嵐の予感
ステラが採用され3回目の春が来た。
ステラは都庁舎内のカフェ・ポラリスで休憩しながらぼんやりと今までを振り返る。
母グレースに反対されながらも、何となく進んだ事務官職。今はとりあえず充実した日々を過ごしていることがステラには感慨深いことだった。
(うんうん、うららかな新年度よ。これからは、時間中にうとうとしそうになったら、心置きなく長めの休憩時間を取ろう)
模範であらねばとしていたステラは、メンターから解放された喜びに浸った。
静かに休憩するステラの向かいにはロランがいた。
新年末で新人事務官のメンタリングは終了したが、4月からステラとロランの距離は物理的に近くなり、2人は長い時間を共にするようになっていた。
(この4月から、勤務中はステラの隣の席でステラを独占できる。次は週末を何とかしよう。ステラと過ごす週末かぁ~。
とうとう王族制度が改正された。まずは、謁見を申し込み王族籍から抜けよう。それから僕はステラに今までのことを話す。告白を受けてステラは驚くけれど、やがてステラは僕の手を取ってくれる。あはは〜。
ああ、来年の今頃は、僕はステラの隣に座って、誕生日にはクリスタルのウサギを渡そう……ステラは「可愛い!」と喜んでくれはず……どうしよう、顔がにやけてしまう)
ロランは壮大な妄想の世界に取り込まれた。
ステラはロランからのステラ・マスコットを喜んで受け取り、その場でバックを開けると見えるところに付けた。
それが嬉しかったロランは、ステラのために大人可愛いクリスタルの置物等をつくり販売することにした。開店日は次のステラの誕生日、そのためにロランはウサギの資料とデザイナーを探し始めていた。
会話をせずに静かに座る2人を見てジルは焦った。
「距離が近づいただけで、隔たりが解消していない! レンツ様は2人の間に会話はいらないと妄想でもしているのかぁ……」
ジルはテーブルの水を取り替えるように店員に指示した。
「冷えたお水をお持ちしました」
「「ありがとう」」
「ステラ先輩、ロインの視察団がシエラ都庁舎に来ているのをご存じですか?」
「今、知りました。なぜ、都庁舎に?」
「正確には、ロインの王都シャルティエの視察団も混じっているそうです」
「そう、この出納整理期間に視察ねぇ。そろそろ戻りましょうか……」
ステラはロインと聞いて、食料確保という熟語が頭に浮かんだ。
「ステラ先輩?」
「あっ、焼き菓子をテイクアウトしようかと……」
急に焼き菓子を買い込むステラを見て、ロランは首をひねった。
執務室に戻り、2人は仕事を再開した。
「やぁ、ロラン」
執務中のロランは背後からロイン語で声をかけられ、振り向いた。
「あっ、なっ……エド……何故、あなたが?」
「まあまあ、それはお互い様だよね」
ステラはロイン語に反応して顔を上げた。
そこには、ロイン国エドワード王太子の姿があった。
(エドワード王太子!? どうして……)
「あれぇ~、ステラだよね」
(エドワード王太子よ、その棒読み発言はなに!?)
「えっ、はい。その節はどうもありがとうございました」
ステラは混乱しながらも、ロイン式に頭を下げた。
「ステラ先輩! どうして、エドワードと面識があるのです?」
(ロランよ、まったく同じ言葉を返そう)
「僕とステラには特別の繋がりがあるのだよ、ねっステラ!」
「っ!!」
ロランは厳しい視線を王太子に向けた。
(ロランよ、何に反応したの? 相手、王族だからね)
ステラはロランの物怖じしない姿が意外だった。
明らかに面識がある2人。ロイン国に留学していたロラン。『貴族ではない』といいながら洗練された身のこなし、前髪で顔を隠し、伊達メガネをかけ、王城の方角を指さして『あそこら辺です』と……ステラの頭に今までのロランのレスが浮かび繋がりはじめた。
(あっ、もしかして、ロランは王族だったりして……訳あり貴族でなく、やんごとない訳あり王族だったの!? いやいや、だったら王都の職員にならないよね。でも社会勉強とか……えっ、なに?)
