出国の準備
歓迎式典開始直前のザワザワを横目に、グレースはステラに対してエドワードの発言内容の確認をはじめた。
家族に囲まれているステラを見てからロランはエドワードに近寄った。
「エドワード王太子殿下、大変申し訳ございませんでした」
「サンク・ハザウェイからの正式な謝罪と受け取るよ。
役職もないバネッサ・ベーレンが自分は王都の事務官で貴族だから参加させろと騒いでね。身の程知らずのその後の動向を確認する機会ができて良かったよ、ステラの害にしかならないようだ──」
ロイン国は徹底的にステラの周辺を調査した。過去の細かいエピソードの全てが調べられた。当然、ステラに最も近いところにいるロラン・ロッシュという存在にも調査は及んだ。
エドワードはロランを見極めに来ていた。王族でありながらその身分を隠してステラに近づいて、どうするつもりかを……ロインで最も高貴とされる“星の瞳”を持つステラをどのように守るのかを。
「ロレンツ、ステラのそばにいるだけでは守れないよ」
「(それを僕に言うため?)エド、何のためにハザウェイへ?」
「君は僕のお気に入りだから、ステラも知らないステラのことを教えてあげる。
ステラはね……ハザウェイにおける君の立場よりも、ロインにおけるステラの地位は高くなる予定だ。さぁ、ロレンツどうする? くく、くくっ」
(どういうことだ? だが、もしそれが事実なら……ステラとの身分差で悩んだ原因が消えるのか?)
ロランは先々の展開を想像し黙り込んだ。
「そんなに驚くことかな? 私とステラは又従兄妹だからね」
(ステラはそんなにロイン王家に近いのか!)
「いとこ婚! 確かロイン王家では……(エドはステラを王太子妃に!?)」
「ロラン、君は回転が速いね」
顔色を青くしたロランを一瞬不思議そうにエドワードは眺めた。
「ロレンツは本当にステラの血統を知らなかったのか。
ステラの祖母、ロインの王女カトリーナ様も見くびられたものだな。ハザウェイ王家は女性を低く扱うね、いっそ清々しいよ。他国の王家の血を引くものが女性だと気にも留めないなんて。ロインは血を大事にする。しかも、ステラはロインにおいて何者にも代えられない価値ある存在だよ」
(価値ある存在!? エドワードは時々意地悪だが言動に嘘はない)
「この国でのステラの扱いが酷いから……ステラを連れ帰ることが今回の視察の主たる目的だよ。あっ、でもこの件についてステラは何も知らないから……内緒だよ」
口の前に人差指を立てておどけた様子のエドワードに対しロランは強い憤りを感じた。
「僕のステラを奪うな! ……まさか、シャロン財閥が目当てとか?」
「おいおい、ロレンツ。私まで安く見くびられたものだな、くっくく。
ロレンツ、ロランに戻ってステラをエスコートしなくて良いの? 一緒にいられるのもあと少しかもしれないよ」
「なっ! エド、どういうことだ!?」
くつくつと笑いながら「私も一介の通訳に戻る時間みたい、またね」と言葉を残したエドワードは檀上へと向かった。エドワードの背中を見送ったロランはステラへと足を向けた。
(なにが通訳だ。会場の多くがエドの素性に気づいているよ)
定刻を少し遅れて開始した歓迎式典会場の目立たぬところで、ステラとグレースの言い合いが始まっていた。
「──ステラ、もう勤務は辞めなさい。あなたも何か言って!」
「ステラ、どうしてすぐに相談しなかった?」
「お父様とお母様に話したら、事を大きくしちゃうでしょ?」
「当たり前です!」
「それが、嫌だったからぁ──」
「どうしてステラはいつもそうやって我慢して──」
ステラが困りながらもエドガーとグレースに話す姿はロランの憧れる家族の一場面だった。勤務中の表情とは違うステラが、エドガーとグレースに可愛く甘えているように見えてロランは微笑ましく感じた。
その空気を壊すことをためらうロランは声をかけずに少し下がったところでステラを優しく見守った。珍しくその視線に気づいたステラは膠着したこの場を打開するためロランに笑顔を向けた。
「ロランさん。お話は終わったの?」
「はい。ステラ先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、それよりバニーさんは大丈夫なの?」
「さぁ? 僕はもうあの人には関わりたくないので」
「えっ(それはそうだけど……冷たくない?)」
「ステラ! あんな失礼な方のことはどうでもいいでしょ!!」
(母よ、少し落ち着いてくれ)
「「大変申し訳ございませんでした」」
その場に意外な2人から謝罪の言葉が述べられた
そこにはステラの所属長クレマンと直属上司フォーレの姿があった。
「シエラの会計課長クレマンでございます。説明したいことがございまして……そのぉ、お時間をいただけますでしょうか?」
クレマンが事の経緯をエドガーとグレースに説明しはじめた。
(やめて、勤務先でのことを親に説明する必要ある?)
