花咲く笑顔
ロランの持つマスコットの小さい2人が手を繋いでいるのに気づいたステラは、その可愛らしさに思わず微笑んだ。
(手を繋いで可愛い! マスコットには色々なシリーズがあるのね。ふふっ)
「ステラ……君の答えは?」
ステラはロランと過ごした短いけれども濃い時間を思い返した。
「楽しかった。ロランさんと過ごした時間は楽しかった」
「うん、楽しかった(ステラ、なぜ過去形なの)」
「安易に婚約してはいけないと身に染みているけど……お互いに面倒な事情が盛りだくさんだけど……ロランさんとこれからも一緒に過ごしたい」
「ステラ、僕の婚約を受け入れてくれるね」
ステラは満面の笑顔をロランに向けた。
「はい。婚約を受け入れます」
「ステラ! 僕は幸せだ。君と一緒にもっと幸せになることを誓う」
「レンツ様。こちらを……」
ジルがロランに近寄って王族であるバッジを差し出した。
グレースはステラを抱きしめた。
「ステラ……」
「お母様、ロランさんは王族の方だけど……」
「ステラが決めたのだから、私もエドガーも応援するわよ。『君と一緒にもっと幸せになることを誓う』あんな素敵なプロポーズがあるのね」
(母よ、何を照れているのだ?)
グレースは乙女のようにうっとりとした表情を浮かべていた。
バッジをつけ終わったロランがステラに告げた。
「ステラ、もっと時間をかけたかったが、君をロインに行かせないためには急な発表になってしまう。そのせいで、ハチの巣をつついたような騒ぎになると思うけど、僕は君を守り大事にする。永遠に」
ステラはハチの巣をつつくロランを思い浮かべて微笑んだ。
「ステラ、これ、持っていて。行ってくる」
「(えっ?)はい」
ステラはロランからマスコットを預かった。
自信に満ちた精悍な顔つきのロランは壇上へと上がった。それに気づいた国王フィリップがギョッとした。ロランがフィリップへ近づき、2人は小声で話しはじめた。
「ロレンツどうしたのだ。そのバッジをつけて……」
「伯父……国王陛下、この場でステラのロインへ派遣を決定することは、シャロン財閥を失うことに繋がりますが……」
「なんと!? それは、ならん」
ロランはフィリップの痛いところを突くことに成功した。
「国王陛下、まず、この場を私にお任せください。そして、私のお披露目をしていただきたい。そのあと、ステラ・シャロンと私の婚約をこの場で発表していただきたい」
「ロレンツ、正気か!?」
「はい、先ほどステラが婚約を受けてくれました」
その会話を漏れ聞いたエドガーは憮然とした。
(どういうことだ! ステラが婚約だと!?)
会場を見渡せば、グレースとステラが笑顔で小さく手を振っている。
(第三国へ渡る準備はどうしたのだ? とっくに会場をあとにしたのではなかったのか?)
動揺するエドガーにロランは一礼してから壇上中央へ進み話しはじめた。
「ロイン視察団のみなさま、会場のみなさま、この度は、国家間における合意ですが、鍵となるシャロン財閥に連絡漏れがございました。
このままですと著しい損失が懸念されます。先ほどの発表は一旦保留とし、再調整後に正式に発表いたします」
場の空気を一瞬で支配したロランに皆が沈黙し、女性たちはロランの雄姿に見惚れている。
「ちょっと、待ってくれないか!? 友好都市提携と人事交流の件は進めさせてもらう」
エドワードがロランに言い放った。
「お待ちください。人事交流の対象者をロイン側が指名した経緯を明らかにしてください。ステラ・シャロンはハザウェイ国においても高貴なる存在です」
エドワードは目を細めてロランを見た。
「どういうことか説明してもらおうか!?」
エドワードの要求に対してフィリップが前に出た。
「その前に、この場で、サンク・ハザウェイのお披露目を行いたい」
会場がざわつき、ロランは国王フィリップの横についた。
「皆に発表しよう。ロレンツ・ロラン・サンク・ハザウェイである」
眉目秀麗な若きロイヤルファミリーの登場に歓声が上がった。ロランは堂々と皆の前に出た。エドワードが「まさか」と呟くなか、フィリップは続けた。
「水面下で進めていた、サンク・ハザウェイの婚約がようやく整った。
本日、ここに……ロレンツ・ロラン・サンク・ハザウェイとステラ・シャロンの婚約が成立したことを発表する。よって、ステラ・シャロンのロイン派遣については保留とする」
好意的な歓声で会場は沸いた。
エドワードはステラの姿を確認した。
(星姫は笑顔か……ロレンツ、君は合格だ)
他人事のように自身の婚約発表を見ていたステラは、もう引き返せない状態にも関わらず心がほんわりとなるのを感じていた。慣れない感情にステラは戸惑いながらグレースに囁いた。
「お母様、最も困難な婚約になりそう」
「ステラ、その時こそ逃げましょう」
(母よ、この婚約はそれぐらい困難ということよね)
ステラは預かったマスコットに目を落とした。小さい2人を見ていると心が和み優しさを感じた。ステラの視線の先を追ったグレースは、ステラの手に握られたマスコットがステラとロランであることに気づいた。
「ロレンツ様はステラが思う以上にステラを……ふふっ」
「お母様、最後まで言葉にしてください」
「ロレンツ様はステラの歴代の婚約者の中で最も格好良く知的で高位で……ステラはどこに惹かれたの? 一時的にでも婚約を受けるからには、ステラにも好意の欠片があるはずよね」
(母よ、一時的とか言わないでくれ。私はそれなりの関係を築きたい!)
