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ロインの姫

 

 ロイン使節団歓迎式典当日、正装したロランがシャロン邸にやってきた。


「はじめまして、ロラン・ロッシュと申します。ステラ先輩を迎えに参りました」

「いつも、ステラがお世話になっております。その節は、美味しいパウンドケーキやケークサレをありがとうございました」


 王子然としたロランの姿にシャロン夫妻は驚きながらも、あくまでも娘の同僚としてロランを出迎えた。


「娘ステラの準備が遅れており、少しお待ちいただけますか?」


 エドガーはウエイティングバーへとロランを連れて行った。ロランは、センスの良い邸内を興味深く見回し、胸を熱くした。


(ステラが育ち、今も生活しているところだ)


 グレースはステラの部屋へと急いだ。


「ステラ、ドレスはプランBで大丈夫よ!

 ……あら、もう準備できているの?」


 ここ数日、エドワードもロランもその身分を明かさないことを考慮し、ステラは王都の事務官であることをわきまえ、エドワードに対して失礼にならないように、ラベンダー色のレース素材のマーメイドラインのドレスを選んだ。アクセサリーはロランの服装にあうようにグレースが選んだ。



 ステラを待つ間、エドガーは世間話をしながらロランを見定めていた。話の端々に見え隠れするロランの鋭い着眼点と斬新な発想に驚かされた。


(ステラが評価するだけあるな)


 一方、ロランは見定められていることも知らずに緊張していた。相手が、ステラの父ということに加え、経済学部出身の起業家として憧れの対象でもあったからだ。財閥総帥エドガーとの対話の機会を得たロランはそのことに感謝し夢中で弁を振るった。

 そこへ、準備を終えたステラがやってきた。


「お待たせいたしました」

「綺麗だ! ステラ、先輩。綺麗です」

(ステラは細グラマーだ、あの細い腰や白い腕に触れたい)


 数年ぶりにステラのドレス姿を見たロランは自身の鼓動の音に思わず左胸を抑えた。


「ふふっ、ロランさんだって格好良くまとめて……今日はよろしくお願いします」


 ステラを見るなり耳まで赤く染めたロランをシャロン夫妻は複雑な気分で眺めていた。


「あなた、2人はお似合いね」

「ああ、絵になるな。あんな難しい話をしていたのに、ステラを見るなり黒目がちになって……あんなに変われるものか!?」



 王宮内のロイン視察団歓迎式典会場は荘厳な雰囲気に飾られていた。

 ハザウェイ国より格上のロイン国からの視察団は国賓待遇で迎えられた。

 中央省庁と王都の関係部署の管理職級の参加だけでなく、社交の場を兼ねたそこにはハザウェイ国の貴族も多く出席していた。

 シャロン一家とロランは、ロイン側関係者として招かれていた。


 ロランはただただステラの隣にいることに酔いしれた。


 会場に入ったシャロン夫妻は融資や業務提携を受けたい貴族達に囲まれた。

 ロランに手を取られてステラはその姿を興味深く眺めた。


(貴族の下位につける身分の父に頭を下げる貴族達、話すかどうかの決定権はお父様が握っている。凄い歪み!)


 事なかれ主義で変に順応性が高いステラは、複雑な心境で偉大な両親を眺めた。そして、キャッキャッと女性に囲まれているリシャールを目にした。


(リシャールも捕まっている。リシャールが養子に入って後継ぎになると思っている人が多いのよね。実の娘がいるのに……)


 そんな思考を遮る言葉がステラに投げつけられた。


「貴族でもないのに、なぜ出席しているの? 身の程を知りなさい」


 ロランは瞬間的にステラの腰に手を回し引き寄せた。


 露出の強いドレス、毒々しい化粧をしたバネッサが悪意のこもった目つきで睨んでいたが、ステラは純粋に思ったことを小声で口にした。


「バニーガールさん?」

「ステラ先輩、バネッサ・ベーレンです」

(ステラは天然なときがあるなぁ、可愛すぎる。それにしても腰が細い!)


 間違いを指摘されたステラは慌てながらも平静を装った。


(転校したベーレンさん……)

「なぜ、あなたがここにいるの? ねぇどうして?」

(バニーよ、招待されたから来たのであっで、そんな当たり前のことを聞かれてもねぇ)


 ロイン側の立場で参加しているステラは、バネッサの要領の得ない問いかけを無視することにした。ロランはそのステラの意志を感じ取り、この場から静かにステラを連れ出そうとした。


「待ちなさいよ! いつも私より目立って……今日は王子みたいな人に守られて……ずるいっ!」


 忘れかけていた苦い日々を思い出すにつれてステラの顔色は悪くなった。ロランは一刻も早くバネッサからステラを引き離そうとした。


 そこへ思わぬ言葉が飛び込んできた。


「ロインの姫に向かって、どういうおつもりですか?」


 そう言いながらエドワードが近づいてきた。エドワードはステラを背にバネッサに質問した。


「ロインの姫に向かって、『身の程を知りなさい』とは宣戦布告ですか?」


(えっ、ステラが姫って……? ステラの祖母は、王家ゆかりの者だったか?)


