「婆ちゃん。それ何回言うの?たぶん100回以上は言ってるよ」
使っていた槍を槍立てに掛けて、俺はいつものように気だるげな調子で汗をタオルで拭いながら婆ちゃんに言う。
初めて稽古をつけてくれた時から、この人はよく先ほどの言葉を口にしている。
“産まれる時代を間違えたね”と。
俺は気にしないけど、人によっては大変傷付きそうな言葉だ。
「ありゃま。いつの間にか爺さんのプロポーズの回数を越えちまってたかい。まぁ謙信の剣や槍を見ていれば、何度でも言いたくなってしまうものさ。今戦ってた相手はどんな設定にしてたんだい?この間の奴より強そうだったけど」
イメージトレーニングで描いた架空の人物のことを聞いてくる。
爺ちゃん……100回以上プロポーズしてたんだ…。
「10人の剣の達人に囲まれても勝ちそうな武士って設定にした」
「そりゃまた随分と規格外な奴と戦ってたね」
武術の達人は一人で稽古をする時に、敵を頭の中に思い描き、その人物と戦うイメトレをしながら獲物を振るったりする。
なんの武術の心得もない者がこれをやっても、ただの一人遊びにしか見えないだろう。
しかし武術の達人が行えば、素人目から見ても架空の人物が実際にそこにいると錯覚するくらい見事な戦い……殺陣を魅せることが出来る。もはや一種の技のようなものだ。
これは普通、自分が今まで戦ってきた強敵を思い浮かべてやるようなものだと、婆ちゃんは言っていた。
その方がイメトレもしやすいからと。
婆ちゃん曰く、俺は武術の天才だそうで、俺に強敵と呼べる相手がいたのは中学までだったけど。
「それで?勝ったのかい」
「見てたんだからわかるでしょ。……完敗だったよ。もっと段階を踏んで挑むべきだった」
勝負の結果を聞かれ、素直に架空の人物との戦いに破れたことを答えると、婆ちゃんは口を大きく開いて笑いだした。
「カッカッカ!まぁた調子に乗っちまった訳かい」
「うん。やらかした。でもまた一歩強くなれる気がする」
今回戦った相手は、ちょっと強くし過ぎてしまった。
開始1分もしないうちに心臓を貫かれ掛けたし、こっちの攻撃がカスるまでに、俺の身体にはどれだけの傷が出来ていたことだろうか。
結局。隙の一つも作ることが出来ずに大敗してしまった。架空の相手とはいえ、悔しい思いで一杯だ。
でもおかげで、今よりもっと強くなれる切っ掛けが掴めたのだ。悪いことばかりではない。
「はぁ~。この武術バカは本当に器用だこと…。やっぱり今すぐ戦国時代にでも産まれ直して来たらどうだい。きっと歴史の教科書に載るよ」
「いいよ別に。殺し合いがしたい訳じゃないし。俺はただ、剣や槍を振るえていれば幸せだ。……欲を言えば、全国の剣や槍の達人と戦ってはみたいけど」
「はいはい。またそのうち探して来てやるから、今はイメトレで我慢しときな。そろそろ飯の時間だよ。風呂入って汗を流して来な」
そう言って婆ちゃんは、道場の中に戻っていく。
俺はそんな婆ちゃんに、ふと気になって聞いてみた。
今までは適当に聞き流していたけど、少しばかり好奇心が沸いてしまって。
「なぁ婆ちゃん。婆ちゃんはいつも俺に“産まれる時代を間違えたね”って言ったり、“戦国時代に産まれ直した方が良いね”とか言ったりしてるけどさ。……仮に俺が戦国時代に産まれてたら、何人殺してたと思う?」
婆ちゃんは足を止めて、しばらく考える素振りを見せる。
そして振り返ってこう言った。
「勝負は時の運でもある。戦場や戦況によって不利な状況に陥ることも多々あろう。が、それを加味しても謙信は恐らく……一人で1万の命は斬り捨てていただろうね」
婆ちゃんは真剣な表情で、そう言った。
冗談でもなんでもない。本気でそう思ってる目だった。だけど……
「婆ちゃん。それ……………俺は一体どんだけ休みなしで戦場に赴いてるの?」
「カッカッカッカッカ!細かいことは気にしちゃいけんよ、謙信」
いくら戦国時代とはいえ、武士が一年間ずっと戦に明け暮れていた訳ではないだろう。
戦がある度に、必ず一騎当千の猛者が戦場に現れたとも思えない。
なので婆ちゃんが言ったことは、ほぼ毎日戦場で戦いに明け暮れた者でないと達成出来ないものだろう。
「さぁ飯だ飯だ。早くしないと学園に遅刻するよ!」
「はーい」
俺は気だるげに返事しながら、婆ちゃんの後を追った。
「ところで謙信。アンタせっかく男前なんだから、その女みたいに長い髪の毛をいい加減切ったらどうだい。目なんてほぼ隠れちまってるし、手入れも大変だろ」
「子どもに泣かれるし、犬に吠えられるから嫌。あとその内髷を結ってみたいし」
これもまた、何度聞いたかわからない婆ちゃんのちょっとした小言だった。耳にタコ出来そう。
――――――――――――――――――――――――
風呂場で汗を長し、婆ちゃんが作った朝食を食べてから制服に着替え、家を出る。
時刻は7時50分とギリギリな時間帯だが、それでも十分間に合うくらい俺が通う私立武士道学園は近い。徒歩10分もしないで着く。
武士道なんて変な名前なのは、初代学園長が侍が大好きだったかららしい。こんな漫画に登場するキラキラネームみたいな学園、本当にあるんだな。
キラキラネームみたいな俺が言うのもあれな気がするけど。
ちなみに俺の名付け親は中学の頃に亡くなった爺ちゃんである。ちょっとセンスを疑う。
両親はちゃんといるぞ。だけど二人ともなかなか俺の名前を決めれなかったらしく、爺ちゃんと婆ちゃんに相談した結果、爺ちゃんが考えた謙信という名前にしたらしい。
強く逞しい男に育てよ、という意味を込めて。
(結果。自分でも笑ってしまうくらいの武術バカになったな。まぁ爺ちゃんの願い通り、強く逞しい男になれたかな?)
