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メンター制度① なりたい人と遠慮したい人

 

 ステラが王都事務官になって1年と7カ月が経ち、季節は秋から冬へと変わろうとしていた。


 終業時間直前にステラは上司フォーレに呼ばれた。


「新人のロッシュさんがねぇ。周囲と上手くいかなくてね」

(ロッシュさん。黒髪、長身、細身、メガネの印象が強い。同じ係だけど違う担当、私からは少し離れたところの席、定時に出勤し無駄口も叩かずに仕事をしているように見えるけど……それだけで十分上手くいっているのでは)


「シャロンさんに新人の指導・相談者メンターになってもらおうかと?」

「はい? 私は人を指導する立場に無いかと……」



 ステラ・シャロンが事務官として採用された1年後にロラン・ロッシュは入庁してきた。

 ロランは国内最難関とされるハザウェイ王立大学法学部を卒業して首席で入庁した鳴り物入りのエリートだった。

 配属前から噂が凄かった。出身大学と学部だけで噂が先行した。中央ではなく地方文官を選んだことで憶測を呼んだ。すぐにも局長、副知事と駆け上がると噂された。偶然にもロランの配属先がステラのいる部署だったため、ステラもその噂を耳にしていた。


 配属されたロランは人当たりが柔らかく、横柄な先輩から仕事を押し付けられていた。

 しかし、理不尽なことを要求されるとロランは「仕事でないことはお断りします」と毅然としていた。そのせいで、横柄な先輩の心証を害したのか、ロランは勉強ができるだけで実務に疎いというレッテルが張られた。


(面倒しかない)

「……私、ロッシュさんと話したこと無いのですが」

「ああ、私は上司だから話してもらえるが……君は他の人とは話さないよね」

(嫌味は嫌味でお返ししよう)

「ええ、借金があって飲み会にも誘っていただけない立場でしたので……」


 あの時のことをステラは口にした。


「やはり君の心に影を落としたままかぁ。

 メンター制度はね、シャロンさんがベーレンさんをはじめこの課から酷い目にあったのを機に取り入れた制度でねぇ」

(いや、そんなの私は頼んでないし、関係ないし!)

「だからと言って、私がメンターになる必要が?」

(そういえば、ベーレンさん! 近頃、私に対して静かになったかも……今も執務室をフラフラと歩き、近頃は庁舎内徘徊を見かけるけど……)


 あれから、ステラはバネッサの影に細心の注意を払って日々を過ごしていた。休憩時間の庁舎内カフェへの往復や帰り道の曲がり角で後ろを振り向くようにした。その甲斐があってバネッサを上手くかわせているとステラは独り静かに自負している。


 真相は少し違う。

 パワハラ調査委員会はバネッサに対しステラへの接近禁止を命じた。本人と係長級以上の者しか知らない処分である。

 バネッサの言葉を鵜呑みにし、根拠のない噂を信じ、結果的にステラを仲間外れにした飲み会だったと知った同僚たちの多くが反省した。ステラに仕事を押し付けた職員は戒告処分を受けていた。


 調査終了後、真相を知り罪悪感をつのらせた同僚から謝罪の場を設けて欲しいという声があがった。フォーレは課長と協議を重ね、謝罪を要求しないステラを謝罪の場に立たせ、許しを強要する二次被害を防ぐことを優先した。

 フォーレはステラの事務分担をかえ、ステラを守るために付きっきりで仕事を丁寧に指導し、同時にバネッサをはじめ同僚達がステラに近づくことを阻止していた。


 黙々と仕事をするステラはフォーレの最大戦力となっていた。


「シャロンさんにはロッシュさんのメンターをお願いする」

「あっ、待ってください。私が担当すると、潰しかねません」

「それでも良いから……彼はね優秀だ、この職場が合わなければ部署異動しても良いし、場合によっては退職してもらってもいい。彼ほど優秀なら、中央省庁の事務官になったところで何の遜色もないだろう。あるいは、起業した方が良いかもしれない。

 ただ、今のままでいるのは、良くないから」

「辞めるようにしろと?」

「いやっ、シャロンさんから見てどう思うかを参考にしたいだけだ。とりあえず、そうだな……明日から担当を同じにする。事務分担も少し見直すから。今日はお疲れ様」


 ステラの仕事量は係内の誰よりも多くなっていた。しかし、ステラは周囲を気にしない。従って自身の仕事量が多すぎることを全く自覚することは無かった。フォーレには、ステラをロランのメンターにすることを機に係内の事務量の平均化を図り、ステラの一匹オオカミ化を阻止する目論見もあった。


 ステラは自席に戻り憂鬱な気分で机上の片付けを始めた。重い気分のせいか、ステラの注意が薄れていた。


「シャロンさん、久しぶりにまたお茶でもしない」

(うわっ、バネッサ・ベーレン! 「久しぶりにまた」だとぉ、過去にお茶をした事実はない! あっ、待って……いやいや、あれは合意の上でのお茶ではない)


「結構です」

「話があるの」

(私はない! 私の本日の営業は終了いたしました。またのご利用お待ちして……いや、またのご利用は困る!)

