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消毒と癒し

 

 20歳のステラは可愛い野望「職場結婚! 恋に〜仕事に〜」を心に秘め、王都シエラの事務官として初登庁の日を迎えた。


 可愛い野望に早々に暗雲が立ち込めた。


 初登庁日、採用辞令交付会場、同期事務官達の目がギラギラし、ステラ以外の皆が仲良く談笑していた。その様子から、出身大学・塾に派閥があることにステラは気づいた。


 男子か多いなぁ、すでに皆さんお友達同士なのね、と自身の場違い感を思い知らされたステラは誰とも話さずに登庁初日を終えた。


 上級事務官新任研修は、採用直後から半年に渡り、SとAの2クラスに分かれて行われる。クラス分けの基準は採用試験の成績順であり、成績上位者はSクラスとなった。ステラは男子13名・女子2名で構成されるSクラスだった。Aクラスは男子11名・女子4名であった。


「研修をはじめる前に簡単な自己紹介をお願いします。

 家名のある者は家名を名乗り、家名の無い者は名を名乗ってください。研修中は、相手を呼ぶときは年齢・性別に関係なく“さん”付けで呼ぶように。では、自己紹介をはじめてください」


 研修講師の言葉に従い、各々が名乗り出身学部や抱負や趣味などを付け加えて順々に自己紹介は進んだ。事務官になるために浪人していた者も多く、同期といっても皆が同じ年齢でないことをステラは知った。

 クラスに2人しかいない女子のうちの1人、クラリスの順番がきた。ステラは仲良くなれると良いなと思いつつ、クラリスの自己紹介に注目した。


「クラリスです。興味本位で事務官になるような貴族や上級市民の方とは仲良くできません。以上です」


 クラリスは高圧的に言い放った。クラス内の雰囲気が一瞬にして冷えた。


(わざわざ、それ、声高に言う? ……私、色々とダメかも)


 その発言を耳にしたステラは、このクラスでの女子友は望めないと悟った。クラリスの発言により、上級市民であるステラ自身を否定されたような暗い気持ちになった。


 登庁2日目、研修初日が終わった。

 真っすぐに家路につくことができなかったステラは、雑貨店をのぞき目的もなく文具を買い、カフェ・アルタイルに寄った。


「いらっしゃいませ」

「本日のおすすめケーキと紅茶をお願いします」


 ステラは席に着き、昨日・今日の出来事と母の「話題にすら事欠くのでは?」と言った時の心配そうな視線を思い出した。


(母の心配は当たった!? 話題どころか、会話に至らない。

 学閥と塾閥で群れる同期達、私みたいな私立女子大文学部出身者と関わりたくないよね。貴族学園で見かけた男子もいたけど話したことがないし、今さらだし)


 かつて侯爵令嬢だったステラは15歳から貴族学園に通っていた。卒業した翌月に貴族制度改革法が施行されシャロン家は貴族籍を抜けて上級市民となった。貴族学園を卒業したステラは、成績と家柄を重視する私立シエラ女子大学に上級市民として入学していた。


(同じクラスの女子は貴族と上級市民が嫌いみたいだし……クラリスという家名はハザウェイ国にはない……でも、平民があんなこと声高に言う? もしかして、クラリスさんはかつて貴族だったりして、貴族制度改革で平民になったとか!? 貴族学園にクラリスさんっていう名前の方、いたような、いないような……? 私、交友範囲狭かったからなぁ~)


「お待たせいたしました、ミルクレープでございます」

「ありがとうございます。いただきます」


 ステラはフォークでザクッとミルクレープを切断し、一口大になったそれを口に運ぶ。


(美味しい~!! 絶妙な粉・砂糖・バター・卵・クリームの組み合わせ、スイーツは私の癒しだわ! 幸せ~)


 スイーツを食べ進めるうちにステラの心は軽くなっていった。


(もう、同期女子の発言の背景やクラスの雰囲気を理解しようとするのはやめよう。研修期間は勉強だけをしよう。時間が経てば少しは馴染めるかも。馴染めなくても……スイーツという癒しがある限り、私は大丈夫!)


 もぐもぐとステラが癒されている2つ隣のテーブルに、ステラ・ダイアリーにせっせっと記入するロレンツの姿がある。ジルはいつものようにロレンツに尋ねた。


「レンツ様、本日の考察は?」

「ステラがメニューもショーケースも見ずに、本日のおすすめをオーダーするときは疲れている証拠だ。飲み物に試作品のプチガトーを付けてあげてくれ」

「かしこまりました」

(昨日の初出勤の服装も可愛かったが今日も可愛い。そうだステラマスコットのスーツ姿版を考えよう)


 ロレンツはスーツ姿のステラのスケッチを始めた。

 全く周囲に注意を払わないステラは、飲み物に添えられたプチシューを口に頬張った。


(家に帰れば、リシャールとの勉強かぁ、研修期間中はまたリシャールが鬼になってしまう……怖いけど、帰ろう)


