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引き時

 

「お父様。今日、ロイン国の視察でエドワード王太子に──」


 ステラの何気ない一言に夕食を共にしていたエドガーとグレースの手は止まった。


「──どうやら面識があるようで、ロラン・ロッシュさんって王族関係者なのかしら? もしかして遠い親戚?」

「遠い親戚……ステラ、食後に話したいことがある」



 ステラが5歳の時、伯爵家令息アラン・アルバと結んだ婚約が王家との縁談除けに役立ったとステラははじめて聞かされた。


「実際に王家からお話が?」

「ステラが6歳の時にあった」

「ちなみに、そのお相手の方はなんという方ですか?」

「ステラが6歳の時に縁組を打診してきたのは、王弟ギース公の三男ロレンツ・ロラン・ギース……ロレンツ様だ」


 エドガーがその先の言葉をためらった。ステラは言い淀む父の様子に首を傾げた。


「ちなみに、そのロレンツ様は今、どなたとご婚約を?」


 エドガーは悩んだ。ステラが優秀な後輩と評価している者こそが、そのロレンツと告げて良いものだろうか。そのロレンツが、王都の事務官になり、ステラと同じ所属に配属されたのは、単なる偶然かもしれないと。


「ステラ、事実だけを伝える」

(父よ、事実の他に何があるの?)


「ロレンツ様はその後、婚約せずに12歳でロイン国へ留学した。

 帰国後、飛び級でハザウェイ王立大学経済学部に進んだ。王位継承権見直しに伴いロレンツ様の継承順位が繰り上がり、16歳からギースではなくサンク・ハザウェイと名のられるようになった。婚約者は現在もいない。

 ここまでは公式に王家から発表されていることだ」


 ステラは嫌な予感がしてきた。


(ロラン、ロインに留学、ハザウェイ王立大学って……)


「ここからは非公式だが、ハザウェイ王立大学をスキップで駆け上がり、王都にカフェなどを展開する事業をはじめた。勉学と事業を極めるなか、突然法学部にも通いはじめた……」


(あっ、この結末は……)


「ステラ、この先を聞きたいか?」

「お父様、ここからが大詰めですよ!」


 ステラは先を促した。


「ああ、ロレンツ様は王都シエラの事務官試験に主席合格し、今は会計課でステラの隣席にいる」


(やはり、そうなるのか……それにしても、父は会計課の座席表をどうやって知ったの?)


「王都の採用名簿にはロラン・ロッシュで正式に登録されているところまで確認した。ロッシュ姓を名乗っている経緯は今調査中だ」


(うん? 父よ、その登録をどうやって確認したの?)


 ステラは父エドガーの深い調査に感嘆した。


「お父様、調査をしようと思ったきっかけは?」

「ああ、ロインで食べたパウンドケーキの包み紙に王家がプライベートで使う紋が入っていた。それで、気になって調べはじめた。今も継続中だ……」

「そう……」


 ステラはあまりの情報量に考えがまとまらず髪を触った。その仕草を久しぶりに目にしたグレースは、ステラの強い困惑を読み取った。


「ステラ、母と私と王家との因縁は知っているわよね」

「はい」

「ロインでは血筋を優先するため母カトリーナは利用されて苦労したの、この国では女性の地位が低く私は辛酸をなめたのよ、いずれも王家が絡んだ忌々しい結果よ。

 神経質になりすぎているのかもしれないけれど……できれば、両国の王家の方とは関わらないで欲しいの」

「はい、お母様。私もあんな空腹は嫌です」


 少し前のステラは王家に何の興味も持っていなかった。しかし、ロインでの窮屈で小食な日々を経験して、王家とは関わりたくないと強く頷いた。


「ステラ、ロレンツ様とは仲が良いの?」

「(様付けだ)はい」


 仕事だけでなく、休憩時間、王都のスイーツ巡りも一緒だという事実を思い返したステラの頭には「引き時」という言葉が浮かんだ。


 やましいことは無いからと、スイーツ部の活動だからと、未婚の男女がいつも一緒に出掛けるのは良くないとステラは思っていた。いつまでも続けるわけにはいかないと、スイーツ部はロランに特定のパートナーができるまでとステラは薄っすらと考えていた。


