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ステラ欠乏症

 

 ロインに来てから日ごとに険しい表情を極める父と母にステラは困惑した。


(空腹のせいでイライラするのかしら? サバイバルゲームと割り切れば……いや、かえって飢餓感か増すような……お腹がすいたぁ)


 グレースの謁見は終わり、無事に継承権を返上した。あと2泊したら帰るという予定であったが、ステラは確認せずにはいられなかった。


「お父様、なにか仕事のトラブルでも? 帰国を前倒しにしますか?」

「ああ、ステラ。大丈夫だよ、懸念された心配は私の取り越し苦労のようだった」

(父よ。全然、少しも、どう見ても大丈夫に見えないけど……)

「お父様、お母様、王都に隣接する景勝地に足を延ばしてみませんか?」

「あなた、少しはロイン観光をしましょうか?」

「ああ、そうだな」


 外出が決まると、何故か王太子が案内役を務める流れとなり、エドガーとグレースは必死で平静を装った。周囲の思惑に気づかないステラは美しい景色を堪能した。


「美しい国ですね」

「ステラ、いつでも我が国に帰っておいでよ。

 あっ、そうだ、君の願いを条件付きで叶えてあげる。え~とね、毎年、建国祭に参加することを条件に対面維持費の支給を先送りにしよう」


(えっ、また、私、ロインに来るの? となると……問題は食事よね。

 建国際は3日間、移動を含めて5日間。その程度なら食事を持ち込めるかしら。お祭りだから、屋台とかも出るだろうし……うん、大丈夫)


 食糧問題にメドがついたステラは両親に視線を送った。エドガーは無表情で頷き、グレースは悲しそうに視線を地面に落とした。

 ステラはそう悪い条件にも思えず、そもそもこの条件を拒否できないと理解し小さく頷きエドワードに謝辞を述べた。


「ありがとうございます。ご配慮に深く感謝申し上げます」

「さぁ、もう少し湖の近くに行こう」


 ステラはエドワードの謎多き言動が気になるものの、兼業届を出す必要がなくなり継承権のことを職場に知られずに済むと喜んだ。

 そのステラの手を引くエドワードの姿を目にしてシャロン夫妻は景勝地どころではなかった。2人の心には嵐が吹き荒れていた。一見、ロイン王家の心優しい譲歩のようで、ステラを囲い込む段取りが全て整い、その初手を痛いところに打ちこまれた気分だった。


「あなた……」

「グレース、まずは帰国だ。ステラにはハザウェイの国籍もある。幸いにもステラはハザウェイ国の地方役人だ、ロイン国も簡単に手を出せないはずだ」

「そうね、ステラを……できる限り、王族には……王族だけには……」


 ハザウェイ国の王太子妃候補時代を思い出したグレースは、その辛酸が蘇った。シャロン夫妻は王家との関わりをできるだけ避けたかった。


「泣かないでくれ、グレース。ステラの幸せを考えよう」

「あなた……ステラは自身の血統に頼らず、名を捨てて実を取る堅実な子です。あの子が望まない限り王家とは……」

「もちろんだ。グレース、最悪は第三国での生活でも良いか?」

「はい。あなたとステラがいれば私はどこの国でも生活できます」


 この夜、エドガーとグレースはステラの将来について話し合った。

 一方、ステラは、空腹感を紛らわすためマップを握りしめてすやすやとスイーツに囲まれる夢に浸っていた。



 その日の夜、国王陛下の政務室にエドワードは急いだ。


「父上。何者かによってシャロン一家への食事が儀礼食のみになっておりました」

「どういうことだ!?」


 ロイン国では身内以外と食事を共にしない傾向がある。公式な会食においては儀礼食を用いた。それは、身体に良いとされる食材各種をお供え程度の量を振舞うものであった。


「シャロン一家を良く思わない者達の企てで、早期帰国を促すために……申し訳ございません」

「それで、ステラとシャロン夫妻たちはどうしていたのだ」

「食料を持参していたようです。あとは、外出時に調達していたようです。

 ステラに建国際への参加を告げたあと、シャロン夫妻からその際の滞在先をホテルにするようにと要望がありました。それに対してステラは『数日間ならダイエットになるから大丈夫』とその要望は取り下げられました」

