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ずっと重く深く執着のよう!?


「──結婚って……奴隷制度と同じだよね」



 ステラが王都シエラの事務官になって10カ月が経った1月のとある日。


 退勤時刻まであと30分後と時計を確認したステラは、今日はどこのカフェに寄ろうかと考えながら執務に勤しんでいた。その時、1階総合案内から来客連絡をもらったステラは1階へと急いだ。そこには、ステラが隣国スニミキラに留学していたときのルームメイト・親友リリー・ラドローがいた。7年ぶりの思わぬ再会となった。


「ステラ、突然ごめんね。会いたくなって」

(いやいや、会いたくなってその軽装? なんだか服もクタクタ気味だし)

「リリー、会いたくなったって……寒い中……大丈夫?」


 何かあった! とステラは感じた。


 リリーの住むハーレー国からハザウェイ国に来るには、鉄道で乗り継ぎが上手くいっても2日はかかる。文通をしているにも関わらず……こんな突拍子もない行動を取るなんてリリーらしくないと感じた。

 ステラは、上司に早退を申し出た。同時にリリーを招く準備をするように自宅に連絡を入れた。


 シエラ都庁舎とシャロン邸の途中のカフェ・レグルスにステラはリリーを案内した。

 二言三言挨拶を交わした直後、衝撃的な言葉がリリーから発せられた。


「ステラ、結婚って……奴隷制度と同じだよね」

(えっ、突然、何かな? リリーってこんなに激しかったかしら?)


「実家に住み続けることを許されず、生まれた時から使っていた家名を奪われ、仕事をという財源を奪われ、一人で決断する自由を奪われ、夫とその家族に無条件で従って、私の意志に関係なく子どもを産まされて……ううっ……ぐすっ……」


 ステラは12歳から2年間、スニミキラ国へ留学した。その時、婚約者から「呪いの栞」を送られたステラを助けたのがリリーだった。

 リリーの家はまじないを生業とし、その能力を継承したリリーは18歳でハーレー国の高等呪師となっていた。


(あんなに頼もしかったリリーが憔悴している。何らかのDVにでも遭遇しているのだろうか?)


 今にも号泣しそうなリリーを落ち着かせるためにも、まずステラが冷静になろうと静かに息を吐いた。


「お待たせいたしました」


 緊迫する雰囲気のテーブルに店員が近づきアップルパイと紅茶を置いた。


(この店員凄い、このテーブルに近づくなんて)


「リリーはアップルパイ好きだったからこのカフェにしたの、いただきましょう」

「……いただきます」


 リリーはゆっくりとアップルパイを食べはじめた。ステラはそれを見て少し安心した。


 リリーの話によると……政略結婚の話が進み、婚約に至ったらしい。

 その結婚相手がリリーに望んだことは、リリーに仕事をやめて家に入ること、家の方針に従うこと、子どもを2人以上産むことの3条件だった。リリーの知らぬ間にリリーの父がそれを了承し、リリーには事後報告だったらしい。


(確かに、ある意味……奴隷だ……女性は不利よね)


 いざ婚約者との顔合わせの日、その相手は多忙を理由にその場に現れなかったらしい。

 そこでリリーは婚約白紙を望んだが、リリーの両親はそれに応じず、リリーは家出をしてきたらしい。


 婚約を2回ほどしたが結婚に至らなかったステラには、なんともコメントしにくい内容だった。

 ステラの最初の婚約は、婚約者との顔合わせの日の夜に、昼間の少年は婚約者だと婚約の事実を知らされた。最初からつまずいた婚約はこじれ、やがて婚約破棄となった。

 少し類似点があるようなないような……ステラは思いを巡らせた。


 アップルパイを食べ終わったリリーはお茶を飲み、溜め息をついたあとに口を開いた。


「よく考えれば、私はもう成人しているのだから、親が決めようが拘束力は弱いのよね。現にこうして着の身着のままステラに会いに来られるわけだし」

(リリーよ、そんな大事なことに今気づいたの?)

「婚約相手の方はリリーと面識のある方だったの?」

「そう、仲良かった、つもりよ。私の知らないところで、そんな条件を付けて親と話を進めるなんて……私、嫌われていたの? 避けられているの?」

「リリーの国では恋愛結婚とかはないの?」

「私の国は“神のお告げ”が全てを決めるの、お告げなら私は従ったわ」

「えっ(なにそれ!? 親の決めた仲の良い相手はダメだけど、神のお告げならば逆に誰でも良いということだろうか?)」


 ステラは混乱し言葉を詰まらせた。


「神のお告げなら、私は納得できるの……私は、ミハエルとの関係を神にも認めてもらえると思っていたから」

(これって痴話喧嘩かな? そうそうミハエルでしたリリーの思い人の名前)