「一緒にいると楽しくて会話が弾んだの──」
(まぁ、ステラはロレンツ様の内面で選んだのね)
「こんなことになるなら、プランAの華やかなドレスの方が──」
ステラとグレースが楽しそうに話す姿をロランは視界の端でとらえ、幸せを噛みしめた。ステラを迎えに行くために降壇したロランにジルが近寄った。
「レンツさまぁ〜、長かったですね。どさくさに紛れ、怪我の功名、瓢箪から駒、棚ボタ感は否めませんが……思ったより格好よく、ビシッと決めましたね!」
「ジル、失礼だぞ。それに……なんだ、その号泣は?」
「レンツ様の表情もステラ様の表情も、今まで一番輝いて見えます」
「ああ、あんなに嬉しそうなステラを見るのはいつ以来だろう。僕との婚約は、ステラにとっても嬉しいものになったのかな?」
「はい、お心が通じ合っている証です。私は感無量です」
ロランにとってステラのことを相談できるのはジルだけであった。そのジルがいつもロランを助け励ましていた。
「ありがとう。ジル」
「レンツ様、ここからですよ! 職場の仲の良い先輩後輩関係からいきなりの婚約です。婚約期間に恋愛をはじめてくださいね。同時に、ロイン対策と国内貴族への対応を検討しなくては──」
「ジル、今は喜ばせてくれ」
シャロン母娘のところに来たロランはグレースに頭を下げ、ステラに手を伸ばした。
「ステラ、一緒に登壇してくれ」
ステラは笑顔でその手を取った。
壇上に登ったステラは父エドガーにまず迎えられた。
「ステラ、良いのか?」
「ロランさんと一緒にいると心がふんわりほわっと……ほんわりするの」
「ああ、ステラ……」
ステラの幸せそうなその姿にエドガーは感極まって言葉を詰まらせた。ステラは父の感情が分からず困惑した。
「お父様は、反対なの?」
「今度こそ娘を取られる気がしてな」
「いつまでも、私はエドガー・シャロンの娘です」
「ああ、胸を張って皆の前に出なさい」
エドガーは笑顔で送り出しの言葉を述べた。
ロランはエドガーに頭を下げステラの手を取り、壇上中央の国王陛下の前で止まった。
ステラが美しい礼をフィリップへ、ロイン風の美しい礼をエドワードにとった。
フィリップとエドワードは、若い2人に笑顔で頷いた。
壇上のフィリップ、エドワード、エドガーは厳しい顔つきを一転させ、惜しみない拍手を送った。
この時点をもって、ロレンツ・ロラン・サンク・ハザウェイとステラ・シャロンの婚約が正式なものとなった。
ステラは知らない……。
ロランのずっと好きが15年も前からなんて、膨大なステラ・ダイアリーがあるなんて、手にしているマスコットがロランの手作りなんて……ステラは多くのことをまだ知らない。
そして……。
フィリップは、ロランを王太子にする青写真に現実味が帯びたことに喜んだ。
エドワードは、ステラとロランを手に入れられる可能性に浮かれた。
エドガーは、有望な後継者補佐の誕生に喜びを隠せなかった。
ステラもロランもそんな大人の事情に気づかないまま拍手に応える。
若いロイヤルファミリーの登場と久しぶりのロイヤルウェディングの予感に会場は沸いた。美しい2人に拍手を送り続けた。
会場の熱に驚きながらも、ロランはステラを守るように側に立った。それに気づいたステラはロランを見上げ微笑んだ。
その2人の姿は皆が息をのむほどの美しさだった。
お読みいただきありがとうございます。
あと2話で完結予定です。