王都職員という事実さえなければ、ロランは王族だとステラは確信できた。
巷で噂されている「シャロン財閥の娘が王都の事務官なんてはずはない」という話をステラ自身もよく耳にする。
それは翻って、王族で王都の事務官なんてことはあり得なくもないということだ。ステラは王族の方々の面影を思い出そうとグルグルと考えた。
しかし、残念なことに侯爵令嬢時代に最低限の王宮行事にしか参加しなかったステラは王族に明るくない。しかも、出席した数すくないお茶会でステラは、庭園の花や鳥を眺めてぽゃ〜と空想の世界に浸っていた。どれだけロランに観察されていてもその視線を微塵にも感じなかったほどだ。
(王家……遠い親戚なのよね。ダメだ、もともと記憶にないものは思い出せるはずない。それにロランが王族であろうがなかろうが、私にはあまり関係ないのよね)
「ロラン、なんか変な誤解しないでね。私は王都シャルティエを観光するステラを偶然にも案内しただけだよ。
ステラ、今日にでもまた昼食を一緒にとろう、ロランも一緒にどう?」
ステラは了承を示すロイン風のお辞儀を返した。それを見たロランは冷静さを取りもどし歓迎の挨拶を述べた。
「エド、ようこそハザウェイへ。ようこそ、王都シエラへ。挨拶が遅くなりました」
(ロランよ、一国の王太子を愛称で呼び、尊敬語を使わない物言い。これは黒だわ、君は王家側の人間だったのね。王族のどの辺かしら?)
ステラは複雑な心境に陥った。あんなに仲良くしていたロランが隠しているだろう内容に……だが、ステラ自身も継承権のことは隠している。隠すためにロインに赴いたぐらいだ。
(まぁ、私の場合、隠すというよりは忘れていただけだけど)
「シャロンさん。視察団の通訳の方はなんと?」
(通訳って、係長は何を聞いて……エドワード王太子は身元を隠しているの?)
上司フォーレの声を聴いてステラは自身が無意識にロイン語を使っていたことに気づいた。ステラが見回すと、突然のロイン語での会話の応酬に会計課職員はきょとんとし、視察団の面々は苦笑いを浮かべていた。
「ロイン視察団の通訳エドワードと申します──」
ステラの混乱をよそにエドワードは流暢なハザウェイ語で自身を通訳と言い切った。
(綺麗なハザウェイ語だ。喋れるのなら、はじめからハザウェイ語で話してくれれば良いのに……なんか疲れた。昼食かぁ~何を話そう? 私の継承権の件はきっとエドワード王太子は伏せてくれるはず。大丈夫!
考え事をしたくないときは、仕事に限る。適度にやることがあるって大事よね)
会計課長が視察団の質問に答えはじめるのを確認してステラは静かに仕事を再開した。そんな隣席でロランは混乱を極めていた。
ロイン留学時、ロランはロイン王家保護下で通学していた。そのため、当時のエドワード王子とも仲良くしていた。その際に、マスコット(ステラ)に話しかけている姿をエドワードに目撃され、根掘り葉掘り聞かれ、若いロランは洗いざらい話してしまっていた。唯一、ステラの身分と名前だけは明かさなかった。
(僕の知らない何かがある。なぜ、ステラは王室ロイン語をマスターしている? 「その節」とステラは言った。この前のロイン旅行のことだろう。ただの旅行ではなかったのか? なぜ、エドワードか王都案内をした? ステラの祖母はロインの出だったが、ステラはカフェ・ロイヤルロインすら知らなかったぐらいだ……)
黙々と仕事をするステラの横で仕事が手につかないロランの姿を見て、フォーレは胃薬に手を伸ばし、頼むから何事もなく静かに終わりますようにと願った。
ステラがロイン旅行で休暇中だったとき、ロランの近くには誰も近寄れなかった。何気なく「シャロンさんいないから寂しい?」なんてからかおうものなら、ロランの酷薄な視線で身体が冷えた。
メンタリング終了が近づいたとき、ロランからの今後の事務分担と座席についての要求は凄まじく、逆パワハラと思えるほどの圧だった。
フォーレは複雑だった。仕事上、ステラとロランを一緒に組ませることは合理的であるものの、若いうちに色々な人と組ませ次々に新しい業務を担当させる方が良いとされている。
ロランが絡むことは重要案件であるため、フォーレはこの4月からの係内の事務分担と座席表について課長に相談した。ロランがステラと離れることに強い不安と拒絶を示したのである。協議は難航したが、最後は「ロッシュさんの望みをかなえてあげて、それでシャロンさんに何かあった時はエドガー・シャロンが出てくるなぁ……私に命があったらフォーレ係長の骨は拾うから」との課長判断で4月からの事務分担と座席表を決定した。
フォーレは胃薬をのみ、落ち着きのないロランの観察を続けた。
そんな視線に気づく余裕もないほどにロランは逡巡していた。
(大体、ロインほどの国やシャルティエほどの都市がシエラの会計課を視察する必要なんてないはずだ。どうしてエドがわざわざ来た?
まずは、昼食をどうするかだ。エドは僕の初恋相手がステラだとは気づいていないはずだから、差し当たっては僕の身分を気づかれないようにすることが課題だ。ジルからその旨をエドに伝えてもらおう)
問題解決の糸口を見つけたロランはやっと落ち着いた。
この日の昼食はそれぞれの思惑と視線が絡まり合った。口調に反してエドワードの眼光は鋭く、ロランは息が詰まった。しかし、エドワードもロランもステラも当たり障りのない発言を続け表面上は終始穏やかに過ぎた。




