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堂々巡り 心と頭が忙しい

 

(えっ、出国の準備?)


 ロイン派遣と聞いたステラは、気の遠くなる飢餓感に襲われていた。そこに飛び込んできたのはリシャールの意外な言葉だった。ステラは瞬間的に母グレースを見た。


「技術提供やロイン派遣の話、ステラは事前に何かロイン側から聞いていた?」

「いえ、寝耳に水です」

「そうよね。ステラ、年末ロインに行った時から……あなたを取り巻く環境が面倒なことに気づいたの。突然、予期せぬ事態に陥った時のために、第三国への出国を考えて準備していたの。今が、その時だと判断したのよ」

「待って、そもそも、どうして私を取り巻く環境が面倒に?」

「ステラの目よ。3色のグラデーションの瞳。そのアースアイはロインでは星の瞳と呼ばれ貴重らしいの。ロインで星姫様って呼ばれたでしょ」


(たしかに星姫様って……だからって……)


「出国してどうするの?」

「その先で生活の基盤を築きましょう。最終決断はステラにゆだねようとエドガーと決めていたの。ステラ、難しい判断になるけど……どうする?」


(ええっ、急に今ここでそれを聞かれても……第三国って亡命みたい。私達、このままだと弾圧されるの? 違うよね)


「このままだと、ロインへ派遣されて、派遣期間終了後もステラはロインから戻ってこられない公算が高く。ステラが喜んでロインへ行くなら、私達もロインへ移住するつもりよ……。

 ステラのロイン派遣をハザウェイ国王が同意したならば、ハザウェイにステラの居場所はもうないのよ……。

 だから、第三国という案が浮上して……残念だけど考える時間はあまりないのよ、まずは帰りましょう」


 グレースはステラの疑問に先回りして答えた。

 ステラはハザウェイに居場所がないと言われたことがショックだった。


 躊躇ではなく決断の時、と理解しながらもステラは沈黙し考えた。居場所がないなら出国しかない。かつ、ロイン国の王位継承権と自身の持つアースアイに囚われないためには第三国しかないのか、両親の用意した船に乗るべきかと傾きかけた。


 ステラとグレースの会話を聞いて混乱したロランは、それを振り払うようにステラの手を強く握った。その力にステラの思考は途切れた。


「ステラ先輩、エドと一緒にロインに行きたいですか?」

「それは……無理かな」


 ステラはロインと聞くだけであのサバイバルを思い出す。外出のたびに食料を探し購入しこっそりと持ち帰る日々。家族がいたから何とか乗り越えられたが、単身となると最長4〜5日滞在が限界だと考えていた。


(仕事でロイン派遣なんて、考えるだけで悲しくなってお腹が鳴るよ)


「ステラ先輩、ハザウェイという国、シエラという街が嫌いですか?」

「好きか嫌いかでは、好きよ。生まれ育った国だし、これでも事務官だし」


 それを聞いたロランの表情は一瞬緩んだ。


「ステラ先輩、急ですが僕と婚約だけでもしてくれませんか」

「えっ!?」


(ロランよ、軽々しく何を言う。それに今、私、それどころじゃないのよ。

 あっ、そうか王家の人と婚約すれば、ロイン派遣を断れるかも……でも……)


「あの、身分が……」

「身分の問題は解消済みです」


(いくら王族制度改正があったからといって、そのパイオニアは嫌よ! 

 いや、そういう問題じゃなくて、今って何がどうなって、こうなった?)


 刻々と変わる難解な状況に、ステラは息切れを起こしそうになった。


「ステラ先輩、ロインに行かないためという弱みに付け込むようで申し訳ないけど、僕と婚約しましょう」


 ロランの申出をグレースとリシャールは驚きながらも見守った。

 ロランの横で過ごすステラの表情が穏やかなことにグレースは気づいていた。この数時間、ステラに対するロランの心のこもった態度をグレースは随所で目にしていた。親の目から見ても、ステラを思いやるロランの態度は申し分のないものだった。


「ステラ先輩! 何を言い出したのかと呆れずに聞いてください。

 僕は多くの事を隠しています。それを明日、全て話した上で、結婚を申し込むつもりでした。緊急事態が発生したので、1日前倒して……」


 少し離れた場所にいるジルは「そうですレンツ様、今です!」と何度も呟き拳を小刻みに振っている。


 ロランはステラの左手を包み込むように握りステラの正面へと移動した。


「ずっと好きでした。ずっと僕の生活はステラを中心に動いています。ステラの前に立ちはだかるどんな困難も僕が必ず取り除きます。

 ステラ、いつまでも僕と一緒にいてください。僕と結婚してください」


 やっと、ロランは積年の思いを言葉にすることができたことに涙が浮かんだ。


 ステラは黙って涙ぐむロランを見ながら思案をした。


(“ずっと”って、いつから? 出会って半年で“ずっと”って言う? “僕の生活はステラを中心に”って大げさだよね。あっ、また目がうるうる……色々な意味で大丈夫かしら)


 ロランのことが心配になったステラだったが、グレースの声でステラは優先すべき現実に戻った。


「ステラ、あなたはロッシュさんと未来を共にしたい?」


(未来を共に……その前に、もう隠し事は終わりにして欲しい。ロランさんが嘘をつかなかったら……)


 ステラは、小さく頷いた。


「ロランさん。いくつか確認させいください」


 ステラの問いにロランは力強く頷いた。


「本当の名前は? 貴族ではないと仰るロランさんの身分は?」

「僕は、ロレンツ・ロラン・サンク・ハザウェイ。王族です」


(おおっ、あなたは嘘を言わないのね)


 ステラは小さく頷き優しく微笑んだ。グレースとリシャールは驚くこともなくステラを見守っている。予想と違うステラの反応を見てロランはふっと笑った。


「そうか……気づかれていたのですね。そうか……。

 どうしても、あの時……カフェ・レグルスでいつもと違う君を見た時、思わず声をかけてしまった。それを機にどのような形でもステラの側にいたいと思って──」

(あの時? 声をかけた? いつの何の話だ?)