「ステラは、隣に座っているのがロレンツ様と知って、それをどう感じる?」

「えっ、どうもこうも……そうね、引き時かもしれない」

「明日から、今まで通り普通にできる?」


(ロランくんは王族だったのね……)


 ステラの心の中でパタンと何かが閉まりかける音がした。


「はい、お父様、お母様。

 ロランさんから何か言ってこない限り、今まで通りで何も変わりません」


 事なかれ主義のステラは、何も変わらないと口にしながらも、徐々に距離を置くのが最良と思った。


「そうか、わかった。向こうの思惑はつかめない。偶然同じ職場で同じ配属なだけかもしれない。

 気になるのは、この春に王族制度が改正されたことだが、王家に表立った動きは感じられない、我が家には例の念書がある──」


(父よ、どこまで調べているの? 無縁の王族制度改正まで気にして……総帥と呼ばれる人は細部にまで気を配るのね。念書って有効期限ないのかしら?)


「──何らかの企みがあるのかもしれない。ステラ、気になることがあったらすぐに言うのだぞ」


 ステラは寂しげに頷いた。


「旦那様、奥様、お嬢様、エドワード王太子の名で親書が届いております」


 リシャールのその言葉でシャロン一家の夜は終わりそうになかった。




 ロランはエドワードの宿泊先に来ていた。


「エド、昼食時にステラに僕の身分をばらさなかったことに感謝する」

「いえいえ、どういたしまして。アルファードのランチは美味しかったよ、経営者はロレンツだよね……副業届はどうしているの?」

「どうしてそんな細かいことを……名義をジルにして、私は無報酬だ。

 エド、質問させてほしい。身分を隠して我がハザウェイへの入国の目的は? ステラとはどういう関係で ロインで何があった?」

「ロレンツ、あの時、最後まで初恋の少女の名だけは明かさなかったけど……その女の子はステラ・シャロンと白状しちゃうの?」


 エドワードは意味ありげな微笑みを浮かべた。ロランは言葉をのんだ。


「女性を大切にしない罪深いこの国の現状を見に来ただけだよ」

「それは……確かに……」


 ロランは、母が泣いて壊れていった日々を思い出した。


「でもね、ハザウェイ国王がステラに対して王命を使わなかったことを高く評価するよ。まぁ、エドガー・シャロンが上手だっただけだけど。

 週末に我々の歓迎式典があるから、ステラをエスコートして参加してくれるなら、君の質問に答えてあげるよ」

「そんな、いきなり……」

「あれ? 君はあの時のままだね。遠くで思っているだけで良いなら、なぜステラに近づいたの?」


 エドワードの言葉は本質から目を逸らしていたロランの心を抉った。今を大事にしていたロランは色々な思いに包まれた。

 泣きそうな表情になったロランを意地悪な微笑を浮かべてエドワードは眺めた。


「あぁ、泣きそうだね。君は僕のお気に入りだから、入国の目的の1つぐらいは教えてあげようかな……シャロン一家への謝罪だよ」

「謝罪? ロイン王家が?」

「色々と不備があってね。我が国滞在中、シャロン一家にはひもじい思いをさせてしまったようだから……王家は謝罪できないから、その引き替えにもうけ話でもと思ってね。

 ……そんなに勘ぐらないでよ、シャロン一家にはインビテーションカードは発送済みだ、そこに君にエスコートを頼んだと書いたから、ステラを連れて来てね」




 翌日、複雑な思いを抱えたステラとロランは出勤した。

 休憩時にロランはステラにロイン視察団歓迎式典の話をし、エスコートを名乗り出た。ステラは、静かに頷き了承した。

 ステラは変わらないロランの姿を眺め、少しずつ距離を置く方法を考えた。その日、仕事をしながら考えた……。


(気のせいか八方塞がり?)


 ロランの執着というステラ包囲網に気づかないまでも、ステラは人事異動で離れるまでは今のままでないと仕事に支障が出ることを感じ取った。



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