「課長、説明と謝罪は不要です。帰宅したら私から――」
「ステラ、今は黙りなさい。何があったかを知らなくてはなりません。委員会の調査結果を情報公開請求するかしないかを判断するためにも」
(母よ、そうキーキーしないでくれ。情報公開請求なんてやめてぇ~! めちゃくちゃ面倒なのよ、あれは……)
「お父様! お母様を止めてください」
「これは看過できない。あとでステラからも話を聞くから」
エドガーはステラの助けに応じずに、クレマンに説明の続きを促した。
過ぎた嫌なことを思い出すのが苦手なステラはその場に居たたまれなかった。
ステラは周囲を見回した。歓迎式典の挨拶や乾杯が終わり歓談の時間になっていた。立食形式で皆がグラスを片手に談笑している。
「ロランさん。軽食をつまみに行きましょう!」
(ステラはこの場を離れたいのか……)
ロランは何があったかを知りたかったが、かつてのステラの涙が脳裏によぎった。今、ステラの近くにいることに感謝したロランはステラの希望を優先させることにした。ロランはジルに目で合図を送ってからステラの手を取った。ジルは、クレマンの言葉を拾える場所にそっと近づいた。
「ステラ先輩、今日の料理は特別仕様のようです。まず、何から?」
ロランとステラが歩く美しい姿は会場中の注目を浴びた。
「シャロン財閥の娘が王都の事務官だという噂は本当だったのね」
「ロインの姫ってどういうことかしら?」
「それにしても美しいお嬢さんね、あの黒髪の美男も王都の事務官かしら?」
「事務官の採用には容姿の審査はなかったはずよ」
「あのお2人の関係は?」
ヒソヒソと憶測が広がった。それに気づくことなくステラはスイーツが並ぶエリアに引き寄せられた。
このあと両親から質問攻めを予想したステラはスイーツを口に頬張り続けた。自身がいじめられていた、ハラスメントを受けていたということを改めて突き付けられるのはステラにとっては辛い事だった。
(一般的に被害者が泣き寝入りする傾向が理解できる。被害者が声を上げるのって凄い勇気だよ、私には無理。
受けたパワハラ……時間が経つと逆に怖い。経緯や謝罪や再発防止なんて聞きたくもない。ああ、もう思い出したくないよぉ、そっとしておいてよぉ~)
当時の黒い記憶に蝕まれる心に消毒と癒しが必要と判断したステラはパクパクと口にスイーツを運んだ。
「けほっ……みずっ……」
「お水です。そんなに慌てて……ステラ先輩?」
「こほっこほ……」
グラスを手にしたステラが苦しそうに咳き込む姿を見て、ロランは確信した。
(間違いないあの時だ、ステラがケーキ2つを注文して途中で涙を流したあの頃にパワハラを!)