「──国王陛下からロラン・ロッシュと名乗るよう命がおり……身分を隠す結果になってしまって、その点については申し開きようもなく……ステラ先輩は身分のことを時々気にしていたし」


 ステラは身分という言葉を聞いてハッとした。


「ロランさん。私も隠していたというか言っていないことがあって、ロインの王位継承権を持っているの」


 それを聞いたロランとジルは目を見開いた。

 数秒後にホッとした表情に変わったロランは大きく頷いた。


「だったら、最初から身分違いでも何でもなかったのか、むしろステラの方が僕より身分が上になるかもしれない。

 そうだとしても、僕はステラの横に立ち、同じ未来を見たい、これからもずっと!」


 ロランの勢いに驚いたステラは、ロランを落ち着かせるために現実的な質問をはじめた。


「私が第三国に行くと言ったら?」

「ついて行く」

「でも、サンク・ハザウェイなのよね?」


「僕は君が上級市民になり、僕がギース公三男からサンク・ハザウェイへとなったとき君を諦めた。シャロン家から引き離して君を王室に入れるのは良くないと判断した。

 ……でも、諦められなくて僕は国王陛下と交渉した。未婚でも臣籍降下できるようにした。王族の婚姻における身分条項を撤廃してもらった。

 ステラとの時間を重ねるうちにステラへの印象は変わった。そしてステラが独りで背負っているものが大きいと気づいた。ステラはいつも独りで頑張っていた。僕はすぐにでも臣籍降下をして君を支えたい。これからもずっと!」


(一問一答形式にしたいなぁ……ロランさんの思いの丈が強いすぎて蛇行してる)


 ステラが1つ質問すると、言い募るロランに対してステラの疑問が増殖を続けた。


 ロランは壇上を見上げた。フィリップとエドワードとエドガーが険しい顔で話している。一触即発の雰囲気に式典参加者はそちらを注視している。


「ロインに行くのが君の希望ではなく……今、君が困惑しているのならば……。

 ステラ、僕は君をこの状況から助けたい。僕を頼って! ロインに行きたくないなら……偽りでもいいから、僕との婚約を受け入れて……」


 ロランの必死さにステラは少し余裕を回復した。


「えっ、偽りでもいいの?」

「ああ、違う……そうだ、偽りを一時的に言い換えます。あっ。でもできれば永久でお願いします。

 待てよぉ、永久に婚約は嫌だな……そうだ、結婚を前提に婚約を……でも婚約は結婚が前提だから……あれ?」


 ロランは、あれ? と首をひねり始めた。


 ステラは、婚約した場合としない場合の今後予想される展開を考えようとするだけで、めまいを感じたが……。


(仮に……。

 ここでこの婚約を逃すとロイン行きだ。それは嫌。

 だからといって、ロランさんを利用して、こんなことで降下させて良いの?

 降下したところでロランさんは貴族で継承権は消えないのよね? 微妙だ。

 だけど、このままだと、この国に居場所のない私はロインへ派遣される。

 じゃあ、事務官を辞める? こんな理由で父が認めた職を辞したくない。


 そうなると、元に戻って……この婚約という救いの一手に希望を託す? 

 いやいや、法的に問題なくても慣習的に王族と婚約するだけの身分が私にはない。私のロインの継承権を持ち出してサンク・ハザウェイと婚約する?

 そうすると今度はロイン王族に準じる態度を私には求められる。地味に無理。

 いっそ、命がけのダイエットを覚悟してロインへ行くとする。ロインでは「星姫」とか呼ばれてうやうやしく扱われ、王族に準ずる生活が結局は待っている。そういう窮屈なのは無理。


 あっ、凄いことに気づいちゃった! ロランさんと婚約すると職場結婚という夢が現実のものになる。わ~い!

 待って、職場結婚の相手が王族って……どうよ? それにしても、王城勤務でもないのに王族と職場結婚って……ないわ~! 私の可愛い野望からかけ離れすぎ!

 今ってこんなことを考えている場合じゃないよね……)


 穏やかな表情とは反対に、ステラの心と頭は忙しかった。


(キリがない。考えるの疲れた)


『この際、直感や思いを優先させてもいいのでは?』


 かつてリリーに放った自身の言葉をステラは思い出した。


 ステラはロランを見た。「あっ?」「あれ?」と首を捻りながらブツブツと悩んでいる姿にステラの表情がふふっと緩んだ。


(ふふっ、ロランさんも混乱を極めて堂々巡りしてる)

「ロランさん。今までのように一緒にお茶してくれる?」

「もちろんだよ」

「私は、2回婚約をダメにしているの」

「それが?」

「私が事務官を続けることは可能かな?」

「僕も事務官を続けるよ。この子たちのように僕たち2人はいつも一緒だよ」


 ロランの手にはマスコットが握られていた。



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