 ステラは会計をし、席を立ち、店を後にした。


「レンツ様、我々も引き上げますか?」

「ああ」


 入店時より明るい表情で帰宅したステラの姿に満足したロレンツは王城へと戻った。




 研修期間は一見、順調に過ぎた。時間に正確な同期と多少の会話が成立し、ステラはそれを嬉しく思いながらも……でも違う何かが違う、何かが合わない? と感じはじめた。


 Sクラスの貴族・上級市民たちは、自己紹介でシャロンと名乗った同期女子があのステラ・シャロンだと気づいていた。貴族に残るべき侯爵家でありながら、貴族制度改正法のスキをついて上級市民になり、貴族特権を失ったにも関わらず宮中行事やノブレスオブリージュから解放されたことを喜び領地経営と事業拡大に励み財を増やし、破竹の勢い止まらないシャロン財閥総帥・上級市民エドガー・シャロンの一人娘ということに。

 Sクラスの貴族と上級市民たちの多くは二男・三男であり、幼い時から厳しい生存競争を経て、堅実な道を選び事務官になっていた。シャロン家は婿入り先としても申し分ない家柄だと彼等は瞬時に判断し、同期同士で牽制し合いながらも、ステラに対しては猛アピールを行った。

 そんなことになっているとは知らないステラは、やたらとお茶に誘われ困惑した。

 ステラがその誘いに応じようとすると「僕の方が優秀だから、君を失望させることはないよ」「いや、僕だったら君のようなお嬢様を働かせたりしないよ」とわらわらと同期男子に囲まれた。やがて同期同士のいざこざを目撃する羽目になったステラは“何かが違う”と感じお茶のお誘いを全てお断りした。


 一方、Sクラスの平民たちは、シャロンと聞いてステラを平民だと思い込んだ者が多かった。自己紹介でステラは「シャロンと申します、よろしくお願いします」とだけ言った。クラリスとは対照的なステラの姿に好感をもった彼らは「研修課題の相談に乗るよ」とステラに近づこうとした。それに対しステラは「(リシャールがいるから)大丈夫です」と断わり続けた。やがて、平民の一部からは「女のくせに可愛げが無い、素直じゃない」と陰口をたたくものが出はじめた。態度の急変を感じ取ったステラは、それを“何かが合わない”と感じた。


 研修期間中、嫌な気分になるたびにステラは王都のカフェやパティスリーを巡り、心を消毒し気持ちを癒してから帰宅するようになっていた。

 研修では合わない不可解な同期達、難しい研修内容、帰宅すると執事リシャールとの復習・課題・予習時間がステラには待っていた。帰宅途中の寄り道がステラにとって至福の時であった。


 ステラはカフェ・シャウラの扉を開いた。


「いらっしゃいませ」

「桃のタルトと紅茶をお願いします」

「かしこまりました」


(この辺のカフェ・パティスリーを何周したかしら? 王都南側のスイーツマップを作ろうかしら?


 運ばれたタルトを数秒眺めてから、ステラはそれを口に運ぶ。


(おいしい! 職場に恋の予感すらなくても、家には知識の鬼がいても、スイーツは必ずカフェに! スイーツだけは変わらぬ甘さで、毒づいた言葉で埋め尽くされた私の心を消毒し、優しく癒してくれる)


 ステラが至福の時を堪能するテーブを静かにうかがう4つの瞳が今日もある。


「レンツ様、今日もお会いできて良かったですね」

「ああ……今日は桃のタルトだな、紅茶は何を選んだ?」

「アッサム地方の茶葉をお選びでした」


 ロレンツはステラ・ダイアリーにそれを書き込んだ。


「レンツ様、ステラ様がお使いになった食器とか持ち帰って保管とかなさって……いませんよね」

「ああ、まだ大丈夫だ」

(まだ、ですか……)


 自分が観察されていると気づかないステラは会計して席を立った。その時、ステラはショーケースの中に梨のタルトを見つけた。


(あっ! 梨のタルトの方が好きだったぁ~)


 ステラは恨めしそうにショーケースを眺めてから退店した。




 初登庁から2週間が過ぎたころ、ステラは初任給を手にした。勉強しているだけで給与がもらえるなんてとステラは喜んだ。


 ステラは初任給で父エドガーと母グレースと執事リシャールに小さいものを贈った。

 これに感激したエドガーとグレースは、「少ない初任給を使わせてしまったから」「社会人になって、今まで以上に交際費も必要だろう」と就職した娘にお小遣いを増額し、与え続けることにした。リシャールは高給文具をステラに贈った。


 ステラはエビで鯛を10匹ぐらい釣ってしまった気分だった。王都事務官の給与は高給ではないが薄給でもない。王都ゆえの調整手当なるもののおかげで、なかなかの給与だった。

 実家住まいの事務官は「最低でも食費を入れる」ことを同期の会話から知ったステラは、その提案をするつもりでいたが諦めることにした。食費のかわりに昼・夕食を外で済ませるように心がけるようになった。



 カフェでステラは時折考えた。


「王都の事務官になった。これから、どうしよう?」


 恋愛結婚、契約結婚、見合い結婚、生涯独身についても考えた。結論は出せずにモヤモヤする心をスイーツがいつも癒してくれた。


 

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