「それで、発覚したのか!?」

「その場はそれで終わったのですが、私の方で気になったので調べました。食事、お菓子、果物の全てが振る舞われることなく……」

「そうか……あと何日滞在予定だ?」

「明後日には帰国予定です。明日からは私が食事の準備に立ち会います。不届き者は捕縛しております、ご処分を」

「処分はエドワードに任せる。それと医師を手配し──」


 これにより、シャロン一家は帰国前日、早朝からの突然の診察に驚くことになる。




 その頃、ハザウェイ国では、無気力なロランにジルは困り果てていた。


 ステラがロイン国に向かうと知るや否や、ロランはマップ作りに取りかかり、同時にステラのためにパウンドケーキとケークサレ作りに徹夜を続けた。


 シャロン一家の出発に際して、ロランは駅へと向かった。そこで、ステラの手を取るリシャールにギリギリしながら、こっそりとステラを見送った。

 ステラが出発してしまうとロランはステラ・ダイアリーを記すかステラ・マスコットに話かけ続ける日々を過ごしていた。


「レンツ様、お食事をなさってください。ステラ様は必ず戻られますから……(これ、大丈夫かぁ? また、あの時のような危ない領域か?)」

「ジル、僕がステラの手を取ってロインの王都を案内したかった。出迎えに駅まで行こうかな?」

「陰ながらお見送りなさったのだから、今度こそ堂々とお出迎えなさってください」


 ステラがいないと笑顔が消え、寝食を疎かにするロランをみてジルは溜め息をついた。


(ステラ様、どうか無事にお戻りください。レンツ様のためにも一刻も早く)


「レンツ様、ステラ様は、最低でも日に2食は取るようにと仰いましたよね。なにかしらの食事をお取りください」

「ステラは僕が作ったパウンドケーキとケークサレを食べてくれたかな?」

「そうですね、笑顔でお召し上がりかと(レンツ様、食事しましょうよぉ~)」

「……ステラ、早く帰ってこないかな」

「そうですね、私も一日千秋の思いです」




 ステラがハザウェイ国へ戻り月曜日が来た。ステラはお土産を抱えて早めに出勤した。


「おはようございます。ステラ先輩!」


 ロランはステラの姿を確認するなり、今までの陰鬱で険しい顔つきから一転、眩しいほどの笑顔でステラに走り寄った。


 懐かしい声と笑顔にステラはホッとし、帰国したことを実感した。


(この笑顔が懐かしく嬉しいかも、なぜ?)


「おはようございます。ロランさん」

「ステラ先輩、顔色が優れませんね、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。ただ長い休暇サバイバルで仕事モードに戻らなくて……それよりも、可愛いマップありがとう。これはいただいてもよろしいのかしら?」


 ステラはマップを取り出し、アップリケをなでなでしながらロランに確認した。


(あぁ、アップリケの僕が撫でられて……ああ幸せだ)

「も、もちろんです。ステラ先輩」


 ロランは動揺して言葉を詰まらせた。


「あと、食料を持たせてくれてありがとう。特に母がそれに感激してね。ロランさんに会ってお礼を伝えたいと言い出すほどだったの……。

 改めて、色々と用意してくれてありがとう。おかけでロインの旅を楽しめました」

「良かったです、ロインの食事は儀礼食と普通食でどちらも品が良すぎるというか……」

(うん? 儀礼と普通……何のこと?)

「そう、量が足りないのよぉ。空腹を紛らわすために、このスイーツマップを抱きしめて眠ったぐらいよ。ふふっ」


(えっ、ステラ!! 今なんて、僕を抱きしめて眠った! ステラは僕を求めてくれるのか……いや、これは夢だ。ステラが帰国した夢を見ているのか?)


 ロランは思わず、ステラの腕を掴んだ。えっ、と驚くステラの声とその手の熱でロランはパッと手を離した。1週間のステラ不在により、ロランのステラ欠乏症はかなり進行してしまった。ジルのいう危ない領域に達していた。


 何も言わず顔を赤くして俯くロランを不思議そうな表情でステラは覗き込んだ。


「ロランさん、痩せた? 顔色も悪いし、仕事が多かったの? また、ロランさん1人で片づけていたの? 今日からは、一緒にやりましょう」


(ステラが僕のところに戻ってきてくれた。僕を心配してくれる。 

 ねぇ、ステラ……僕のことを少しは思ってくれてるって勘違いしてもいい?)


「ロランさん?」

「あっ、はい、いえ、なんか……新しいスイーツ店を見つけました。ぜひ、行きましょう。そこは3日前に開店して──」


 現実に戻ったロランは始業の鐘が鳴るまで子犬のようにステラの隣ではしゃいだ。


 ロイン国の独特の空気、帰国後も続く両親の厳しい顔つき、それらにステラの憂鬱は深まるばかりだった。それが、ロランの優しい口調によって張りつめていたものが静かに溶けるような気がした。


(あら、スイーツ以外にも、私の精神安定剤があったなんて……ただいま、ロランくん!)

「おかえりなさい。ステラ先輩」


 絶妙のタイミングでのロランの笑顔の一言にステラの胸は熱くなった。


「はい、ただいまです」


 ステラとロランのいつもの日常が戻った。



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