そんなことを考えながら、学園にたどり着く。
朝は風紀委員や生徒指導の先生が校門で身嗜みのチェックを行っている。
髪を背中の真ん中辺りまで伸ばして、目元まで隠してる状態の俺は普通取り締まられる側なのだが…。
「おはよう!結城。今日も綺麗な髪をしてるな」
「おはようございます。ありがとうございます」
生徒指導の先生から男臭い笑顔で挨拶された。
この学園はまぁまぁ自由な校風で、特別な理由があれば多少の校則違反は許される。
その特別な理由だが、俺は武家の家系だから髪を伸ばしているということと、目元がコンプレックスということで通している。
婆ちゃんも交えて説明したおかげで、ちゃんと認められている。
……本当は髷を結いたいだけなんだけど。目元がコンプレックスなのは本当だが。
「……何が武家の家系よ。おかげで校則違反者が増えてるのだから、やめて欲しいものだわ」
だけどいくら学園側が許したところで、全員が納得する訳ではない。
3年の短髪で眼鏡をかけた風紀委員長様が、俺を睨みながら呟いた。
生憎、俺は耳がいいので些細な呟きも丸聞こえである。
「すみません。いつもご迷惑をお掛けして」
「っ! わ、わかっているのなら、さっさとそのウザったらしい髪を切って来て欲しいわねっ」
自分の呟きが聞かれていたことに驚いた風紀委員長は、そう言って他の生徒の身嗜みチェックへ戻っていった。
(本当、すみません。七種先輩…)
七種先輩との挨拶?を終えて、校内に入る。
靴を履き替えて、二階の1年の教室に向かおうと階段を上がっている……その時だった。
後ろから女子の慌てるような会話が聞こえてきた。
「ナル!早くしないと、ホームルームが始まっちゃいますっ!」
「落ち着いて麗那!まだ少し時間あるから。そんなに急いで駆け上がったら危ないよ!」
一人の銀髪の女子生徒が俺の横を通り過ぎて、階段を駆け上がっていく。
まだ予鈴が鳴るまで時間はあるっていうのに、慌ただしい子だ。
「だって皆勤賞を逃したくないですし、1分1秒でも早く教室に入っておきた―――」
友達の方を振り返りながら返答したせいだろう。
銀髪の女子は、階段から足を滑らせてしまった。
「えっ?」
「麗那ッ!?」
「ちょっ!?」
銀髪の女子がそのまま転がり落ちそうになった時。
俺は反射的に彼女が落ちてくる位置まで移動して、そのか細い身体を受け止めた。
そのまま婆ちゃんに鍛え上げられた運動神経と体術を利用して、後ろに大きくバク宙しようとしたが、後ろには登校してきた生徒たちがいる。巻き込んで怪我をさせてしまうかもしれない。
なので横には誰もいないことを横目で確認して、バク宙しようとした身体を止めて側宙に切り替えて、階段の手すり目掛けて大きく跳んだ。
尻からの着地は痛いので、足から手すりに乗っかり、そこから流れるような動作で手すりに座り、銀髪の女子を抱き抱えた状態で階段下へ滑って行った。
「「「―――えっ?」」」
今の一部始終を見ていた人たちから困惑の声が上がったが、俺はそんな様子を気に止めることなく手すりから下りて、彼女を下ろした。
「怪我はないか?」
「……………」
銀髪の女子に怪我はないか尋ねるが、なぜか彼女はボーっと呆けた様子で俺の顔を見つめたまま何も喋らない。
「れ、麗那?大丈夫?……ねぇってば!」
「……はっ!す、すみません!危ないところを助けていただいて、ありがとうございましたっ!この通り五体満足ですっ!」
「ごたい……そ、そうか。次からは気を付けろよ」
「は、はいっ!本当に、ありがとうございました!」
なんか武士のような言葉を発した彼女のお礼を言葉を受け取って、俺は二階へ上がっていった。
――――――――――――――――――――――――
「本当にもうこの子は!まだ時間はあるって言ってるでしょう。結城君がいなかったら、どうなっていたことか…」
「……結城さん、というのですか?」
「そ。なに知らなかったの?隣のクラスの人で、結構有名じゃない。あんなに髪を伸ばした男子生徒は他にいないんだから。……にしても体育で運動神経が高いのはわかってたけど、まさかあんなパルクールみたいなこと出来るなんてね。陰キャの癖に凄いわね~」
「……………んじゃ…」
「ん?どうしたの麗那?」
「―――――ジャパニーズ忍者っ…!」
「はっ?」
銀髪の少女……宮沢麗那は、両手を口元に当てて頬を赤く染めながら、目に感動の涙を浮かべながら喜んでいた。
“大好きな忍者に出会えた”と…。
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