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厄介な同期②

 

 なし、ナシ、梨、梨のタルトぉ〜とステラは歌いながらカフェ・シャウラへと入った。


「いらっしゃいませ」

「梨のタルトはあるかしら?」

「ございますよ、どうぞこちらへ」

(やったぁ〜。今日は色々あった、このカフェで消毒して帰ろう)


 ステラが店内にスムーズに誘導される姿を見てバネッサは驚いた。人気の店で予約すら取れずバネッサは悔しい思いをしたことのあるカフェだった。

 王都には貴族が優先して入店できる場所が多かった。しかし、近頃その貴族特権を使えないカフェが増えていた。それらのカフェは、食器・調度品も一流品で揃えられていた。身分に関係なく、店が一流の客を選ぶといった噂がたち、入店できるかできないかが貴族のお茶会や夜会の話題になっていた。


 自分も入れるはず……そう思ったバネッサはカフェの扉を開いた。


「大変、申し訳ございません。本日は満席で」


 バネッサは空席の目立つ店内をみて唖然とした。そのことを指摘すると店員は「予約で埋まっております」と答えた。入店を拒否されたと思いたくない一心でバネッサは意地になった。


「友人が、今、入店したの……話がしたくて」

「かしこまりました、そのご友人の方にお取次ぎします。お名前は?」


 しばらくすると店員が戻ってきた。


「どうぞ、こちらへ」



 店員からバネッサが話したいと来店していることを告げられたステラは困惑した。先刻、「用がある」と言ったステラは色々と考えた。相手は貴族であることを考慮し後々を考え、最終的にはステラはやむを得ず同席を承諾した。


「私もシャロンさんと同じものを」

「大変申し訳ございません。品切れとなりました」

「そう、ではお茶だけにするわっ」


 ステラは、話したいと乱入して目の前に座ったバネッサの発言を待った。

 バネッサは意地で入店し、勢いでステラの席まで来たが、なかなか話し出せずにいた。


 転校続きのバネッサには友人がいなかった。長い年月をかけて友情を育んだ経験が無かった。新しい学校に転入すると皆の方から話しかけてくれるのが常だった。話があると言ったにも関わらずバネッサはステラからの言葉を待った。


 バネッサが何も言わないことに困惑しながらも、ステラから話を振ることはなかった。沈黙が続くなかステラは時計を見ていた。5分が経過した。


「そろそろ、私は失礼します」


 ステラのその言葉にバネッサは慌てた。

 ステラのおかげではじめて入店できた雅な雰囲気のカフェ、こういうところで自分も厚遇されたいとバネッサに打算が働いた。ステラを連れ歩けば自分も厚遇されると。


 ステラは席を立とうとした。


「待って、話があるの。その、私、転校続きで王都に友人が少なくて……」


 バネッサの発言にステラは久しぶりに嫌悪感を覚えた。侯爵令嬢だった頃からステラはこの手の思惑には敏感だった。上級市民になってからもそれは続いていた。近づいてきた人を無条件で受け入れることによって、のちに両親に迷惑をかける結果につながることをステラは極端に警戒していた。

 しかもバネッサは既に散々のことをステラにしていた。何を言い出すのか話にならないと笑い出しそうになるのをステラは堪えた。


「貴族学園時代のご友人と連絡を取られてみては?」

「それは……」


 バネッサが貴族学園に通学したのは12歳からの2年間だけだった。父の転勤により、ベーレン一家は辺境に転居、バネッサは転校を余儀なくされた。貴族学園に通学した2年間でバネッサは友情を誰とも築けなかった。

 15歳で貴族学園に編入したステラとバネッサに面識がないのは当然のことであった。


 話があると言ったバネッサと会話が成立しないことにステラは……かつての婚約者とも会話が無かったことを思い出した。


(やはり、私、コミュ症?)


 勤務時間外、庁舎外、せっかくの癒しの時間、大好きな梨のタルトだけど……今日は何かにつけてダメな日みたい、ここを何とか切り上げて帰ろう。と、ステラは無難な理由を切り出した。


「大変、過ぎたことを申し上げました。ベーレン様と私では身分が違います。私は意見を持ち合わせるべきではございませんでした」


 ステラは身分を理由にバネッサとの時間を断ち切った。


「そんな、同じ配属なのに?」

(いやいや、同じ配属だから何だというの、今までの私への所業をなんとする!?)

「職場以外で貴族の方とお近づきなるなんて……畏れ多くて……ご容赦ください」


 ステラは立ち上がりバネッサに対し深い礼をとり、会計を済ませて退店した。


 取り残されたバネッサは運ばれてきたお茶を口にしながら、ステラが当たり前のようにカフェに入った姿を思い出した。身分に関係なく一流と判断される存在なんて……男爵令嬢であることを恥じながらも貴族という血統を唯一のプライドにせざる負えないバネッサは認めたくなかった。


(何よ、シャロン財閥総帥の娘とか言ったところで今は上級市民よ、私は貴族よ!)


 バネッサは瞳に悪意を宿らせて静かに退店した。



「『畏れ多くて……ご容赦ください』かぁ~」

「レンツ様、あまり深く考えられない方が……」

「ステラはタルトを口にしなかったな、よほど嫌な相手なのだろう」

「バネッサ・ベーレンと名乗りました。全店、入店禁止にしますか」

「今までどおりの入店基準で良い、今後は客への取り次ぎはやめよう」

「かしこまりました」

「こんなことがあったからステラはしばらくこのカフェには来ないな。

 今日は笑顔が見られなかった……」


 寝不足続きで青白い顔をしたロレンツは、ステラ・ダイアリーに今日の考察を書き込んだ。



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