 エドワードの声は会場中に響き、皆に衝撃が走った。エドガーとグレースはステラの側に駆けつけた。ハザウェイ国の高位貴族たちはエドワード王太子の存在に気づきはじめた。


 ロランは姫発言に動揺しながらもエドワードのあくどい笑顔と発言内容の真意を探ろうと必死になった。


「姫って何よぉ!!」

(バニーよ、お願いだから、口を閉じて、頭を下げてぇ~。確かに姫って2回聞こえたけど……王位継承権を持っていると広義の姫なの?)


 ステラは遠い目でエドワードを見つめ、エドワードは不敵な笑みをステラに返した。


(あぁ、エドワード殿下が水を得た魚のように生き生きと……この人、腹黒だ。獲物を見つけて喜んでいるようにしか見えないけど……この場合、獲物は誰?)


 ロランは守るようにさらにステラを引き寄せた。それを確認したエドワードはバネッサに近寄った。


「ステラ・シャロンは高貴な血筋だ。ロイン王家の血を色濃く引き継ぐものに対してハザウェイの貴族令嬢はいかようなお立場なのかな?」

「えっ……そんな……でも、ここは、ハザウェイよ」

「ここはロイン視察団歓迎式典の場ではなかったようだ。確かに悪趣味すぎる。今日は失礼しよう」


 その言葉を皮切りに、いつの間にかエドワードの後ろに控えていたロインの関係者はエドワードとステラに深々と頭を下げて退場しようとした。ステラはロイン側の出席者として自身も退場すべきか思案するものの……関係者からの礼に対し、ついうっかりロイン風の礼を返し続けた。


 いつもと違うステラの礼を見て、ロランは慌てた。


(ステラ、君は一体……)


 会場の皆はステラの美しい所作に見とれていたが、主賓が退場しはじめたことで騒然となった。会場中から否定的な視線を受けてバネッサは顔を青くして震え出した。収拾を図ろうとロランが動いた。


「お待ちください!」


 ロランがエドワードの正面に出て頭を下げた。


「お待ちください、これは当国の意志ではございません。行き違いがあり申し訳ございません。(エドはどうしたのだ……身分の縛りがあるところで、エド自身が身分を隠して、身分をひけらかす者を諭しても意味がないだろうに、何が目的だ?)」


 エドワードが満面の笑みを浮かべた。


 それを見たステラは冷えを感じた。


(さむっ、腹黒い笑顔って寒いのね。それにしてもロランさんは凛々しいわね。サンク・ハザウェイだわっ。

 エドワード殿下が陰でロランさんが陽って感じかな? でも太陽と月で表現するなら、エドワード殿下が太陽って感じで……)


 この状況下でステラはどうでもいいことを考えはじめていた。


「ロランに頭を下げられたら無下にはできないなぁ。そうだ、ステラが決めて」

(えっ、何を? 面倒でどうしようもない状況だよね、今。 そもそも私はどういう立場でどの方向を目指せば良いの?)


 ステラは目を閉じ静かに息を吐きながらエドワードにロイン式の深い礼をとった。ステラの丁寧な礼に会場中が固唾をのんだ。身体を起こしたステラのその瞳に光が当たり、星の瞳の美しさにエドワードは息をのんだ。

 ステラは中立という個人の立場で言葉を紡いだ。


「ロイン視察団の皆様。

 私の過去の人間関係の至らなさからご不快な思いを強いてしまい申し訳ございません。本日の歓迎式典は私個人も楽しみにしておりました。どうか、これからの両国の発展と──」


 ステラの口上の途中でエドワードがステラにゆっくりとした拍手を送った。


「さすが、ステラだね。先刻だけでなく……かつて、職場内におけるステラの信用失墜と人間関係の切断を謀った首謀者バネッサ・ベーレンを責めずに、パワハラ調査委員会の甘い決定に異を唱えず。この場において、更なる暴言に晒されてもなお我々に頭を下げるなんて……その瞳以上にステラは美しく高貴だね」


 エドワードの口から飛び出した物騒な過去を示す言葉に……ロラン、シャロン夫妻、リシャールは絶句した。いち早く落ち着きを取り戻したロランは指示した。


「警備の者、バネッサ・ベーレンを退場させろ。

 ロイン視察団の皆様、本件は改めて正式に謝罪いたします。本日はハザウェイとロイン、シエラとシャルティエの友好のための場でございますので──」

「そうだね……つい、ステラに対して凝りもせずに酷い態度をとる者に鉄槌でもと思っちゃってね」


 エドワードは含みのない満面の笑みを浮かべ、会場出入口付近にいるロインの視察団の皆を呼び戻し、会場は落ち着きを取り戻した。



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