「『神のお告げ』はなんて?」

「それが……ミハエルが『神のお告げは必要ない』と」

「(さっぱり分からないなぁ〜)リリーはミハエルさんと結婚したいの? それとも……したくないの?」

「したい、神のお告げの下に……うっ、ぐすっ……」


 リリーの結婚を妨げるものが神のお告げではなく、神のお告げが無いこと……これは俗にいうマリッジブルーなのではないかとステラは思った。

 神のお告げの拘束力はステラには分からない。ステラには呪い師も占い師も同じように思えた。占いで相性が悪いと言われながらも仲の良い夫婦をステラは数多く知っている。最高の相性とされても破局する話もよく聞くから、気にしなくても良いのでは? そんな浅い理解しかできなかった。


「リリー、この際、直感や思いを優先させてもいいのでは?」

「いいのかな? ズルしてないかな?」

「でも、神のお告げで“一緒になるな”って告げられたら、リリーは諦められるの?」

「それは……」

「それは?」

「それは、無理!!」

「そう答えると思った! リリーの胸の内では正解が出ているのよ、頭の中の知識が少し駄々をこねているのでは?」


 リリーは目をきょろきょろと動かしたあと、それはもう幸せそうにはにかんだ。


「リリー、幸せになってね。仕事や子どもについては2人で話し合うようにね。今から連絡して、ミハエルさんを迎えに来させましょう! それまでは我が家に滞在してね。ハザウェイ国王都シエラ観光をしましょう」


 その時、店の入り口が騒がしくなり、こちらに急接近する人影にステラは気づいた。その人影はリリーに詰め寄った。


「リリー!! 僕の事が嫌いになった? なぜ、逃げたの? どうして?」

「ミハエル、どうしてここが分かったの?」

「リリー、君がいる場所を僕が分からないはずないじゃないか……正しくは君の親友シャロン嬢の家まで行った。そうしたら、イケメンな家令が対応してくれて……カフェ・レグルスに寄ってから帰宅する予定だと言われて、待てずに来た!」


 本当に痴話喧嘩だった。神のお告げに縛られ過ぎるリリーのために、お告げのことを伏せて話をすすめたとミハエルは説明しはじめた。

 リリーが仕事と家事を完璧にしようと頑張りすぎないように、子ども好きなリリーが安心して出産・育児ができるようにとミハエルなりの思いだったらしい。


(一瞬すれ違ったけれど……より深い絆で結ばれる2人! って感じね。いいなっ)


 ステラは邪魔にならないように静かに2人の様子を窺っていたが、眩しいほどの2人の姿に思わず笑顔になった。

 一通りの話が終わりリリーはステラの存在を思い出し、婚約者を照れながらステラに紹介した。あまりにも幸せそうな姿をみてステラの本音が漏れた。


「羨ましいわ、式には呼んでね」

「ステラ、もちろんよ。でもステラの方が早いかも?」

「それもお告げなの?」


 リリーがまじない師の顔になりステラを見る。その目はステラを映しながらも、それ以上のものを見ている目だった。


「ステラの側には2人のナイトがいつもいるけど……はじめて会ったとき12歳の時にはすでに」

「それは、当時の婚約者では?」

「ちがう。その2人のナイトは今もステラを守っているわよ。

 1人はいつもステラの側にいる優しい人よ、時には厳しく。もう1人は、陰ながら、やさしく、寄り添うように……ずっと重く深く執着のような……かなり強い思いよ」


 ステラはリリーに神々しさを感じながらも「ずっと重く深く執着のよう」と聞いてゾクッと背筋が冷えた。思わずステラは頭に浮かんだ概念を口にした。


「えっ、生霊!?」


 その瞬間、ガシャン パチャ ガチャガチャと斜め後ろの席で食器がぶつかり何かがこぼれる音がした。

 ステラは思わず後ろを振り向いた。カフェには珍しい2人連れの男性客が机の上の惨事を俯きながら片付けていた。店員も慌てて手伝いはじめたのを見て、ステラは視線をリリーとミハエルに戻した。


「ステラの眼の虹……本当に綺麗な目ね。光が当たってアイスグレーに青と緑の虹がかかって、幻想的ね」

「まだらな目のことね。リリーに言われると不思議と嬉しいかも」


 ステラは自身のアースアイが他人から「縁起が良い」「縁起が悪い」と無責任に話題にされることが苦手だった。それが、リリーから「綺麗な目ね。思わず見てしまうわ」と言われてからは何ともなくなった。ステラは12歳の時の記憶を懐かしく思い返した。


「ステラ、私達には幸せの星の下に生まれているのよ、ただ少し多難なだけよ」

「えっ、多難なの……それは困る!

(つまらない人生で良いのだけど、無難な一生を望んでいるのだけど)」


 カランコロン


 カフェの扉が開きリシャールが入ってきた。「お嬢様、お戻りください」とステラに笑顔を向けたリシャールは、リリーとミハエルに礼をとり「主人エドガー・シャロンの命によりお迎えに上がりました」と述べた。


 リリーは「まぁ、全ての役者は揃ったようよ!」と呟いたがそれは誰の耳にも届かなかった。


 同時に「生霊であろうと僕もお迎えされたい」と呟くロレンツの言葉も誰にも届かずに消えた。


 ステラ一同が店を後にするとカフェにはいつもの静けさだけが残った。



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