ステラが視線を落とし、寂しそうな表情を浮かべながら呟くように言った。
「両親には知られたくなかったかな」
「本当にパワハラがあったのですね」
「まぁ、そうかな……でも美味しいスイーツが私を日々助けてくれたのよ。愛あるスイーツには消毒と癒し効果があるのよ。
例えばこれと似たケーキがカフェ・シャウラに、これはレグルスに……辛くても、それを口に運ぶと辛いことがどうでもよくなって――」
(ステラが僕のカフェに来てくれることを僕は喜んでいた。頻繁に来ていたということは、それだけ辛かったということか?)
必死で明るく振舞うステラの笑顔にロランは痛々しさを感じた。ロランは、ステラの背に手を添えた。
(今、ステラが涙を流したら僕はそれを拭ってあげられる。だけど、それだけじゃダメだ。強がるステラを優しく抱きしめて「もう、無理に話さなくていいよ」って包んであげたい)
「絶対にもう泣かせない」
ロランの呟きを聞き取れなかったステラは、不思議そうな表情でロランに微笑みを向けた。
「ステラ先輩。たくさん話したいことがあります。明日、お時間をいただけますか?」
「(はて、急に何かな?)ここではできない話ですか?」
「はい、落ち着いたところで、話をしたい」
スイーツ部限定の前髪を上げメガネをはずした本来の整ったロランの姿。強い眼差しと微笑みをステラに向けた。
ステラはドキッとした心を誰にも気づかれないように静かに頷いた。
「明日、僕がシャロン邸を訪問します。できれば、ステラ先輩のご両親にも同席を願いたいのですが──」
「ステラ、あとはエドガーに任せて、今日は帰りましょう!」
そこへグレースがステラを回収しに来た。ほぼ同時に会場から大きな拍手があがり国王陛下が登場した。予定にはない登場に会場がざわついた。
ハザウェイ国王フィリップと通訳に扮しているつもりのエドワードが二言三言交わしたあと、エドワードが会場に宣言した。
「我がロイン国とハザウェイ国はシャロン財閥からの技術提供・協力を前提とし国家共同事業に着手する。
また、これを機にロイン国王都シャルティエとハザウェイ国王都シエラは友好都市提携を結ぶ。これに伴い、両王都間の人事交流を開始する。最初の人事交流者としてステラ・シャロンを指名する」
ロインが他国と手を結ぶのは珍しい事であり、国格が上がると会場からは歓声があがった。
「そのような大役は辞退させていただきます」
会場が盛り上がるなかエドガーが静かに拒絶の意を示した。内心はメラメラと怒りが燃え上がっていた。
(星姫は昔話ではないのか! ロイン王家は星の瞳を持つステラを保護するということか? しかも、技術提供・協力による利益をちらつかせ、娘を人質にして、この私が喜ぶとでも、ふざけるな!!
陛下は格上のロインに頭が上がらないとはいえ、我が家もバカにされたものだな。この国を出よう、速やかに……)
エドガーは妻グレースと横で固まっているステラを確認したあと、リシャールをみた。リシャールは静かに頷いた。エドガーは壇上に向かって再び声をあげた。
「お恥ずかしい話ですが、シャロン財閥にはそのような力はございません。両国の憂いとなる前に辞退さていただきます」
「エドガー、いきなりで驚いたと思うが……これは両国のために――」
フィリップがエドガーに話し始めた。
ロランは先ほどのエドワードの発言を振り返った。「謝罪の引き替えにもうけ話」「ステラを連れ帰る」「一緒にいられるのもあと少しかもしれないよ」そうエドワードは言った。ステラの逃げ道が無くなるように公の場でロイン派遣についてエドワードが発言したことにロランは憤った。
(ステラは固まってしまった。今、僕にできることなんだ?)
ステラは壇上を見たまま瞬きをとめていた。その横にリシャールが近づいた。
「お嬢様、速やかに帰りましょう。そして、すぐ出国の準備を」