「仕事関係の話でしたらここでお願いします」


「あのねぇ〜、シャロンさん。私ね、考えたのぉ~」

(なんだ! このネバネバした話し方は?)

「シャロンさんがロッシュさんのメンターになるって聞いて、それでねっそれって──」


 ステラが聞かされたばかりのことをバネッサはもう知っていた。ステラは、伊達にフラフラと執務室や庁舎内を巡回しているわけでもないなぁ〜と感心した。


「シャロンさんって、そういうのが苦手じゃない? だから……」

「だから?」

「ほら、だからぁ~」

「主旨が不明です。上司を通していただけないかしら?」

「えっ……」

「失礼、この後、会議なので」


 バネッサの話し方にゾワゾワしたステラはこの場を離れる選択をした。机上の空のファイルを数冊取って離席した。その時、こちらをうかがっているロランと目があった。


(あ~、面倒だなぁ~)


 ステラは会議に向かうフリをしながら、庁舎内のカフェ・ミモザに逃げ込んでから、そっと退庁した。



 翌日、出勤したステラは上司フォーレに呼ばれた。


「ロッシュさんのメンターをベーレンさんが引き受けると言い出したが……」

(やったっ! ベーレンさんが管理係の仕事を知っていたなんてぇ~、って、そんなはずないけど……この際もう何でもいいわ!)

「是非、可能ならお願いしてください」

「明らかに不可能だとシャロンさんも分かるよね。

 ベーレンさんが言うには、シャロンさんが『メンターなんて荷が重い』と泣いていたから、自分が代わりにメンターを引き受けると……その発言というかその時の状況を確認したい」

(バネッサの虚言も凄いなぁ~)

「そうですか……荷が重いというより面倒だとは思います。ベーレンさんに対してそのような発言も泣いたことも記憶にございません。昨日話しかけられましたが、要領を得ないので上司を通してくれと言い放ち、私から会話を打ち切っただけですが、今回もまた随分と……」


「そうか、ベーレンさんから話しかけてきたのだな?」

「はい」

「あっ、これ新しい分担表。シャロンさんには先に渡しておく、補足が必要なら言ってくれ。今日からロッシュさんのメンターを頑張ってくれ」


 ステラは新しい事務分担表を目にし、小さく「はい」と答えると関連法案を調べはじめた。


 上司は思う。

 ステラ・シャロンへの昨年の仕打ちは酷いものだった。被害者であるステラが気丈に振舞い、バネッサの責任を強く問うこともできず、内々の小さな処分で終わったが……今となってはそれが仇となったようだ。接近禁止命令が出されているにも関わらずステラに近づき、係が違うのに新人のメンターになりたいと虚言を尽くしたバネッサをもうこの課で引き受けるのは限界だと思った。

 それだけでなく、組織の上層部は、ステラの身元の複雑さを気にしていた。そこへ、ロランが入庁してきた。局長級は皆頭を痛めた。

 ステラとロランは似ている……2人ともこの組織に染まるどころか異彩を放っている。周囲が近づきたくても、寄せ付けない強さがある。そのうえ2人とも優秀だ、誰の助けもなく仕事をこなす。

 ロランは、マニュアルを隠され、古い間違った手順を教えられても瞬時に見抜く。無言で法令を調べなおし正しい方法を得てから次へと進む。吸収が早い。機転が効く。独断で事務改善を成し遂げようとする。それだけに危うい。ロランが従うとしたらステラだけだろう。


「まずはバネッサ・ベーレンを何とかしないとな……」


 フォーレは溜め息をついてから、バネッサの上司タイラーに声をかけ、所属長である会計課課長クレマンの部屋へと向かった。

 フォーレとタイラーの報告を聞いたクレマンは人事課へと向かった。



 そのころ、バネッサはフラフラとロランの席へと近寄った。



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